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33 リルムのお母様ってすっごい美人なのですね、お兄様!


 調査の話をリルム伝いに聞いたところ、ドラの木周辺に作られていた巣は、すべて潰されたようだ。

 カルデラ内部にいるウルガは掃討済み。

 女王も討伐されたということで、植物が枯れることはもうないだろう。


 だが、まだ疑問は残っている。


 ドラの木の根に魔術を施し、ウルガの巣が見つからないように細工した人間がいるのだ。

 いったい誰が、何のために──


 思念にふけっていると、袖を引っ張られる感覚があった。

 こちらを見上げるファニーがいる。


「お兄様、この間は……」


「うん?」


「ごめんなさいなのです。お兄様にひどいことをしました。目を、合わせられませんでした」


 ぎゅっと、抱きしめてくる。

 小さくて、柔らかくて、温かい。

 目なんてうるうるしている。


「何とも思ってないよ。だから、そんなに泣かないで?」


「はい。……ずびずびっ……」


「鼻、かむ?」


 ティッシュを渡すと、ずびずびーと鼻をかむファニー。

 妹は何も悪くない。

 負い目を感じる必要がないのだ。


 自分たちがラキール王国の名門貴族生まれだということは、あえて教えなかった。

 だって、それを教えるということは──


「お兄様お兄様」


「ん?」


「あの女性が、こっちを見てるのですよ」


 見てみると、廊下の向こうで女性が立っていた。

 腰まで長い銀色の髪と同系統の瞳。

 きゅっとくびれた腰や、張りのあるある胸が艶やかだ。

 健康的な褐色の肌など、黒エルフ族の特徴を踏襲している。

 使用人ではない。


「もしかして、メルラント夫人でしょうか?」


「ええ。娘がお世話になっております」


 娘を一人生んだ母親とは思えない。

 リルムの姉と言われても信じてしまいそうな美魔女ぶりだ。

 エルフは老けにくいと聞くが、いったい何歳なのだろう。


「あの子のわがままに付き合ってくださっているそうで、本当に感謝しています」


「互いの利害が一致しているだけなので、大したことはしていませんよ」


「いえ。きっと大きな励みになっていると思います。昔からあんな調子で、ニーチェ以外に友だちがいませんでしたし」


「それなら、僕よりファニーのほうが貢献していますね。リルムとすぐに仲良くなったので」


「まぁそうなの」


 膝を折り、リルムの友だちと目線を合わせたメルラント夫人が微笑む。

 ありがとうと言われて、ファニーは顔を真赤にしていた。

 大人な女性と初めて喋ったから、緊張したのかもしれない。


「可愛らしい妹さんですね」


「ありがとうございます」


「そういえば、ドラの木にウルガがたくさん出たんですって? 枯れないといいけれど……」


「樹齢二千年の木はそう簡単に枯れないと思います。ウルガは全部掃討しましたし、僕だっていま、ウルガのリン粉を薬に変える研究をしているんです」


 ウルガをすべて倒した今、求められているのは植物の枯死を防ぎ緑を増やすこと。

 カルデラ内部の緑を増やし、灰色の大地にかつての大自然を取り戻させる。


 ヴェルデライトとリルムの究極の目的は、まさにそれだ。 


「まぁ、ギミック国王も強い植物を作っているってニーチェさんが仰っていたので、もしかしたら無駄になるかもしれないのですが……」


「ギミック……」


 メルラント夫人の顔が曇っている。

 なにか嫌なことでもあったのだろうか。


「あら、ごめんなさい。ただの私情です、気にしないで。頑張ってくださいね」


「はい。では、失礼しますね」


 そう言って、メルラント夫人と別れた。






 

 国王陛下からの誘いを受けたため、ヴェルデライトは一人で、《守り人の住処(ラナコッタ)》に来ていた。おそらくギミック国王の部下だと思われる人がやってきて、案内される。


 地下施設だ。

 ギミック国王はここで植物の研究をしているのだろうか。

 ビニール張りのハウスに、様々な植物が育てられている。

 大口のあいた肉食植物、大輪を咲かせるラフレシアなどなど、本当に様々だ。


「よく来たねぇティーゼ君。ささ、こっちに来なよ」


 植物の葉を見ているギミック国王が、こちらの存在に気づいた。

 一応、丁寧に挨拶をしておく。


「このたびはお誘いいただきましてありがとうございます」


「そういう固いのナシにして。ぼくさ、自分が認めた人間には普通に喋って欲しいんだよね」


「…………」


「ま、ちょっとずつでいいけども」


 にっこり笑うギミック国王は、そのまま奥の部屋に入ってしまう。

 ついて来いということか、すぐに後を追った。

 にしても、何のために研究所を見せようと思ったのだろうか。


 どんな研究をしているのか見せたかった?

 ただの気まぐれ?

 

「そういや、来てもらったワケ、話してなかったねぇ」


「ええ、まあ」


「同じ毛色の人ならぼくの芸術品を分かってくれると思ったからさ」


「絵、ではないのでしょうね。植物のことですか?」


「これだよ」


 ギミック国王によって、布が取り払われる。

 ショウケースを思わせるガラス張りの中には、白い何かがあった。

 犬の剥製? にしては表面が滑らかで、ガラス製の置物のほうがしっくりくる。いまにも動き出しそうなリアリティーがあって、本物そっくりだった。


「陛下がお作りになられたんですか?」


「目玉をよく見てみてよ」


 言われるままにガラスの犬の目を見る。

 その奥に、白く濁った本物の目玉がみえた。

 言い表すならば、本物の犬をガラスでコーティングして作った……。


「綺麗でしょ? 今まで作ったなかで力作なんだよねぇ」


 悪びれる様子すらない。

 あくまで国王はにこにこ笑っている。


「実はそれ、ガラスじゃないんだ。元はウルガのリン粉からできてる。ティーゼ君さ、ウルガのリン粉で薬を作ろうとしてるでしょ?」


「よく知ってますね」


「アヴィアンヌの設計者なんて滅多に見られる者じゃないからね。結構前からマークしてたんだよねぇ」


「…………」


 マークしていた、というのは魔術的な意味だろうか。

 おそらく、カルデラ内部全体にギミック国王の魔術が張り巡らされているのだろう。

 どれほどの情報が筒抜けになっていたのか、までは分からないが。

 

「怖がらなくていいよ。ただ植物学の専門家としてアドバイスがしたかったんだ」


「アドバイス、とは?」


「一匹のウルガから取れるリン粉はわずかなんだ。それを植物の栄養剤に使うなんてもったいないよ! あ、ちなみに大図書館にあるウルガの論文はすべてぼくが書いたんだ。名前は偽ってるけど」

 

 あの論文、すべて……。

 エビデンスが多く、論述にも説得力があった。あれがまさか、国王陛下の直筆だったなんて。


「ウルガのリン粉にはもっとすごい使い道があるんだよ? それに気づいたのは、ウルガの幼虫がサナギになった瞬間を、偶然見たとき。……見たことあるかい?」


「いえ」


「ウルガのサナギはね、自分の体を美しいガラスで覆うんだよ。そして、成虫になるまでじっと待つ。……ぼくは胸が震えたよ。ああ、こんな美しい芸術作品があるのかってね」


 メガネの奥で、ギミックの瞳に濁りがたまっていく。

 自身の行為が、さも崇高な芸術活動だと言わんばかりに。

 彼は、きゅぅっと口角をつりあげた。


「ぼくはもっと美しい作品を作り上げてみせる。ねぇ、あんただって愛する女性をガラスに閉じ込めて、部屋に飾りたいって思ったことあるでしょ?」


 そう言って、ギミックは愛おしそうにガラス張りを撫でていた。

 見てられるものではなくて、ヴェルデライトは視線を逸らす。

 そのさきには、どこかにつながっているのだろうか、鉄製の扉が半開きになっていた。嫌な予感がしたので、急いで扉を開けて中を確認すると──


 薄暗くて、細長い廊下。

 その両端には、女性のエルフを模したガラスの彫像が、綺麗に並べられていた。


「あぁ、だめだよティーゼ君。そっちの作品は失敗作なんだ。失敗したものを見せるのは美しくないだろう?」


「これは、なんですか?」


「作品作りのために協力してくれたレディたちだよ。おおっと、乱暴にしないでくれよ? 彼女たちは植物状態なだけで、まだ生きている。空気口があるんだ」


「失敗作だと仰っておられましたが、もちろんこのあと、彼女たちは解放されるんですよね」


「さあ……? 老いる恐怖と戦ってまで外に出たいと思うのなら、そうしてあげようかな? こればかりは本人に聞いてみないとねぇ。ぼくはこっちのほうが、永遠の美しさを保っていられるから良いと思うんだけど」


 狂人だ、とヴェルデライトは思った。

 今なら、リルムが言っていた意味がよく分かる。気持ち悪い、外道、クズを煮込んで出来上がったような男。

 ただの狂人なら、ヴェルデライトは何人も見てきた。

 でも彼は、何もかも一線を超えている。


「申し訳ありませんが、僕は陛下のお心がよく分かりません。それでは、薬の研究に戻りますので」


「つれないねぇ──」


 そう言って踵を返そうとすると、ギミック国王が目の前に移動していた。

 

「んじゃ、せめてこれ受け取っておいて。ぼくが主催する『植物大博覧会』のペアチケット。妹ちゃんと来てよ。講演会のプレミア席に招待してあげるから」


「……興味ありません」


 そう言って、ヴェルデライトは研究所を出る。

 しかしなぜか、ポケットの中には『植物大博覧会』のチケットが入っていた。

 

 余裕そうな彼の顔。

 見られても動揺してなかった。

 きっと、誰にバレても自分の地位は揺るがないと信じているに違いない。

 確かにそうなのだろう。


「英雄だから、か…………」






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