32 国王陛下に認めてもらえるなんて、さすがですお兄様!
蛾の女王を守っていた魔術印も、さすがに体を外へ連れ出されるとは思っていなかったのだろう。
あの魔術印は、強い攻撃であればあるほど跳ね返す。
逆に、実害のない浮遊させる魔術は素通りというわけだ。
「外に出ようか、女王様」
ヴェルデライトは上へと急上昇を開始する。
勢いのまま穴の外へ出て、ウルガの体を地面に叩きつける。さすが女王というべきか、この程度の物理攻撃では何も感じないらしい。
──というより、これも誰かが魔術をかけて強くしているんだろうな。
より強い魔術で倒すしか無いと思い、再び魔力を練る。
するとウルガの女王が、這いつくばるように移動を始めた。
羽が退化しているので、動かしているのは蟻のような足だ。
ヴェルデライトはエネルギーを凝縮させ、狙いを定めた。
そして、放つ。
爆音が響いて、凄まじい風が周囲に吹き抜ける。
生き物の焦げた匂いと、絶命したウルガの女王の姿。
──今日の仕事は終わったな。
女王を追いかけているうちに、いつのまにか木の反対側に来てしまった。
向こうにいるのは、八匹のウルガを倒し終えたエルフ軍だ。
先頭で指揮をとっていたリルムは、こちたの存在に気づいて目を丸くしている。
──しまったな。せっかくならウルガの女王をリルムさんに任せればよかった。
そうすれば、ウルガの女王を倒した元王女として、華々しく語り継がれるだろうに。
惜しいことをしてしまった、と。
そう思いながら、ヴェルデライトは視線を横に視線をずらすと──
「素晴らしい」
軍隊の先頭で、一際存在感を放つ男が見えた。
乾いた拍手をしながら、少しずつこちらに歩み寄ってくる。
「ウルガの女王が出てくるとは驚いた。あんた、とっっても強いんだねぇ」
質の良さそうなローブだ。
前髪はだらしなく伸び、眼鏡にかかっている。
ヴェルデライトに面識はない。けれど、相手がよほどの地位にいる人間であることは分かる。
「ウルガの女王を討伐した栄誉はあんたのものだよ。えぇと、名前は?」
「ヴェルデライト・アレク・ティーゼです」
「ティーゼだね、覚えておこう。光栄に思ってくれていいよ、ぼくはギミック。ギミック・ベル・ウルク・アルカバリア八世だ。まあ、一応国王をやっている」
この男が、国王陛下?
なよっとした雰囲気といい、国のトップとは思えなかった。
ただ、目の奥が笑っていない。
「そうだ。あんたは確かリルムのお友だちだったかな? その大活躍を祝して、どうだい? 今日は《守り人の住処》でパーティといこうじゃないか」
「なにを訳の分からぬことを言っておるんじゃ?」
声を荒らげているのは、大股でずかずかと歩いてくるリルムだ。
「わらわはもう王族ではないと貴様は言った。なのに今さら、招待しようというのか? 懐柔して王政の活躍にすげかえたいだけじゃろう! いい気なものだな!」
「怒るな怒るな。あんただって自分の悪いイメージを払拭したいんだろ? ぼくが主催したパーティに来れば、それこそ最高のエンターテイメントショーじゃないか。だって、この国王陛下が自らリルムの活躍を語るのだから」
この男、ものすごく話術が巧みだ。
ギミックが国王になったのも頷ける。
相手の反論を容易く言いくるめて、自分の思い通りに動かすのだ。
百年前だって、そうやって国王の座を勝ち取ったのだ。
「お言葉ですが、国王陛下。僕はそのパーティには行けません。やらなければならないことがあるので」
「わららとてごめんじゃな。なにより、外道主催のパーティなど虫唾が走るわ」
断られても、ギミック国王はめげなかった。
にこにことした笑いを浮かべている。
「うーん、残念だな。リルムと従妹水入らずの会話ができると思ったのに。……あ、そうだ。ティーゼ君って魔術師?」
「ええ、まあ」
「ぼくはひと目見て分かっちゃったんだけど、相当強いよねティーゼ君。うん。だからさ、どうだい? ぼくの部下にならない?」
「部下、ですか。申し訳ありませんが、僕はエルフではありませんし、妹もいるので」
「妹ちゃんも一緒でいいよ? 住み込みで働かせてあげるし、それなりの地位も給料も出す。もったいないよ? これほどの逸材が、どこの組織にも属さずにのうのうとしているなんて」
誘導がうまいことで。
こちらの要求を器用に拾い上げ、是が非でも「はい」と言わせようとしている。
「何度お誘いされても、陛下のお言葉には添えません」
「えーそっかー。うん、残念だなー。…………あぁそうだ、ならせめてぼくの研究所を見に来ない? 色々な植物を育ててるんだ。もちろん強制はしないよ?」
強制しないって、その口調だとほとんど強制だ。
国王陛下がここまで腰を低くして、研究所を見に来ないかと提案しているのだ。
断れない。
「そうですね、それでしたら」
「決まった決まった。もしここで断らたら、ぼくもどうなっていたことか」
ゾクッとするほどの、濃密な魔力の気配。
質と量はともにトップクラス。
国一番の魔術師だったと言われるだけある。
こっちも、眉がピクッと反応してしまった。
「じゃあ、ぼくは帰るね。研究所に来るのを楽しみに待ってるよ」
大勢の取り巻きを連れて、ギミック国王は去っていった。
そのあと、ヴェルデライトはウルガの巣のことを軍の上層部に伝えた。一応ウルガは全部討伐したが、近くにまだウルガの巣があるかも知れないので、調査するという。
リルムはリルムで、久しぶりに軍を指揮した疲れが取れていないらしい。
肩を回して唸っていた。
一応、健闘を称えておく。
「お疲れ様。すごい活躍だったね」
「貴様に美味しいところを全部持っていかれたがな」
申し訳ない思いだ。
「そういえばファニーは?」
「ああ、ファニーなら後方で待機させとる」
「ありがとう。……あとさ、ギミック国王とは従兄妹の関係なのか?」
リルムは常に口調が荒かったが、ギミック国王はずっとあんな調子だった。
いとこにしてはギクシャクしている。
正直、ニワトリ頭のタリマンのほうが、喧嘩が絶えないだけで仲良く見えた。
「外道とか言ってたけど」
「あいつは外道じゃよ。気持ち悪い、変態、クズをすべて詰め込んで煮こんだような男じゃ。従兄だと思いたくないがの」
「ひどい言われようだな。そんなに危険な男なのかい?」
「あやつ、わらわの母君が好きすぎるんじゃよ。百年経ってさすがに諦めたかと思ったが、そうでもないらしい。気持ち悪いことこの上ないわ。あやつはあやゆる手段で母君と接触しようとするからの」
「人妻狙ってるのか。それはやばいな」
「ギミックは父君のことを憎んでおる。理由はよく知らんが、たぶん母君を手に入れられなかった嫉妬じゃないかと思っておる。まぁ、それだけならいいんじゃが──」
注意深く、リルムの目が光った。
「あやつは頭もキレる。魔術師としての実力は、わらわより上じゃ。ティーゼも相当な魔術の使い手じゃと思うが、気をつけたほうが良いぞ。ネチネチしてるから」
──ネチネチしてるのか……。
肝に命じておこう。




