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31 どうしましょうお兄様、ドラの木に大量のウルガが!


 朝。

 ファニーは誰かの走ってくる足音で目覚めた。


「リルム様、ファニーさん!! 大変です、《巨人を知る大樹(ドラ)》がっ!!」


「おはようなのですニーチェさん。どうかしたのです?」


 急いできたらしい。

 ニーチェは肩で息をしながら、窓の外を指し示した。


「ドラの木に大量のウルガが発生しています! 幼虫もいっぱいいるそうです!」


「なぬ!?」


 覚醒したリルムが飛び起きて、ニーチェに詰め寄った。


「ティーゼさんがすでに向かわれています。私たちも後を追いましょう!」


「よし、わかった。急ぐぞ!」


 不穏な空気が流れている。

 いったい、これからどうなってしまうのだろうか。


 不安を抱えて、ファニーはひっそりと兄を想った。


「お兄様……」








 

 巨人が運んできた。

 そんな言い伝えの残る大木が、悠然と立っている。

 

 存在するだけで豊かな生態系を生み出し、生きとし生けるものすべてに恵みをもたらすという。

 二千年の樹齢を誇る木、《巨人を知る大樹(ドラ)》──

 しかし、雄々しかったはずの大木は、枝葉が痩せて色味も悪い。つぼみの大半は満開になる前に散り、無数の花びらが地に落ちている。


 そして、現在いま


「なぜだ、なぜ誰もアイツらを倒せないんだッ」


「近づいた者がことごとく眠らされています。しかも、アイツ木を人質にしていて、火炎放射器や威力の強い魔術が撃てないんです」


「くっそう、忌々しい魔獣め……」


 木の根に張り付く大量の幼虫。

 それを守るように立つ、八匹の巨大なウルガ。

 それをまた、ぐるりと囲んでいるのは総勢二百人ほどの軍隊だ。

 ウルガの大群が発見されてから数時間、エルフ軍はこれといった打開策もないまま膠着状態にある。

 

 ──そんななかで。


「おい、なぜおまえがいる!」


「おまえはもう軍人でも王族でもない! 早く立ち去れ!!」


「裏切り者が。また国をかき乱すつもりか!!」


 罵声を浴びながらも、リルムは平静な顔で歩いていた。

 ただ静かに、その男の目の前に立つ。


「現場の責任者は貴様じゃな」


「そ、そうだ」


「状況を説明しろ」


「なっ! なぜ裏切り者にそんなことを言わねばならん! くと去れ!」 


「わらわは──」


 息を吸い込み、銀髪の元王女はその足でしっかりと地を踏みしめる。

 鬼気迫る表情で、怒気を吐き散らした。


「わらわはリルム・ベル・ウルク・リードリッヒ二世! 百年前は、国家を守る第一師団総司令官であった! 国の一大事だという機に、貴殿はわらわの加勢をいらぬと申すのかッ!」


「ぐぬっ……ッ!」


 苦虫を噛み潰したような顔をした男は、しぶしぶとこの状況を説明する。

 昨日の負傷で、タリマン総司令官が来れないということ。

 あの大きなウルガ八匹が、ドラの木から一歩も動かないこと。

 どうやら木の真下にウルガの巣があるということ。


「よく分かった。わらわがまず、あの巨大なウルガ八匹を何としても木から離そう。ドラの木の安全が保たれたところで、第一師団から第八師団は各一師団で敵の殲滅に当たらせよ。のち、幼虫を木から引き剥がして焼却する」


「なにを勝手に! 現場の責任者は私だぞ!」


タリマン総司令官(ニワトリ男)のいない今、少なくとも総司令官という経験を持つのはわらわだけじゃ。違うか!」


「…………っく。承知、いたしました。これより、軍の全指揮権をリルム様に委譲します」


 そして、リルムは男に背を向けた。

 いつのまにか、メイド姿の暗器使い(ニーチェ)が隣に立っている。


「ニーチェはわらわの背後を頼む。紫色の霧にはくれぐれも気をつけるのじゃぞ、吸い込めば眠らされるぞ」


「御意に。今こそ、ロザー様とリルム様への恩義を返すとき」


「ふんっ、よい威勢じゃ。さすがわらわのメイドじゃな」


 そして、リルムは。

 幼虫たちを守るように立つ八匹のウルガに向かって、吠えた。


「ウルガ殲滅作戦、開始ッ!!!!」

 

「「「うぉおおおおおおおおおおお!!!」」」

 

 かつての総司令官が舞い戻った。

 それでだけで、総勢二百人の国軍は士気を取り戻した。





 ◇






 ちょうどそのころ。

 一足先に現地に赴いていたヴェルデライトは、ドラの木の根に近づいていた。

 八匹のウルガがいる場所とは反対側。

 ドラの木の幹は大きいので、ここからウルガや軍隊は見えない。


 ──始まったみたいだな。


 千里眼で確認したところ、リルムが一喝入れて指揮を取っている。


 ──表はリルムさんが何とかしてくれる。


 八匹の巨大なウルガは国軍に夢中で、木の反対側にいるヴェルデライトの存在に気づいていない。

 今こそ好機だ。

 なぜウルガたちがドラの木の下に巣を作ることができたのか。

 その原因を突き止めつつ、ウルガの女王を討つ。


 それが、リルムにできる最大のサポートだ。

 ウルガの大量発生事件が、ド派手な功績として後のアピールとなる。


「ここか。ウルガの巣への入り口……」


 木の根の奥に、下へと繋がりそうな穴がある。

 根っこに空洞が掘られていて、深そうだ。

 八匹のウルガが外に出られたくらいだから、大きいとは予想していたが。


 ──このデカさ、なぜ誰も今まで気づかなかった?


 ありえないのだ。

 ドラの木にこんな穴が空いていたら、絶対に誰かが気づく。

 すぐに軍の耳に届き、何らかの対処をしていただろう。

 現国王が国中を捜索したのではなかったのか?


 ──……魔術か。


 感じる。これは人工的に誰かが魔術を施し、この穴を隠したのだ。

 何のためだろう。

 ウルガを守りたかった?

 いや、ウルガは植物を枯らす元凶中の元凶。国の敵だ。


 なぜそれを生かす?


 ──とりあえず、カルデラ外部にウルガが全然いなかった説明もついたな。


 出る必要がないのだ。

 こんな美味しい養分ドラがあるのだから、一歩も動くことなく肥え太ることができる。

 とりあえずは。


「全部、消し飛ばす」

 

 ヴェルデライトは穴に飛び込み、夜目と浮遊魔術を発動させる。

 数十メートルほど降りると、蜂の巣のような形で安置されている大量の卵があった。

 いずれウルガになってしまうもの。

 ためらいなどない。


 バチバチバチバチッ!!


 ヴェルデライトの放った不可視の魔術が、一斉に卵を破裂させる。

 その数、ざっと数千。

 いっさいの躊躇などない。

 鳥のように巣の中を飛び回りながら、何匹かの働きウルガを発見し、駆逐していく。

 途中、とても大きな横穴を発見した。

 風が流れている。もしかしたら、この穴がカルデラの外部にまで繋がっていたのかもしれない。確認したいが、後回しだ。それよりも先に──

 

「あれが女王かな……」


 とりわけ大きな部屋で卵を生み続けているウルガがいる。

 外にいるウルガに比べても大きい。動きは鈍重そうだ。女王の周りには、衛兵のようなウルガが何匹もいる。


 それを。

 ヴェルデライトは、手を振る動作だけで潰した。

 断末魔すらあげることもなく消し飛ばされたウルガたち。侵入者の存在に気づいた女王が、鎌首をもたげるがもう遅い。

 狙いはすまされた。

 放たれた魔術が、女王の命を刈り取る。


「────っ」


 はず、だった。

 だが実際はどうだ。ヴェルデライトの攻撃は、見えない壁にぶつかったかのように停止している。

 緑色に輝く魔術印。

 誰かが女王を庇うために、ここに仕掛けていたらしい。


 ──穴を隠していた人物と同じものだな。


 あの魔術ごと女王を吹き飛ばすことなど、ヴェルデライトには簡単なことだ。

 ただ、ここでやることはできない。

 広範囲の特大魔術なんて撃ち込めば、この上にあるドラの木だってただでは済まないからだ。


「仕方ないな…………」


 手を、伸ばす。

 そしてそのまま、女王を浮遊魔術で持ち上げた。


「お外に出ようか、女王様」




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