31 どうしましょうお兄様、ドラの木に大量のウルガが!
朝。
ファニーは誰かの走ってくる足音で目覚めた。
「リルム様、ファニーさん!! 大変です、《巨人を知る大樹》がっ!!」
「おはようなのですニーチェさん。どうかしたのです?」
急いできたらしい。
ニーチェは肩で息をしながら、窓の外を指し示した。
「ドラの木に大量のウルガが発生しています! 幼虫もいっぱいいるそうです!」
「なぬ!?」
覚醒したリルムが飛び起きて、ニーチェに詰め寄った。
「ティーゼさんがすでに向かわれています。私たちも後を追いましょう!」
「よし、わかった。急ぐぞ!」
不穏な空気が流れている。
いったい、これからどうなってしまうのだろうか。
不安を抱えて、ファニーはひっそりと兄を想った。
「お兄様……」
◇
巨人が運んできた。
そんな言い伝えの残る大木が、悠然と立っている。
存在するだけで豊かな生態系を生み出し、生きとし生けるものすべてに恵みをもたらすという。
二千年の樹齢を誇る木、《巨人を知る大樹》──
しかし、雄々しかったはずの大木は、枝葉が痩せて色味も悪い。つぼみの大半は満開になる前に散り、無数の花びらが地に落ちている。
そして、現在。
「なぜだ、なぜ誰もアイツらを倒せないんだッ」
「近づいた者がことごとく眠らされています。しかも、アイツ木を人質にしていて、火炎放射器や威力の強い魔術が撃てないんです」
「くっそう、忌々しい魔獣め……」
木の根に張り付く大量の幼虫。
それを守るように立つ、八匹の巨大なウルガ。
それをまた、ぐるりと囲んでいるのは総勢二百人ほどの軍隊だ。
ウルガの大群が発見されてから数時間、エルフ軍はこれといった打開策もないまま膠着状態にある。
──そんななかで。
「おい、なぜおまえがいる!」
「おまえはもう軍人でも王族でもない! 早く立ち去れ!!」
「裏切り者が。また国をかき乱すつもりか!!」
罵声を浴びながらも、リルムは平静な顔で歩いていた。
ただ静かに、その男の目の前に立つ。
「現場の責任者は貴様じゃな」
「そ、そうだ」
「状況を説明しろ」
「なっ! なぜ裏切り者にそんなことを言わねばならん! 疾くと去れ!」
「わらわは──」
息を吸い込み、銀髪の元王女はその足でしっかりと地を踏みしめる。
鬼気迫る表情で、怒気を吐き散らした。
「わらわはリルム・ベル・ウルク・リードリッヒ二世! 百年前は、国家を守る第一師団総司令官であった! 国の一大事だという機に、貴殿はわらわの加勢をいらぬと申すのかッ!」
「ぐぬっ……ッ!」
苦虫を噛み潰したような顔をした男は、しぶしぶとこの状況を説明する。
昨日の負傷で、タリマン総司令官が来れないということ。
あの大きなウルガ八匹が、ドラの木から一歩も動かないこと。
どうやら木の真下にウルガの巣があるということ。
「よく分かった。わらわがまず、あの巨大なウルガ八匹を何としても木から離そう。ドラの木の安全が保たれたところで、第一師団から第八師団は各一師団で敵の殲滅に当たらせよ。のち、幼虫を木から引き剥がして焼却する」
「なにを勝手に! 現場の責任者は私だぞ!」
「タリマン総司令官のいない今、少なくとも総司令官という経験を持つのはわらわだけじゃ。違うか!」
「…………っく。承知、いたしました。これより、軍の全指揮権をリルム様に委譲します」
そして、リルムは男に背を向けた。
いつのまにか、メイド姿の暗器使いが隣に立っている。
「ニーチェはわらわの背後を頼む。紫色の霧にはくれぐれも気をつけるのじゃぞ、吸い込めば眠らされるぞ」
「御意に。今こそ、ロザー様とリルム様への恩義を返すとき」
「ふんっ、よい威勢じゃ。さすがわらわのメイドじゃな」
そして、リルムは。
幼虫たちを守るように立つ八匹のウルガに向かって、吠えた。
「ウルガ殲滅作戦、開始ッ!!!!」
「「「うぉおおおおおおおおおおお!!!」」」
かつての総司令官が舞い戻った。
それでだけで、総勢二百人の国軍は士気を取り戻した。
◇
ちょうどそのころ。
一足先に現地に赴いていたヴェルデライトは、ドラの木の根に近づいていた。
八匹のウルガがいる場所とは反対側。
ドラの木の幹は大きいので、ここからウルガや軍隊は見えない。
──始まったみたいだな。
千里眼で確認したところ、リルムが一喝入れて指揮を取っている。
──表はリルムさんが何とかしてくれる。
八匹の巨大なウルガは国軍に夢中で、木の反対側にいるヴェルデライトの存在に気づいていない。
今こそ好機だ。
なぜウルガたちがドラの木の下に巣を作ることができたのか。
その原因を突き止めつつ、ウルガの女王を討つ。
それが、リルムにできる最大のサポートだ。
ウルガの大量発生事件が、ド派手な功績として後のアピールとなる。
「ここか。ウルガの巣への入り口……」
木の根の奥に、下へと繋がりそうな穴がある。
根っこに空洞が掘られていて、深そうだ。
八匹のウルガが外に出られたくらいだから、大きいとは予想していたが。
──このデカさ、なぜ誰も今まで気づかなかった?
ありえないのだ。
ドラの木にこんな穴が空いていたら、絶対に誰かが気づく。
すぐに軍の耳に届き、何らかの対処をしていただろう。
現国王が国中を捜索したのではなかったのか?
──……魔術か。
感じる。これは人工的に誰かが魔術を施し、この穴を隠したのだ。
何のためだろう。
ウルガを守りたかった?
いや、ウルガは植物を枯らす元凶中の元凶。国の敵だ。
なぜそれを生かす?
──とりあえず、カルデラ外部にウルガが全然いなかった説明もついたな。
出る必要がないのだ。
こんな美味しい養分があるのだから、一歩も動くことなく肥え太ることができる。
とりあえずは。
「全部、消し飛ばす」
ヴェルデライトは穴に飛び込み、夜目と浮遊魔術を発動させる。
数十メートルほど降りると、蜂の巣のような形で安置されている大量の卵があった。
いずれウルガになってしまうもの。
ためらいなどない。
バチバチバチバチッ!!
ヴェルデライトの放った不可視の魔術が、一斉に卵を破裂させる。
その数、ざっと数千。
いっさいの躊躇などない。
鳥のように巣の中を飛び回りながら、何匹かの働きウルガを発見し、駆逐していく。
途中、とても大きな横穴を発見した。
風が流れている。もしかしたら、この穴がカルデラの外部にまで繋がっていたのかもしれない。確認したいが、後回しだ。それよりも先に──
「あれが女王かな……」
とりわけ大きな部屋で卵を生み続けているウルガがいる。
外にいるウルガに比べても大きい。動きは鈍重そうだ。女王の周りには、衛兵のようなウルガが何匹もいる。
それを。
ヴェルデライトは、手を振る動作だけで潰した。
断末魔すらあげることもなく消し飛ばされたウルガたち。侵入者の存在に気づいた女王が、鎌首をもたげるがもう遅い。
狙いはすまされた。
放たれた魔術が、女王の命を刈り取る。
「────っ」
はず、だった。
だが実際はどうだ。ヴェルデライトの攻撃は、見えない壁にぶつかったかのように停止している。
緑色に輝く魔術印。
誰かが女王を庇うために、ここに仕掛けていたらしい。
──穴を隠していた人物と同じものだな。
あの魔術ごと女王を吹き飛ばすことなど、ヴェルデライトには簡単なことだ。
ただ、ここでやることはできない。
広範囲の特大魔術なんて撃ち込めば、この上にあるドラの木だってただでは済まないからだ。
「仕方ないな…………」
手を、伸ばす。
そしてそのまま、女王を浮遊魔術で持ち上げた。
「お外に出ようか、女王様」




