03 贅肉だらけのお兄様、筋肉のあるお兄様へと進化してください!
はしゃぐ女の子二人の声。
「す、すごいぞ師匠! 師匠は魔法使いだけじゃなくて、猛獣使いなのかっ!?」
「ふっふっふ。驚くのはまだ早いよリタくん、ファニーは猛獣たぬ吉を自在に操れるのでぇす!」
「師匠はすごいのだー!」
ファニーとリタの二人は、たぬ吉に乗っている。
リタが前、師匠が後ろ。たぬ吉は二人が落ちないように気を遣いながら、雪道を疾走している。
ヴェルデライトとグラスはというと、ソリ付きの荷車に乗って微笑ましく彼女たちを見守っている。
「あの二人はすっかり仲良しだな……」
「ファニーは、生まれてから僕以外の人と話したことがないんです。……リタさんが初めての友だちということになりますね。だからきっと、嬉しくて嬉しくて仕方ないんだと思います」
「ってことは、あんたも俺たち木こりと一緒だな」
「一緒、というのは?」
「俺たちも孤独の職業だから、だよ」
渋みある男の横顔から、白い息がほぉと吐き出される。
「木こりはその名の通り木を切り、薪を街に売りに行く。重労働でな。森の近くに小屋を建てるのが普通なんだ。リタには友だちがいない」
一年を通して、薪作りに励む木こりたち。
街で暮らせていれば、リタにも友だちができたかもしれない。ぼさぼさの髪のまま、お古の服を着なくても済んだかもしれない。年頃の娘らしく、好きな男の子の一人でも作っていたかもしれない。
「嫁に先立たれてしまったから、俺にはあの子が、不憫で仕方ない。だから本当に、ヴェルデライトさんとファニーちゃんに会えてよかった」
「僕も同じ気持ちです。ファニーのあんな楽しそうな表情、初めて見ました」
「ははっ。あんたはホントに妹さん思いなんだなぁ」
「ええ。大好きですから」
しばらく、そんな話をした。
リタはきのこの料理が好きだとか、ファニーはお花の冠を作るのが上手だとか。
揃いも揃って、身内自慢に華を咲かせたところで。
「そろそろ昼飯にするか。ミミとメメにも休憩させてやらないと」
「もしかして、彼らのことですか? 獣人族……という認識でよろしいですか?」
ソリ付き荷車をひき、たぬ吉と一緒に並走してくれた二人。
獣人族だ、とは思っている。けれどなんとなく違う。獣人族はもっと人に似た体をしており、一部分のみ動物の特徴を残すことが多い。尻尾だけ猫とか、足だけ鳥だとかそんな具合だ。
「獣人の亜種。人としても、獣人としてもなりきれない子たちだ。俺の予想では、双子だったせいかもしれないな」
ほとんど獣のような見た目。でも獣ではなく、獣人。
顔を布で覆っているのは、たぶんそういう理由なのだろう。
「親もおらず、言葉も話せない。見た目がこう……なんだ、ちょっと怖いからな。だから親がいないんだろう」
「グラスさんはそれを?」
「可哀想だと思ったからな。こいつらだってこの姿になりたくて生まれたわけじゃない」
「……優しいですね」
「そんな聖人君子みたいな人間じゃないぞ、俺」
そう言って、グラスは笑っていた。
◇
縦穴には、シチューの香りが充満していた。
匂いに釣られた腹ペコの二名プラス一匹が、揃いも揃って顔を輝かせる。
「「おいしそーっ!!」」
『わんわんっ!!』
「俺の特製シチューだ。ほっぺたが落ちるほど美味いから気をつけろよ?」
「「やったーっ!!」」
我先にとお椀をグラスに突き出す女の子二人。
たぬ吉にいたっては、専用の巨大受け皿を口にくわえてお座りをしている。
「熱いから気をつけろよー」
滑らかな木のお椀に注ぎ込まれた、とろっとろのクリームシチュー。大口に切られた野菜は柔らかく、たまに出てくるヤギ肉が食べ盛り二人の食欲を刺激する。鼻のいいたぬ吉にいたっては、待ちきれないと言わんばかりに尻尾をブンブン振っておねだり。
そんなビッグワンコに笑いながら、グラスは大量のシチューを大皿に盛っていく。
「ヴェルデライトさん、味はどうだい?」
「とても美味しいです。毎日山菜だけの食生活でしたから、こんな料理は久しぶりです」
「毎日山菜だけ!? だからそんなにヒョロいのか? ……ダメだぜ、男は肉を食べろ肉を」
「食べたい、のは山々なんですがね。もう動物がたぬ吉だけになりまして。なんとか野菜を育てて暮らしてます」
ちょっとした森のようになっている場所もあり、水が湧きたくさんの植物が生い茂っている。五百年間空を飛び続けたアヴィアンヌには、たぬ吉以外の動物が棲んでいなかった。
この棘森に来るまでは、一度も地上に降りたことがない。
ファニーはもちろん、ヴェルデライトも久しく肉を食べていない。筋肉も落ちて痩せてしまった。おかげでちょっと走れば息があがってしまう。
「ヴェルお兄様はもっと筋肉をつけるべきです!!」
「……魔法使いに筋肉は必要ないと思っているのだけど」
「筋肉のない、贅肉だらけのお兄様なんて嫌いなのです!!」
「ぜ、ぜ、贅肉だらけのお兄様は……嫌い……!?」
雷が落ちたような衝撃。
ヴェルデライトにとって一番大切なのはファニーであり、そのため、ファニーも兄が一番好きなはずだ。しかし現実はどうだ。
唯一の血縁者たる可愛い赤髪の妹はほっぺたを膨らませ、兄の無駄な脂肪を嘆いているではないか。
兄の贅肉問題はいずれ、兄妹のささいな口論につながり、大きな喧嘩となり、妹がたぬ吉を連れて家出をし、やがて絶縁状態へと発展する。
ああ、なんという悲劇!
──贅肉だらけのお兄様は嫌い贅肉だらけのお兄様は嫌い贅肉だらけのお兄様は嫌い贅肉だらけのお兄様は嫌い……。
「わー。師匠のお兄様、お顔が真っ青なのだー」
「あー。こりゃ、あいつ思考がループ状態になってるな……」
「お兄様、ぜひ筋肉のある賢者へと進化してください!!」
その瞬間、ヴェルデライトが顔をあげる。
そうだ、なにを迷うことがある。贅肉だらけのお兄様が嫌いなら、筋肉のあるお兄様に生まれ変わればいい。
──わが贅肉よ、地獄の業火で焼き滅びるが良い!




