27 ニワトリさんにはがっかりなのですよお兄様、せっかく可愛いと思ったのに!
笑い過ぎじゃないだろうか、あのニワトリ頭。
どうやらリルムと並々ならぬ因縁があるらしい。
こっちには全然目をくれず、リルムばかり責めていた。
「相変わらず虚言癖がお強い総司令官殿、いや失敬、元・総司令官殿ですな。これでは国を裏切ったと思われても仕方のない」
「ふんっ。よもや、そのような虚言をのたまうために、わざわざ話しかけてきたのではあるまいな?」
ニーチェは、リルムを侮辱されたせいで臨戦態勢だ。
ファニーも「むむむっ!」って感じの顔をしている。
しかし、ニワトリ頭の嫌味は止まらない。
「忠告しに来たのですよ。あなたがまた、妙なことをしでかして、大切な家の評判をさげぬように。ね? 親切でしょ?」
「ほざけ、ニワトリ頭。禿げさせるぞ。わらわは家の盛りたてのために働いておるのじゃ」
「くくっ。その威勢がどこまで続くのか楽しみですねェ。民はみな我らが国王、ギミック陛下を信頼しておられるのですよ! 先代国王は国を助けるどころか、その姿勢すら見せなかった! 娘が娘なら、親も親だ!」
「っ貴様、リルム様を侮辱するだけでは飽き足らず、ロザー様まで!! 許せんっ!!」
ニーチェが青筋を立てて、怒気をみなぎらせている。
落ち着いた雰囲気の彼女だったが、怒るとかなり怖い。今にもニワトリ頭に襲いかかりそうだ。
──あの太ももに隠されてるのって暗器か?
キラリと光る剣呑な白刃。間違いなく護身用の暗器だった。
「そこまでする必要はない。落ち着け」
「ですが! あの男は、一度ならず二度までも!」
「そうなのですよ!! リルムとリルムのお父様をバカにするなんて、ファニーなら絶対に許せません!」
あれま、いつの間にやら妹までも。
「ニワトリさんヘアーでちょっと可愛いと思ったのに、あなたにはがっかりなのです!! 早くリルムに謝ってください!!」
「か、かわ、可愛い……???」
可愛いと言われたのがよほど心外だったのか、口をあんぐりと開けるタリマン。
ファニーにとって、あのニワトリヘアーは可愛く映るのだろうか。
これが、女子ゆえの繊細な感覚というやつだろうか。
「ええい! とにかく、忠告はしましたからね! あとで泣いても知りませんからね!!」
「貴様に言われるまでもないわっ!! とっとと失せろ、この禿げニワトリっ!!」
「禿げてねぇし!!」
なんだこの二人。
仲が良いのか、悪いのか。よくわからない雰囲気だが、ケンカするほど仲が良いってことだろうか。
いつのまにか、ニワトリ頭の男は去って行った。ウルガの討伐に戻ったのだろう。
──本当にちょっかいかけに来たんだな、ニワトリ男。
去っていくニワトリ男を見送ってから、ヴェルデライトはリルムに声をかける。
「驚いたよ。総司令官だったのかい?」
「ん? あぁ、昔はな。一応、わらわは現国王の次に強い魔術師じゃった。軍をまとめる役を努めていたのじゃよ。あの小生意気なニワトリは、わらわの一番弟子じゃよ」
「タリマンは今、リルム様の後任として総司令官の役割を担っています。おかげで減らず口がますます増えました。…………あとで締めにいかないと」
さっきもそうだったが、ニーチェのリルムへの忠誠心は凄まじいものだ。
リルムが傷つけられそうになれば、身を挺して守りに来そうな雰囲気がある。
「とにかく、今日はありがとうじゃった」
「いえいえ」
「今日は実家で休んでくれ。今晩は父君も母君もいないから、好きに過ごしてくれて構わんじゃろ。わらわが許可する」
────というわけで。
家主のいない屋敷に、女三人と男一人。だからといって甘酸っぱい雰囲気があるわけでもなく、平和な時間が過ぎていく。
夕食が終わった頃になって、ヴェルデライトはニーチェと話す機会があった。
「リルム様から聞きました。氷漬けになっていたところを、助けてくださったそうで。主人の代わりに御礼申し上げます。ありがとうございます」
「個人的な興味と、ファニーが助けてって言ってたからね。礼には及ばないよ」
夜風が気持ちいい。
ここから見えるドラの国は、他とは違う独特の雰囲気がある。高度な魔術的な技術を持ちながら、自然と共存関係にあるエルフの国。明日、ウルガのリン粉について調べるついでに、大図書館に行ってみようと思う。面白い情報が手に入るかもしれない。
「そういえば、リルムさんってどうしてあそこまで国を救おうと頑張ってるのか、知ってるかい?」
「昔からの仲ですから、まぁ何となくは」
「ホントに? 彼女、僕がアヴィアンヌを作った人間だって分かると、すぐ売り渡せって言ってきたんだ。あのあと、それは国を救おうと思ってるからって分かったけどね。それでも、どうしてあそこまでって思うよ」
「どうしてですか?」
「今の国王陛下が国のために、未知の病気に対抗できるワクチンを開発して、ウルガを討伐して、とりあえず平和は訪れた。確かに今でも国の外にはウルガがいるし、ドラの木だって弱ってる。でもそれは、国王がやることであってリルムがすることじゃないよな」
放っておいても、国王を始めとした現王政が何とかしてくれる。
それなのに。
「彼女、とても一生懸命だ」
「リルム様が誰よりもお優しく、そして誰よりも国のことを憂いておられるからですわ。私がまだ小さく、使用人としてもまだまだだった頃、リルム様は最後まで見放さずに育ててくれました。面倒見がいいんです、うちの王女様」
「……なるほどね」
夕食の最中、リルムは何度となくファニーの疑問に答えていた。夕食の簡単な疑問から、王族、魔術に関することまで。でもリルムは嫌な顔ひとつせず、丁寧に答えていたのだ。
見た目とは裏腹な面倒見の良い性格。妹が懐くのは自然な成り行きだった。
「ニーチェさんも、そんな彼女が大好きなんだろうね」
「ええもちろん。あなたもでしょう? 一緒に過ごして、リルム様を嫌いになる者などいません」
「そうだね」
彼女の優しい面が、国中の民に知ってもらえたら。
きっと、誰も彼女のことを『裏切り者』と言わないだろうに。
「何とかしてあげたいなって思ったよ。ドラの国を救うんじゃなくて、リルムさん自身を救ってあげたい」
そう、ヴェルデライトは思っていた。




