25 リルムと一緒に、魔獣退治に行きましょう!
外に飛び出したリルムを追いかけていると、いつのまにか並木道に着いていた。
ようやく立ち止まってくれたので、ヴェルデライトとファニーは立ち止まる。
「大丈夫じゃ、わらわは何も感じておらんぞ。なぁに、父君もお年を召していた。国王の任務に体がついていかなかったのじゃろう、仕方のないことなのじゃ」
「……」
「ははは……。裏切り者などと言われてしまった。格好の悪いところを見せてしまったな。これも仕方ない。仕方のないことなのじゃ。わらわは国を救うと言って飛び出した。けれど何もできなかった」
木漏れ日の差し込む場所で、元王女は振り返る。
笑いながら、また泣いていた。
やっぱり泣き虫な王女様だなと、ヴェルデライトは思った。
「わらわは……王族失格じゃな」
「失格なんかじゃないのです!! 誰がそんなこと言えるのですか、だってリルムは、こんなにドラの国のことを思ってるじゃないですか! ずっと心配そうな顔してたじゃないですか!」
「そのとおりだよ、リルムさん」
ヴェルデライトはリルムに近づく。
「そこまで気を落とすことはないよ。だって、実際にアヴィアンヌを見つけて上陸できたじゃないか。今まで誰一人としてできなかったことを、やってのけた」
「結果が出なければ意味がないのじゃ……」
「結果なら出せばいい。使用人ですらあの様子だと、国中の人間がリルムさんのことを裏切り者だと思ってるかもしれない。だから、大きな功績を立てるんだ。悪いイメージを払拭できるくらいの、華々しい功績をね」
そうだ。
人の感情は簡単にコントロールできる。どれだけ裏切り者だと言われていようが、結果を出せば手のひら返しだ。そうすれば、リルムが肩身の狭い思いをしなくても済む。
派手さとタイミングが重要だ。
できるだけ多くの人間が見ている前で、派手なパフォーマンスが必要となる。
「リルム様っ!!」
並木道の向こうからエルフの女性が走ってきた。
落ち着いた雰囲気で、腰よりも長い髪が特徴的だ。
あと、メガネで巨乳。
「貴様は……」
「ニーチェです!」
「ニーチェじゃと!? わらわよりチビで泣き虫じゃったあの娘が、こんなに背も乳もデカくなったというのか!?」
「ち、乳は関係ありませんわっ」
真っ赤な顔で、ずれたメガネを押さえる少女はニーチェなのだという。
親しげな雰囲気から、昔からの仲だったのだろうか。
リルムの顔は、彼女の豊満な胸に包み込まれていた。
「あぁ、良かった。本当に良かった。一部の悪い噂では、リルム様はアヴィアンヌ調査の途中で亡くなったと。それにどうしたのです? 体が濡れているではありませんか?」
「こ、これは、その……噴水に頭を突っ込んだだけじゃ」
「相変わらず嘘が下手な王女様ですわね」
ニーチェが持っていたハンカチでリルムの顔を拭いていく。
「あのー」
話がようやく終わったところで、おそるおそるファニーが声をかける。
紹介してほしい、妹はそんな様子で訴えかけていた。
話を聞いてみると、ニーチェはリルムの使用人見習いだったという。昔はニーチェのほうが小さく、おっちょこいでお転婆娘だったらしいが、百年近く経って大人になったのだそう。
「そうじゃ、いいところに来たなニーチェ。わらわの国を救う手伝いをしろ」
「またそんなこと言って。いいですかリルム様、前回だって国を救うと言って出ていって、帰ってきたのは今ですよ。それで、アヴィアンヌに行って何か国を救う手立てでも見つかったんですか?」
「み、見つかってはおらぬ!!」
「ほーらやっぱり」
「でも、今回は違うぞ! わらわの友だちのファニーも、アヴィアンヌを設計者もおる!! 味方になってくれたんじゃ!」
「え、アヴィアンヌの設計者…………?」
視線がこっちに来たので、ヴェルデライトは小さくお辞儀をして自己紹介。
半信半疑な顔だ。
アヴィアンヌなんて、しょせんはお伽噺。
信じていない者だって多いから、当然の反応だ。
「とにかく! 今度こそ、植物の壊滅から国を救うのじゃっ! 貴様だって、ドラが弱っていることくらい知っておるじゃろ!? わらわがやらねば、誰がやるのじゃ!?」
「リルム様…………」
もう彼女は、王女ではない。
それでも、国の未来を憂いて変革を真剣に考えている。
たとえ裏切り者だと罵られようと、構わないのだろう。
その思いを、どうやらニーチェを感じ取ったらしい。
「分かりました。さすが、私の王女様です。次期国王は、やっぱりリルム様でないと!」
「そ、そうか? へへ、そこまで言われると照れるなっ!」
頬を赤く染めると、リルムも年頃の乙女のよう。
「ふふっ。では、お国を助けようとするリルム様と、そのお仲間たちにお話があります。まずはそうですね、ここ百年で我が国にどんなことが起きたのかお話しなければなりません」
国中の植物が枯れてしまうという未知の病気に、リルムの父親である元国王は為す術がなかった。そんなとき、娘のリルムが国から逃亡したという噂が流れ始めたのだと、ニーチェは言った。
「次第に、リルム様の父君……ロザー・ベル・ウルク・リードリッヒ一世国王陛下の信用は地に落ちていきました。民は王政に絶望し、国から逃亡する者も多かったと聞きます。しかし、救世主が現れたのです」
「救世主とな?」
「はい。当時、国一番の魔術師と言われていた、植物学の博士号も獲得されているお方。元国王陛下の甥っ子、ギミック・ベル・ウルク・アルカバリア八世。現在の国王陛下その人です」
国の窮地を救う。
まさしく英雄的な登場だ。
当時の国民はさぞ熱狂したことであろう。
「現国王陛下は、豊富な植物学の知識と魔術を組み合わせ、誰もなしえなかった未知の病気に効くワクチンを開発しました。さらに数年後、病気の原因が蛾の魔獣だと分かると、大討伐隊を結成して討ち滅ぼしたそうです」
「へえ、そりゃすごいね。機会があれば、ぜひその陛下とやらにお目通り願いたいものだ」
国一番の魔術師となれば、色々なことを知っていそうだ。話をすれば面白いかもしれない。
「はい。といっても、陛下は植物学の研究でご多忙の身。特に最近は、荒れ果てたカルデラ外部の大地を復活させるべく、強い植物を作っているそうで、公の場には姿を見せていません。面会するのは難しいかと」
「そうか。ま、そうだね」
よそ者が簡単に会えるわけない。
「で、じゃ。何かわらわの功績になりそうなことはないか? 一発派手なやつをどかーんとやっておきたいのじゃ!」
「リルム様の悪い噂を一発で吹っ飛ばしながら、国の窮地を救うようなものだと、…………あ、よい悪い噂がありますよ?」
「よい悪い噂ってなんじゃ…………?」
ニーチェは小さく笑っていた。
「うふふ、魔獣退治ですわ。まだカルデラの外に蛾の魔獣がいて、その討伐に軍も手間取っているそうです。国王陛下はお忙しい身の上なので、かわりにリルム様が討伐なされたらいかがでしょう? きっと、良いアピールになりますわ」
「よかろう。このわらわが、蛾の魔獣を根こそぎ退治してくれるわっ!! ぬははははっ!」
リルムの株をあげるため、カルデラの外で魔獣を狩る。
──忙しくなってきたな。




