24 着きましたよお兄様、ドラの国なのですっ!
数千年前の昔に、その地域で大きな噴火があったらしい。
火山活動で大きなカルデラができると、そこに水がたまりはじめ、動植物が増え始める。
伝説では、巨人がやって来て木を植えたとも言われている。
《巨人を知る大樹》の国の由縁だ。
大密林地帯とも言われるこの地域は、昔から様々な巨大生物が徘徊しているという。黒エルフ族は、自然の恩恵を受けながら共存関係のすえに、発展を遂げた。──けれども。
「ひどいのですよ……」
眼下に写っていたのは、灰色の大地だった。
緑豊かな大密林など見る影もない。
本当にここがドラの国なのだろうか。
「ひどいな。たった百年や二百年で、あの自然が壊滅してる。何が原因だったんだろうね」
黒エルフ族は、未知の病気として結論付けたという。
百年前は、誰も何もできなかった。為すすべもなく植物が枯れていく様を見て、民は絶望に染まったのだという。
だから、リルムが意気込んでアヴィアンヌの調査に向かった。
この灰色の大地を見て、リルムは部屋の隅っこで小さくなっていた。
また目が赤くなっている。
「ほら泣いてないで。国を助けるんだろう?」
「わ、分かっておるっ! わらわに指図するな!」
王女という立場上、人に弱みは見られたくないのだろうか。それにしては、長いことファニーに抱きついていたような。まぁ、男と女の差というものだろうかと、ヴェルデライトは結論づける。
さて。
アヴィアンヌをカルデラの中まで持っていくにはいかない。
この辺りはアヴィアンヌを隠す場所もないため、いつものように擬態化だけさせて、地上に降りる。歩いてドラの国に入った。
「カルデラの中は……良かった。どうやら、ここは緑がないわけじゃないんだね」
「良かったですね!」
「ああ。そうじゃな……」
生い茂った木々が、陽の光を浴びてきらきら輝いている。
カルデラ内部の自然は何とか無事のよう。行き交うエルフたちの様子を見る限り、文明が衰退したわけでもないようだ。
「リルムのお父様とお母様はどこにいるのです?」
「たぶん家におるじゃろ。……百年ぶりか、父君も母君も元気じゃと良いのじゃが……」
──ちょっと待て、呼び捨て?
いつの間にそんなに仲良くなったのか。聞いてみると、ファニーは友だちだからと答える。リルムもリルムで許しているらしく、自慢気に鼻を鳴らしていた。
「わらわはファニーの友だちじゃからな。あ、ちなみにファニーだけじゃぞ。貴様は許可しとらん」
黒エルフの王女とあんな一瞬で仲良くなれるって。
──さすが我が家の最終兵器……。
「国王陛下のいる宮についたぞ」
「おお、木の上にある宮殿とは洒落てるね。巨大な秘密基地みたいだ」
「おっきなツリーハウスみたいですーーっ」
通常の木より、何十倍も太い幹を持つ木。
その上の方に、これまた大きくてお洒落な家がある。
研磨で削ったように滑らかで、見るからに王家が住まう家という感じだ。
「ふにゅ? これが《巨人を知る大樹》なのですか? 思ったより小さいのです」
「違うよ」
「違うのですか?」
「向こうの方に森が見えるだろう? あそこから、一本だけとても大きな木が見えるはずだ。アレがドラの木だよ」
ここからでも、その大きさがよく分かる。
近づけばその巨大さに圧倒されるだろう。《人知らぬ大樹》もかなりの大きさだったが、母樹のドラは三倍くらい大きい。
「でも、色が落ちたな。昔はもっと濃い緑色だったよ」
「なに!?」
リルムが、眉間にしわを寄せている。
「百年前より明らかに痩せている。急がねば……」
リルムはさっさと木でできた階段を駆け上がった。
焦っている。
カルデラ周辺の自然は壊滅してしまった。カルデラの中も、いつああなってもおかしくない。早く原因を突き止めて、打開策を考えたいところなのだろう。
「遅くなってすまぬ! 今帰ったぞ!!」
中には使用人風のエルフたちがいた。
ほうきを持って、リルムを見ている。沈黙が長い。
ここは王族の宮殿のはずなのに、誰も反応しないのはなぜなのか。
百年間の不在だったから、リルムを知っている者がいないのか。いや、そんなはずはない。百年なんて、長生きのエルフなら大した時間ではないはずだ。
「あ、あの…………もしかして、リルム様、でしょうか?」
一人の使用人エルフが、信じられないと言いたげな表情をしている。
このなかで一番の年長者だ。
「そうじゃが、見ない顔じゃな。新入りか?」
「はい。といっても、90年ほど前に王家の使用人となった者でございます。今では、私が王家の使用人筆頭でございます」
「ふむ、そうじゃったのじゃな。わらわが留守の間、よくぞ家族を守ってくれた。感謝に絶えない。それでじゃが、父君と母君は何処に?」
「大変、申し上げにくいのですが……」
戦々恐々といった様子の彼女に対し、リルムは眉根をあげて訝しんだ。
「なんじゃ、申してみよ。遠慮はいらんぞ」
「はい。現在、王の家である《守り人の住処》には、リルム様の父君、ロザー・ベル・ウルク・リードリッヒ一世様、母君のメルラント・ベル・ウルク様はいらっしゃいません」
「……なに?」
リルムの冷めた声に、使用人の緊張は最高度に達した。
「で、ですから、いらっしゃいません。すでにロザー様は王の座を退かれ、メルラント様と一緒に静かな場所で暮らしておられます。ここはもう、リルム様が入ってこれるような場所ではないのです」
「…………なん、じゃと」
リルムはもう、王女ではない。
この場所も、彼女がいるべき宮殿ではなくなった。
なんという悲劇なのだろう。国を助けようと奮闘した結果がこれなのか。
百年もの間、国から姿を消していた元王女に、バケツの水をかける若い使用人がいた。
「で、出ていってくださいまし!! ここは神聖な王族のみが住まう家! 裏切り者があがっていい場所ではありません!!」
「おやめなさい!」
「筆頭……でもこの女は、国の危機というときに逃亡し、私たちを見捨てたのですよっ!? ロザー元国王だって何もしなかった!! いまの国王陛下がいなかったら、いったいどうなっていたことか!!」
使用人の目は、涙で充血していた。
何か言いたげな顔をしているが、筆頭使用人の彼女に制され、口をつぐむ。
筆頭使用人は深く頭をさげ、謝罪の意を示した。
「申し訳ございません、リルム様」
「よい。そうか、父君と母君はここにはいないのじゃな。それさえ分かれば、もうよい。邪魔したな、貴様ら。…………もう会うこともないじゃろう」
そして、リルムは外に飛び出した。
「り、リルム! 待つのですよ、ファニーを置いていかないでくださいっ!」
ファニーとヴェルデライトは、後を追った。




