21 エルフ族発見なのですよ、お兄様っ!
分厚い岩石群に覆われた下半球部分。
浮遊城アヴィアンヌの中心とも言えるその場所は、指先の感覚がなくなるような冷気に満ちている。
城を浮遊たらしめているのは、この奥にある魔術的設備のおかげ。
永久動力機関・《トキ戻し》──
古代アヌ言語を主軸に、何百もの魔術陣が複雑に絡み合っている。
安定飛行のために作られるエネルギーは、膨大だ。
ゆえに、徹底された管理が必要。
「寒いのですー」
「風邪を引くよ。マフラーを巻いてあげるから、こっちにおいで」
この寒さも、トキ戻しの熱暴走を防ぐため。
寒さに目を細め、ヴェルデライトは妹に赤色のマフラーを巻く。
「あったかいのですー。えへへ、お兄様の匂いもするのです。お日様の匂いー」
「お日様なのはファニーのほうだよ」
──と。
「わおん」
吠えるたぬ吉。
さっさと来い、そう言わんばかりに振り返った真っ白ワンちゃんは、すたすたと先を歩いてしまう。
「ここに、たぬ吉の飼い主がいるのですか? でも、お兄様は何回も来たことあるのですよ?」
「何度もトキ戻しの調整には来てるけど、そこまで詳しく見てない。今は探知魔術で気配を探ってるけど、全然見つかる感じじゃないね」
「分かりました、かくれんぼですね!! ファニー、得意なのですよ!!」
ファニーが見つけます!! 声を荒げて自信満々に言うファニーは、駆け足でたぬ吉に駆け寄る。コソコソとかくれんぼのことを伝えているようで、たぬ吉もブンブン振って大喜び。
たぬ吉が駆け出すと、ファニーも走り出す。
「たぬ吉には負けないのですよー!!」
「わおーんっ!!」
──元気だなー。
どうやら、寒がりなのは兄だけらしい。
ヴェルデライトはぶるりと体を震わせると、体の周りに火系統の加護を重ねがけ。もっとも得意な魔術が火系統で良かった。もし苦手だったら、今ごろどうなっていたことか。
体がほんのり温かくなったところで、かくれんぼを開始。
──でも、そう簡単には見つからないだろうなぁ。
「見つけたのですー!!」
──ウソ早っ!? ……すごいな、我が妹よ。
開始してわずか十秒足らず。
かくれんぼなら負けなし。
ファニーの腕前はプロ並み、いや鬼並みだ。
「お兄様お兄様お兄様お兄様っ!! 大変です大変です大変です、は、はやく来てくださいぃ!!」
「どしたー?」
ファニーは、換気口の穴に頭を突っ込ませていた。
体勢から察するに、穴の奥にある何かを引っ張り上げようとしている。
妹の小さなお尻がふりんふりんと揺れていた。
「…………可愛い」
「感心してないでファニーを引っ張り上げてくだしゃーいっっ!!」
「あごめん」
慌てて近づこうとすると。
「わおーんっ!」
「「わおーん?」」
焦る声に気づいたのか、ダッシュしたたぬ吉がファニーの足をあむっとくわえる。勢いそのままに上へと放り上げ、換気口から救出されるファニー。
投げられた小さな体が宙に浮かび、何のことはなくヴェルデライトが妹をキャッチ。
そして、たぬ吉はなにかをくわえていた。
「な、なんだありゃ……」
かちんこちんに凍らされた、なにか。
手らしき部分が氷からはみ出ている。
氷漬けになった人、という表現が一番適切だろうか。
「とりあえず、解凍してみましょうっ!!」
「そんなお肉焼きましょうみたいな言い方しちゃダメだよ。これ一応人だからね? 人が凍ってるんだからね?」
「わくわく……わくわく……」
ファニーが急かしてくるので、ヴェルデライトは苦笑。
火の魔術で、少しずつ氷を溶かしていく。
意外とすぐに解けてしまい、服に燃え移ってしまった。
「あ、あちちちちちちちちちちっ!」
「あごめん」
消火作業。
「寒いわっ!! 無礼じゃぞ貴様ら、わらわを誰じゃと心得ておる!?」
氷の中から出てきたのは、長い銀髪の少女だった。
幼い顔立ちでありながら、腰はしっかりとくびれており、膨らむ胸はそれなりに大きい。
エルフ族らしい露出率の高い服。
年齢で言うと17歳程度だろうか。
腕を組んで仁王立ちする様は、ご長寿ならではの風格があった。
「え、え、エルフ族だぁ!!」
「な、なんじゃ小娘! こら、エルフ族一の美髪と称されるわらわの髪を、そのように引っ張るでない!!」
「すごいのですー、きれいなのですーっ! はにゅー、もちもちですべすべ素肌なのですぅ」
「こ、こら! どこを触っておるっ!?」
ファニーの魔の手にかかったエルフの少女は、身を捩りながら笑いを堪えている。
そろそろやめさせたほうがいいかと思って、ひょいっとファニーの体を回収。
「君が、リルムっていうエルフ?」
「いかにも、わらわはリルム・ベル・ウルク・リードリッヒ二世。誇り高き、黒エルフ族の王の娘である」
──だから肌が褐色なのか。
黒エルフの特徴は褐色の肌。
健康的で美しい色だ。
「それでここは………………ぬわっ!?」
「わおーんっ!!」
感動の再会というやつだろうか。
百年ぶりに出会った飼い主の登場に、たぬ吉は興奮を押さえきれないのだろう。ベロベロと舐めまくり、もふもふ大サービスで愛情表現。埋もれるリルムは、満更でもない顔で愛犬の顔を撫でていた。
「おお、犬ぼうではないか! 久しいの、元気じゃったか? うむ、くるしゅうない。……えらく大きくなったのぉ。太り過ぎじゃないか?」
──ファニーが餌を与えすぎたからなぁ。
すると、リルムの体がブルブル震え始める。
「ぶえっくしょん!! ずび……ぬぅ、寒いのぉ」
その格好は寒い。
「とりあえず、城に戻って温かいものを用意するよ。それから、君がここに来たわけを聞こうじゃないか」
がくがく震えるリルムとともに、ヴェルデライトたちは城へと戻った。




