17 『リリーシャ家仲直り大作戦』開始なのですよ、お兄様っ!②
「もうすぐ特別なショーが始まるのですよー」
天使の格好をして、通り過ぎる人に声をかけていく。
ちょっとばかり休憩しようかな。
額にかいた汗を拭いながら、ファニーは息を吐いた。
「ファニーちゃーんっ!」
「あっ、アンさーんっ!」
手を振りながら駆け寄ってくるアンベルクの姿。今日の彼女は、いつもより艶やかだ。露出度の高いドレスで、同性でもドキドキしちゃうくらい。
「向こうの椅子は全部満席なのよ。すごいわ、これもファニーちゃんのおかげね!」
「えへへ。そんなことないですよ? アンさんも頑張ったのですっ!」
「そうね、こんなことをしたのは初めてよ。ちょっと緊張しちゃったけど」
言いながら、アンベルクはしきりに辺りを見渡していた。
誰を探しているのだろう。
「やっぱり、兄様はいないのね……」
「さっきまで居たですよ? ……ほら、あのステージの裏に」
仮設ステージの裏を指差す。
そこには、座り込むフレッドの姿があった。
「兄様」
「親父が来るなら俺は行かない」
「だ、ダメなのですよっ! フレッドさんも見ないといけないのです! みんなで、家族全員で見ないと意味がないのです!」
「そうよ、ファニーちゃんの言うとおりだわ! いつまでイジけてますの!! それでも男ですか!? 私の大好きだった兄様は、もっとかっこよくて、もっと男らしい人でしたわっ! 今こそ兄妹力を合わせて、お父様と向き合う時でしょう!」
グサグサグサっ。
フレッドの体に矢が刺さっていく。彼女の言葉は、辛辣だが正論。言い返せないフレッドは、唸るしかなかった。それでも、彼が立ち上がるまで数分ほどかかった。
「分かった」
「分かる必要はない」
ファニーたちの背後にいたのは、シルクハットを被った男性だった。
間違いない、アンベルクとフレッドの父親のロイスである。
「フレッド、アンベルク。二人とも、今すぐこの茶番をやめて家に帰りなさい」
「帰りませんわ、お父様。私たちは家出中です。それに、この聖夜祭の主催は私たちです。招待客であるお父様とともに劇を見るまで、帰りません」
「おまえは一体何を言ってるんだ。フレッド、おまえもバカバカしいと思ってるんだろう。ならさっさと、家に帰って、勉強でもしなさい。いいな?」
そう言って、背を向けてしまう。
どうでもいいとでも言うのだろうか。それとも知らないだけなのだろうか。このお祭りが、何のために開かれたのか、誰のために行われるものなのか。
「このあと、特別な舞台が始まります!! 短いですけど、脚本も考えて、手伝ってくれる役者さんも集めました! だから! ……見ていってください、お願いしますのです!!」
最大限のお願い。
大きく頭をさげたファニーに、アンベルクも続く。
同じように大きく頭をさげた。
「お願いです。家族全員で、舞台を見たいんです!」
すると、それを見ていたフレッドが、ゆっくり立ち上がった。
手に持っていた三角帽子を頭につけて、お願いをする。
「お願いします…………父さん」
心に響いたのかどうか。
小さなため息をついたあと、シルクハットを持ち上げて、ロイスは言った。
「5分だけ見る。つまらないと思ったら帰るぞ」
こうして、リリーシャ家は全員席に着いた。
左からロイス、空席、フレッド、アンベルクの順番。
まもなく、開演時間だ。
低いブザーの音が鳴る。
『あるところに……ナタリーという美しい娘がおりました。その娘はとても優しく、あの塔で星を見るのが大好きでした』
奥の暗幕が開いて、『星の見下ろす塔』がライトアップされる。
左側から金髪の女性が出てきて、中央部分に座った。
ナタリーが小鳥と戯れるシーンや、お花を摘むシーンが続く。
『あるとき……、ナタリーはロイスという素敵な男性と出会い、恋に落ちました』
ナタリーは、近づいてきた若い男に気づいた。
柔らかい笑みで、話しかける。
「ねえ。あなたは、星が好き?」
「え? 俺……は、まぁ、普通かな」
「そっか」
ナタリーは不思議な女性だった。
夜色の髪を持ち、どこぞの箱入り娘のような儚い雰囲気。
いつもキャンバスとにらめっこして、何かの風景画を描いているような人で。
ロイスは、彼女の不思議な雰囲気に惹かれていた。
通い詰めるごとに想いが膨らみ、でも、小心者のロイスは中々言い出せない。遠くから彼女を見つめているだけで精一杯だった。
ある日、彼女は塔の頂上に立っていた。何度落ちると忠告しても、全然聞いてくれない。そのうちバランスを崩して、落ちてしまった。
「あははは。落ちちゃいましたね……」
「落ちちゃったじゃない!! あんた、死ぬところだったんだぞっ!!」
ロイスが身を呈してキャッチしていなければ、彼女は死んでいた。
だから必死に怒った。こんなに怒ったことないくらいに、怒った。
だって。
「死んだら、死んでしまったら! 俺は、……誰と一緒に星を見ればいいんだっ!!」
「ふふふ。……大丈夫ですよ、ロイスさん」
不思議な安心感のある、ナタリーの微笑。
「私、死にませんから。だってまだ、アヴィアンヌ見てませんから」
「あんた、アヴィアンヌのこと……信じてるのか?」
「当たり前じゃない。わたしのおばあちゃんが言ってたの。……おばあちゃんが嘘つきなわけ、ありませんから」
茶目っ気のあるウインクが、とてもとても、愛らしくて、愛おしくて。
ロイスはすっかり、ナタリーに心を奪われてしまった。
浮遊城アヴィアンヌに関する話を集め、彼女に話を聞かせる。アヴィアンヌはこんなに大きいだとか、千年の大木が自生しているとか、光る花畑があるとか。
ナタリーはずっと笑顔だった。
そして、二人は結婚した。
子宝に恵まれ、男の子と女の子が生まれた。
男の子にはフレッド。
女の子にはアンベルクと名付けた。
「ふふふ。いい笑顔。……こらっ、フレッド。動いちゃいけませんよ」
風が吹き渡る草原に、家族の笑顔が咲き誇る。
フレッドとアンベルクが並んでいて、その姿をキャンバスに描き起こす。絵の背景は、もちろんアヴィアンヌ。ナタリーが、ロイスが、フレッドが、アンベルクが大好きな、空を飛ぶ巨大な城。
「あにさま! 動いちゃいけませんの! お母様が絵を描いていらっしゃるのよ!」
「だってつまんないんだもーん!! そんなことよりおれ、アヴィアンヌを探す旅に出たいんだ! 貯金だっていっぱい貯めてるんだぜっ!」
えっへんっ! と腰に手を当てるフレッドに、妹のアンベルクは「すごーい!!」と、小さな手を叩いて拍手を送る。
「ははっ。フレッド、おまえは旅する考古学者になるのか。なら俺は、父親として応援しなきゃだな」
「そうねえ、可愛い子には旅をさせろって言いますからね」
何気ない光景。何気ない家族の一コマ。
あふれんばかりに弾ける、家族の笑顔は。
笑顔は……発覚したナタリーの病気によって、遠い過去のものへと変わってしまった。
「嫌だ……嫌だナタリー、逝かないでくれ。俺は、俺は……っ!!」
「大丈夫です、よ。ロイス……私は、死なないから」
寝たきりになって、もう何ヶ月になるだろうか。
日に日に弱っていくナタリーに、ロイスは何もできない自分を悔やんでいた。
憎んでさえいた。
「どうすればいい。どうすればいいんだ。俺にとって、ナタリーは……輝く一番星様なんだ。道標なんだっ! おまえがいなくなったら、俺は……」
「死なない。私は、死にません、よ? だって私は、あなたと、フレッドと、アンベルクの、お星さまなんです。ずっとお空から、見守っていますから」
それからしばらくして、ナタリーは亡くなった。
まだ四十歳だった。
早すぎる妻の死は、ロイスの深い部分を傷つけ、粉々にしてしまった。
『早すぎるナタリーの死に、ロイスは悲しみに打ちひしがれました。そして、周りをかえりみず、仕事に没頭するようになってしまったのです』
「……くだらん昔話だ。私は帰らせてもらう」
舞台の進行役の声を皮切りにして、ロイスは、椅子から立ち上がった。
けれど、その前に立ちふさがった少女がいる。
「アンさんとフレッドさんのお父様! 待つのです!! 最後まで、見ていってください!」
ファニーは、両手を広げて彼の進路を塞いだ。
今しか無いのだ。
このチャンスを逃せば、親子の絆は戻らない。
「家族全員で!!」
その声に。
ロイスは、渋々といった様子で座席に戻った。
いよいよ舞台は、クライマックスに突入する。




