15 こそこそ内緒話ですかお兄様、気になりますねっ!
お兄様には余念がない。
天使のような愛らしさを持つ妹を、不埒な輩から守るため、女性入浴場を貸し切った。
どこで妹を覗き見ようとする男がいるか分からない。
むろん、あらゆる魔術的要素はすべて排除している。
「おまえ、どんだけ妹が好きなんだよ。兄貴のくせに」
「あれだけアンベルクさんに抱きつかれて、嬉しそうにしていた君とは思えない台詞だよ。ツンデレ君」
うげっ、という顔をするフレッド。
どうやら今でもツンデレは健在らしい。可愛いなら可愛いと認めてしまえばいいものを。なぜそこまで強情なのか、理解に苦しむ。
「しょせん、お兄様の風上にもおけないのだよ、君は」
「なぜどや顔なんだ……!?」
真のお兄様は完璧であらねばならない。
ヴェルデライトの信念だ。
「ところで、ツンデレ君はどうして父親と仲が悪いんだい? ……やっぱりツンデレが原因?」
「ツンデレツンデレって人をツンデレ呼ばわりするな! あとツンデレじゃない、ただの反抗期だ!!」
ある程度の年齢になった子どもが、親にするという行為。
言うことを聞かない、話を聞かない、無視をする。そんなことが多いだろうか。
「母さんが死んで、親父は妹にすっごい怒鳴るようになったんだ。グズ、のろま、役立たずって。アンは、確かに俺よりかは要領が悪いが、真面目で、がんばり屋さんなんだ。俺が楯突けば、アンには怒鳴らなくなるかなって」
「なるほど。……ちなみに、その亡くなったっていう母親の名前は?」
「ナタリーだ。星が好きな、優しい人だったよ」
「だから『売り買いできるものじゃない』か」
あのとき、ロイスはこう言っていた。
“『星の見下ろす塔』は私にとって、大事な思い出そのものだ。売り買いできるようなものじゃない”
「なあ、ヴェルデライトさんは『空の人』なんだろ?」
「そうだけど?」
「母さんは、アヴィアンヌのことが大好きなんだ。ほら、あの絵。母さんが描いた絵なんだぜ」
「ファニーから聞いた。とっても素敵だと思うよ」
有名な考古学者を輩出してきたリリーシャ家は、元来、そういう遺跡や城を調査する第一人者。母ナタリーも、父ロイスも、きっと、数々の伝説で語り継がれてきた浮遊城を見たかったに違いない。
「あのさ、ナタリーさんって、もしかして舞台とかも好きだったりする?」
「ああ。母さんは、お芝居とか見るのが好きで、夜に開かれるショーとかよく見に行ってたんだ。もちろん家族全員で。……なんで知ってるんだ?」
「君とアンベルクさんが喧嘩したあとの話だよ。僕はそのとき、ロイスさんと話しててね。彼が席を外したときに、書斎に入ったんだ。そのとき、いろいろと書き留めとかがあってね。全部見た」
「覗きかよ、悪趣味だな」
「偵察と言ってくれたまえよ。まあそのときにね、偶然ナタリーさんの日記を見つけたんだ」
「母さんの……?」
そこには、いろいろなことが書かれていた。
彼女の趣味、子どもたちのこと、愛する旦那のことまで。丁寧な筆致で書かれた、優しい文章だった。
「家族みんなで、いつかアヴィアンヌを見られますようにって、書かれてたね。それを見て、ツンデレ君に手伝ってほしいことがある」
「なんだよ、手伝ってほしいことって」
「盛大な聖夜祭を催したい。主催、アンベルク・リリーシャ及びフレッド・リリーシャ。招待客は、ナタリーさんを含めたリリーシャ家全員と街の人々だ」
「はぁ!? た、確かに母さんはイベントとか好きだったけどさ、もう死んでる! それになんで街の人も!?」
「どうせなら盛大にお披露目したほうが、みんなも楽しいかなと思ってさ。ナタリーさんも喜ぶと思うよ」
これは盛大にしないと意味がない。
みんなで、お祭りを楽しまなくては。
「お披露目ってなんだよ? なにを見せるんだ?」
「何をって、決まってるじゃないか。
──みんなが大好きなお伽噺。空に浮かぶお城だよ」
にやりと笑うヴェルデライトに、フレッドの疑念はますます深まるばかりだった。




