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12 やばいのですよ、お兄様がマジギレなのですぅ!?!?


 複数人の仲間を引き連れている、がっちりとした体型の男。

 ピチピチのシャツの下から、たぬき腹がぽっこりと出ている。


「なによ? 言うほど大きな声は出していませんわ。それでも迷惑だって言うのなら、すぐにここから出ていきますわ」


 毅然とした態度で言うアンベルクが、兄のフレッドとファニーを連れて出ていこうとする。

 しかし、男の追求はそれで終わらなかった。

 

「聞くところにてめえら、浮遊城のこと信じてるんだってな。あんなの、今どきのガキでも信じてねぇぞ。お伽噺なんだよ、お伽噺。てめえの親はそんなことも教えてくれなかったのか?」


「なん、ですって……」


 浮遊城アヴィアンヌは、彼女たちリリーシャ家にとって大事なもの。

 公衆の面前でバカにされ、挙げ句親さえあのように言われてしまったのなら、アンベルクは黙っていない。


「あんな絵空事を信じてるなんて、頭おかしいんじゃねぇの? なんなら、俺がいい医者を紹介してやろうか?」


「取り消しなさい。その言葉は、浮遊城アヴィアンヌを信じるすべての者への侮辱です」


「アヴィアンヌなんてただの空想なんだよ。光る花も、五百年生きる大樹も、全部な」


 男が歩み寄り、アンベルクに顔を近づける。

 ムダ毛の生えた太い腕が、彼女の肩を掴もうとしたそのとき、間に割り入った影があった。


「おい」


 フレッドだった。

 全身から怒気をみなぎらせて、男を睨みつけている。


「大事な妹にちょっかい出してんじゃねぇよ。ぶち殺されてぇのか」


「あんだと? もっぺん言ってみろ」


「ぶち殺されてぇのかって聞いてんだよ」


 険悪な空気に気づいた他の仲間が、どんどんフレッドに近づいていく。

 五人の大男に囲まれても、フレッドは身じろぎ一つしなかった。


「あぁ、おまえ知ってるぞ。リリーシャ家の長男だろ? いいのかぁ? ぼんぼんがこんなヤバい場所にいて」


「ほんとだ。ってことは、そこの頭の悪そうな妹もそうだよな。っははは、兄妹揃ってこんなとこにいるとか、リリーシャ家も落ちぶれたなッ!!」


 カッと赤面したアンベルクが挑みかかろうとする。けれど、簡単に捕まってしまい、強い力で捻りあげられた。


「あ、アンさんを離してください!!」


 ファニーも彼女を助けようと駆け寄るけれど、非力な女の子の力じゃなんの意味もない。「うるせえ!」と唾をはきかけられ、払いのけられた。その衝撃で、大切な髪飾りが落ちてしまう。


 ──お兄様に買ってもらった髪飾りがっ!


 運悪く、転がった先には仲間の男。こちらの私物を知るや、にやにやとした顔で髪飾りを踏みつけられる。ショックで、ファニーは座り込んでしまう。


「てめえらッッ!!」


 ファニーと、アンベルクの様子を見たフレッドが激昂した。

 もう我慢の限界と言わんばかりに、フレッドは握りこぶしを固める。走り込んだ勢いのまま、アンベルクを拘束していた男を殴り飛ばした。


「俺の妹に手出ししてんじゃねぇ!!!」


 ──そして。

 会場は、震撼した。

 フロアが震え、吊り照明が微かに揺れる。

 主犯の男も、男の仲間も、余興とばかりに見ていた野次馬でさえ、一様に静まり返る。

 最初に起こったのはつむじ風だ。風は辺りの空気を巻き込みながら巨大化し、やがて渦となる。暴風は見えない凶器となり、男たちに襲いかかった。


「なんだ、何が起こってやがるっ!?」


 一人、また一人と倒れていく。

 何がどうなっているのか、ファニーやアンベルク、フレッドには無害な風。


「ファニーちゃん、あれって……」


「え……?」


 赤い髪がきらめき、大きなローブが風ではためいている。

 台風のような荒れ狂う中にいても、全く崩れることのない柔和な笑み。


「妹に手を出さないでくれるかな。この建物ごと吹っ飛ばすよ?」


 お兄様(ヴェルデライト)が、超超超超超笑顔。


 つまるところ、激怒げきおこ

 つまるところ、マジギレ。

 つまるところ、やばい。


 なにがやばいかって、とにかくやばいのだ。キレている時に見せる、あの柔和で完璧な笑顔。

 そのくせ目が笑っていない。事実、酔っ払っていたはずの男たちは震え上がっていた。


 殺気やるき満々とはこのこと。

 その気になれば建物だけじゃなく、街なんて一瞬で消し飛ばせる。兄は、それだけの実力の持ち主。


 ──と、ととと、とにかくお兄様を止めるのですぅううう!!


「まずはどいつから消えてくれるのかな?」



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