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11 ほらやっぱりなのです、アンさんのお兄様はいい人なのですっ!


 スヴェンナ、とある暗がりの地下施設。

 会場の熱気はすでに最高潮に達している。

 酒を飲み、肉を貪り、人々は次の品物を今か今かと待ち望んでいた。


「それではそれでは、次の商品へと参りましょうッ! お次はあの、世紀末を彩った天才画家の一品『花瓶のひまわり』!」


 軽快な口調で進行係が言えば、数々の照明ライトがその「商品」を照らし出す。

 素人目にしたら、子どもが描いたようなひまわりの絵。しかし画商や絵画コレクターにとって、アレは宝石と同じなのだろう。


「ささっ、みなさんっ! ずずっといきましょう、まずは10万、10万からいきましょうッ!!」


 それを口火に、数々の番号札が持ち上がった。

 10だった値段は20を超え、やがて30を超えそうになる。


 そんな感じの、いかにもやばそうで、いかにも怪しげな場所で。


「ふぁ、ファニーちゃん……私たち、ゼッタイ場違いよね!?」


「だ、だだだ、大丈夫ですよっ!! それよりも、早くアンさんのお兄様を探しましょうっ!」


 がっちがちに緊張したファニーが、空元気のままにアンベルクを腕を引く。

 怖いのは怖い。けれど、この中に彼女の兄が入っていったのは事実なのだ。仲直りしてもらうため、今さら引けない。


 ──ふぁ、ふぁ、ファニーがアンさんを守るのですっ!


 とはいえ、頼りのない少女二人。

 場違いなのはホントのことで。


「お嬢ちゃんたち、どうしたんだい?」


「「お、お、おばけぇええええ!!???」」


 (親切心で)ピエロ男に話しかけられたり。


「可愛い子たちネ。ねぇ、こっちでちょっと飲んでいかない?」


「「いやぁぁあああああああ!!??」」


 (悪戯心で)無精髭だらけの大柄ウエイトレス男に話しかけられたり。


「あの、トイレはどこ──」


「「変態ぃぃいいいいい!!??」」


 (ただトイレに行きたいだけの)全身ペイントアート男に声をかけられたり。

 とどのつまるところ、ファニーはアンベルクを連れて逃げまくった。変な雰囲気の店を通り抜け、ドクロだらけの階段を登り、酔っぱらい男たちのバーを通り抜け、今度は別の階段を降りて。


 逃げて逃げて、ここまで来れば大丈夫だというところで、息を整える。


「あれ……。ここって、さっきの場所に戻ってきたんじゃない?」


「ほんとなのですーっ」


 いつのまにか、二人はオークション会場に戻っていた。

 しかもそこで、見覚えのある人が駆け寄ってきた。


「アン……」


兄様あにさま……っ」


 アンベルクの兄、フレッド・リリーシャの姿があった。

 フレッドは妹の姿を見た途端、顔を赤くして背けてしまう。小脇に抱えた物を背に隠しながら、蚊の鳴くような声で呟いた。


「お、おまえなんでここに……」


「なんでって、兄様あにさまこそどうしてこのような場所にっ?」


「なんでもいいだろ。おまえには関係のないことだ……」


「関係ない、ですって……」


 どうやら堪忍袋の緒が切れたらしい。アンベルクが目を真っ赤にしている。


 ──あわわわわアンさんが怒ってるのですぅ!


「アンさん、深呼吸なのですっ!! ちゃんと自分の気持ちを伝えましょうっ!!」

 

「浮遊城アヴィアンヌはっ、兄様にとってその程度のものだったのですか!? 小さい頃に聞くお伽噺で、ただの妄想だとそう思うのですか!?」


「だから俺は……」


「ずっと……ずっと、信じていたのに。『家族みんなで、一緒にアヴィアンヌを見に行こうね』って。その約束すら、妄想だなんて言うのですか!?」


「だから聞けよ、アンッ!!」


 びくっ、とアンベルクの肩が震える。

 彼女の兄は、背中に隠していた何かを見せた。


「そ、れは…………」


「浮遊城アヴィアンヌを愛した、母さんの作品。行方不明になって、おまえすっげえ泣いてたよな。大好きだったよな、コレ」


 絵だった。

 描かれているのは、青空と大きな城。

 そして、可愛い男の子と女の子が、笑顔でこっちを見ている。


「母さんは画家だったから、もしかしたら売られてるかもって。学校のない日は、時間を見つけてここに通ってたんだ。そして、ようやく今日見つけた。アンにあげるよ」


「私に……?」


「ほら、おまえ……母さんのこと大好きだったから」


「でもだって、兄様は…………アヴィアンヌなんてお伽噺だって、バカにして」


「あれは親父の言葉を借りただけで、俺は馬鹿にしてないっ!! 今だって、できることならアヴィアンヌを見たい。見てみたい! おまえと一緒に」


「兄、様……。兄様、兄様ぁー!!」


「ば、バカ抱きつくな!!」


 フレッドの顔がみるみる真っ赤になっていく。

 ああ、どうやら。


 ──やっぱりツンデレなのですよー。


 仲直りできて良かったと、本当に思う。

 そのとき、向こうから男がやってきた。

 酒癖の悪そうな、目つきの悪い男たちだ。


「おいてめえら、さっきからアヴィアンヌがアヴィアンヌがってうるせぇんだよ。せっかく俺たち、向こうでいい感じに酒を飲んでたのによ」


 ──お酒臭い人たちに絡まれたのですよー。


 しかも、ご機嫌ナナメときたもんだ。

 

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