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01 やばいですお兄様、すっごい勢いで落ちてます!



 あれは島なのか、建物なのか、それともただの大木なのか。

 街でもあり、大樹でもあり、そして巨大な城でもある。

 その昔、一人の《賢者》が空飛ぶ城で世界を巡りたいと願い、創り上げたもの。彼の没後、五百年の時を経てなお空に浮かび続けている。


 《浮遊城アヴィアンヌ》


 大きくて、豪華な、賢者の住処でもあった。





 本日は晴天なり。

 彼ら兄妹にとっては、絶好の《パーツ探し》日和でもある。

 


「お兄様お兄様お兄様お兄様っ!! 大変です大変です大変ですっ!!」


「ん……どうしたんだい? ファニー、朝から騒がしいよ」


 妹の元気な朝の声(モーニングコール)に、眠気の残ったお兄様が答える。

 

「あ、アアヴィ、アヴィ、アヴィアンヌがっ!」


「ん? アヴィアンヌがどうしたって?」


「アヴィアンヌがすっごい勢いで落ちてますっ!」


 はて、落ちてるとは。

 お兄様の整った顔が(ほう)けると、ファニーが慌てた様子で窓の外を示した。


「アヴィアンヌが落ちてるのです!」


「心配しなくても大丈夫だよファニー。着地地点の計算とか、ちゃんと昨日しておいたから。間違っても墜落なんてしないよ?」


「それがしてるのですっ!!」


「え」


「分からないのですけど、このままじゃ地上にぶつかりますぅうう!!」


 浮遊城アヴィアンヌに住むのは、兄妹二人だけ。

 初めての着陸は、大森林地帯への不時着となってしまうらしい。





 


 木々の幹はパンパンに膨れ、高さは優に百メートルを超える。

 ここは超高木針葉樹林大地帯。

 そして、凍てつく雪と氷の世界でもある。

 

 久しぶりに晴れた森林地帯に、突如として異変は起きたのだ。

 轟音とともに、天から降ってくる城。

 圧倒的な質量を誇る巨大な塊が、高い木々の先端をへし折っていく。あわや地面に激突するかと思われたそのとき、不思議な光が巨大な城を覆い隠して停止した。


 まさに、奇跡。


「いってててて……。城の衝撃を和らげても、やっぱり体にくるもんだな」


 奇跡を起こした張本人であるお兄様。

 もとい、ヴェルデライト・アレク・ティーゼ。

 浮遊城アヴィアンヌを創り上げ、死んでも未練がましく輪廻転生を果たした物好き賢者である。


「お、お兄様……。ファニーはちょっと頭が痛いのですー」


 頭を抱える妹を助け起こし、ヴェルデライトは部屋の状態を確認する。

 物がいくつか散乱しているものの、目立った傷もない。

 それよりも、早く外が見たい。

 建物の外へ出てみると、見たことのない風景が広がっていた。

 雪だ。城の外は、凍えるような寒さに違いない。

 

 ファニーに外套を持ってくるように指示をだす。

 ヴェルデライト自身は、かばんに手帳や採集道具などを詰め込んだ。


「お兄様お兄様っ! たぬ吉を連れて行っても構いませんか!?」


 さあ出発しようというときに、ファニーが連れてきたのは「たぬ吉」だった。

 名前はたぬ吉だが、あれは巨大な犬だ。もふもふの白い毛並みが美しく、ファニーがとても可愛がっている。いつから浮遊城に住み着いていたのか、ヴェルデライトすら分かっていない。


 はてはてどうしたものか。


 兄として、可愛い妹の申し出を断りたくない。けれどたぬ吉は、見た目が大きく迫力もある。もし現地住民と出会ったとき、変な混乱を招いてしまうかもしれない。

 やはりここは、兄らしい威厳を持って断ってしまおう──


「いいですよね、お兄様っ?」


「分かった、許可しよう」


「ありがとうお兄様っ! やったね、たぬ吉っ!」


『ワンワンっ』


 兄の威厳も、可愛い妹の前では地に落ちる──と。


「しっ。二人とも静かにしてて」


「は、はい。たぬ吉、しーっだよ? しーっ」


『しーっ……』


 優れたヴェルデライトの五感が、何かの気配を捉える。

 魔力を練り込んで、魔術を開放。この城に向かってくる存在を探知した。

 

 ──ソリ、か……?


 ついで千里眼も解放。見えてきたのは、雪道をソリが進む光景だ。ソリをひかせるのは、寒さに強い雪国の犬であると本で読んだことがあるが、あれは犬ではない。


 ──人、だな。獣人族か。


 寒さに強い種族だろうか。二人の獣人族が荷車をひいている。乗っている一人は若い男性だろう。黒衣のすき間から、たくましい腕が覗いていた。もう一人の性別は分からないが、荷車に倒れ込んでしまっている。


「お兄様、どうかしたのですか? もしかして敵襲っ?」


「むしろ逆。アヴィアンヌが落ちるとき、けっこう頑張って衝撃を吸収したけど、それでも巻き込まれた人がいたみたい。荷車に怪我した人が乗ってる」

 

「助けないと!」


「うんまあ、ファニーならそう言うと思ったよ」


 ファニーは心優しい妹だ。怪我した鳥や動物を介抱して、元気になるまで面倒を見るような子。全面的な魔術の才能があるわけではないが、治癒魔術だけは天才の兄すら凌駕する。治せない怪我はない。


「よし、追いかけよう。こっちも、まちがって不時着してしまった責任があるしね」


「はい!」


 これが。

 兄妹二人、13年ぶりに地上に降り立った瞬間だった。 


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― 新着の感想 ―
[良い点] さくさくよめて良作だと思う。 会話がすごくいい。息がありますね。あこがれます( ;∀;) [一言] 作風が決まってそうだから別枠で、浮遊城もそうだけど、キャラ紹介をやっておくともっと良く…
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