未来形の事実へ向かって、追いついてみせる
「ねぇカナ、最後に一つだけ、お願いしてもいい?」
レストランの外、透の車の前で、別れ際に透は言った。
「何?」
正直、ここで長居するのは避けたかった。さっきまでは室内の、しかも個室だったからよかったが、売れっ子新人俳優のスクープは誰がどこから狙っていてもおかしくない。
そんなカナの警戒心とは裏腹に、透はカナの髪に手を伸ばした。透はパパラッチなんて気にも留めないようだ。でもそこが透らしさでもある。
「名前で、呼んで。昔みたいに」
透が気にしないのなら、カナも気にする必要はない。
どうせ撮られて交際を噂されても、それは未来形で事実である。
「暫く会わなくなる前の最後のお願いがそれ?」
「だって全然呼んでくれないし」
子供っぽいお願いだなぁと返したら、透は口を尖らせた。
「はやく」
急かす透は昔のままで。カナは少し背伸びをして、透の耳元で囁いた――「透」
少しでも、対等になれますように。
顔を離したら、透はくすぐったそうに嬉しそうに笑い、お礼にか身を屈めてカナの頬にキスをした。
「……今の、撮られてたりして」
冗談めかして透が呟く。
「……だったら、透をカッコよく映してもらわなきゃ」
「どこから撮ればそうなる?」
「うーん……」
カナはゆっくり辺りを見回しながら街灯の位置を計算して、カナの斜め後ろにある茂みを指差した。「あそこかな」
すると同時に、その茂みがガサガサと揺れた。
カナと透は顔を見合わせて笑う。「まさかね」
それから透は車に乗った。今度こそ、当分のお別れの時間である。
だが透は、じゃあね!と軽く手を振ってすぐに車を出した。まるで、また明日にでも会えるような感じだった。
その車を見送りながら、カナは今までに撮った透のショットを思い出していた。
高校生の頃『俳優になりたい』と言った透は、その夢を叶えて以前よりカッコ良くなっていた。それなら、『ハリウッド俳優になる』という夢を叶えた透はどれだけカッコ良くなっているのだろう。そのショットを撮れるのはいつになるのだろう。
それまでに、カナも夢を叶えて腕を上げておかなくてはならない。
お互い時間はかかる。でも道筋ははっきり見えている。あとはその道を真っ直ぐに歩いていくだけだ。
――すぐに追いついてやるんだから。次に会って驚くのはそっちだよ、透。
前回の別れの時とは違い、心にじんわりと広がる苦い痛みはなかった。




