君と同じ表情だったのかな
透に『撮りたいもの』を聞かれて、答えられなかった数日後。
「戸村さー、良いショット撮るようになったねー」
先輩カメラマンの森下が、カナの撮った写真が映し出されたパソコン画面を見ながら呟いた。
「コンテストとか応募しないの?」
突然の提案に、カナは一瞬キョトンとした。
「コンテスト……ですか」
「うん。フリーになりたいんだったら、コンテスト応募して知名度上げて……っていうのが一番だしさ」
……考えたことがなかった。
カナの焦点の合っていないような反応に、今度は森下がキョトンとする。
「……え待った待った。もしかしてフリーカメラマンになるつもりなかった?」
カナが頷くと森下は驚いたように笑い、えーもったいないよーとパソコンの画面をスクロールした。
「カメラマンの仕事する人って、将来的にはフリーになることを目指してる人がほとんどだから、戸村もそのうちの一人とかと思ってた」
将来的にはフリーになる、か。
自分はこのまま一生、アイドル誌のカメラマンとしての仕事を続けていくものだと思っていた。
フリーカメラマンなんて、一部の実力のある人達がなれるもので、自分とは無縁だと思っていた。
「社員カメラマンだとさ、どうしても撮るものって限られちゃって自分の撮りたいものが撮れないでしょ?戸村は何か、撮りたいものとかないの?」
数日前の透と同じ質問。
やはりすぐには答えが出ない。
そうですね……とカナは言葉を濁した。
被写体の魅力を引き出したい。透に聞かれた時はそう浮かんだ。けどそれってもしかして、透に限ったことじゃない?
先輩の表情は真面目だ。この前のように誤魔化すのは失礼な気がした。
カナは言葉を探して選んだ挙句、正直に吐いた。
「……あまり考えたことないんです。でも、人を撮るのは好きですね、多分」
きっと、そうなのだ。
人を撮っていて、その人の心からの笑顔が撮れた時。何気ない表情なのに、何故か輝いて見える瞬間。シャッターを切る度、どんどん輝きが増していく感覚。
ずっとこうしていたいと思う瞬間だ。
――なんてことを思っているカナは、どんな表情をしていたのだろう。
先輩が満足そうに微笑んで、座っていた椅子から立ち上がった。そして近くの引き出しから一枚の紙を取り出し、カナに手渡した。
毎年開かれているコンテストのチラシだ。
今まで無縁と思っていたものに、カナはまじまじと見入った。
「今の仕事、もう少しで一区切りでしょ?落ち着いたら考えてみな」
先輩は頑張れ、とカナの肩に手を置いて部屋を出て行った。
カナは先輩にもらったチラシを、不思議な心地でしばらく眺めていた。
モヤモヤと先の見えない、だが微かに輝いて見える形の無いもの。そんなものがカナの心の底から湧き上がってくるのを感じていた。




