エピローグ
ミューレ学園の中庭。魔導具の明かりを持って世界樹の下でたたずんでいると、しばらくしてソフィアがやって来た。
「ソフィアちゃん、待ってたよ。プレゼントって、一体――」
なにと聞くよりも早く、ソフィアが飛びついてきた。
リアナは、その小さな身体を慌てて受け止める。
「っとと。もぅ、暗いんだから、危ないでしょ?」
「えへへ、ごめんね」
ちっとも反省してない気がするけど……と、ため息をつく。そうして、キャミソール姿のソフィアを見て、もう一度ため息をついた。
「ソフィアちゃん、何度も言ってるけど、女の子がそんな恰好で出歩いちゃ……」
リアナは思わず口を動かすことも忘れて、ソフィアの身体をまじまじと見つめる。
リアナの胸に押しつけられる、幼女とは思えない暴力的な双丘。それを見たリアナは、思わず、空いている手で鷲づかみにした。
「ひゃうっ!?」
ソフィアが可愛らしい悲鳴を上げる。
だが、リアナはかまわず、ソフィアの胸を、むにむにと揉んだ。
「ちょ――っと、んっ、リアナ、お姉ちゃん!?」
「この感触、キャミソールのカップ……じゃないよね」
キャミソールの下から手を差し入れて胸を揉みしだく。
「ひゃあっ、あ、ちょっと、待って、リアナお姉ちゃん!?」
「……うん。パットとかじゃないね。なのに、あたしの手にまったく収まらない……どう考えても、あたしより三カップは大きい」
「だからっ、んっ、お姉ちゃん、ってばぁ!」
ソフィアにどんと突き飛ばされる。
その勢いで一歩二歩と後ずさったリアナは、ビシッとソフィアを指差した。
「あたしと旅をした胸だ!」
「なんで、胸だけなの!?」
ソフィアが珍しくツッコミを入れてきた。いや、もしかしたら、ソフィアにツッコミを入れさせた初めての人間かも知れない。
それはともかく、
「だって、胸以外は、もう一人のソフィアちゃんと区別がつかないんだもん」
魔導具の明かりに照らされるのは、まごうことなきソフィア。その顔の違いを、リアナは区別することが出来ないと、素直に告白する。
「そんなに、胸の大きさ違うかなぁ……」
「違うよ」
「さすが、胸のサイズを気にしているだけあるね」
「怒るよ? と言うか、その言い方は、あたしの予想、正解だよね?」
「そう、だけど……その判断基準は、ちょっとしょんぼり――うわわっ」
リアナに抱きしめられたソフィアが可愛らしい悲鳴を上げる。
「やっと、やっと会えた」
「……リアナお姉ちゃん?」
「バカバカ! あんなこと言って急にいなくなるから、凄く心配したんだよ!?」
「私のこと、探してくれたの?」
「当たり前じゃない」
どうして疑うのかな――と、リアナは唇を尖らせる。
「その割に、勉強ばっかりしてたって聞いたけど……」
「うぐっ。しょ。しょうがないじゃない。試験前で必死だったんだから。でも、貴方のことを忘れたことはないよ」
「……本当に?」
「本当だよ。みんなに否定されても、ちゃんと覚えてたよ。貴方が忘れないでって言ったから、ずっと覚えてた」
「……そっか」
ソフィアが身体を預けてくる。
「私のこと忘れないでいてくれてありがとう、リアナお姉ちゃん」
「お礼を言われるようなことじゃないけど……結局、貴方は誰なの?」
「私はルビア。ソフィアの双子のお姉ちゃんだよ」
ソフィア――あらため、ルビアが名乗りを上げた。
「ふむふむ。ルビアって言うんだね。ルビアって呼んでも良い?」
「もちろんだよ、リアナお姉ちゃん」
「ありがとう。それで、どうしてソフィアちゃんのフリをしてたか聞いても良いのかな?」
「うん。私は、ソフィアの身代わりだったの」
「……身代わり? でも、ルビアがお姉ちゃんなんだよね?」
普通は逆じゃないのかなと、リアナは疑問を抱いた。
「ほら、ソフィアには、心を読む恩恵があるから」
「……んっと?」
「ソフィアは自分の恩恵に振り回されて、自分の殻に閉じこもってた時期があるでしょ? だから、私がソフィアのフリをして、貴方の心はお見通しだよ――って」
「あぁ……交渉とかでプレッシャーを掛けたりとか?」
「そうそう、そんな感じ」
なるほどねぇ……と、リアナは感心する。
「でも、身代わりってことは、ルビアは心を読めないの?」
「人の心を見抜くような技術は習ったけど、ソフィアのように文字通り読むことは出来ないよ。だから、リアナお姉ちゃんの心を読んだりもしなかったでしょ?」
「あぁ……そう言えば」
リアナは、二つ目の違和感の正体に気がついた。
さっきのパジャマパーティーのような短期間でも、ソフィアは心を読んできたのに、旅の道中では一度も心を読んでくることがなかった。
それどころか、奴隷商の件では、理由をつけて恩恵の使用を断っている。
「ソフィアが頭脳派だとすると、私はどっちかって言うと武闘派なんだよね」
「……あれ? それじゃあ、ライリー先生の一件であたしを助けてくれたのも?」
「それは私じゃないよ」
「……そうなの? あんなことがあったから、てっきり……」
「あんなこと? ソフィアは、なにをしたの?」
「ライリー先生の、その……あれを蹴りで潰しちゃった」
「あぁ~、そう言うのはソフィアだね」
「そ、そうなんだ」
一瞬、金色の獣はルビアで、ソフィアは純粋無垢な幼女――という可能性を考えたのだけれど、一瞬で否定されたよ――とリアナは肩をすくめた。
「あくまで得意分野がそうってだけで、反対が苦手分野って訳じゃないからね」
「あぁ、そう言えば……村では、ルビアがちゃんと技術指導をしてくれてたもんね」
ハイスペックな双子なんだなぁと、リアナは理解する。
「でも……身代わりをしてた理由は分かったけど、どうしてあたしの旅に同行したの?」
「ソフィアに、リアナお姉ちゃんの護衛をして欲しいって頼まれたからだよ」
「……それだけ?」
「後は……私、ずっとソフィアの影をしていたから居場所がなくて。ソフィアが、気を利かせてくれたんだと思う」
「そっかぁ……なら、ソフィアちゃんに感謝だね」
プレゼント――と、ソフィアに言われたときはなんのことか分からなかったけど、いまなら分かる。ルビアとの再会をプレゼントしてくれたと言うこと。
「ねぇ、これからも会えるよね?」
「うぅん……私はいないはずの存在だから、ルビアとして活動する訳には行かないんだよぅ」
「ふむふむ。ルビアとしてはダメ……それなら、大丈夫かな」
リアナは唐突に言い放った。
「え? 大丈夫って、なにが?」
「実はあたし、先日のテストで、ギリギリ、本当にギリギリ成績優秀者だったの」
ギリギリ成績優秀者だった――といったが、実際にはアウトだった。
クレアリディルいわく、成績優秀者には少し届かなかったけど、一ヶ月も学校を休んだ上での成績であることを鑑みて、補習込みで合格としておくわ、らしい。
「えっと……旅の途中で、ずっと勉強していた結果だよね? 良かったんじゃないの?」
「うぅん。今回はなんとかなったけど、次は無理だと思う。それにルビアがいなかったら、帰ってくるのももう少し遅かったはずだし……どう考えても間に合わなかったね」
「それは……分からないんじゃないかな? リアナお姉ちゃん、頑張ってたし」
「分かるよ。一人で全部やろうなんて、そもそもが無理なの。あれもこれも、まずやってみる……なんて、無理に決まってるじゃない」
「……えっと、なんか、言ってることが変わってない……って、なに、この手は」
リアナの指しだした手を、ルビアが躊躇いがちに握った。
「……取ったね? あたしが差し出した手を取ったね」
「ええっと……どういうこと?」
「言ったでしょ、あたし一人じゃ無理だって。それで、ソフィアちゃんとルビアの話を聞いて思ったの。なんでも一人でしようとせずに、誰かと協力すれば良いんだ、って」
考えてみれば、当然の結論だった。
リオンとアリスティア。
ミューレ学園で学ぶ知識の大半は、この二人が出所だと言われている。
その時点で、役割分担をしている。それなのに、リアナはそれらすべてを一人でこなそうとした。その時点でどう考えても無理があったのだ。
「と言うことで、ルビア、あたしと一緒になって」
「え、ええっと……え?」
なにを勘違いしたのか、ルビアが顔を赤らめる。
「あたしとペアになって、一緒に活動して欲しいの。あたしが出来ないことはルビアがする。ルビアが出来ないことはあたしがする。そうすれば、なんだって出来ると思わない?」
「な、なんだ、そう言うこと。って、思わないといわれても、私はルビアとして――」
「活動できないんでしょ? だから、ソフィアとして活動すれば良いじゃない」
「それは、でも……今回みたいに、ボロが出るかも知れないし」
「そこは、ほら。今後は、あたしもフォローしてあげるから。あたしと一緒に出かけるときだけなら、ボロも出ないでしょ?」
「それなら……うぅん、大丈夫、かな」
「決まり、だね」
リアナは強引に決めてしまった。
もっとも、ルビアともっと一緒にいたい――という目的のために、あれこれ理由付けをしているので、理由が苦しいのは仕方のないことだろう。
「よーし、どうせなら、クレア様達も巻き込んじゃおう」
「はっ? え、それは……」
「ほーら、行くよ」
「ちょ、リアナお姉ちゃん!?」
圧倒的に力が強いはずのルビアが、リアナに引きずられていった。
――リアナは後に、グランシェス家の養子となり、世界に革命をもたらした賢者の一人として数えられることとなる。
彼女がその地位にまで成り上がったのは運が良かったから。運良くリオンに拾われたから、賢者と呼ばれるに至ったのだという者もいる。
――けれど、リアナが晩年に書き残したと伝えられる手記にはこう書き残されている。
あたしは自分一人では不可能なことがあると学び、仲間達と助け合うことを知った。だからこそ、数々の不能を可能に変えることが出来た。
あたしが賢者だなんて評価されているのは、みんなのおかげなのだ――と。
真実は定かではない。けれど、一つだけ分かっていることもある。それは、リアナが自らの意志で前に進み続けているという事実。
リアナの成り上がりの物語は、いまもまだ続いている。





