無知で無力な村娘は、新たな出会いを果たす 4
しばらくして、村長を伴ったソフィアが戻ってきた。
「……村長さん?」
二人をリビングへと迎え入れつつ、リアナはどうしてここにと小首をかしげる。
「いやはや、村の外れの小屋にいないから探しましたよ」
「あ、その……すみません。成り行きでこうなってしまって」
たぶん行き違いがあったのだろう。そう思ったから、ククルが伝えてくれていると思っていた――とは言わなかった。
「それで、あたしになにかご用ですか?」
「ええ。貴方達二人のために、ささやかながらも歓迎の宴を開催しようと思いまして。そのお誘いに参った次第です」
「宴、ですか……」
ちらりとクラリーチェやリズを見る。自分達が誘われて、二人が誘われない理由は予想がつくが、なんとなく気まずいと思ったからだ。
だが、リアナの仕草を見ても、村長はなにも言わない。
村が貧困に喘いでいる事情も分かるし、仕方ないかなぁ……と、リアナが思ったそのとき、クラリーチェが割って入ってきた。
「宴ですか、良いですわね。食料を提供させていただきますので、話の種にわたくし達も参加させて頂けませんか?」
渡りに船な申し出。これなら丸く収まるとリアナは思ったのだけれど、村長は迷った素振りで黙り込んでしまう。
「あ、あの、あたしからもお願いします。あたしも、手持ちの食料を提供しますから」
「ふむ……そこまで言うのなら。ただ、ほかの者が怯えてしまうので、参加はそこのお二人のみ。護衛の方は、少し離れた位置で待機と言うことでお願いできますか?」
村長に問いかけられ、リアナはそれで良いかとクラリーチェに視線を送る。
クラリーチェの返答はもちろん了承だった。
「――それでは、この村を救ってくださるお嬢さん二人に乾杯」
村の広場に村長の声が響いた。
かがり火で夜の闇を照らし、ゴザの上に料理を並べたささやかな宴が始まる。
なお、リアナは村長とともに上座に振り分けられている。そのため、クラリーチェやリズとは席が離れていて、ククルはそもそも見当たらない。
もっとも、暗くて見えないだけで、どこかにいるのかも知れないけれど。
ともあれ、隣にはソフィアがいる。
それに、村を豊かにするためには、おじさんやおばさんとの交流も重要。みんなに認めてもらうために頑張るぞ~と、リアナは気合いを入れた。
「ささっ、リアナさん、もう一杯いかがですかな?」
宴会が始まってほどなく、村長がお酒を勧めてくる。
しかし、リアナは酔っ払ってソフィアにお持ち帰りされてしまったことを反省し、もう少し大人になるまでお酒は飲まないと戒め中だった。
「すみません、あたしはお酒は飲めないので、お茶をいただいているんです」
「そう、ですか。このお酒は美味しいのですが……いえ、無理にとは言えませんな。では、お酒以外の飲み物をなにか用意させましょう」
「すみません、気を使わせてしまって」
リアナは申し訳なく思いつつも、お酒についてはきちんと拒絶する。
「いやいや、飲めないものは仕方ないですからな。それより、隣のお嬢ちゃん……ソフィアさんでしたかな? 彼女も飲めないんですか?」
「ええ。彼女はそもそも未成年なので」
「そうですか。では、二人分用意させましょう」
村長は振り返ると、背後に控えていたおじさんに耳打ちした。それを聞いたおじさんが頷き、どこかへ立ち去っていく。
「ところで、ククルさんはどうしたんですか? 姿が見当たらないみたいですけど」
「あぁ……娘は、少し体調を崩しましてな。部屋で休ませております」
「え、大丈夫なんですか?」
別れたときは元気そうだったのに、どうしたんだろうと心配する。
「大事を取って今日明日は休ませますが、心配には及びません。それと、歓迎の宴に出席出来ないことを謝っておいて欲しいと、そう申しておりました」
「……そうですか。お大事にと伝えてください」
少し気になったけど、会ったときに確認すれば良いと気遣いの言葉を伝える。
「ところで、こちらからも聞いてよろしいですか?」
村長が不意に切り出してきた。
「ええ、もちろん、なんなりと聞いてください」
「お二人のお立場を聞いていなかったと思いましてな。グランシェス家より技術支援に来てくださったということですが、具体的にはどういう立場でございますか?」
「あ、すみません。あたしはただの村娘です」
「……村娘、ですか?」
リアナの服装や雰囲気から、それなりの身分だと思っていたのだろう。村長は信じられないといった面持ちでリアナを見つめる。
「こう言ってはなんですが、とても村娘のようには見えません。実は、どこかの貴族と言うことはないのですか?」
「いいえ、本当にただの村娘です」
なお、ソフィアは伯爵令嬢だが、話がややこしくなるので黙っておく。
「はぁ……そうなんですか。いや……驚きました。まさか、貴方がただの村娘とは……やんごとなきお方だと思って、心配しておりました」
「あはは、無礼討ちだ――なんてことにはならないので安心してください。……あ、でも、この村のためになる知識はちゃんと学んでいるので心配しないでくださいね」
「はっはっは。それは頼もしいですな」
――と、そんな感じで談笑をしていると、おじさんが戻ってきた。
「頼まれた飲み物を持ってきたぜ」
「おお、ご苦労だった」
村長が、おじさんからとっくりを受け取った。
そうして、リアナ達へと向き直る。
「ささっ。こちらはお酒ではないので、お二人ともご存分にお飲みください」
村長がソフィアのコップにとっくりの中身を注ぎ、続いてリアナのコップにも注ぐ。
「わざわざすみません」
リアナがお礼を言ってコップに口をつける――寸前、その腕をソフィアに掴まれた。
「ソフィアちゃん?」
「リアナお姉ちゃん、そのコップの中身は飲まないで、そこに置いといて」
「ええっと……?」
どういうことだろうと困惑しつつも、言われたまま地面の上に置く。それとほぼ同時、ソフィアがすっと立ち上がった。
そうしてとっくりを奪い取り、村長を豪快に投げ飛ばしてしまった。
「ソ、ソフィアちゃん!?」
リアナが驚きに声を上げた。
ソフィアの凶行を目の当たりにした者や、リアナの声を聞いたものが一斉に注目するなか、村長は思いっきり地面に叩きつけられた。
「リアナお姉ちゃん、パス」
「ふえっ? っと」
とっくりを押しつけられ、リアナが慌てて受け取った。
「こほっ、かは……と、突然なにをするんだ!」
村長が敬語も忘れてソフィアに文句を言う。
――瞬間、ソフィアが制服のスカートを翻し、太ももに隠し持っていた短剣を抜き放ち、起き上がろうとした村長の首筋に突きつけた。
「抵抗したら……殺すよ?」
ソフィアの抑揚のない声が、不思議と宴の席に響き渡る。
広場はシーンと静まり返った。
なお、リアナはソフィアの突飛もない行動に驚いてはいるが、おかしなことはしないと全幅の信用をおいている。
なので、なにか理由があるのだろうと見守る。
「これはなんの騒ぎですかしら?」
沈黙を破ったのはクラリーチェだった。護衛の剣士に自分やリズを護らせつつ、リアナに向かって問いかけてくる。
「あたしにもよく分からなくて。ソフィアちゃん、村長さんがなにをしたの?」
「――わ、わしはなにもしておらん! この娘がいきなり、わしを投げ飛ばしたんだ。いますぐ、この娘を――うおっ」
起き上がろうとした村長は、ソフィアの足技を食らって腹ばいに。
「おまえ、なにを――ふぎゅっ」
背中を踏まれて、潰れたカエルのような声を上げた。
「……よく分からないけど、ソフィアちゃんが突然の凶行に走ったと言うことで良いのかしら? 貴方達、彼女を極力傷つけないように捕らえなさい」
「ままっ、待ってください!」
リアナは慌てて立ち上がり、近付いてくる剣士からソフィアを庇う。
「ソフィアちゃんは、意味なくこんなことをしたりする子じゃないです!」
「……それ、意味があればすると言うことよね?」
「え? あ、その……ええっと。そうですね。意味があれば、こんなことでもしちゃうというか、もっともっとヤバいこともしちゃうかも知れません……」
思わず本音がポロリ。
クラリーチェ達が、なにを言ってるの? みたいな視線を向けてくる。
「い、いえ、あたしの言いたいことはそういうことじゃなくて。とにかく、ソフィアちゃんがこんなことをするのは、なにか理由があるはずなんです! だよね、ソフィアちゃん!」
さぁ、理由を教えて――と、ソフィアに視線を向ける。それに対して、ソフィアは村長を踏みつけたまま、可愛らしく小首をかしげた。
「なんとなくで、特に理由はないよ?」
「えええええっ!?」
「――な~んて言ったら、リアナお姉ちゃんはどうするのの?」
「え? ええっと……え?」
「嘘だよ、嘘。リアナお姉ちゃんが困るようなこと、するはずないでしょ?」
「ソ、ソフィアちゃ~ん。その冗談は笑えないよぅ。というか、いまこの瞬間、ソフィアちゃんの冗談に困ってるよぅ……」
リアナはくずおれた。
この状況で、そんな冗談を言うなんて余裕がありすぎである。
「ええっと……どういうことかしら?」
クラリーチェが困惑した様子で問いかけてくる。それに対して、ソフィアが足の下にいる村長を指差した。
「この人がソフィア達に注いだ飲み物に、なにか薬物が入ってたの」
「薬物、ですか? ……彼女がこう言っていますが?」
「そ、そんなモノは入れてない!」
村長が必死に否定する。
「なら、貴方が注いだ飲み物……飲むことが出来るよね?」
「なっ、なぜわしがそんなことをせねばならんのだっ!」
ソフィアに踏まれている身体がビクンと跳ねた。
やましいことがなければ動揺する必要はないのに、明らかに動揺している。その時点で真っ黒だけど、ソフィアはそれを指摘することなく、リアナに手を伸ばした。
「リアナお姉ちゃん、さっきのコップを貸して~」
「あ、うん。……でも、ソフィアちゃんのコップの方が良いんじゃないの?」
ソフィアが、薬物を混入されていたという言葉を疑う気はない。
ただ、ソフィアの飲み物には薬物が入っていても、リアナのには入っていない可能性がある。ソフィアのコップの方が確実なんじゃ……と思った。
「注ぐときに妖しい動きをした素振りはないから、とっくりに入れた時点で薬物を混入させてる。リアナお姉ちゃんの方にも入ってるよ~」
「そういうことなら……はい、どうぞ」
「ありがとう、リアナお姉ちゃん。ソフィアが口につけたコップ、おじさんの口につけるのが嫌だったから助かったよぅ」
「そんな理由!? というか、あたしが口につけたコップなら良いの!?」
「リアナお姉ちゃんは、身近な女の子路線だから大丈夫っ!」
「意味が分からないよ。というか、冗談は時と場合を選ぼうよ」
ソフィアの軽口に、リアナは疲れた顔をする。
なお、ほかの者達は、ソフィアだけでなくリアナの緊張感のなさにも呆れているのだが、リアナ自身はまるで気付かない。
常識人ぶってはいるけれど、わりとソフィアに染まりつつあるリアナであった。
「さて……と、それじゃ……」
ソフィアが村長の腕をねじり上げて、強引に引き起こす。
「なにも入れていないって言うなら、このコップの中身を飲み干して。なにを入れたか白状すれば、中身を飲むのは許して上げる。どっちも嫌だって言うなら……」
かがり火に照らされたソフィアが、紅い瞳を妖しく輝かせる。天使のような、それでいて悪魔のような微笑みに、村長は震え上がった。
「それじゃ、はい、飲んでみて」
ソフィアがコップを手渡すと、村長はコップの中身をじっと見つめる。そうして、意を決したように、一気にコップの中身を飲み干した。
それを目の当たりにした直後、場を支配したのは『あれ? 実は、なにも入ってないんじゃない?』という意志。
皆の視線が集まる中、ソフィアはとっくりの中身を、あらたにコップに注いだ。
「……なんだ? 言われたとおりに飲み干しただろう」
「あはは、なに言ってるの? 眠り薬入りの飲み物、コップ一杯程度じゃ、眠るまで時間が掛かるでしょ? 少なくとも、二、三杯は飲んでもらうよ?」
「なっ、気付いて――っ」
村長がとっさに口を押さえる――が、手遅れだ。いまの反応で、リアナはもちろん、クラリーチェ達もコップの中身を理解した。
「やっぱりそうなんだね。薬物入りだって指摘されて怯えていたくせに、簡単に飲むからそうだと思ったよ」
「……くっ」
村長はコップを取り落とし、力なく地面に両手をついた。
「その者を捕らえなさい!」
クラリーチェが指示を出すと、剣士の一人が村長を拘束した。
「あ、そっちのおじさんも捕まえて」
「――ひっ!」
密かに逃げようとしていたおじさんが、ソフィアに指をさされて震え上がった。
「あのおじさんも、関係者なんですか?」
「とっくりを持ってきたのは、そのおじさんなんだよぅ」
「なるほど。それで、この場で薬物を混入させた訳じゃないと強調していたんですね」
感心するクラリーチェのセリフを聞いて、リアナも理解する。ソフィアはさっきの一連のやりとりで、二人が共犯である状況証拠を示したのだ。
「その男も捕らえなさい」
という訳で、クラリーチェの指示によって、村長とおじさんが捕らえられた。
当然ながら、宴の席は騒然となる。
「――静まりなさい! 罪を犯した者にはしかるべき罰を加えますが、そうではない者には危害を加えません。そして、逆らう者は、彼らの仲間と見なします!」
クラリーチェが宣言し、剣士達がクラリーチェ達を護るように立つ。それによって、宴に出席していた村人達は大人しくなった。
リアナが他に妖しそうな人はいないかな……と視線を巡らしていると、ネクトと視線が合った。彼らも、あらたな不審者の発見に尽力してるようだ。
リアナ達の護衛に来ないのは、クラリーチェ達を信頼しているのか、はたまたソフィアを信じているのか、恐らくは後者だろう。
なんにしても都合がいい。リアナはそっちはお願いします――と、あらたな不審者の発見を任せて、ソフィア達へと視線を戻す。
ちょうど剣士による尋問が始まっているのだけれど……二人は示し合わせたようになにも言わない。ずっと沈黙をしている。
そのやりとりを見守っていたリアナは、コッソリとソフィアに耳打ちをする。
「ねぇ、ソフィアちゃん」
「ソフィアが恩恵で心を読んでも、証拠にはならないよ」
なにを言われるか予測していたかのように、ソフィアが先んじて口にする。
「それは……そうだけど、証拠を引き出せるでしょ?」
「うぅん……心を読めば可能だけど、誰かの心を深く読むと、考え方が引きずられちゃうから。悪人の心を読むのは最終手段にして欲しい、かな」
「……そうだったんだ。それなら仕方ないね」
事件の究明なんかより、ソフィアちゃんの方がずっと大事。
そう思ったリアナはすんなりと引き下がった。
「そうなると……あ、そうだ」
リアナは周囲を見回して、ネクトに手招きをした。
「お呼びですか、リアナ様」
「うん。ククルさんを連れてきて欲しいの。たぶん、村長の家にいると思うんだけど」
「かしこまりました。すぐにつれて参ります」
ネクトは言うが早いか、すぐに走り去っていった。
「……ネクトさん、村長の家がどこにあるのか知ってるのかな?」
「村の位置関係を調べてたみたいだから、分かってると思うよ」
リアナの独り言にソフィアが答えた。
「いつの間に……」
「ほら、ソフィア達が、クラリーチェお姉ちゃん達とおしゃべりしてたとき」
「あぁ……なるほど」
思わず感心してしまう。騎士達の行動力はもちろんだけど、それをしっかりと把握しているソフィアに対して、である。
「ところでリアナお姉ちゃん、ククルさんがどうかしたの? あの人からは、敵意を感じなかったよ? もしかして、脅しの材料にでもするつもりなの?」
「なんでソフィアちゃんは、すぐにそういう物騒なことを考えるのかなぁ……」
可愛い顔して、小悪魔みたいだよねと嘆息する。
「脅しじゃないなら、どうして探しに行かせたの?」
「うん。ほら、ククルさんと別れたときに、明日迎えに来てくれるって言ってたでしょ?」
「あぁ、うん。言ってたね」
「でも、村長さんが言うには体調を崩して、今日明日はゆっくる休むって。それで、宴に出席出来なくてごめんなさいって、伝言があったって」
「……あぁ、たしかに不自然だね」
「だよね」
本来であれば、伝言の内容は『明日の約束を守れそうになくてごめんなさい』だ。
もちろん、忘れちゃったとか、明日は朝から出てくるつもりとか、他にいくらでも可能性はあるけれど、タイミング的に本人の伝言でない可能性が高い。
そんな訳で、進展のない尋問を見守りつつ待っていると、ネクトがククルを連れてきた。
ククルは尋問を受けている村長を見つけると、側に駈け寄ってしがみつく。
「お父さん、もう止めてっ!」
「ククル!? どうしてここに!」
「あの騎士様が助けてくれたの。そして、なにをしたかも聞いたよ。もう止めて。私のために罪を重ねないで!」
「それ以上言うな、ククル!」
今までにない剣幕で、村長が怒鳴りつけた。
それを横目に、リアナは「どういうこと?」と、ネクトに問いかける。
「彼女は、村長の家の一室に閉じ込められていました」
「閉じ込められて?」
「はい。彼女が言うには、父の企てに反対したら、閉じ込められた――と」
「……あぁ、そっか、そういうことなんだ」
村長の目的は不明のままだけど、今夜中に片をつけるつもりだったのだろう。だから、そのあいだだけ、ククルを家に閉じ込めた。
――つまり、ククルは目的を知ってる。
「ククルさん、あたし達に事情を話してくれないかな?」
「……分かりました」
「――ククル、止めろっ! ――んぐっ」
村長が声を荒らげて遮ろうとするが、剣士のおじさんが腕を捻りあげて黙らせた。それを見届け、ククルは再びリアナへと視線を戻す。
「すべてお話しいたします。お父さんが、リアナさん達にどうして眠り薬を飲ませようとしたのか。この村で、なにが起きているのか、を」





