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無知で無力な村娘は、転生領主のもとで成り上がる  作者: 緋色の雨
第二章

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無知で無力な村娘は、新たな出会いを果たす 3

 一巻が発売日ですっ。

 

 リアナがソフィアを伴ってリビングに入ると、クラリーチェともう一人、銀髪の女の子がテーブル席に座っていた。


「こんにちは。わたくしはリーゼ――」

「――こほん」

「……リズと申します」

 クラリーチェの咳払いに遮られた後、銀髪のお嬢様は名乗り直した。どう考えても、本名じゃない気がするけど……と、リアナはソフィアを見る。

 ソフィアはグランシェス伯爵家の養子で、元々はスフィール伯爵家のご令嬢だが、その素性を隠している。悪意がなくても、本名を隠すことくらいはあるだろう。


「初めまして。そして、あたし達を受け入れてくれてありがとうございます。グランシェス家に仕えるリアナと、こっちはソフィアです」

「いいえ、困っているときはお互い様ですわ。それに――」

「はいはい、堅苦しいことはそれくらいで良いでしょう」

 パンパンと手を叩いて、リズのセリフを遮ったのはクラリーチェ。だけど、ミリィやミシェルは、よほどのことがなければ主人と客の会話を遮ったりはしない。

 このお姉さん、グランシェス家のメイドとは全然対応が違うなぁ……と、リアナは思った。


「ところで、グランシェス家のことが聞きたかったんですよね、リズお嬢様」

「え? わたくし、そんなことを言いましたっけ?」

「ええ、さっき言いましたよ。最近、グランシェス家が色々と珍しい物を作ってるみたいだから、話を聞いてみたいですわ~って」

「へぇ~、どんな物を作ってるんですか?」

 リズが気になりますと顔を輝かせる。

「――こほん」

「え? あ……えっと……あぁ、そうですわ。言った気がしますわ!」


 二人の妙なやりとりに、リアナは思わずクスクスと笑ってしまった。だけど、二人に視線を向けられたことに気付いて、すぐにその笑いを飲み込む。


「ご、ごめんなさい。二人の仲が良いんだなぁと思って」

「あぁ……わたくし達は、子供の頃から一緒だったんです」

 リズが気を悪くした様子もなく答えてくれる。


「子供の頃から一緒……グランシェス家にも、そういう人がいますけど、もしかして、良くあるんですか?」

「えっと……どうでしょう? あまり聞かないと思いますわ。わたくし達の関係も、相当珍しいと思います」

「へぇ~」

 グランシェス家は、むしろそういう人達ばっかりという印象。

 もしかしなくても、グランシェス家って変わってるのかな……と、リアナはグランシェス家の面々について思いをはせた。


「それで、リアナさん。よろしければ、お話を聞かせて頂けませんか?」

 リズに催促され、どうしたモノかと考える。

 特許のないこの世界において、技術や知識は秘匿するものである。

 けれど、グランシェス家――というかリオンは、情報や技術を積極的に渡す相手は選んでも、来る者は拒まずというスタンス。

 くわえて、隣にはソフィアがいるので、ヤバければ止めてもらえるという安心感もある。

 なので「なにをお話しすれば良いですか?」とリアナは微笑んだのだが……


「そうですわね……。クラリーチェはなにが聞きたいですか?」

 リズはクラリーチェに問いかける。

 なんか、直接クラリーチェと話した方が早いんじゃないかなとか思いつつも、リアナは二人のやりとりを生暖かい目で見守った。


   ◇◇◇


 クラリーチェは、思ってもみないチャンスに胸を高鳴らせていた。

 リーズ商会の孫娘と、孫娘に仕えるメイド――とは仮の姿。

 本当は、リーゼロッテ・フォン・リゼルヘイムと、ノエル・フォン・リゼルヘイム。二人揃って、この国のお姫様である。

 そんな二人がグランシェス領の農村にいるのにはいくつか理由がある。


 表向きの目的は、グランシェス家の調査。

 グランシェス家の当主代理――妾の息子には、当主や次期当主達を謀殺した疑いが掛けられている。その真偽の確認である。


 そして二つ目は、グランシェス領で開発されているという、様々な技術の調査。

 噂が本当であれば、この世界を根底から覆しかねないような技術がいくつも開発されているという。その真偽の確認。あわよくば、技術の入手が目的。


 そして最後。裏の理由は――息抜き。

 メイドに扮装していることから分かるように、ノエルは自由奔放なお姫様である。


 という訳で、面白そうな話し相手――もとい、貴重な情報源を前に、なにを聞こうかしらと、ノエルは胸を高鳴らせていた。

 まずは……どこまで話を引き出せるか、探りを入れることにする。


「こほん。では……聞かせてください。貴方は農業の改革のためにやって来た――とおっしゃっていましたよね。それは一体どういうことなんですか?」


 ノエルは、グランシェス領で技術改革がおこなわれていることを知っているので、いまの質問は、技術について具体的に教えて欲しいという意味。

 けれど、技術は可能な限り秘匿するのが常識だし、ましてやノエル達は商隊に扮しているので、具体的な内容について教えてもらえるとは思っていない。


 だから、世間話に見せかけた質問に対してどんな答えを返してくるかで、リアナの性格や、情報や技術に対する取り扱いの意識を測ろうとしたのだ。

 果たして――


「リオン様が、畑の収穫量を上げる方法を見つけたので、それを各村に伝えるのがあたしの使命なんです。具体的な方法については……」

 リアナが言葉を濁した。


 つまりは、ノエルの質問の意図に気付いた上で、その内容は漏らさないという意思表示。

 この子、見た目通りただ者じゃないわねと、ノエルは思ったのだが……


「――話すと長くなるんですが、土の酸性度や栄養、それに連作障害で発生する病気なんかを防ぐことにあります。更に掘り下げて説明すると……」

 一呼吸おいて続けられたリアナの話を聞いて、ノエルはきょとんとする。


「えっと、リアナさん?」

「……あ、ごめんなさい。詳しい方法には興味ありませんよね」

「い、いえ、そんなことはないけれど……え? 教えてくださるんですか?」

「えっと……クラリーチェさんに興味があるのなら説明しますよ?」

「ど、どうして?」

「どうして……って、聞きたいと言ったのはクラリーチェさんじゃないですか。あ、一応はリズさんが聞きたがっていることになってるんでしたっけ」


 意味が分からない――と、ノエルは混乱した。

 リアナはノエルの質問の真意を読み取る程度の聡さを持っているのだから、田畑の収穫量を増やすことが、領主にとってどれだけ重要なのか理解していないはずがない。

 農民すべてに口止めすることは不可能だから、いずれは他領にも広まるだろうが、可能な限り秘匿して、技術が流出するまでに稼げるだけ稼ごうとするのが常識。


 ――と、そこまで考えたノエルは、その技術の効果が低いのかも知れないと思った。

 たとえば、効果が非常に低いために、秘匿してもさほど儲けにならない。だから、積極的に教えることで、他人に恩を売っていくスタンス。

 それならば理解できる。


「リアナさん。収穫量を上げる方法というのは、どのくらいの効果があるんですか? その、一割くらいあがったりは……するんでしょうか?」

 もし一割くらい上がるとすれば、革命的な技術と言うことになる。

 なので、ノエルの予想した返答は――否定。もっと少ないと予想する。


「いえ、そんなことはないですよ」

「そうですよね――」

「ざっと二倍くらいです」

「――二倍!?」

 訳が分からなかった。

 予想は外れも外れ、大外れ。ありえないと思っていた答えすら、リアナの口から紡がれた答えにかすりもしていない。


「ええっと……その、二倍って言うのは、収穫量がまるまる倍になるって意味ですよ?」

 二倍の意味を理解していないんじゃない? と、失礼なことを遠回しに指摘する。

 すると、ずっと大人しくしていた、ソフィアと呼ばれていた愛らしい幼女が、リアナの袖を引っ張った。そうして、リアナに対してなにやら耳打ちをする。


「あ、そ、そっか……そうだよね」

 なにを言われたのか、リアナは恥じ入るように頬を染めた。


「すみません、クラリーチェさん。二倍というのは間違いです」

「そ、そうですよね? 実際は二割くらい……」

「いえ、収穫量は変わらず二倍ですが、味が段違いに良くなっているので、価値はもっと上という意味ですね」

「はあああああっ!?」

 お姫様にあるまじき素っ頓狂な声を上げてしまう。もちろん、メイドとしても恥じるべきことで、ノエルは思わず顔を赤らめた。

 それに対して、リアナは苦笑いを浮かべる。


「気持ちは分かります。あたしも、最初はびっくりしましたから」

「いや……二倍は、びっくりするとかいうレベルじゃないと思うのだけど……」

「凄く凄くびっくりしました」

「いや、たくさんびっくりするとか、そういう範疇でもないと思うのだけど……」

「言われてみれば。色々なことに信じられないほどびっくりした後だったので、耐性がついていたのかもしれませんね」

「ええっと……そ……それなら仕方ないですね」


 王女として、大抵のことには驚かなくなっている。

 そんなノエルが、はしたなくも声を上げてしまう。そんな驚愕の事実を『耐性がついていたのに、びっくりしました』ですませてしまう。

 いったい、グランシェス家はどうなっているのよ……と、ノエルは戦慄した。


「それで、具体的な方法ですけど、説明しましょうか?」

「え? そ、そうね。良ければ教えてくれるかしら?」

「分かりました。それでは――」



 しばらくして、ノエルは知恵熱で倒れそうになっていた。

 ノエルは王族としての英才教育を受けている。にもかかわらず、リアナの話に半分もついていくことが出来なかったのだ。

「そ、そう言えば、リアナさんはどこの生まれなんですか?」

 王族よりも英才教育を受けているなんて、さぞかし名のある名家に違いないと素性を探る。

 いままでは、過小に予想して驚かされたけど、今度は絶対に驚かない。たとえリアナが、自分の知らない、父の隠し子だったとしても驚かないと覚悟を決める。

 だけど――


「あたしは、レジック村の出身です」

「………………はい?」

 帰ってきたのは、やっぱり予想外の答えだった。


「えっと……その、レジック村、ですか? その村で生まれた、王公貴人の隠し子とか、そういった感じの……?」

「まさか。普通の、村長の娘です」

「そ、そう。村長の娘。村長の……………………村長の娘?」

 ノエルは、驚きすぎると逆に声が出ないことを知った。ついでに、なんだか、この子と話していると常識が家出しそうだわ――と危機感を抱く。


「ねぇねぇ、クラリーチェお姉ちゃん、ソフィアからも聞いてもいい?」

 リアナにくっついていたソフィアが声を上げる。


「え、ええ。もちろんかまいませんけど……?」

「わーい、ありがとう~」

 無邪気なソフィアが可愛らしい。こっちはリアナと違って見た目通り、普通の女の子ねと、ノエルは心から安堵する。


「じゃあ聞くけど――リーズ商会ってなにを扱ってるの? どうして、こんな農村に滞在しているの? お姉ちゃん達の目的は……なに?」

「――っ」


 とっさに声を漏らさなかったのは上出来と言えるだろう。まさか、こっちの幼女まで普通じゃなかったなんて……と、ノエルはまたも戦慄する。

 それから、リズ――ノエルの可愛い妹がボロを出していないかと、視線を向けた。

 リズは変わらずのほほんと居座っている。


 これは……意図に気付いた上で取り繕っているんじゃなくて、ホントになんにも分かっていない顔ね。……癒やされるわ。貴方はいつまでもそのままでいてね。

 わりと酷いことを考えつつ、心の余裕を取り戻す。


 そうして、あらためてソフィアに視線を戻した。

 ソフィアは無邪気な顔で、ノエルを見つめている。だけど、ソフィアが見た目通りの普通の女の子でないのは身を以て理解した。

 この娘に嘘は通じないと、ノエルは本能的に感じ取る。


「リーズ商会はなんでも扱います。ですから、いまは次の買い付けに向けて、各村を回っているんです。この村に滞在しているのは……ちょっとした事故です」

「……事故?」

「馬車の車輪に不具合が出てしまって。動けないほどではないんですが、付近で不穏な噂を聞いたので、念には念をと修理しているんです」

 ノエルは嘘をつかずに、事実だけを打ち明ける。

 わずかな沈黙の後、ソフィアは「そうなんだね~」と、愛らしく微笑むと、ひょいっと椅子から降り立った。


「ソフィアちゃん、どうしたの?」

「ちょっと、村を散策してくるよ」

「……村を? 別に良いけど……一人で大丈夫?」

「うん、大丈夫。だから、リアナお姉ちゃんは安心して待ってて」


 リアナとソフィアのやりとりを聞いて、ノエルは『いや、大丈夫じゃないでしょう』と内心でツッコミを入れる。

 いくら村娘だったとは言え、見た目はお嬢様で、しかも小さな女の子。

 それなのに、護衛もつけずに出歩くのは危ないじゃない……と、そこまで考えたノエルは、自分が思い違いをしていることに気付いた。


 ノエル達は剣士に扮装させた騎士を多く連れている。

 けれど、リアナ達は騎士を二人だけ。なので、外出するソフィアよりも、この場に留まるリアナの護衛を優先させる――という意味だと判断したのだ。


 なお、実際はもちろん違う。

 リアナ達一行の最大戦力はソフィアなので、リアナが自分が一人で残っても大丈夫かと質問して、ソフィアがノエル達は信用できると答えた。

 だが、そんなことをノエルに想像できるはずがなく、騎士の一人に目配せをして、少し離れてソフィアの護衛につくように指示を出した。

 その結果、ちょっとした騒動を回避して、もっと大きな騒動を引き起こすことになるのだが……このときのノエルは、そのことをまだ知らない。

 

 

 本日、とにかく妹が欲しい最強の吸血姫は無自覚ご奉仕中! の一巻の発売日です。

 今回の無知で無力な村娘のエピソードのように、普通が崩壊する内容を主題に置いた物語なので、興味ある人はぜひぜひ本屋さんで手に取ってみてください。書き下ろしや追加エピソードも入ってます。

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