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無知で無力な村娘は、転生領主のもとで成り上がる  作者: 緋色の雨
第二章

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35/44

無知で無力な村娘は、新たな出会いを果たす 1

 今回の旅で、リアナが立ち寄る二つ目の村。

 この村の問題を解決したら、旅の目的は達成だったのだけれど――


「ええっと、ひとまず話だけでも聞いてくれませんか?」

「話なんて聞きたくないです。とにかく、いますぐに帰ってください」

 村の入り口あたりで、見かけた村娘に取り次いでもらおうと話しかけた瞬間、そんな風にすげなくされてリアナは困っていた。


「ええっと……あの、せめて、村長さんに取り次いでもらえませんか?」

「嫌です、帰ってください」


 唐突だが、人の頼みを断るときの最も有効な手段はなにかご存じだろうか?

 答えは、余計なことは一切言わずに、ただひたすら断る――である。

 こういう事情だから無理ですといった風に条件をつけると、ではその事情を解決すれば、引き受けてくださるんですね? と、交渉が始まってしまう。

 だから――


「えっと、せめて話だけでも聞いてくれませんか?」

「嫌です、いますぐ帰ってください」

「ぐぬぬ……」


 このように、ただひたすら断られるとどうしようもなくなる。

 もっとも、今後の関係を一切考慮しない手段なので、使用には注意が必要だが。


 なお、ミューレ学園で学んだリアナは、その手法に対する対策も教えられている。

 その方法とは――


「話をしてくれるまで帰りませんっ」

 こちらも、ただひたすら同じ主張を繰り返すことだったりする。

 この場合、相手が立ち去ると話が終わってしまうのだが……幸いにして、村娘は立ち去ろうとはしなかった。

 話を聞きたくない――よりも、家まで着いてこられたら困る、帰って欲しいという思いが大きいのだろう。そう判断して、強引に話を進めることにする。


「あたしはリアナって言います」

「ですから、話を聞く気はありません。帰ってくださいって言ってるじゃないですか」

「それで帰ったら、上役に怒られてしまいます。ここまで来るのにも時間が掛かりますし、せめてお話だけでも聞いてください」


 貴方のせいで怒られると罪悪感を煽り、往復が大変だと同情を買う。押し売り的な手法だが、村人のために――と、リアナは大真面目だ。

 なお、どこぞの弟くんが大好きな少女による、特別授業の成果だったりする。

 それはともかく――


「……分かりました。話だけは聞きます」

 リアナの説得に、村娘がため息をついた。


「お時間を取ってくださって、ありがとうございます」

「話は聞きます。でも、貴方の乗ってきた馬車、グランシェス家のものですよね? 先に言っておきますけど、村の子供を差し出すつもりはありませんから」

 きっぱりと言い放ち「おもちゃにされるくらいなら、奴隷商に売られた方が……」と呟く。


「待ってください。食糧支援と引き換えに、子供を差し出すように迫られたって、誤解していませんか?」

「誤解? 実際に、食糧支援と引き換えに、若い娘を求めてきたじゃないですか」

「引き換えじゃありません。そもそも、求めたのは子供だったはずです」

 リアナが指摘すると、村娘は少し考えるような素振りを見せた。


「……たしかに、そうだった気はしますけど、でも、結局は同じことでしょう?」

「違います。子供を差し出さなくても支援はします。それに、リオン様が子供を求めた理由は、子供達に教育を施して、その知識を各村に伝えさせるためです」

「教育? 貴方はなにを言っているんですか? 貴族が平民に知識を与えるなんて聞いたこともありません。そんな甘言、信じられるはずがないでしょ?」

「気持ちは分かりますが事実です」

「……そこまで言うのなら、なにか証拠を見せてください」


 上手くいった――と、リアナは説得の成功を確信した。

 そして、自信満々に、自らの控えめな胸に手のひらを押し当てる。


「証拠は、あたしです」

「……どういう意味ですか?」

「あたしは農村出身の、グランシェス家の要請に応じて差し出された娘です」


 ただの村娘だった自分が、こうやってグランシェス家の遣いとして行動している。それが証拠だと言い放つ。

 村娘はそんなリアナを頭の天辺からつま先まで眺め――


「貴方があたしと同じ村娘? 嘘をつくならもう少し信憑性のある嘘にしたらどうですか?」

 呆れるように言い放った。

 リアナは「えぇ!? どうしてですか!?」と慌てるけれど、家族ですら分からなくなるレベルで、リアナは変貌を遂げている。

 リアナが村娘にみえるはずがなかった。


「そもそも、貴方の言っていることが事実かどうかなんてどうでも良い。とにかく、貴方はいますぐ帰るべきです」

「……どうでも良いって、どうして?」

「それは――」

「――ククル、なにをやっておる!」

 不意に、男の声が割って入る。

 見れば、向こうからおじさんが歩み取ってくるところだった。


「お、お父さん、どうしてここに!?」

「どうしてもこうしてもあるか。なにやら来客だと言うから様子を見に来たのだ」

「か、彼らは、道を聞くために立ち寄っただけで、すぐに出て行くよ」

「違います。あたしは、この村に技術支援をするためにやって来たんです!」

 リアナがとっさに口を挟む。


「……と言っておるが?」

「~~~っ」

 物凄く恨みがましい目で睨まれてしまう。


「娘が失礼いたしました。わしがこの村の村長ですじゃ」

「あ、村長さんでしたか。初めまして。あたしはリアナと申します。グランシェス家より、この村に技術支援をするように仰せつかってやって来ました」

「技術支援……ですか? もしや、貴方はミューレ学園の?」

「ご存じ、なんですか?」

「あぁいえ、制服なる服の噂を聞いたものですから」

「……噂ですか?」

 リアナはどんな噂だろうと首を傾げる。


「あぁ、いえ。こちらの話です。それで、技術支援、でしたか?」

「はい。ですから、田畑を見せてもらいたいんです。それで、不備とかがあれば、色々なアドバイスをさせて頂きます。あとは、現状をなんとかするために、必要なら食糧支援もします」

「……食糧支援?」

「ええ、そうです」


 村長にも、誤解されている可能性は高い。もしそうなら、すぐに誤解を解こうと身構えたのだけれど、村長はそうですかと呟くだけで拒絶はしなかった。


「分かりました。では、あなた方の滞在を許可します」

「お父さん!?」

 ククルと呼ばれていた村娘が村長に詰め寄る。


「聞け、ククル。このままでは、この村は終わりだ」

「それは、だから私が――」

「ククルっ! いいかげんにしろ! これはお前のためでもあるんだぞ!」

「それ、は……でも……」

「……はあ。納得しろとは言わん。だが、いまは村長であるわしに従え」

「…………はい」

 口論の末、ククルが引き下がるという形で決着したようだ。

 それを確認して、リアナは村長に視線を向ける。


「……良いんですか?」

「もちろんです。技術支援というのがなにかは知りませんが、満足いくまでゆっくりしてください。娘の言うことは気にする必要はありません」

「ありがとうございます。それで……すみません、どこか宿はありますでしょうか?」

「申し訳ありませんが、この村に宿はありません。また、あいにく空き家にも先客がおりまして。村はずれの小屋なら、使えなくはないですが……」

「分かりました。そこでかまわないので、使わせてください」

「分かりました。それでは――ククル。わしは宴の準備があるから、お前が案内しなさい」

「あ、場所を教えて頂けたら、勝手に行きますよ?」

 気まずい空気になるのは目に見えていると、リアナはそんな風に進言してみる。


「いえ、そういう訳にはいきません。……ククル、お前は将来、わしの跡を継いで村長になるのなら、これくらいのことはちゃんとしなさい」

 村長に告げられたククルは沈黙。

 それから長い、長い沈黙の後、深々とため息をついてリアナに視線を向けた。


「……ついてきてください」

 しぶしぶ。これほどしぶしぶという言葉が似合う様子はないくらいにしぶしぶといった感じで言い放ち、ククルはさっさと歩き始めてしまった。


「あ、ちょっと待ってください。馬車はどうしたら良いですか?」

「空き家まで運んで大丈夫ですよ。というか、歩くのが嫌なら、馬車に乗って追い掛けてきたらどうですか?」

「いえ、それは大丈夫です。――じゃあ、すみませんけど、ついてきてください」

 護衛のネクト達と御者に馬車を任せ、ソフィアと一緒にククルの後を追い掛ける。

 そうして早足のククルに追いついて横に並んだ。


「あ、あの、少し聞いても良いですか?」

「……なんですか?」

 ククルは早歩きのまま、こちらを見ることなく答える。話したくなさそうにはしているけど、無視するつもりはないらしい。

 リアナはこれ幸いと、質問することにする。


「貴方はどうして、そんなにグランシェス家のことを嫌ってるんですか?」

「――そんなのっ。……そんなの、食糧支援と引き換えに、子供を差し出せって言われたからに決まってるじゃないですか」

「でも、それは誤解だって言ったじゃないですか」

「信じられませんし、もしそうだとしても、数ヶ月もほったらかしだったのは事実じゃないですか。そのあいだに、一体どれだけの被害が出たと思ってるんですか?」

「それは……」


 ほったらかしだった訳じゃない。

 ただ、領主には様々な仕事があって、どこかの村に掛かりきりにはなれない。ましてや、この村は、自分達から食糧支援を断ってきた。

 この村に食料支援が必要だと気付いたのは、グランシェス家が仕事をしている証拠だ。


 ――だけど、村娘だったリアナには、ククルの気持ちも良く分かる。食糧難の村にとって、数ヶ月という期間がどれだけ大変だったかは想像に難くない。

 だから、リアナはなにも言えなかったのだが――


「自分達から支援は必要ないって言ったのに、なにを甘えたこと言ってるの?」

 天使の皮を被ったブラックソフィアが言い放った。


「ソ、ソフィアちゃん?」

 慌てたリアナが袖を引いて止めようとするが、ソフィアはひらりと避けてしまう。


「……いまの、どういう意味ですか?」

「い、いまのは、その、言葉の綾というか――」

 慌てたリアナが弁明を始めるが、ソフィアに袖を引かれて遮られる。


「そのままの意味だよ。支援は必要ないって言ったのはこの村。だから、支援が遅れたんだよ。それをほったらかしにされたって、自分で言ってておかしいと思わないの?」

「そ、それは、貴方達が支援と引き換えに子供を差し出せって言うからじゃないですか!」

 ククルが声を荒らげる。


「そう思ったなら、使者にそう言えば良かったんだよ」

「そんなの……っ」

「言ったら、殺されるとでも思った? ソフィア達には、こんなにも言いたいことを言ってるのに? それっておかしくない?」

 リアナは「ソ、ソフィアちゃ~ん」と情けない声を出すが、ソフィアに止まる気配はない。こうなったら、言わせるだけ言わせて、後でフォローを入れようと見守ることにした。


「……私は、応対してないですから」

「なら、応対した人が意見しなかったんだよね?」

「そ、そうですけど……」

 見た目が愛らしい幼女なソフィアの口から、次々とあふれる容赦のない言葉。

 強気だったククルが、タジタジになっていく。


「もしかしたら、意見できる雰囲気じゃなかったのかも知れない。意見したら殺されるって、そう思ったのかも知れない」

「そ、そうです!」

「だとしても、たとえ自分の命をかけても、聞くべきだったんじゃない?」

「な、なにをむちゃくちゃ言ってるんですか!」

「援助を得られなければ、たくさんの被害が出る。その程度のことが分からなかったの?」


 ――分かっていただろう。

 リアナの父も同じ懸念をしていたし、リアナも話を聞いたときに理解した。少なくとも、食料不足がどんな結果を引き起こすか、想像できない農民なんていない。

 だけど――


「もし分かった上で聞かなかったんだとしたら――むぐっ」

「ストップだよ、ソフィアちゃん」

 ソフィアの口を手で塞いで強引に黙らせた。


 子供を差し出した村以外にも、食糧支援を得た村はいくらでもある。

 それらの村と、この村の違いは自分達の対応の差。だからハッキリ言ってしまえば、この村にだって落ち度はある。


 だけど、グランシェス家にだって落ち度はあるのだ。

 貴方達にも落ち度はあるから、あたし達が文句を言われる筋合いはない――なんて言い方をしたら、相手の信頼は得られない。

 たとえ、それが真実だとしてもね――と、心の中でソフィアに訴えかけた。

 そうして、ソフィアが大人しくなるのを確認して、ククルへと視線を向ける。怒り狂っているかと思ったけれど、そうはなっていない。

 どちらかというと、打ちひしがれているように見えた。


「あの、ククルさん?」

「……なんでもありません。小屋はこっちなのでついてきてください」

 ククルが内心でどう思ったのかは分からない。

 ただ、少なくとも表面上は、なにごともなかったかのように歩き始めた。

 

 

 仲間に見限られた俺と、家族に裏切られた彼女の辺境スローライフ

 一章が完結しました。

 現実逃避のスキルを使って田舎町を復興していく物語。この機会にぜひご覧ください。

 https://book1.adouzi.eu.org/n3178ew/

 URLをコピペか、作者名から投稿作品リストに飛べばご覧になれます。

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