無知で無力な村娘は村を発展させたい 5
「この村を温泉街として発展させましょう」
翌朝。村長に会うなり進言したら、「なにを言ってるんですか?」って顔をされた。というか、実際に聞き返されてしまった。
「温泉街です。足湯や温泉をつくって、旅人に立ち寄ってもらうんです」
「旅人は、わざわざこの村にまで来ないと思うんですが?」
「あたしはいけると思うんですけど……これについては、クレア様に相談して決めることになると思うので、今のうちに考えておいてください」
農業の指示はともかく、村の更なる発展計画については、リアナに決定権はない。この村の環境等を調べて、地酒の件と共にクレアリディルに相談するつもりだった。
――とまぁ、そんな訳で、あらたな産業の目星をつけるという目的は達成。そこから更に一週間ほど掛けて、ソフィアと手分けをして田畑の確認作業を終了。
リアナ達は、この村での目的を果たした。
旅立ちの日。
馬車の前には、村の人達がたくさん集まっていた。
村長や、ティナの両親。そしてこの数日で仲良くなった人達と挨拶を交わす。そうして大人達との挨拶が終わったところで、子供達が群がってきた。
「リアナ姉ちゃん、いつか絶対、俺もミューレ学園に入るから、それまで待っててくれよ!」
「おいっ、なに言ってるんだ。リアナねぇちゃんは、俺を待ってくれるんだからな!」
「なに言ってるんだお前ら、リアナ姉ちゃんが待ってるのは俺だぞ!」
「ちょっと男子、リアナ姉様は、私のことを待っててくれるんだから、誤解しないでよね!」
なんだか分からない――のは当人だけだが、リアナは子供達から大人気だった。
「あたし、みんなが入学してくるの期待して待ってるから、頑張ってね!」
気さくな微笑みを浮かべる。
子供達が、いまのは俺に言ったんだ、違う私だよと喧嘩を始めるが、当のリアナはまったくもって分かってない。
みんなが入学してくる頃には、あたしは先生かなぁと考える。
そうして、淡い期待を抱いた子供達が量産されてしまうのだが……それはともかく、リアナ達を乗せた馬車はダンケ村を出発した。
馬車に揺られながら、リアナは各先生から借りた資料に目を通しながら自主勉強をする。
馬車で文字を読むと酔いやすいのだが、村では色々と忙しくて、思ったよりも自主勉強が進んでいないので無理をする。
「リアナお姉ちゃん、リアナお姉ちゃん」
ふと顔を上げた瞬間、ソフィアがすかさず話しかけてきた。というか、向かいの席でずっと退屈そうにしていたので、実際に機会をうかがっていたのだろう。
ちょうど良い機会だからと、リアナは少し息抜きをすることにした。
「ソフィアちゃん、どうかしたの?」
「えっと……んっと……」
退屈だったから話しかけただけで、話の内容は考えてなかったんだろう。ソフィアは少し慌てた様子で視線を彷徨わせる。
「ソフィアちゃん、なにかおしゃべりしようか?」
こちらから話題を振って上げると、ソフィアは目を見開く。続いて嬉しそうに目を細め、向かいの席から身を乗り出して抱きついてきた。
「えへへ。だから、リアナお姉ちゃんって好き」
「あはは。あたしも好きだよ~」
二人旅で――といっても、御者や護衛がいるが、二人の関係は急速に深まっている。ソフィアのラブコールに軽口で応じつつ、ソフィアの身体をぎゅっと抱き返す。
「それじゃあ……なんの話をしようか?」
「ソフィアはなんでも良いよぅ」
「ん~それじゃあ、ソフィアちゃんが、スフィール家でどんな暮らしをしてか、教えて欲しいって言ったら教えてくれる?」
「ソフィアがスフィール家でどんな暮らしをしていたか聞きたいの?」
「もちろん無理には聞かないけど……」
仲良しになったソフィアの過去を知りたいというのが第一の理由。そして、ソフィアとその姉の仲直りをさせるために、あれこれ知っておきたいというのが第二の理由。
出来れば教えて欲しいなぁと、ソフィアの脇腹をくすぐった。
「ひゃうっ。ちょっと、リアナお姉ちゃん? はうっ。くすぐったいっ。んっ。くすぐったいってば、なんでくすぐるのぉ~っ」
「ソフィアちゃんのことが聞きたいから?」
「んくっ。説明になって、ないっ、よぅ~~~っ。分かった、分かったからぁっ。ストップ、ストップだよ、リアナお姉ちゃんっ。……んんっ」
身もだえしつつも、ソフィアはリアナから離れようとしない。それどころか、リアナにぎゅっとしがみついて耐えている。
そんな姿が可愛くて調子に乗っていると、いきなり背もたれがなくなり、リアナはごろんと後ろに倒れ込んでしまった。
一体なにがと起き上がろうとしたそのとき、お腹の部分にソフィアが馬乗りになった。
「……ソ、ソフィアちゃん? 一体なにを?」
「背もたれを倒して、寝っ転がれるようにしたんだよ?」
「いや、うん、それは分かるんだけど……どうしてそんなことを?」
「それはね……」
「それは?」
「リアナお姉ちゃんに仕返しするためだよっ」
ソフィアの小さな手が脇腹に伸びてくる。
リアナは慌ててその手を掴もうとするが、力も技術も文字通り格が違う。あっという間に、ソフィアの両手が、リアナの脇腹に添えられる。
「さぁ……リアナお姉ちゃん、なにか言い残すことは?」
「あたしが悪かったから許して」
「……反省してる?」
「うん、反省してる」
「そっかぁ……」
ソフィアが微笑みを浮かべ――リアナの脇をくすぐり始めた。
「ひゃうんっ、ちょ、ちょっとソフィアちゃん。ひゃんっ。……は、反省、ふくっぅ。反省してるって、んんぅ、言ってるじゃないっ」
「反省してるなら、罰を受けても文句を言わないよね」
天使のような微笑みを浮かべながら、紅い瞳を輝かせている。
小悪魔だ、小悪魔がここにいるよとリアナは呻く。
「はうっ、くすぐっ。……んっ。くすぐ、ひゃうん。たいって、ばぁ! ……うぅっ、ねぇ、ちょっと、ソフィアちゃん。……ぁん。もう、負けない、から――ねっ」
ソフィアの手を掴もうとするのを諦めて、反撃だとソフィアの脇腹に手を伸ばす。
「ひゃぁっ。ちょっと、リアナお姉ちゃん!? んぅ。反省したんじゃなかったの!?」
「~~~っ。はぁ……くっ。ソフィアちゃんが、止めてひゃう。くれないから、だよ! 早く止めないと、こうなんだからね!」
「ちょ、リアナお姉ちゃん、服の中に手を入れるのは反則だよっ」
「そ、そういうソフィアちゃんも、はうっ。真似、してるじゃないっ」
「リアナお姉ちゃんが止めないからだよ!」
「違うよ、ソフィアちゃんが止めないからだよ!」
ソフィアは一歩も引かず、リアナもまた一歩も引かない。二人の戦いは泥沼の一途をたどり、互いに動けなくなるまで続いた。
「もう、やら……ソフィアひゃん、負けんひが強すぎるよ……」
「それは、リアナお姉ひゃんのほう、らよ……」
乱れた制服姿の二人は、無言で顔を見合わせる。
「「……もう止めよう」」
二人は同時に折れる。負の連鎖たる戦いは、互いに女の子としての尊厳とか、色々失ってようやく終わりを迎えた。
「……っていうか、なんの話だっけ?」
「ええっと……たしか、ソフィアの過去を聞きたいって、リアナお姉ちゃんが」
「あぁ、そうだったね。それで、ソフィアちゃんが話したくないって言ったんだっけ?」
「うぅん、言ってないよ?」
「あれ? そう、だよね。でも、それならなんで、くすぐりあうことになったんだっけ?」
「………………さあ?」
ソフィアが首を傾げる。
特に理由なんてなかった。それに気付いて、リアナは急に疲労を覚えた。
いや、そもそもリアナの行動が発端なのだけれど。
「ええっと……取り敢えず、ソフィアちゃんの昔話ってことで良い?」
「……息が整ったらね」
文字通り一息ついて、リアナ達は向かい合わせに座り直した。
「えっと、ソフィアの昔話だよね。あんまり楽しい話じゃないけどかまわない?」
「うんうん。ソフィアちゃんが嫌じゃなければ」
ソフィアとその姉の仲を取り持つためにも、色々と聞いておきたいと思う。
「リアナお姉ちゃんがそう言うのなら良いよ。えっとね……ソフィアは物心ついた頃から恩恵があったんだけど、最初は自分に恩恵があるって気付いてなかったんだよね」
「え? 心を読む恩恵だよね? そんな特殊な恩恵に、どうして気付かなかったの?」
「ソフィアは、人の心を読めるが普通のことだと思ってたの」
「あぁ……そっか」
ソフィアにとっては、生まれたときから人の心を読み取れるのが当たり前。だから、みんなも同じように、心を読むことが出来ると思っていたということ。
「だから、ソフィアは会う人の心を日常的に読み取っていたんだよね」
「へぇ~、なら、恩恵があるって気付いたら、みんなびっくりしたでしょ?」
「……びっくりしたなんてモノじゃないよ。みんな狂ったように怯え始めたの」
「そこまで? みんな、そんなにヤバいことを考えていたの?」
「貴族だからねぇ……。リアナお姉ちゃんも、既に色々な秘密を知っちゃってるでしょ?」
「あぁ……言われてみると、そうかも」
たとえば、グランシェス家襲撃事件。
過激派が犯人と言うことになっているが、本当の犯人はソフィアの父親だ。
もしこのことが明るみに出れば、スフィール家はお取り潰しが確実。ソフィアだって無事では済まないだろう。
そういう誰にも知られちゃいけないことを、リアナは既にいくつか知ってしまっている。ソフィアが信頼の置ける味方じゃなければ、決して近づけなかっただろう。
「だからね。子供の頃のソフィアは、ずっと他人を拒絶してたの」
「それは……家族も?」
「……うん、家族も。お父さんやお母さんは、ソフィアの力を利用しようとしたから」
「そう、なんだ……」
頼りにするでも、役立てるでもなく、利用。
そんな表現をすると言うことは、ソフィアの意思は無視されたのだろう。
「……ソフィアのお姉ちゃんもそうだったの?」
「ソフィアのお姉ちゃん――ルビアって言うんだけど、ルビアはソフィアを利用しようとしたりはしなかったよ」
「そうなんだね」
その事実に少しだけ安堵する。
だけど、その判断は速すぎたと言わざるを得ない。
「ルビアはソフィアと同じ、利用される側だったから」
「そっか……」
本当は、もう少し詳しいことを聞きたいという気持ちがあった。だけど、ソフィアの言葉があまりにも重苦しくて、リアナは頷くことしか出来なかった。
そして、そんなリアナの気持ちがソフィアにも伝わってしまったのだろう。
「そんなことがあって、ソフィアはずっと塞ぎ込んでいたの。でも、リオンお兄ちゃんに出会って、ソフィアは変わって……いまに至るって感じだね」
ソフィアは一転して明るく言い放つ。
「そっか……」
「リアナお姉ちゃん、さっきから『そうなんだね』と、『そっか』しか言ってないよ?」
「あう……だって、思ったより重い話だったから」
「聞いて後悔した?」
ソフィアがさり気ない口調で聞いてくる。
だけど、その表情は凄く真剣だ。リアナの返事次第では、言わなければ良かったと後悔するつもりなのかも知れない。
そう思ったから、リアナは首を横に振る。
「それはないよ。もっと、ソフィアちゃんのことを知りたいって思う。けど……ちょっと、覚悟が足りなかったかなぁ……って」
「そっか。なら、リアナお姉ちゃんに覚悟が出来たら、もっと色々な秘密を教えて上げるね」
「他にも一杯あるんだ……」
「いまのはほんの序の口だよぅ」
「序の口……頑張って覚悟を決めておくね」
いつか、もっと、この可愛らしい女の子と仲良くなれるように。
「――ところで、リアナお姉ちゃん。いま向かってる村は、どんなところなの?」
リアナが自主勉強をしていると、ソフィアがそんな風に切り出した。
また退屈してしまったのだろう。そう思ったリアナは再びの休憩を兼ねて顔を上げる。
「次の村は、ちょっと厄介そうなんだよね」
「……厄介?」
「うん。食糧難に陥っているはずなのに、グランシェス家の食糧支援を断ってるの。それなのに、ミューレ学園に子供を送っていないし……印象があまり良くないね」
領主に向ける村側の印象、という意味。
「そっかぁ……色々と大変そうだね」
「うん。でも、食糧支援を断った理由が、あたし達と同じ誤解をしているだけなら、話したら分かってくれると思うんだよね」
食糧支援と引き換えに、若い娘を求められているのだと誤解した者は多い。
いまから向かう村もそういうパターンなら、かくかくしかじかと言えば終わる話である。
そんな風に楽観していたから――
「こんにちは。村長はいますか?」
「帰ってください」
頭ごなしに拒絶されるなんて思っていなくて絶句した。





