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無知で無力な村娘は、転生領主のもとで成り上がる  作者: 緋色の雨
第二章

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32/44

無知で無力な村娘は村を発展させたい 3

無知で無力な村娘と、異世界ヤンデレ、新刊発売中です。

 

 ソフィアと合流した後、リアナ達は歓迎の宴に招かれた。

 村の寄り合い所に集まった数はざっと数十人。

 それだけの者達が、リアナ達の来訪を歓迎してくれている。

「ミューレ学園生徒の来訪と、我らが村の繁栄に、かんぱーいっ」

「「「――乾杯っ!」」」


 活気のある音頭と共に宴会は開始。

 みんなが談笑を始め、リアナとソフィアの前に村人達が集まってくる。


「リアナちゃん、さっきは菜園を見てくれてありがとなっ」

「うちにも来てくれて助かったぜっ」

「おらのところも、問題なさそうで安心しただ!」


 さっき視察した田畑の持ち主達が一斉に感謝の言葉を投げかけてくる。


「どういたしまして。あ、でも、おじさんの畑は、さっきも言ったように排水まわりに注意してね。で、そっちのおじさんは追加で肥料を混ぜるのを忘れないで」

「おうともよ」

 リオンに鍛えられた記憶術で顔を一致させているリアナは、的確なフォローを入れていく。


「――リアナさん、楽しんでいますか?」

 しばらく村人達と談笑を続けていると、村長さんがやってきた。


「ええ、楽しませてもらってます。今日はこんな宴を開いてくれてありがとうございます」

「それは良かった……っと、コップが空じゃないですか。こちらをどうぞ」

 コップを差し出すと、さっきとは違う透明な飲み物をなみなみと注がれた。


「ありがとうございます」

「いえいえ。これはうちの村で作った自慢の地酒なんです。是非飲んでみてください」

「……これ、お酒なんですか?」

 リアナはコップに注がれた透明の液体を見てまばたきをする。


「ええ、その通りです……もしや、リアナさんはお酒が飲めないんですか?」

「飲めないというか……飲んだことがないんですよね」

 リアナはこの国においては既に成人していて、結婚も出来ればお酒を飲むことも出来る。ただ単純に、いままでは余裕がなくて、お酒を飲んだことがなかった。


「そういうことなら、この機会に飲んでみなっ。この村の酒を飲んだら、他の酒が飲めなくなるくらいうめぇからよ!」

 横にいた他のおじさんにも勧められる。


「ええっと……そうですね」

 せっかくの機会だし少し飲んでみようかなと、リアナは思い切ってコップに口をつけた。アルコールのなんとも言えない口当たりに驚き、続いて喉がかぁっと熱くなる。


「ふえぇ……これは、なんとも言えない味ですね」

「あっはっは。まあ最初はそんなものですね。ただ、後味は悪くないでしょ?」

「……たしかに、さっぱりした感じがします」

 最初の口当たりは馴れないけれど、後味は好きかも知れないともう一口。

 リアナはちびちびと地酒を飲み始めた。


「あ、村長さんもコップが空ですね。あたしに注がせてください」

「おぉ、それは光栄ですな」

 表情をほころばせる村長のコップに、リアナは地酒を注ぐ。


「……っとと。ありがとうございます」

「あたしも注いでもらったからおあいこです」

「それもありますが、この村に来てくださったこと、本当に感謝しています」

「あたしは、リオン様の指示に従っただけですから。それに、この村を豊かにしたのだとしたら、それは先輩の成果です。それなのに、あたしがなんだか歓迎されちゃって……」

 ちょっと申し訳ないと、リアナは本音をこぼした。


「もちろん、最初に来てくださった娘さんには非常に感謝しています。ただ、貴方達に感謝しているのもまた事実ですよ」

「でも、あたしはみんなの畑を確認して回ってるだけで……」

「前回の指示に従った結果、リアナさんがご覧になったように、作物は順調に生長しています。ですが、だからこそ、みんな不安だったんです」

「……不安? あんなに生長しているのに?」

 ハッキリ言ってしまえば、ミューレ学園の畑ほどじゃない。

 けど、当時のレジック村とは比べものにならない。少し前のリアナがこの村の田畑を目にしていたら、その生長具合に目を剥いていただろう。

 だから、不安に覚えることなんてないはずなのにと首を傾げる。


「だからこそ、でしょうな。わずかな助言だけで、いまのような状況に至ったものの、今後のことは口頭で聞いただけ。自分達だけでは維持できないかも知れない、とね」

「あぁ……そっか」


 それでみんな、一斉に自分達のやっていることが間違ってないか確認に来たんだね。

 彼らの気持ちを理解して、他の村でも同じような状況に陥っている可能性が高いから、対処するように進言しなきゃと心に留めた。


「……ところで、リアナさんはミシェルをご存じだとか?」

「え? あぁ、はい。もちろん知ってますよ」

 唐突な話題の変化に戸惑いつつ、すぐに気持ちを入れ替える。


「では、彼女が元気なのも事実ですか?」

「はい……といっても、プライベートまでは知りませんが、優しい先生ですよ」

 それがどうかしたのかというニュアンスを込めて答える。


「実は、ミシェルはこの村の出身でしてな。両親が話を聞きたがっているのです。よかったら、彼らにミシェルの話をしてやってくれませんか?」

「えっと……かまいませんけど」

 ソフィアの方が詳しいかもと視線を向ける。

 ソフィアは小母さん達と楽しげにおしゃべりに興じていたのだけど、まるで最初からこちらの様子をうかがっていたかのように振り向いた。


「ソフィアは、ミシェルお姉ちゃんと、あまりおしゃべりしたことがないの」

「そうなんだ?」

「うん。だから、リアナお姉ちゃんが話して上げて」

「そういうことなら、うん。ところでソフィアちゃん、その飲み物、お酒じゃないよね?」

「まさか。ソフィアはまだ未成年だもん」

「そっか」

 リアナは安堵の微笑みを一つ。村長へと視線を戻す。


「それじゃ、あたしがお話しさせていただきますね」

「おぉ、ありがとうございます。――お前達、こっちに来なさい」

 言われておずおずとやって来たのは、初老の域に達した夫婦。男の方には見覚えがあって、ウェンツを追い掛けていった小父さんだった。

 二人はリアナの前で顔を見合わせて頷きあうと、小父さんが少しだけ前に出る。


「初めまして、リアナ様。俺がザックで、こっちが妻のチェルシーです」

「初めまして、ザックさん、チェルシーさん。あたしのことは呼び捨てで良いですよ。あたしはただの村娘で、ミシェル先生の教え子ですから」

「おぉ……では、本当にミシェルのことをご存じなんですか?」

「はい、先生にはお世話になってます」

「――娘は、娘は元気なんですか!?」

 横からチェルシーが割り込んでくる。

 その必死な様子に、リアナは戸惑いを覚える。


「元気ですけど……手紙のやりとりなんかはしていないんですか?」

「そ、それは……」

 チェルシーが顔を曇らせた。

 その代わりに、再びザックが口を開く。


「実は……ミシェルからは、定期的に手紙と仕送りが届いていたんです」

「……それが、届かなくなったんですか?」

「いえ、いまだに届いてはいるんですが、ある時期を境に、手紙の内容が淡泊になりまして」

「ある時期、ですか? その時期になにがあったか、心当たりはあるんですか?」

 リアナの問いかけに、二人は押し黙ってしまう。

 なんだかよく分からないけど、触れない方が良い話題らしい。


「ええっと……ミシェル先生について、あたしの知っていることを話せば良いですか?」

 さっきの話題はお終いと話を戻してみたのだが、それでも二人は押し黙ったままだった。

 なにか言いたいことがあって、でも言うべきかどうか迷っているんだろう。


 ミューレ学園で、自らがそういった経験をしたリアナは、周りの人達がしてくれたように、二人がどうするか決断するのを待つことにする。

 そうしてたっぷり数十秒ほど沈黙していると、ようやくザックが重い口を開いた。


「一年と少し前に、ミシェルが村に顔を出してくれたんです。ただ、俺達の話を聞いたミシェルがスゴく怒ってしまって」

「……それを切っ掛けに、手紙の内容が淡泊になったってことですか? 一体なにが原因でミシェル先生は怒ったんですか?」

「それは……その、娘――ミシェルの妹を奴隷に売り払ったのが原因なんです」

「それは――っ」

 あたしだったらぶん殴ってます。というセリフはギリギリで飲み込んだ。


 ちなみに、夫妻の内心をおもんばかったからではなく、ティナから聞いていたからだ。いまのが初耳だったら、その場で罵っていたかも知れない。

 妹のことになると人が変わるリアナであった。


「軽蔑されても仕方がないと思っています。ですが、他に方法がなかったんです」

「……飢饉、ですか?」

「ええ。それに、その時期にちょうど、ミシェルからの仕送りが途絶えたんです。だから、辛い決断でしたが、他にどうしようもなくて……」

 感情を押し殺すように淡々と話すザックの隣で、チェルシーが声を押し殺して涙をこぼす。


「……仕送りが途絶えたのは、いつごろなんですか?」

「およそ一年半ほど前です」

「そうですか……」

 グランシェス家の当主が殺された時期だ。

 詳細は伏せられているが、リオン達は追っ手から逃亡を余儀なくされ、使用人達は散り散りになったと、リアナは聞かされている。


 リアナは人差し指を頬に添え、ミシェルからの手紙が淡泊になった理由は、その辺りの説明が出来ないからなのかなと考える。

 だけどそれだと、いまだに淡泊な理由が分からない。

 ティナが奴隷に売られた直後はともかく、グランシェス家に保護された後まで……と、そこまで考えたリアナは、あれ、なんだかおかしいぞと首を捻る。


「あの、すみません。さっき妹を奴隷に売り払ったと聞きましたが、その後は?」

「……分かりません。気立てのよい娘でしたが……」

 押し黙って唇を噛む。今頃どうなっているか、考えたくもないと言うことだろう。

 そのやりとりを経て、リアナはようやく状況を理解した。ティナが無事に保護され、ミューレ学園に通っていることを、この夫妻は知らないのだ。


「貴方達の娘さんは無事ですよ」

「……気休めは止めてください。奴隷に売り払われた村娘の末路なんて……」

「運がよくて、下女か娼婦くらいでしょうね。……普通は」

 リアナが淡々と答えると、チェルシーが泣き崩れてしまった。


「さっきから、なにが言いたいんですか? 娘が幸せにないことくらい理解しています。それでも、なにもしなければもっと酷いことになると思ったから、娘を手放したんですよっ」

「落ち着いてください。言ったでしょう。娘さん――ティナは無事です。ミューレ学園の生徒として、元気に暮らしています」

「だから、そんなことはありえないと――ティナ? いま、ティナと言いましたか?」

 怒りを孕んでいたザックの顔が、一転して驚愕に染まる。続いて、泣き崩れていたチェルシーもハッと顔を上げた。


「ええ。ミシェル先生の妹で、黒髪に黒い瞳。大人しそうな顔をしているのに、胸が大きくて妬ましい。あたしの大切な親友の名前です」

 さらっと愚痴りつつ、ティナの容姿を伝える。

 みるみる二人の顔が驚きと喜びに染まっていった。


「ティナが、俺達の娘が、本当にミューレ学園にいるのか!?」

「はい、間違いなく」

 リアナが自信を持って頷くと、ザックは目を大きく見開いて落涙した。


「なんと、なんと言う巡り合わせ」

「あぁ、貴方、貴方っ。聞きましたか?」

「ああ。俺達の娘が、いまも元気に暮らしていると」


 二人は手を取り合ってボロボロと泣き始める。

 その様子に気付いた者が一人、また一人と夫妻に注目して、ほどなく寄り合い所がシィンと静まり返る。そして、どうしたのかと一斉に視線で問いかけてきた。


「――皆の者。めでたい知らせだ。今し方、ティナが無事に暮らしていることが分かった」

「マジかよ!?」

「ああ、マジだ、大マジだ。それも、ミューレ学園の生徒として、リアナさん達と一緒に暮らしているそうだ」

「「「おおおおおおっ」」」

 村人達が一斉に活気づき、あちこちから「今日は祝いだ、飲むぞ!」といった声が上がって、一段と騒がしくなる。


「あの……リアナ様、娘は……ティナは幸せそうですか?」

「幸せだと思いますよ。少なくとも、あたしはそう思います」

「そう、ですか。教えてくださってありがとうございます」

 ザックは心から安堵するように息をついた――が、すぐに表情を曇らせた。

 そして、それはチェルシーも同じだった。


「なにか、まだ心配事があるんですか? あたしに答えられることなら答えますけど」

 問いかけると、夫妻は沈黙した。

 そして一呼吸おいて、覚悟を決めたような顔でザックが口を開く。


「……娘は、ティナは俺達のことを恨んでいるのでしょうね」

 その一言だけで、リアナは全部理解する。

 普通の村娘が一生掛かっても着られないような制服を着て、一生に一度も食べられないような料理を毎日のように食べている。

 ティナは間違いなく幸せな日々を送っている。

 だけど、それはあくまで結果論。

 運が良くて下女か娼婦。そう覚悟した上で、夫妻はティナを売り払った。結果的にティナが幸せでも、自分達の罪は消えない――と、そう思っているのだろう。


「あたしも、ティナに聞いたんです。両親のことをどう思っているかって」

「――っ。娘は、娘はなんと言っていましたか?」

「最初は恨んでいた――けど、いまは分からない、と」

「分からない、ですか?」

「売られたことは変わらないけど、いまの自分は幸せだから。それに……家族だからって。ティナは、そう言ってました」

「ティナが、そんなことを……?」

「ええ。それから、これはあたしの勝手な想像ですけど……ミシェル先生も、二人のことをずっと怒っている訳じゃないと思います」


 もしそうなら、わざわざ仕送りを続けたりはしない。

 内容が淡泊だったとしても、わざわざ手紙を書いたりもしない。


「仕送りを続けながらも、なにも言わなかった理由。それは、ティナが心の整理が出来るようになるのを待っていたんだと思います」

「……ティナの心の整理、ですか?」

「さっきも言いましたけど、ティナは両親に対してのわだかまりを持っていましたから。ただ、今回の件で踏ん切りがついたんだと思います。お父さんとお母さんが、私のことをどう思っているか、それとなく聞いて欲しい……って、あたしに言いましたから」

「……そう、でしたか。教えてくださって、ありがとうございます」


 夫妻は涙をこぼしながら、手を取り合って互いを慰め合う。ハッピーエンドにはほど遠いけど、少なくとも二人の心は少し軽くなるだろう。

 だから、リアナは二人の邪魔をしないようにと席を立つ。


「お待ちください、リアナ様」

「……はい?」

 席を移ろうとしたところを引き留められて、肩越しに振り返った。座布団の上に座ったままの二人が、まっすぐにリアナを見上げている。


「ティナに、伝言をお願いしてもよろしいですか?」

「ええ、もちろん」

「では……俺達のしたことを許してくれとは言わない。だが、俺達にとってお前は、いまも変わらず大切な娘だと、そう伝えてください」

「……はい、たしかに伝えます」

 良かったね、ティナ――と、内心で呟いて、今度こそ席を移動した。


 

 ちょっぴり良いお話で終わったようにみえますが、次回は酔い潰れたリアナがお持ち帰りされます(ぉ

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