無知で無力な村娘の恩返し 4
ティナ達とのお茶会を終えた後。リアナはクレアリディルに答えを告げるために、グランシェス家のお屋敷にやって来た。
話が通っているのだろう。リアナはすぐにクレアリディルのいる執務室へと通される。
「よく来たわね、リアナ。ミューレ学園に残ってこれからも様々な知識を身に付けるか、各村の指導に出かけるか。ここに来たということは、答えが出たということよね?」
「はい。今日はその答えをお伝えに来ました」
「なら、聞かせて。貴方はどんな答えを出したのかしら?」
問いかけられて、リアナはまっすぐにクレアリディルを見つめる。
軽くウェーブの掛かった銀髪に縁取られた小顔には、翡翠のような瞳。その瞳がなにかを期待するかのようにリアナを見ている。
リアナは、期待を裏切るかもしれないことに若干の後ろめたさを感じつつも口を開く。
「あたしは……各村の指導に行こうと思っています」
「……そう。貴方の夢は自分の村を豊かにすることだったものね。そっち系に特化するのも悪いことじゃないわ」
「いえ、成績優秀者の方も諦めません」
「……はい? 貴方はなにを言っているの?」
クレアリディルがきょとんとする。普段はクールなクレアリディルにそんな顔をさせたことに、リアナは少しだけ誇らしく思った。
「今回の指導は、一ヶ月くらいを予定していると聞きました。だから、早めに戻ることが出来れば、試験は受けられると思うんです」
「……そりゃ、受けられるかも知れないけど、その一ヶ月で習うことが、試験範囲の大部分を占めているのよ? それじゃ成績優秀者はもちろん、合格だって厳しいと思うわよ?」
「かもしれません。でも、試験まで猶予があれば、死ぬ気でなんとかします。必要なら、寝る時間だって削ります」
「……さらっと言ったわね。というか、貴方は既に睡眠を削ってるでしょ?」
クレアリディルがどこか呆れるような顔をした。
「大丈夫です。効率よく睡眠を取る方法を、リオン様に教えてもらいました。それに、有効に時間を使う方法も。だから、頑張って頑張って頑張って、両方こなして見せます」
「……それでなんとかなると、本当に思っているの?」
「なんとかなるかどうかじゃなくて、なんとかします」
「そこまで行くといっそ清々しいけど……出来なくて後悔するかも知れないわよ?」
クレアリディルは心配してくれているのだろう。
それに気付いたリアナは、大丈夫ですと笑みを浮かべた。
「リオン様に言われたんです。どっちも大切で、だけど、どちらかしか選べない。そんな状況に陥って、それでもどっちも諦めたくないのなら、まずはやってみろって」
妹が危篤だと聞かされた時のことだ。
あのときも、二つに一つを選ぶしかないと思っていた。だけど、二つに一つの袋小路にはまったら、まずは行動して枠外からくつがえせとリオンに言われた。
「いま学園に残れば、各村の指導に行くのを諦めることになります。だけど、各村の指導に行った後、授業の遅れを取り戻せるかどうかはやってみなくちゃ分からない」
「……だから、やってみるって?」
「はい。そして、必ずやりとげて見せます」
ここで迷ったら、クレアリディルは反対する。そう思ったから、リアナは絶対にやりとげるという意志を込めてクレアリディルを見つめた。
果たして――クレアリディルは大きなため息をつく。
「……たった一週間の旅でずいぶんと大きくなったわね、胸以外は」
「泣きますよ!?」
「良いわよ。あたしの胸を貸してあげる」
「うわんっ」
年下のはずなのに、自分より豊かな胸を見せつけられて、リアナはわりと本気で泣いた。
だけど、それに対してクレアリディルがもう一度ため息をつく。
「それにしても、やっぱり弟くんには叶わないわね」
「……そこでどうして、リオン様の名前が出てくるんですか?」
予想していたどの答えとも違っていて、リアナはまばたきをした。
「弟くんに言われていたからよ。リアナはきっと、二択以外の答えを選ぶって。そのときは意味が分からなかったけど……まさか、そんな答えが返ってくるとはね」
「リオン様が、そんなことを……」
リアナは頬を緩めた。リオンの期待に応えられたことが嬉しかったからだ。
「ちなみに、リアナがそう答えた場合、もう一つ仕事を頼むように言われているのだけど」
「もちろん、リオン様やクレア様の頼みなら、なんだって引き受けます」
「……だから、内容も聞かずに即答は……いえ、貴方は本気で言ってるのね」
クレアリディルがもう何度目か分からない苦笑いを浮かべた。
「仕事って言うのは、教科書の製作についてよ。各教師に授業の内容を書かせたから、それを分かりやすく纏めて欲しいの」
「教科書の製作ですか? それって……」
「ええ。まずは、今後一ヶ月ほどで学ぶ内容を中心に始めてもらう予定よ」
つまりは、リアナが留守中に学ぶ内容を、旅先で予習できると言うこと。教科書の製作というのも嘘じゃないだろうけど、大半はリアナのためだろう。
「クレア様……ありがとうございます」
「お礼を言うのはこっちなんだけどね。でも、どうしてもお礼を言うなら、弟くんに言ってあげて。弟くんは貴方のことを信じて、そんな指示を出したんだから」
「……はい、そうします」
「よろしい。それじゃ、技術指導に行く村や、村でやってもらうことを説明するわね。リアナに行ってもらう村は二つ。最初はダンケ村」
「……ダンケ村、ですか?」
どこかで聞いたようなと首を傾げる。
「どうかした?」
「あぁいえ、なんでもありません。話を続けてください」
「そう? なら続けるわね。ダンケ村には、既にある程度の技術を伝えてあるの。だから次の収穫では、それに見合った成果を期待出来るはずよ」
「……そんな村で、あたしはなにをすれば良いんですか?」
既にやることがないのでは? と首を捻る。
「不備がないかの確認と、可能なら更に村を豊かにする計画を立てて欲しいの。この村では、グランシェス家の知識による、あらたな可能性を見せるのが目的よ」
「それを……あたしに?」
学んだことを伝えるだけでなく、村の特色を出す計画を立てろと言うこと。普通に技術を伝えるよりも、大変なのは言うまでもないだろう。
「……無理にとは言わないけど?」
「いえ、やります。やらせてください」
「良い返事ね。それじゃ話を続けるわ。二つ目の村は食糧支援を必要ないと言っていたから、技術支援の対象から外れていたの。でも……こちらで調べた限り、食糧難に陥っている」
「え、それはどういう……?」
「その村は、ミューレ学園に子供を差し出すことも拒絶しているわ」
「あぁ、そういう……」
リアナの住むレジック村では、食糧支援と引き換えに子供を差し出せと言われているのだと誤解した。誤解した上で、子供を差し出した。
だから、誤解した結果、子供を護るために支援を断る村があっても不思議ではないだろう。
「リアナには技術の提供と、食糧の支援がどれくらい必要なのかの確認をお願いするわ。以上、貴方にお願いするのは、その二つの村よ」
「分かりました。それで、いつ出発すれば良いんですか?」
「明日の早朝からお願い。今日中に、護衛を編成しておくわ」
さっそく、明日から出かけることになったリアナは、早急に準備をするために学生寮へと戻ってきた。そこで、ティナと出くわす。
「おかえり、リアナ。クレア様に自分の考えを伝えてきたの?」
「うん。さっきティナ達に話したとおりのことを伝えて、許可をもらってきたよ。だから、その、戻ってきたら……」
「うん。あたしもグランプ侯爵領に行くから、帰ってきたら一緒に頑張ろうね」
「ありがとう、ティナ」
各授業の内容を纏めた紙をもらえることでだいぶ楽になったとはいえ、一ヶ月の遅れを取り戻すのは相当に大変だ。
二年目のティナやソフィアの協力がなければ、その難易度は格段に跳ね上がる。
だから、協力をしてもらえるのはとても嬉しいのだけれど、同時に助けてもらうばっかりで申し訳ないとも思ってしまう。
「なにか、あたしにも出来ることがあれば良いんだけど……」
胸の内をぽつりと呟く。
その瞬間、ティナがピクリと身を震わせた。
「……もしかして、なにかあるの?」
「えっと……うん」
ティナが躊躇いがちに頷く。
「えっと、なにかあるなら言ってみて?」
ティナは大切な友人であり、授業について行けなくなったときに助けてくれた恩人だ。そのティナのお願いなら、出来る限りのことはしたいと思う。
「……実は、お姉ちゃんに聞いたんだけど、リアナが行く最初の村はあたしの故郷なの」
「あぁ、そっか」
それで聞き覚えがあったのかと納得した。
「なら、ティナの伝言を届ければ良いの?」
「というか、その……私のことをどう思ってるか、とか」
「うん? ……あぁ」
思い出したのは、ティナの自己紹介。食糧難の折に、親に奴隷として売られてしまったけれど、リオン様に助けられたというセリフ。
もしかして、両親を闇に葬って欲しいってお願いなのかな? なんて、物騒なことを想像してちょっぴりドキドキする。
リアナはわりとクレアリディルに毒されていた。
「……えっと、その……ティナは、お父さんやお母さんのこと、どう思ってるの?」
「それは……私にも分からないの」
「……分からない?」
「売られたことは凄く悲しかったし、恨んだこともあるよ。でも、いまが幸せだからかな。そういう気持ちが薄れてきて……なんだかんだ言っても家族だからね」
「そっか……」
恨めしい気持ちもあるけれど、心配する気持ちもある、と。自分も色々と苦労しているリアナには、ティナの気持ちがなんとなく分かった。
「そういうことなら、ティナの両親に話を聞いてみるね」
「……良いの?」
「もちろん。友達の頼みだもの」
「ありがとう、リアナ」
翌日の早朝。
クラスメイト達とのしばしの別れや、荷造り等など。旅立つ前に必要なことを済ませたリアナは、クレアリディルの用意した馬車の前にやって来た。
「お待ちしておりました、リアナ様」
「リ、リアナ様?」
騎士の恰好をした男性に様付けで呼ばれて目を白黒させる。
「私は貴方の護衛を仰せつかっております、ネクトと言います」
「あぁ……クレア様の言っていた。よろしくお願いいたします」
ぺこりと頭を下げてから、ネクトに視線を向ける。
旅を前提としているからだろう。鎧はあくまで簡易的なモノなのだが……その鎧に刻まれている紋章を見て、リアナはあれ? と小首をかしげる。
グランシェス家の紋章と違っていたからだ。
「どうかいたしましたか?」
「あぁ……いえ、なんでもないです」
「そうですか。では、馬車にお乗りください。必要な荷物は既に積み込んでありますので、さっそく出発いたしましょう」
言われたとおりに乗り込むと、ほどなく馬車が動き始めた。
リアナは窓辺に寄りかかり、次に見るのは一ヶ月後になるであろう街並みを眺める。
「一ヶ月……か」
前回は一週間の旅で、行き先は故郷だったし、リオンやカイルとも一緒だった。けれど、今度は一ヶ月の旅で、しかも他には誰もいない。
ちょっと寂しいなぁ……と、呟いたリアナは、ぶんぶんと首を横に振った。
「いまからそんなこと言ってたら、帰ってくるまで保たないよね。それに、授業に置いて行かれないように、ちゃんと自習もしないとだし」
さっそく頑張ろう――と、リアナは馬車に積み込まれた荷物をあさると――
「ひゃうっ。く、くすぐったいよぅ」
荷物が可愛らしい悲鳴を上げた。
いよいよ、明後日が発売日らしいです。
『無知で無力な村娘は転生領主のもとで成り上がる』一巻と、『この異世界でも、ヤンデレに死ぬほど愛される』二巻。早売りのお店だと、前日くらいから売ってるかもですが、本屋で見かけたら、ぜひお手にとってみてください。
夏の新作その三、投稿を始めました。
『社畜改めペットトリマー見習いの俺は、異世界でイヌミミ少女をモフモフする』
ブラック企業を退社してペットトリマー見習いになった恭弥が何故か異世界、それもイヌミミ族が暮らす村の近くに降り立ち、いたいけなイヌミミ少女達をモフモフ依存症にしながら、色々な問題をモフって解決していくお話です。
https://book1.adouzi.eu.org/n0514ex/





