無知で無力な村娘の恩返し 1
リアナはミューレの街へと戻ってきた。
授業参観から一週間ほどが過ぎ、他の親たちは既に元の村へと帰還している。
授業、また置いて行かれちゃったんだろうなぁ……なんてことを考えつつ、リアナは学生寮にあるお風呂で旅の汚れを落とす。
そうして部屋に戻る途中――
「リアナお姉ちゃん、久しぶりだよ――っ!」
「あ、ソフィアちゃ――んぐっ」
矢のごとく飛び掛かってきたソフィアの頭突きにお腹を打ち抜かれて尻餅をついた。
「あいたた……ちょっと、ソフィアちゃ~ん」
「えへへ、リアナお姉ちゃん。リアナお姉ちゃんだ~」
スリスリスリと、リアナの胸に顔を擦り付けている。
そんな金色の幼女を見たリアナは、ふうっと息を吐いた。
「……ただいま、ソフィアちゃん」
金色に煌めくふわふわの髪を優しく撫でつける。
「うん、おかえり、リアナお姉ちゃん。……ちょっと小さくなった?」
「一週間やそこらで変わらないよ。というか、それを言うなら大きくなった? でしょ」
「胸の話だよ?」
「うぐっ」
無邪気で無慈悲な一撃に、リアナは這いつくばった。
「む、胸が小さくなったんじゃなくて、旅をしたから全体的に痩せただけだよ」
「それはつまり、胸も一緒に――」
「お願いだから言わないでっ」
リアナとて年相応のサイズなのだが、ロリ巨乳なソフィアや、清楚な見た目なのに大きいモノをお持ちのティナを筆頭に、グランシェス家には巨乳が多い。
相対的に小さいため、コンプレックスを抱きつつあるリアナであった。
「もぅ、久々の再会なのに、そんなこと言ったらダメじゃない」
フォローの声が降ってくる。
反り返って見上げると、リアナの真後ろに推定ティナが立っていた。――なお、推定と言ったのは、真下からの視点では突き出た胸で顔が見えないからだ。
「……えいっ」
伸ばした手のひらで、ティナの胸を叩く。
「ひゃん」
「えいっ、えいえいえいっ」
「ちょ、ちょっと、リアナ? ちょっと、ダメだって……んっ。こらっ!」
ナマイキなのはこの胸か――と八つ当たりを続けていると、途中から楽しくなってきたりして、徐々にエスカレートさせていると、ついに両手をティナに拘束されてしまった。
「もぅ……さっきからどうしたの?」
「いやぁ、レジック村から戻ってきたからギャップがちょっと、ね」
なお、平均バストサイズの話である。レジック村では平均なリアナが、グランシェス家では底辺くらいと言えば、その衝撃が想像出来るだろうか?
「よく分からないけど……なんにしてもおかえり。それで、その……どうだったの?」
「……どうだった?」
なんのことだろうと考えたのは一瞬。
妹がもう長くないと聞かされて、急いで里帰りをしたことを思い出した。
「心配掛けてごめん。でも、もう大丈夫みたい」
「そう、なの?」
「うん、リオン様のおかげなの」
妹のアリアは食物アレルギーだった。
アレルギーの概念すらないこの世界において、その病は致命的――だったのだが、小麦を食べなければ平気という知識を得たいま、アリアが死ぬ可能性は格段に減った。
「良かったね、リアナお姉ちゃん」
ソフィアが優しげな眼差しで見上げてくる。
「もしかして、心配して気を遣ってくれたの?」
ソフィアは接触することで、相手の考えを読むことの出来る。いきなり抱きついてきたのはそれが理由なのかなと考えた瞬間、
「うぅん、久しぶりで抱きつきたくなっただけだよぅ」
そんな答えが返ってきた。
考えすぎかな――なんて、鵜呑みには出来ないよね。見た目は純情可憐な幼女でも、その実は情け容赦ない金色の獣――いたたっ。
脇腹を抓られたリアナはうめき声を上げる。
「リアナお姉ちゃん、なんだかリオンお兄ちゃんに似てきたよ?」
「え、そうかなぁ?」
往復の馬車の中であれこれ学んだので、それが原因なのかなと考える。
「ソフィアのことを、心の中で金色の獣とか考えるの、お兄ちゃんにそっくりだよ」
「あぁ、そっちかぁ……」
それは、ソフィアちゃんの行動のせいじゃないかな? と思ったけど口にはしない。
「心は読まれてるのに?」
「少なくとも、考えていても言葉にするつもりはないって意志は伝わるでしょ?」
「ふみゅ」
それに、少なくともあたしは、金色の獣って悪い意味で使ってないし――と、心の中で付け加える。それが伝わったのだろう。
ソフィアは安心したように、リアナの胸に顔を埋めてきた。
「それで、二人がここに来たのって偶然? こういうときって、大抵なにかある気がするんだけど、あたしの気のせいかな?」
リアナは顔を上げて、ティナに向かって問いかける。
「あぁうん、クレア様が呼んでるの。お風呂から上がったら来てほしいって」
「そうなんだ? 村に行くのに学園を休んだ件かな? ありがとう、顔を出してくるね」
二人にまた後でねと約束をして、リアナはクレアリディルのいる屋敷に向かった。
「――失礼します」
扉をノックした後、返事を聞いて部屋の中に入る。システムデスクにクレアリディルが座り、手前にあるソファにはリオンが座っていた。
「クレアリディル様、お久しぶりです」
「こーら、クレアで良いって言ったでしょ?」
「……そうでした、クレア様」
リオンにはだだ甘だけれど、他の人間に対しては決して甘くない。むしろ、裏で暗躍して、容赦なく叩き潰す、怒らせると恐いお姉さん。
――だったのだけれど、前回の一件以来、リアナはなんだか気に入られている。
「久しぶりね、リアナ。アリアの件は弟くんから聞いているわ。良かったわね」
「ありがとうございます。皆さんのおかげです」
社交辞令――ではなく、心からの言葉。
リオンが今回のような件で出かけるなんて、普通はありえない。それを止めずに送り出してくれたのはクレアリディル。それを理解しているからだ。
「相変わらず義理堅いわね。そんなんだと、あれこれお願いしちゃうわよ?」
「二人に恩返しが出来るのならなんでも言ってください」
「頼もしいわね。それじゃ、さっそく事情を話させてもらうわ。実はグランプ侯爵から、前回の件について正式な書状が届いたのよ」
「書状、ですか」
前回の件というのは、子爵家のどら息子が、ソフィアをお嫁さんにしようと乗り込んできて、リアナとのあいだに起こした騒動のことである。
客観的に見れば、どら息子ことパトリックに非がある。
けれど、受けて立ったリアナにまるっきり非がないとは言えないし、なにより身分に差がある。本来であれば、リアナが一方的に罰せられても文句の言えない状況だった――にもかかわらず、リオンはパトリックだけを罰して退学にした。
ロードウェル子爵家の寄親であるグランプ侯爵が出てくるのは予想通りなのだが――
「書状にはなんて書いてあったんですか?」
「要約すると、パトリックの息子に恥を掻かせたばかりか、言われなき理由で退学にするとは、グランプ侯爵家に喧嘩を売っているのか? といった内容ね」
「その反応は……予想の範囲内なんですか?」
貴族の常識に疎いリアナは小首をかしげた。
「予想の範囲内だ。ただし、パトリックがあることないこと言った結果だとも思う」
答えたのはリオンだった。
「あることないことって、その侯爵様は報告の真偽を確かめなかったんですか?」
「あえて確かめないんじゃないかな?」
「ええっと……?」
「うちにつけいるせっかくのチャンスだからな。真偽はどうでも良いんだと思う」
「でも、嘘が発覚したら……」
「そのときは、嘘で話を大事にしたばかりか、寄親に恥を掻かせるとはなにごとだ……って、ロードウェル子爵家からむしり取るつもりなんじゃないか?」
「うわぁ……」
さすが貴族、考え方がえげつない――と思ったけれど、リアナは先日、クレアリディルが一つの事件を闇に葬ったところに立ち会ったばかりなのでなにも言えなかった。
なお、当事者であるライリーは、地方へ異動したことになっている。たとえ誰に聞いたとしても、その地方がどこなのか知る者はいないのだけれど。
それはともかく――と、クレアリディルに視線を戻す。
「それで、クレア様はどうするつもりなんですか?」
「どうする、とは?」
「書状の件です。無視する訳にはいかないですよね?」
「それはさすがにね。あたしと弟くんが呼び出されたから、事情の説明に出向くつもりよ」
「……大丈夫なんですか?」
この状況は、リアナを護るためにややこしくなった結果。
責任を感じずにはいられない。
「グランプ侯爵領を探った結果、うちと同じように不作続きみたいなのよ。だから、ちょっかいを掛けてくる本当の狙いは、うちからお金や食料をせしめることでしょうね」
ようするに、領民を救うために、よそから奪おうという考え。貧困に喘ぐ村人の気持ちが分かるリアナは複雑な気持ちになった。
「どうするつもりなんですか?」
「弟くんと話し合ったんだけど、技術支援で味方に引き込もうと思ってるの」
「あぁ……なるほど。技術をちらつかせ、こっちの味方をした方が有利だと思わせるんですね。なら問題は、こちらの技術がどれだけ有用か、相手に理解させる方法ですか」
灰を撒く云々が、村人にまじないの類いだと思われたのと同じ。どれだけ画期的な技術でも、相手に理解されなければ無価値な情報に成り下がる。
相手にグランシェス家の価値を知ってもらうには、どうすれば良いのかなぁ……と考えていたリアナは、二人にまじまじと見られていることに気がついた。
「あの……どうかしました?」
「どうしたって言うか……ねぇ?」
「ああ。まさかリアナが、すぐにそこまで思い至るとは思わなかった」
クレアリディルとリオンが感心する。
「ミューレ学園で学んだ成果ですよ?」
リアナは、どうしてそんなに驚かれているんだろうと首を傾げた。
「……弟くんの判断が正しかったってこと、なのかしらね」
「ええっと?」
「こっちの話よ。それで、どうやってこちらの価値を示すかという話だったわね。いくつか方法は考えてあるわ。一つは、ミューレ学園の生徒を連れて行くことね」
「そういうことなら――」
今回の一件は、自分にも原因がある。
だから、志願すると手を上げようとしたのだけれど――
「連れていくのは、見栄えのいい娘である必要があるわ」
「――あたしじゃ無理ですね、すみません」
リアナは項垂れた。
「……そうね、残念だけどリアナは適任じゃないわ。グランプ侯爵領にはティナを連れて行こうと思っているの。でも、貴方が可愛くないと言ってる訳じゃないのよ?」
「気遣わないでください。あたしなんて成績もいまいちだし、可愛くもないし、胸もティナやクレア様みたいに大きくないし――って言うか、ソフィアちゃんにも完敗だし……ぐすん」
自分で言ってて落ち込んでしまう。
「そう、そこが問題なのよ」
クレアリディルが追い打ちを掛けてきた。
その言葉が、リアナの胸をえぐるが――
「グランプ侯爵は知る人ぞ知るロリ巨乳好きなの」
「……はい?」
「とくに、大人しそうな雰囲気の少女が好みらしいわ」
「ええっと……もしかして?」
リアナは分かりたくもない結論にいたり、それを確認するように視線を向ける。
「そう。ティナを選んだのは、大人しそうなロリ巨乳だったからよ。貴方は身近なお姉ちゃんタイプで、胸の大きさも人並みだしね」
「うぐぅ……」
クレアリディルは別に間違ったことを言っていないはずなのだが、この胸を渦巻く感情はなんだろう――と、リアナはこの世の不条理さを呪った。
「……というか、それ、ティナは大丈夫なんですか?」
我に返ったリアナが尋ねる。
「心配しなくても、ティナには指一本触れさせないから安心して」
「……そうですか」
クレアリディルは非常に頼もしいお姉さん。だけど、必要なら平気で嘘をつく恐いお姉さんだからなぁ……と疑いの眼差しを向ける。
「ふふっ」
なぜか微笑まれ、背筋がゾクリとする。
「ご、ごめんなさい、クレア様。命、命だけは助けてくださいっ」
「……一体どんな想像をしたのか知らないけど、命だけは取らないから安心しなさい」
「命以外は取るんですか!?」
思わず自分の身体を掻き抱く。
「くくくっ」
喉の奥で笑うような声が部屋に響く。
声の元を探して視線を巡らすと、リオンが肩をふるわせていた。
「二人とも、いつの間にそんな風に仲良くなったんだ?」
「ふえっ!?」
仲良くなったというのは恐れ多いが、交流が深まったのは前回の一件。リオンには内緒で、一人のセクハラ教師を闇に葬った事件が切っ掛けなので、知られる訳には行かないと焦る。
「リアナはソフィアちゃんと仲良しだからね。あたしも、一緒する機会が多いのよ。先日も、一緒にパーティーを開いたばかりよ」
クレアリディルが平然と嘘をつく。いや、パーティーというのが、セクハラ教師を闇に葬った件のことであれば、あながち嘘とは言えないが。
やっぱりこのお姉さん恐い――と、リアナは一筋の汗を流した。
「とにもかくにも、グランプ侯爵の件はあたし達がなんとかするから、リアナは心配しないで。それより、リアナには他に引き受けて欲しい案件があるの」
「分かりました。その案件、あたしが――」
「内容も聞かずに引き受けるのはダメよ」
みなまで言い切るより先にダメ出しされてしまった。
リアナは、二人には一生掛かっても返しきれないほどの恩があると思っている。二人の頼みなら、なんでもするつもりなのに、なにがダメなんだろう――と、小首をかしげる。
「リアナ、貴方があたし達の役に立つ道はいくつかあるわ。そもそも、あたしに従っていたら、貴方は今頃、故郷でコッソリ暮らしていたでしょ?」
「それはたしかに――って、いくつか?」
その中から選べと言うことかなと小首をかしげる。
「あたしと弟くんの意見が分かれているのよ」
「……クレア様とリオン様が?」
この二人、意見が分かれることなんてあるんだ――と、リアナは驚いた。
「俺は、リアナには各村の指導に当たってもらいたいって思ってるんだ。レジック村で、みんなに技術指導をする姿を見て適任だと思ったからな」
「各村の指導、ですか?」
リオンが言ったことは、既に去年の卒業生がやっている。それなのに、どういうことだろうと、リアナは人差し指を頬に添える。
「グランプ侯爵を説得した後、自分達の技術を証明していく必要がある。そのためには、早急に改善させなきゃいけない村がいくつかあるんだ」
「あぁ……なるほどです」
「でもって、それには人手が足りないんだ。だから、既に一定水準を超えている生徒を選抜して、各村の指導員になってもらおうと思ってるんだ」
「指導員、ですか? それは、どのくらいの期間でしょう?」
「ひとまずは一ヶ月くらいの予定だな」
「一ヶ月……」
今回休んだ一週間でも、かなり授業に置いて行かれているはずだ。更に一ヶ月も休めば、確実に授業について行けなくなるだろう。
ましてや、リオンはひとまずといった。
それはつまり、今後もそういうことがありうると言うこと。
「あたしに、学園を辞めて、指導員になれってことですか?」
「いや。戻ってきたら、また学園に通ってもらうつもりだ」
「そう、ですか」
リオンに恩を返す、またとないチャンスだろう。
だけど――
「弟くんはこう言ってるけど、一ヶ月ほど後には再び試験があるわ。それで優秀な成績を収められなかったら、成績優秀者から脱落よ」
「そう、ですよね……」
リアナは成績優秀者としてこの一年を終えて、来年もミューレ学園の生徒として学び続けることを希望している。
テスト前に一ヶ月も休むなんて致命的だ。
技術指導に出向けば、リオンへの恩返しになるが、クレアリディルに恩を返す機会を失ってしまうかも知れない。
どっちがより多く、二人に恩返しを出来るのかな……と、リアナは考え込んでしまう。
結局、その場では答えを出せず、数日中に返事をすることとなった。
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