第81話 ヴィランなんです
「六堂真尋さんの現在地ですが。江戸川区の葛西臨海エリアになります」
「映像はこんな感じチョッキン」
カルキノスが左右のハサミを空にかざすと、海面上昇で水没した臨海エリアの中に一箇所だけ、円柱状に水が切り取られた空間があり、大きな病院のような施設が建っていました。
円柱状の水の壁に囲まれた施設、といったほうがわかりやすいでしょうか。
「MIYACOが運営するアンデッド因子研究・治療施設です。ランタン・ラボと呼称されています」
シュバリエを母体とする背脂研究所に相当する施設のようです。
「六堂真尋さんはこの施設で万能薬の投与、及びアンデッド因子の投与を受け続けています。余命が百日前後になったところで万能薬投与で余命をリセット、そこから再度アンデッド因子の投与を行っているようです」
「ブラックドラゴンと町田支部の人間をコントロールするため、でしょうか」
「おそらく」
ヒュドーラは真顔のままうなずきました。
「万能薬とアンデッド因子の投与が最初に行われたのは、町田先代支部長の六堂義輝氏が死去した時期です。六堂真尋さんのお父様です。それまでは義輝氏を中心に独立独歩の形で動いていたのを、六堂真尋さんを事実上の人質とすることで完全にNJMの統制下に置いたようです」
「六堂義輝さんはどこで亡くなったんでしょうか?」
「当時のNJMの発表によると、舞鶴で発生したアンデッド群への対応のための移動中に事故死したそうです。それから間もなく、六堂真尋さんのアンデッド因子感染が発覚、治療を開始しています」
メェ (きな臭すぎる)
メエェ(運営で対応すべきではないか)
メメェ(さすがに捨て置けるレベルではないはずだ)
バロメッツたちの言葉を受けたヒュドーラとカルキノスは「うーん」「チョキー」と唸りました。
「直接あそこに殴り込んで六堂真尋さんを救出してMIYACOとNJMに制裁を加えることはできますが……大々的にそれをやると……」
「カニたちがただ暴れ狂って終わるオチになってつまらねぇチョッキン」
「つまらなくても別に良いと思いますが」
「ソルさんのお気持ちはわかりますが、ここは迷宮主として譲れない一線なんです。私達が東京大迷宮に求めているものは、ソルさんたち冒険者一人一人が主人公になって生み出す精神の熱なんです。そもそも私達は、おろかであわれな冒険者の皆さんの前に立ち塞がって、場をひっかきまわすだけのヴィランなんです」
ヒュドーラはふと真面目な表情になってそう言いました。
「……わかりました」
こちらの意見を一方的に通せる立場でもありません。
「もちろん、対応自体はするつもりです。ですが、ここは私達らしいやり方で対応したいと思います」
ヒュドーラはまた笑顔に戻ります。
「ところで、そもそもなんですが、ソルさんは六堂真尋さんを救出するつもり……なんですよね」
「はい」
私と同じアンデッド因子感染症に罹患し、薬液リングをつけられて、アンデッド因子の投与を受け続けている女の子。そんな存在をスルーしておいては、せっかく手に入れた健康で文化的な生活も楽しめそうにありません。
「助けたいと思います」
それが当たり前のことかどうかはわかりませんが、この東京で胸を張って生きていく条件として、やるべき仕事だと感じました。
「そうですか、よかった♡」
ヒュドーラは面白い悪戯でも思いついたような様子で、にっこりと笑いました。
「じゃあ、六堂真尋さんを救出してMIYACOとNJMをフルボッコにするためのステキな舞台を用意します♡」
「少しだけ時間が欲しいチョッキン」
「ちなみにランタン・ラボは医療機関としてPvP禁止のブルーゾーン設定になっていますので、今は襲撃できません。無理に襲おうとするとソルさんのほうにペナルティがかかっちゃうので即断即決で今すぐ乗り込んだりしたらダメダメですからね」
釘を刺されてしまいました。
「わかりました。どの程度待てば」
「そうですね、派手にやりたいので明日の九時、東京大迷宮の公式チャンネルで発表します。あと、今日の夜はあいてますか?」
「キッチンカーの営業があるので夜八時くらいからでしたら」
「じゃあ夜の九時に、オンライン大富豪大会にエントリーしてください♡」
「大富豪大会?」
そういえば今日からです。出てみようとは思っていたのですが、色々ありすぎて忘れていました。
「はい、おもしろいことを思いついたので♡」
「なにがあるかはお楽しみチョッキン」
ヒュドーラはウインクをして、カルキノスはハサミを鳴らして決めポーズをしました。
「それと今回の代金ですが。どうせもうソルさんは来てくれないと思うので、東京レルネータワーの攻略報酬をお渡しします、どうぞお収めください」
「チョッキン!」
なんだかいい加減な流れで金色の燐光をまとったエピック武器が出てきました。
ヒュドーラが出したのは柄まで金属でできた青緑色のナイフ。
カルキノスが出したのは黄金の大鋏です。カニの爪というよりは調理用カニバサミを思わせる、巨大で肉厚なハサミ。閉じればスコップ代わりにも出来るそうです。
鑑定データは、
ヒュドラティス
えいゆうとかいぶつにしとはめつをもたらすどくのきば♡
レアリティ:エピック
品質:最高
属性:水・白兵
装備効果:
レルネーの毒刃 (1日3回)
1分間で対象の残バイタルの40%のダメージを与える毒殺攻撃。
備考:
・このアイテムはゾディアック装備『キャンサー』の生産素材となる。
・譲渡、売却不可
カルキノクラスト
挟んで砕いてたたっ切るチョッキン
レアリティ:エピック
品質:最高
属性:水・白兵
装備効果:
クラッシュクランプ(極大)
挟んだものに斬撃、打撃ダメージを与え防御力を低下させる
スラッシュシザー(大)
切りつけたものに斬撃ダメージを与え防御力を低下させる
備考:
・このアイテムはゾディアック装備『キャンサー』の生産素材となる。
・譲渡、売却不可
ヒュドラティスのレルネーの毒刃というのは対象のバイタルが大きければ大きいほど与えるダメージが大きくなる割合武器で、たとえばメガサメラドンのバイタルが100万だった場合一撃で40万ダメージを叩き出す超兵器になるそうです。
カルキノクラストのほうは見た目の通り、スコップ代わりに掘ってよし、挟んでよし、切りつけてよし、殴ってよしの汎用武器。
どちらも最高グレード武器となるゾディアックウェポンの一歩手前の武器にあたり、先に受け取っている大星石などと組み合わせることで備考欄にあるゾディアック装備『キャンサー』が完成するそうです。
またなにか大変なものを受け取ってしまいました。
「ステキな舞台作り」の為に帰って行くヒュドーラとカルキノスを見送った後は、キッチンカー営業の準備をします。
「もとアンデッド因子感染症患者」という事実を暴露されてしまいましたので、売れ行きに影響が出ないか心配でしたが、逆に注目度が上がったせいで整理券は過去最大の競争率になっていたそうです。
わざわざ高倍率の抽選をくぐり抜け、シュバリエや三帝の警備担当が目を光らせる中、私に変なちょっかいを出してくる人間はおらず、七月七日のキッチンカー営業は無事に終了。
農場に戻り、ヒュドーラとカルキノスの指示通りオンライン大富豪大会にエントリーしました。
ヒュドーラとカルキノスの言った「面白いこと」も気になりますが、私が大富豪のルールを知ったのはつい最近で、知らない人とトランプをするのはこれが初めてです。
緊張気味にボイスチャット付きのルームに入ると、メンバーリストが面白いというか、異常なことになっていました。
プレイヤー1:ソル・ハドソン
プレイヤー2:背脂ラード
プレイヤー3:六堂真尋
プレイヤー4:天潮鉄路
プレイヤー5:佐々木ユキウサギ
プレイヤー6:鞍居夜半
立会人 :ヒュドーラ&カルキノス
背脂所長。
NJMのランタン・ラボにいるはずの六堂真尋。
NJMの総監今西大道の影武者とみられる謎の人物、天潮鉄路。
NJM町田支部のメンバーで、六堂真尋の保護者役とみられる佐々木ユキウサギに鞍居夜半。
立会人と称してヒュドーラとカルキノスの蛇蟹コンビ。
公正な抽選では絶対に揃うはずのない、そもそも大富豪大会に出るタイプではないメンバーや、大富豪に出られる状況ではないはずのメンバーばかりが集まっています。
メェ (なんだこれは……)
メエェ(またひどい仕込みを)
メメェ(一体どうやって集めた)
画面を覗き込んだバロメッツたちが呻くような声をあげました。




