第33話 遭遇
高尾山生産村ではBS221Bと接触したがっている冒険者団NJMが勢力を伸ばしています。
ドンレミ農場のライブカメラへの映り込みなどで、BS221Bが紅のベレーをかぶりバロメッツの多頭飼いをしていることは結構知られてしまっていますので、少し変装をすることにしました。
メェ (チェンジ!)
メエェ(パーカー!)
メメェ(スリー!)
三匹のバロメッツが繊維状になって混じりあい姿を変え、灰色のフードに白いボディ、黒い袖のパーカーへと姿を変えました。
「かわいいけど、今度はBS221Bとか関係なく普通に勧誘されそう」
そんな評価をくれた群馬ダークもプライバシーキャップを装備して簡単に変装をします。ただ、プライバシーキャップの効果は基本的には配信への写り込み防止で、肉眼への偽装効果は普通の帽子と同程度。ちょっと目立ちにくくなる程度の効果だそうです。
心配した通り生産村商店街の近辺ではまたNJMの冒険者が増えているようですが、特に声をかけられるようなこともなく鍛冶屋まで行き着きました。
ですが、ホットサンドメーカーの相談をしようとすると、
「済まない。イベント終了まではNJMと完全提携することになってしまってね。NJMと提携をしていないところとの仕事は受けられない」
そんな断り方をされてしまいました。
メー (カウンターに妙なシールが張ってあるな)
ホームズの囁きを受け、視線をやると『NJM』というエンブレムシールが貼られていました。
「ホットサンドメーカーくらいならバザールでも頼めるからそんな困りはせんけど……どうなっとるん?」
ゴゴゲー。
鍛冶屋を出た群馬ダークとマンドラゴラは気持ちの悪そうな声を漏らします。
メェ (あちこちの店舗にNJMマークが貼られているな)
メエェ(ない店舗のほうが少ない)
メメェ(生産村ジャックか)
「ちょっと農場から出んかったらえらいことに……こんなことして他の冒険者団ともめたりせんのかな」
「群馬さんのところには話が来なかったんですか?」
「なんも来てへんと思う。もともと仲良くないからやも知れんけど」
群馬ダークは肩をすくめました。
「ごめんやけど、ちょっと日向さんとこ寄っていい? 状況確認せんとまずい気がする」
以前に立ち寄った、日向洋菓子店というイチゴあんバターシューのお店とドンレミ農場のイベント限定メニューの一部を委託販売してもらう約束をしていたそうです。
目的地に行き着くと、
「……えぇ?」
ゴゲ!?
日向洋菓子店の建物には『ニュージャパンミリタリー臨時詰め所』という看板がかかり、NJMのエンブレムをつけた冒険者たちが出入りし、『入団者募集中』ののぼりがはためいていました。
メー(店がなくなっている?)
「どういうこと?」
戸惑った調子でそう呟いた群馬ダークは、そして店の奥のほうを見て表情を固くしました。
「ソルちゃん、ごめんやけど他人のふりして先に帰っとって。南郷村長に見つかったみたい」
群馬ダークの視線を追うと、NJMの臨時詰め所となった洋菓子店の中から、体格の良いビジネススーツ姿の男性が出てこようとしているのが見えました。
面識はありませんが、ネットで検索したので顔はチェック済みです。
南郷フミヒコ。
四十代前半、押しの強そうな顔つきに百九十センチ近い長身と旧時代の力士を思わせる体格の持ち主です。
多摩生産村の村長で、元NJMの幹部級冒険者。群馬ダークにBS221Bへの紹介を強く迫っていた人物でもあります。
私がドンレミ農場に入り浸っていることはもう公然の秘密となっているので、群馬ダークの側にいるところを捕まると面倒なことになりそうです。
「群馬さんは?」
「いきなり逃げてもまずいから少し話してく、心配せんで」
「わかりました」
私を逃がすための時間稼ぎの意味もありそうです。
即答をして移動し、路地の影に身を隠します。
「監視をお願いします」
メェ(了解した)
パーカーのフード役を務めていたホームズがモフリと膨れ、羊の姿に戻って飛びたちます。
アイテムボックスからインカムを出し、ホームズの無線から電波を拾うと、南郷村長の声が聞こえてきました。
「こんにちは、群馬ダークさん、NJMになにか御用でしょうか?」
演説向きというのでしょうか、よく通る、爽やかなトーンの声でした。無線で拾わなくても普通に届いてきます。プライバシーキャップで変装はしていましたが、面識のある相手と正対した場合には意味がないようです。
「いえ、日向洋菓子店さんに用事があっただけで」
群馬ダークの声はさすがに無線が必要でした。
「詳しい事情は申し上げられませんが、日向さんはご事情でこの店を手放されました。ドンレミ農場の商品の委託販売の件でしたら、NJMが引き継いでいます。責任を持って販売させていただく予定ですのでご安心ください」
メエェ(妙な風向きになってきたな)
胴体担当のワトソンが難しい声を出しました。
「申しわけありません、NJMさんとのお取り引きについては別に検討させていただきたいと思います」
群馬ダークは冷静にそう応じましたが、
「群馬ダークさん、貴方はいつまで過ぎたことを根に持つつもりなんですか?」
逆に南郷村長は鋭い声をあげました。
「貴方とNJMのトラブルはもう裁判で決着済みです。謝罪も賠償もすんでいるのに、同じことをいつまで振りかざし続けるんですか?」
南郷村長がたたみかけるように言うと、
「いつまでも被害者顔しやがって」
「どうせスパチャ稼ぎのためにしゃぶってるだけだろ」
援護射撃のように罵声があがりはじめます。
南郷村長の周囲のNJMの冒険者のようです。
「貴方の頑な態度はこの生産村の発展を阻害する重大なマイナス要因になっています。もっと大きな目で、この生産村の一員としての意識を持っていただけないでしょうか。それがひいては日本全体の利益につながり、貴方の目指す群馬の救済にもつながって行くんです」
台詞回しが本格的に演説めいてきました。
「貴方はこの生産村の仲間です。そしてNJMもこの生産村を守る仲間なんです。手を携えてゆくことはできるはずです」
ゴゲゲゲゲゲ……。
群馬ダークの肩の上のマンドラゴラが威嚇のように唸りはじめます。
「平気、興奮せんで」
群馬ダークは落ち着いた調子でマンドラゴラをなだめます。
その間にも、南郷村長の演説、またはパフォーマンスは続いてゆきます。
「群馬ダークさんがNJMを拒絶するのは個人の自由かもしれません。ですが、貴方と交流のあるBS221Bさんまで囲い込もうとするのはやめていただけませんか。BS221BさんはNJMや高尾山生産村のみならず、東京大迷宮の冒険者全体に大いなる福音をもたらしうる存在です。貴方ひとりの私利私欲、あるいは群馬救済などという一地域の利益のために独占していい存在ではありません」
メェ (録画をしているな)
現場近くに潜り込んでいるホームズがそう告げました。
メメェ(支持者向けのコンテンツにするつもりか)
「どういうことでしょう」
今の私のリテラシーはではぴんと来ません。
メエェ(自分の演説と論破ぶりをネットで配信することで支持者や課金チャットを集める商売だ)
「BS221Bを解放しろ!」
「銭ゲバ女!」
「恥を知れ!」
「なにが群馬だ!」
南郷村長を取り巻く冒険者たちが声を荒らげます。
「もういいでしょうか」
群馬ダークは落ち着きを保った声で言いましたが、その声は南郷村長の取り巻きの声にかき消されてしまったようです。
群馬ダークはそのまま立ち去ろうとしたものの、
「逃げるんですか!? 話し合いに応じてください!」
「卑怯者!」
「偽エルフ!」
南郷村長たちは大声をあげながら追いすがってゆきます。
最後の偽○○は種族変更クラス保持者に対して使われる罵倒の文句だそうです。
「話し合いをしようと言っているだけじゃありませんか! 私は間違ったことを言っていますか? 答えてください群馬ダークさん!」
もう群馬ダークに呼びかけるというよりは取り巻きや配信の視聴者に聞かせるパフォーマンスになってしまっているようです。
流石に腹が立って来ました。
メエェ(武器は使わないほうがいい)
メメェ(切り抜かれて群馬ダークへの攻撃材料にされかねない)
「わかっています」
頭を撃てば大抵片付いたアンデッドとはわけが違うのでしょう。
本音を言うと即座に閃光弾を投げ込んで群馬ダークを連れて離脱したい気分ですが、今回それをやるとかえって迷惑をかけることにしかならないでしょう。
ただ、ちょうどよさそうな対応手段が、今なら調達可能です。
ダンジョンネットのウィンドウを開き、音声通話でダバイン貴富を呼び出すと、すぐに応答がありました。
『貴富です。もめてるみたいだけど大丈夫?』
生産村商店街の状況を把握しているようです。
「はい、群馬さんが南郷村長とNJMの冒険者に囲まれてしまって。それで、バーネットの従魔石なんですが」
『今使う?』
「はい、すぐに」
『わかった。今送る。なにかあったら対応するから通話はつないでおいて』
生産村の往来ではダンジョンネットの配達機能が使えます。
ダバイン貴富の言葉から間髪入れず。
東京玩具流通センターから納品がありました。
従魔石『車両型魔法生物バーネット』
というメッセージが表示されました。




