第30話 それぞれの含み
次の日は朝からドンレミ農場に。
モンスター、それと俗にバカッシャーと呼ばれる悪質冒険者の侵入がありそうなエリアへのフェンスの設置や強化、監視塔やセンサー、トラップの設置などを行いました。
群馬ダークはAランクの建築スキルを持つ建築家。建築資材をキューブ型の素材ブロックに変換してアイテムボックスに出し入れし、組み合わせることで建築物を作り上げるサンドボックス式の建築術を使いこなすことができます。
穴掘りや防壁づくりなどの手助けは必要ありませんので、カメラやセンサー、トラップ、迎撃用の設備の提案や設置、テストが主な仕事になりました。
監視系設備の準備が一段落したあと、監視塔に回転銃座を載せ、大型の放水銃をセットしました。
アークシャークやグレーターグリフォンまでいくと無理ですが、デビルオマールのような中型モンスターの襲撃に備えた設備になります。
テストのため、敷地の隅に立てたドラム缶を狙い撃ちます。
「あーあかん、へんなとこ当たる」
ゴゲー……。
最初は群馬ダークが回転銃座に入ったのですが、うまく照準が合わないようでした。
今度は私が回転銃座に入ってドラム缶を照準し、トリガーを引いてみると。
チュイン。
異様な音を立てて飛んでいった水流は全く弧を描かずに標的の上空を通過。雨空の向こうに消えてゆきました。
ゴゲ?
「……え?」
マンドラゴラたちと群馬ダークがそんな声をあげました。
メェ (そういえば)
メエェ(放水銃は水属性か)
メメェ(補正が乗ったか)
「なにいまの?」
「例のスイーツコンテストの副賞で、水属性強化のアイテムをもらったんです。それで威力が上がったんじゃないかと」
カルキノスとヒュドーラからもらった大星石の効果で水属性の武器の威力が大変なことになってしまったようです。
大星石の効果のオンオフはできるので補正を切って再射撃、今度はうまくドラム缶を吹き飛ばすことができました。
もう一度群馬ダークにトリガーを渡して照準のコツを教え、さらにマンドラゴラたちのパトロールおよび避難訓練をしていると、群馬ダークの側に小さなウィンドウが開きました。
音声通話の呼び出しのようです。
ウィンドウに目を向けた群馬ダークは「ごめん、ちょっと待っとってもらっていい?」と言って着信のボタンを押しました。
ウィンドウを見た群馬ダークの表情が、やや険しく見えたのは気のせいでしょうか。
気になりましたが、目の前に居座って様子をうかがうのはマナー違反でしょう。
「少し離れています」
群馬ダークから距離をとって少し歩くと、花を備えた小さな石碑が目入りました。
「お墓でしょうか」
メェ(聞いてみよう)
メー。
ゴゴゲー。
メメー。
ゴゴゲゲー。
近くにいたマンドラゴラにホームズが質問すると、
メェ(やはり墓だ。一年ほど前、不法侵入してきた冒険者が作業中のマンドラゴラを大量に斬り殺したらしい)
「そうですか」
ひどい事件があったようです。
花の代わりに、ローズクッキーを紙に載せて供えます。
ゴゲ?
「しばらく食べないでくださいね」
怪訝そうな声を上げたマンドラゴラに新しいローズクッキーを渡してそう頼むと、不思議なことが起こりました。
石碑に供えたクッキーが金色の粒子に変化し、小さなメッセージウィンドウが浮かび上がりました。
隠しアイテムを発見:
微小なるも偉大なる遺産×1
と表示されました。
メェ (なにかのフラグが立ったようだな)
メエェ(しかしこれは)
メメェ(実体が見えないな)
ローズクッキーが変化した金色の粒子が漂っているのは見えますが、他には何も見えません。
そもそも私が回収していいアイテムかどうかという問題もあります。
そのままそこにいると、通話を終えた群馬ダークが顔を見せました。
「なんかあった?」
「それが、隠しアイテムがあったみたいで、ここを見ていただけますか」
石碑の前に漂い続けている粒子を見せると、群馬ダークは「菌?」と呟きました。
メェ (なるほど)
メエェ(菌か)
メメェ(レディの動きに反応したのはそのせいか)
ベーカーというのはパンづくりとお菓子づくり、オーブン料理を得意とする生産職。パン作りは菌を使った発酵食品作りでもありますので、菌絡みのアイテムを見つけやすかったということでしょうか。
「これで取れるかな。ちょっとまって」
群馬ダークはアイテムボックスからスポイトと試験管を出して金色の粒子を吸い取り、試験管に移すと脱脂綿で蓋をし、私に手渡しました。
「はい」
「私がもっていっていいんでしょうか?」
見つけたのは私ですが、群馬ダークの農場のマンドラゴラの墓標から出てきたものです。
群馬ダークは「うん」とうなずきました。
「ここ、一年くらい前にアホな冒険者に殺されたマンドラゴラのお墓で、それからずっとここにあるんやけど、こんなん出てきたんは初めてやから。ソルちゃんにどうにかしてもらうアイテムなんやと思う。よくわからんけど、おいしいパンでも作れるんと違うかな。いいものできたらまた食べさせて」
ゴゲー。
ゴゲゴゲー。
群馬ダークの言葉に同意するようにマンドラゴラたちも鳴きました。
「……わかりました」
なんとなくですが、何に使うものかの見当もついた気がします。
「まぁもしかしたらキノコとかやったりするかもしれんけど。それやったらまた相談して」
笑って言った群馬ダークは、そこで「忘れるとこやった」とつぶやきました。
「さっきあった通話、生産村の村長からで、ソルちゃんっていうか、BS221Bに紹介して欲しいって話だったんやけど、どないする?」
「どういった御用件でしょうか?」
「生産村の発展の為にとりあえず会って話をしたいみたい。それ以上具体的な用件はいわへんかったけど、NJMって知っとる?」
「はい、エトワールスイーツの騒ぎのあとで勧誘も受けました」
「なんか返事した?」
「メッセージでお断りしました」
「……たぶんやけど、NJMに引きあわせたがってるんやと思う。生産村の村長、南郷フミヒコっていうんやけど、元NJMのメンバーで、NJMの母体のMIYACOって企業連合が生産村に影響力を持つために送ってきたみたいなところがあるんよね。普通に勧誘して断られたから絡め手っていうか、私経由ならなんとかなるかもって思ったんかも」
「そうですか」
無視しておこうと思っていた組織名がまた浮上してきました。
「乗り気やないんやったらそう伝えとくけど? 私個人としてもあんまり関わり合いになって欲しくないところはあるし」
メメェ?(なにか含むところでも?)
「さっき言ったアホな冒険者っていうのがNJMの団員で、今も結構根に持ってる。裁判は済んでるからいちおう終わった話なんやけど、気持ち的にはまだ割り切れてなくて。農場の外で出くわしたんならまだわからんでもないけど、わざわざ農場に入ってきて十本以上殺していきよったから」
メェ(なるほど)
本当にひどい事件だったようです。
裁判という単語が気になってあとで調べたところ、黄道十二迷宮のひとつである天秤宮がいわゆる裁判所の機能を持って冒険者同士の紛争を解決、判決に応じたPPの没収や支払いなど行っているとのことでした。
天秤宮が攻略できるのは探索者ではなく法律家、天秤宮主は法廷バトルで倒すのではないか、とも言われているそうです。
「逆にいうと私怨まみれってことになるから冷静な判断とか客観的な評価はぜんぜんできてへんと思う。ソルちゃんとかバロちゃんたちのほうで会ってみたいっていうならそれは全然かまへんよ」
「いえ、会わないことにします」
ただ、これだけだと群馬ダークに忖度しているだけのように思われてしまいそうなので、説明をしておくことにします。
「ここに来る前、私はMIYACOの傘下の奨学兵団にいたんです。京都の大規模な作戦で、NJMを含めたMIYACOの本隊に見捨てられる形で兵団が壊滅して、そこでけがをして首になって、東京に来ました。だから私も、NJMにはいいイメージはありません」
アンデッド因子感染症のことはさすがに言えませんでした。
それで拒絶されることはないとは思いますが、反応に困らせてしまう気がします。
「そっちのほうが事情が重ない?」
群馬ダークは複雑な表情でそう呟きました。
「いえ、差はないと思います。なにも」
奨学兵団は運命共同体ではありましたが、手放しで悼んだり、惜しんだりできるほど健全な集団ではありませんでした。私個人の怨恨にしても、自分が殺されかけた、自分がアンデッド因子に感染したという、自分由来の怒りがほとんどを占めています。
従魔であるマンドラゴラを殺された群馬ダークのほうが痛みや悲しみや大きかったような気がするくらいですが、そこまでいうのはやめておきました。
「わかった。じゃあ、村長には断っとく感じでいい?」
「いえ、こちらで対応しておきます。連絡先を教えていただけますか?」
接触を持ちたくはないのですが、群馬ダークに断ってもらうとただでもギスギスしていそうな生産村の村長との関係をもっと悪化させてしまいそうです。
私自身の責任で対応したほうがいいでしょう。




