第28話 迷宮主とパンケーキを
「ところでシェフ、シェフはスフレパンケーキはつくれますか?」
「カッチンナー」
ヒュドーラが目を輝かせ、カルキノスがハサミを鳴らして言いました。
「シェフではありませんけれど、たぶん大丈夫です。」
生地にメレンゲを入れて焼く、ふわふわしたパンケーキ。
迷宮主たちのおかげで問い合わせ対応も片付いたので、リクエスト通りスフレパンケーキを焼いてみることにします。
材料は卵、薄力粉、ベーキングパウダー、砂糖、牛乳、バター、バニラエッセンスに粉糖。
レンタルオフィスからレンタルキッチンへと移動。まずは薄力粉にベーキングパウダーを混ぜてふるいます。
レンタルキッチンからは新宿エリアの風景が見下ろせますが、雨は今も降り続き、廃墟のビル街の足下はすっかり水没して道路も見えません。かわりにサメ型モンスターが泳ぎ回っている様子が見えました。
アンデッド災害とは別方向で終末めいた風景です。
そんな状況の仕掛け人であるヒュドーラとカルキノスに卵を預け、卵白と卵黄に分けてもらいます。
「よし、いくぜ、相棒……」
「卵黄と卵白をチョッキン……卵黄と卵白をチョッキン……」
「ふぅ、グッドだ、最高にクールな仕事だぜ……」
「緻密で精密なハサミさばきが求められるチョッキン」
真剣極まりない表情で卵を割り、ハサミの隙間で卵白と卵黄を取り分けていく迷宮主たち。
微笑ましいのがかえって反応に困ります。
迷宮主たちが卵黄と分けてくれた卵白を泡立て、砂糖を加えてメレンゲにしました。
次は卵黄、牛乳、バニラエッセンスに、熱操作スキルで溶かしたバターを加えて混ぜ、さらにベーキングパウダーと薄力粉を混ぜ、最後にメレンゲを加えて生地の準備は完了です。
レンタルキッチンの設備を一気に使ってフライパンを六枚同時に火にかけ予熱、ケーキ類の整形用の金属筒を置いてから生地を落とし、蓋をして焼いてゆきます。
この工程の間に。
メェ (ナイフ! フォーク! ティーカップ!)
メメェ(バター! メープルシロップ! 生クリーム!)
メエェ(イチゴ! 洋梨! シナモン! コンポート!)
バロメッツたちは忙しく飛びまわってテーブルメイクやトッピングづくりを進めてゆきます。
焼色がついたパンケーキを一枚ずつ裏返してさらに焼成。
焼き上がりを示すようなタイミングでパンケーキが金色に輝いてゆきます。
「ふおおおおおっ!」
「チョッキン!」
迷宮主たちが目を輝かせ。
コポメェ (ここでエピック……)
コポコポメェ(状況の魔力というやつだろうが)
トクトクメェ(全部同一品質とはな……)
紅茶やコーヒーの用意をしていたバロメッツたちが呟きました。
魔力の塊のような迷宮主たちが製作に関与した影響で、普段以上の品質が出てしまったのでしょうか。
またやらかしてしまったようですが、気にしないで調理を進めて行きます。この場ですべて食べてしまうものですし、食事効果や市場価格を気にしても仕方がありません。
お皿に移したパンケーキに粉糖を振ってできあがりです。
ジュルメェ (柔らかな焼色、蒸気が立てるわずかな音色)
ジュルルメェ (麗しき芳香にカトラリーに伝わる弾力感)
ジュルリラメェ(味覚以外の感覚すらも支配する……!)
食べる前から大騒ぎをしたバロメッツたちはフォークで刺したパンケーキを口に入れ。
ンンンンンッ!(んんんんんっ!)
ンマァァァッ!(マーベラスッ!)
ンメェェェェェェーーッ!(ンめぇぇぇえぇぇーーっ!)
と咆哮し発光しました。
鑑定をしてみると、
有頂天貫くスフレパンケーキ
レアリティ:エピック
食事効果 :バイタルゲージ拡張
という結果が出てきました。
テキスト量はおとなしめですが、長押しして解説文を読んでみると。
・バイタルゲージにホワイトゾーンを永続的に追加する。この効果は重複しない。
とのことです。体力の上限をあげる効果。
おとなしい効果ではありません。
ボスモンスターであるカルキノスとヒュドーラを強化してしまうことになりそうですが、もう手遅れでした。
「いただきまーす♡」
「チョッキンキーン♡」
食べるなとはとても言えない表情でパンケーキを口に運んだヒュドーラとカルキノスは、
「あみゃあああああああっ♡」
「カニャアァァァァァァッ♡」
同時に黄金の光を放って奇声をあげ、手足と蛇、ハサミなどをぷるぷると震わせました。
「しゅわしゅわする♡ あたまの芯までおいしいのがしゅわしゅわ来る♡ うみゃ、うみゃあああああ♡」
「ブクブクブクブク……」
ヒュドーラは公序良俗が心配になるトーンの声をあげ、カルキノスは泡を吹いてしまっています。このまま食べさせていて大丈夫なのか心配になりましたが、ヒュドーラのほうは口出しのしようのないテンションで、我に返ったらしいカルキノスは単純にすさまじいスピードでハサミを動かしてパンケーキを飲み込んでゆきます。
「やぁ♡ なにこれ♡ おかしい♡ おいしい♡ だめだよぉこんなの♡ お嫁にいけなくなっちゃうよぉ♡」
ヒュドーラのほうは明らかに様子のおかしいうわ言を言いながら、カルキノスのほうは、
「カーニャカニャカニャカニャカニャカニャカニャカニャァァァァーーーッ!」
目にも止まらぬ速度でハサミを繰り出して、ちびちびとパンケーキをちぎり取って食べてゆきます。
そうしてパンケーキを食べ終えた迷宮主たちは、
「素晴らしいお点前でした」
「チョッキンナー」
虹色の燐光を放ち、なにかに覚醒、進化したような様子で静かに告げました。
光っているだけでなく、少し空中に浮遊してしまっています。
「あまりのおいしさに我を忘れ整ってしまいました」
「おはずかしいチョッキン」
「はぁ」
言葉の意味はよくわかりませんが、おそらく今の虹色発光状態のことなのでしょう。宗教画の天使や聖者、聖母のような雰囲気があります。
「こちらささやかな謝礼の品になります」
「カッチンナー」
カルキノスがハサミを鳴らして合図をすると迷宮主たちの後方に転移用のゲートが開き、巨大なカニやエビを中心にした海鮮類、珊瑚や真珠などの海由来の宝石類、それと玩具やぬいぐるみ、ペナントや漁旗などのカニグッズを満載した荷車が、屈強そう半魚人たちに運ばれてきました。
気楽に呼びつけられた格好ですが、巨蟹宮の上位モンスターなのでしょう。ひとりひとりに凄みがあります。
また一財産どころでない物量が出てきました。
さすがに全部受け取るのはまずいと思ったのですが、
「こちらは婚姻届です。サインはしてありますので記入して運営に提出を」
なぜか蟹座のヒュドーラと記入された婚姻届のウィンドウを差し出されました。
「チョキキン」
ちょっと待てというように動いたカルキノスのほうも、蟹座のカルキノスと書かれた婚姻届のウィンドウを出してきます。
「……どういうことでしょう」
「もちろん結婚です♡ ソルさんのせいでお嫁にいけない体にされちゃいましたから、責任をとっていただきます。永久就職します♡ それじゃなかったら永久就職してください♡」
「チョッキン!」
さすがに思考が追いつかずにいると、
メェ (待て!)
バロメッツたちが待ったをかけてくれました。
メエェ(この当たり屋どもが!)
メメェ(レディが勢いに流されやすいのをいいことに!)
私は勢いに流されやすいそうです。
メー (迷宮主とはいえあまり好き勝手が過ぎるようなら天秤宮に訴えさせてもらう)
「ちっ」
「チッキン」
舌打ちらしき音をさせた迷宮主たちですが、私に対しては良い顔を見せておきたいようです。ヒュドーラは無邪気なような、計算が入ったような、小悪魔めいた風情で微笑んで、「じゃあ、今日はこれくらいに」と告げました。
「婚姻届はいつ出してもらってもだいじょうぶです♡ また会ってくださいね♡」
「チョッキンナー!」
手とハサミとヘビを振った迷宮主たちが引き下がって行きました。
落ち着いたところで確認したところ、ホワイトゾーンが追加された結果バイタルゲージが1.5倍くらいの長さになっていました。
迷宮主たちにも同じ効果が出たのではと心配しましたが、バロメッツたちによると、
メェ (そこまでバランスが崩壊するような変化は仕様的に起こらない)
メエェ(ちょっと気分と体調が整った程度だろう)
メメェ(心配しなくていい)
とのことでした。




