第27話 冒険者団
全体的に大変だった夜があけ、気がつくと所持PPが三億増えていました。
昨夜の時点でメッセージに表示されてはいましたが、大星石や巨蟹宮の攻略者といった話だけで処理能力を超えてしまい、混乱し忘れていました。
「なんに使えばいいんでしょう」
高ランクのスキルを取れば三億PPくらいは簡単に吹き飛んでしまう世界ですが、既に持て余しているスキルが十個以上あります。
メェ (提案するのは簡単だが)
メエェ(まずは自分で好きにするといい)
メメェ(実益や効率がすべてではない)
突き放されてしまいました。
ともかく現状を鑑みると、可及的速やかに上げなければいけないのはネットリテラシーだと思います。
1090万PPを投入してネットリテラシーを(C)にしておきました。
熟練度補正で少しだけ安くなりました。
あとは背脂研究所で熟練度が溜まっていた肉料理も(C)に、以前から上げようかと思っていた投擲を(D)にしておきます。
一億PP使えばネットリテラシーを(B)にもできますが、そこまでは踏み切れませんでした。
一応のスキルと心の準備ができましたので、昨夜作った問い合わせアカウントを確認してみると、問い合わせのメッセージは三千件でした。
「……どうしましょう」
ネットリテラシー(C)では力不足のようです。
メェ (運営からメール処理用のプログラムを調達した)
メエェ (ついでにレンタルオフィスも提供させた)
メメェ (ここでは少し手狭だからな)
夜のうちに色々手を回してくれていたようです。
朝食をとってから冒険者センタービルに向かい、東京大迷宮運営局に提供させたレンタルオフィスで問い合わせを処理することにしたのですが。
何故か、
「おはようございます。ヒュドーラと申します。巨蟹宮のほうから来ましたどうかよろしくお願いします」
「カルキノスですチョッキン」
巨蟹宮の迷宮主であるヒュドーラとカルキノスが旧時代のオフィスレディ風のスーツとメガネ、ネクタイ姿で待っていました。
カルキノスのほうはネクタイだけですが。
「どういうこと、でしょうか?」
「東京大迷宮運営局から、ソルさんとドンレミ農場さんに問い合わせが殺到し、御迷惑をおかけしていると連絡を受けまして。勝手ながらお手伝いに参上した次第です」
メガネを光らせたヒュドーラははきはきとした口調で言いました。
「御迷惑をおかけして申し訳ございませんチョッキン」
「慎んでお詫び申し上げます」
メメェ(メール処理用のプログラムを寄越せと言っただけなんだが)
レストレイドが呟くと、ヒュドーラは「大丈夫」と親指を立てました。
謝罪と反省の時間はもう終わりのようです。
「そいつを作りに来たぜ」
「蟹工船に乗ったつもりになっていいチョッキン」
メェ (不穏な船にのせようとするな)
そんな流れで、ヒュドーラとカルキノスに問い合わせ処理を手伝ってもらうことになりました。
よくわからない成り行きではありますが、迷宮主であるヒュドーラとカルキノスは事務においても強力な存在のようです。
三千件あった問い合わせは、午前のうちに一通り片付いてしまいました。
パンやスイーツの販売時期の問い合わせがほとんどですが、配信系冒険者からのコラボや取材の申し込み、それと冒険者パーティーや冒険者団と呼ばれる大規模な冒険者組織などからの勧誘などがあわせて三百件ほどありました。
今日のところは全部お断りすることにしたのですが、名前と特徴くらいは把握しておいたほうがいい組織がいくつかあったので、この機会にレクチャーしてもらうことになりました。
「まずはシュバリエ・ワークス。初めて冒険者団を組織した大宮の武装冒険企業シュバリエ傘下の企業系冒険者団です。構成員は約二千人ですが、対アンデッド戦や企業間抗争の主力部隊としても活動しているので普通に冒険者として活動しているのは八百人程度。得意分野は探索で生産系には力を入れていません。兵站能力者、またはシュバリエ本社のお抱え料理人候補としてのスカウトと思われます」
メガネを光らせたヒュドーラが資料映像のウィンドウを表示させて解説してくれました。
説明役を奪われたバロメッツたちはやや面白くなさそうにスコーンをかじっています。
「金銭面などの待遇は良好ですが、そのぶん要求と拘束の大きいタイプの冒険者団です。自由なものづくりや探索活動もしづらくなりますので、私的にはおすすめできません。星はゼロです」
シュバリエ系ということは背脂研究所と同系列となりますが、ヒュドーラの評価は低いようです。
「次はブリガード・オブ・キュイジーヌ。日本語でいうと料理軍団。フランス料理を中心とする料理系冒険者団です。料理系冒険者団としては最高峰と目されています。これは普通にパティシエやブーランジェとしてのスカウトでしょう。実力主義の部分と年功序列が中途半端に混在しているので新人時代は大変だと思います。トップクラスの料理系冒険者が揃っていますので、料理人としての成長は見込めると思います。星一つ」
次いでシュバリエと並ぶ企業系の大手冒険者団、三帝重工冒険者団。独立系で最強と言われる横須賀海上冒険者団などを紹介してもらいましたが、星はひとつどまりでした。
面白いところではメイド系冒険者団、メスガキ系冒険者団といったものもあって両方星1をもらっていました。
星1は割合乱発されるようです。
「あとはニュージャパンミリタリー、日本語でいうと新日本軍、略してNJM。MIYACOという企業連合を母体とする組織ですが、ここは普通にブラックです。母体のMIYACOからして児童保護と称してかき集めた未成年者に借金を背負わせ奨学兵として対アンデッド戦や企業間紛争に放り込んでたりします。最近は京都奪還作戦と称して京都の大規模アンデッド群の掃討作戦をやって大敗、冒険者兵を含めた大量の死傷者を出しました。今は巻き返しのため東京大迷宮での探索活動や人材獲得に力を入れているようですが、ここは駄目です。どんなに好条件を出されても関わってはいけません。評価はうんち100!」
口ぶりから星マイナスくらい行くかと思いましたが、思った以上にひどいことになってしまいました。
MIYACOに奨学兵に京都奪還作戦。
私が所属していた組織と、私がアンデッド因子に感染することになった作戦です。
NJMについては直接の接点はありませんでしたが、京都奪還作戦で超大型アンデッドとの戦闘に敗北して潰走、私を含めた百人ほどの奨学兵を捨て駒にして戦域を離脱していったのを覚えています。
復讐に燃えるほど血の気の多いタイプではありませんが、わざわざ関わり合いになりたい相手でもありません。
無視しておくのが一番でしょうか。
「そして次はおすすめです。巨蟹宮冒険者団! 出退勤自由! おひるねOK! 高給優遇でアットホームな職場です! 星一億、準備PP100億! これしかない! スゴイ!」
「チョッキン!」
最後に反応に困る組織からオファーが来てしまいました。
メェ (そんな冒険者団は登録されていないはずだが)
メエェ(新規創設でもするつもりか?)
メメェ(さすがに上もOKしないだろう)
そんなものはないそうです。
「OKだもん! OKさせるもん」
「チョッキンナー!」
蛇をくねらせ、ハサミをあげながら迷宮主たちは抗弁します。
この様子だと、急いで返事はしなくて良さそうです。
ともかく問い合わせ対応は一段落。
この間にも新しい問い合わせは増え続けていましたが、対応方針は一通り決まりましたので、あとは迷宮主たちが用意してくれたプログラムが対応してくれるそうです。




