第24話 蟹座イベント
そうこうしているうちに、東京大迷宮TVの後半パートが始まりました。
黄金の騎士に変身して一旦退場していたカルキノスも元のカニの姿で戻ってきます。
「おまたせしました。おろかな冒険者の皆様。それではお待ちかね、巨蟹宮プロデュース、七月イベントのご案内です! それではプロモーション映像を御覧いただきましょう!」
「チョッキーン!」
映像が切り替わり、雨の東京の風景が映し出されます。
それと同期するように、高尾山の空からも雨が降り出しました。
写っているのはいわゆるウォーターフロント。アンデッド戦で放棄され、廃墟となった旧時代のショッピングモールやテレビ局などの建物の内外に、グリフォンやハーピィ、ガルーダやロック鳥と言った飛行系のモンスターが営巣している様子が見てとれました。
私達のいる高尾山エリアは静かな雨ですが、ウィンドウの向こうはすさまじい豪雨です。
<お台場?>
<すげぇ雨>
<梅雨がどうこうってレベルじゃないな>
そんなコメントが流れ、画面が切り替わります。コメントの指摘通りお台場エリアの映像だったようです。
アンデッド殲滅の為に行われた第二次東京大空襲で崩落したレインボーブリッジの残骸の上に陣取る巨大なグリフォンの姿が映し出されました。
背脂研究所のグレーターグリフォンと同じくらいの大きさです。
<グレーターグリフォン?>
<つーかこれ、生の映像じゃね?>
そんなコメントが流れ、私や群馬ダークの手元にウィンドウが表示されまた。
大雨・大鷲・大鮫・大洪水警報
東京大迷宮全域に大雨、大鷲、大鮫、大洪水警報が発令されました。レッドエリア内の冒険者はただちに他エリアへと退避してください。イエローエリア、グリーンエリアの冒険者はただちに危険はありませんが、サメ・鳥獣系モンスターとの遭遇にご注意ください。
東京大迷宮の冒険者全員に送信される警報メッセージ。
配信ウィンドウのほうにも、<うお、警報来た><びびった>といったコメントが流れています。
「大鷲と大鮫と大洪水?」
大雨洪水警報は知っていますが、大鮫と大鷲は初めて聞きました。
ウィンドウに表示されたマップによると、映像がでているお台場のような沿岸部や荒川、隅田川、江戸川などの河川の流域は洪水とサメ、グリフォンの危険の高いレッドエリア。
その他の大半は洪水リスクは少ないものの地すべりやサメ、グリフォンとの遭遇の危険のあるイエローエリア。
グリーンエリアは比較的安全ですが、やはりサメ、グリフォンなどの襲撃リスクがあるそうです。
ブルーエリアは冒険者センタービルなどの冒険者支援施設が相当し、ここは完全にモンスターは出没しない安全地帯になるそうです。
ここ高尾山は生産村などの市街地はグリーンエリアで山中に入るとイエローエリア。ドンレミ農場はイエローエリアぎりぎりのグリーンエリア、背脂研究所は完全にイエローエリアに入っているようです。
<やべぇ、ガチの洪水だ>
<センタービルだけど外は地獄みたいな雨>
<新橋も水没>
<埋立地はアカン>
<こちら品川! サメでました。品川全部水族館。サメが九! 海が一!>
<池袋水没。ゲートからクソデカヤドカリが!>
<今年も東京終了かぁ>
<東京さんどうしてすぐ終わってしまうの>
そんなコメントともに、ウィンドウの中のお台場の埋立地も完全に水にしずんで行きます。
そんな風景を背景に、ウィンドウにタイトルが表示されました。
雨だ! サメだ! グリフォンだ! 真梅雨は水着で大戦争!
さらにはタイトルの向こうでアークシャークらしき巨大ザメが海面から飛び出し、空へと飛び去っていく様子が見えました。
<真梅雨やめろ>
<アークシャークか今の>
<聖書みたいな大洪水を背景にこのイベントタイトルはちょっと……>
<またカジュアルに終末災害起こしやがって>
<やはり東京大迷宮最狂ヴィランはこいつらだよ……>
<まじめにやれ>
<お、蟹イベはじめてかな?>
<これが蟹の真面目なんだ>
<例年通りというか平年通りというか>
毎年こんな勢いで大災害を起こすのが恒例のようです。
そうしてまた画面が切り替わり、
「おまたせしました!」
星型のサングラスに浮き輪、セパレートの水着にパーカーを着たヒュドーラと、セーラー服に帽子を被ったカルキノスが暴風雨の吹き付けるビルの展望室に姿を現しました。
「夏だ、水着だ! リア充だ! 爆発だ! 即売会だ! と浮かれ散らかすおろかな冒険者のみなさん! そして浮かれることもできないあわれな冒険者のみなさん! 突然ですが、私は夏が嫌いです! 暑くてうるさくてくどくて高気圧でうんざりします」
<くどいは言い過ぎ>
<夏に謝れ>
<その浮かれた水着で何を言っているのか>
「夏死ね。太陽が眩しいから夏殺す。夏絶対殺すガール。ということで、今日から東京大迷宮はずっと梅雨にすることに決定しました。もう暑くない、涼しい、海が増えてお魚さんも嬉しくてお魚を食べるお鳥さんたちも嬉しい! これぞウィンウィン! みんな嬉しい! 嬉しいねっ! いぇぃいぇーい!」
<かわいい>
<あー、国際展示場も水没させやがった>
<会場落ちました>
<どうせイベント期間中だけだし締め切りは変わらんぞ>
<わかっててもそういうことをいうもんじゃない>
<人喰鮫と書いておさかなさんと読むやつ>
「と、いうわけで、今年の蟹座イベントは、東京大水没イベント! 東京のどこかに隠されたダンジョンを捜索、攻略し、イベント期間内にボスを討伐することができればイベントクリア。東京は救われ素敵な報酬アイテムがたっくさん手に入ります。逆に討伐が間に合わなければ東京は完全水没! おろかであわれな冒険者さん全員にデスペナルティ! 所持金はんぶん、ざこくてニューゲームとなりまぁーす!」
「ざこくてニューゲーム?」
メェ (デスペナルティがあるだけだな)
メエェ (その場のノリで適当な言い回しをするタイプだ)
メメェ (公式サイトにあるレギュレーション以外は気にしなくていい)
「そしてもちろんPVP解禁! イベント期間中、レッドエリア、イエローエリアはPVP可能エリアに設定されますのでルールを守って楽しくバトル! ノーマルフィールド、リアルバトル♡ おろかであわれな冒険者らしく醜く足を引っ張り合ってください♡ POWランキング上位の冒険者には豪華な特別報酬がありまーす!」
「PVPですか」
冒険者同士の双方の同意のもとで行われる試合形式の対人戦闘。
一定のフィールドと制限時間内の中で武器や魔法、スキルなどを使って戦闘を行い対戦相手全員を場外送り、またはブラックアウトダメージを与えて退場させ、全滅に追い込む、または制限時間終了時に生き残りの多い方が勝利というのが基本ルール。
ノーマルフィールドは通常空間を試合用に区切っただけの普通のフィールドのこととなります。時間経過と試合状況に応じて崩落、縮小していくフォールダウンフィールドと区別するための呼称ですが、フォールダウンフィールドは冒険者センタービルのバトルフロアでしか利用できないので、バトルフロア以外でのPVPイベントは全部ノーマルフィールドで行われるのが常識だそうです。
ルールは試合終了後全員のバイタル、メンタルが回復、デスペナルティもないレギュラールールと、試合後の回復なし、デスペナルティありのリアルバトルルールの二種類。
今回のイベントだとフィールドの崩落、縮小、試合後の回復はなし、デスペナルティはあり。ただ試合でのブラックアウトで48時間の行動制限と所持PP半減はやや重すぎるということで行動制限は24時間、所持PPの減少もないそうです。
PVPに参加する冒険者には試合実績に応じたPOWという数値が設定され、この数値が倍以上離れた冒険者とは対戦できないようになっています。
集団戦の場合はそれぞれのPOWの合計値を比較し、数値差が二倍にならない範囲内で対戦が成立。
有力冒険者や大手冒険者団などが新参冒険者、中小冒険者団を圧迫しすぎないための処置だそうです。
試合の勝敗や貢献度などに応じてPOWは上下して行き、この順位に応じて豪華賞品がもらえるのがPOWランキング。
バトルフロアなどで高いPOWを確保している冒険者の場合、なにもしなくてもランキング上位に食い込んでしまうケースがありますが、さすがにそれはあんまりだということで、五試合の最低対戦数が設定されているそうです。
PVPへの参加は強制ではないので、普通の探索活動や商工業活動、モンスター戦に専念することもできますが、動画配信のコンテンツ人気が高いこと、報酬そのものが良質であることから、例年三千人前後の参加者がいるそうです。
「私はやらんからなんも教えてあげられんのよね」
群馬ダークは面目なさそうに言いました。
「冒険者センタービルのバトルフロアで初心者講習やっとるから興味あったらそっちに行ってみるとええかも」
「余裕ができたら行ってみようと思います」
BS221Bへの問い合わせが落ち着いてからの話になりそうですが。
そんな話をしている間にも、イベント紹介は進んでゆきます。
「次は特攻アイテムの紹介だチョッキン!」
「まずはこいつからジャキーン!」
ギャイィィィィン!
剣の柄のようなグリップがついたチェーンソー状の武器が二本、高速回転しながらヒュドーラの手の中に現れます。
「七月といえば海、海といえばサメ、サメと言えばチェーンソー! 鮫嵐式回転鋸剣『フィン』、水系モンスターと神系モンスターに特攻。水中適正S、水没エリアのお供に是非、持ってないとイケメンでも死ぬよ」
<旧時代のサメ映画ネタ>
<神系特攻ってなんだよ>
<そういうミームがある>
「気になるお値段は一〇万PPチョッキン」
「販売期間は今からイベント終了までとなります。ジャッキン」
サメ! サメ! サメーッ!
デモンストレーションでしょうか、画面の横から頭が三つ、タコのような触手で泳ぐように地面を走る巨大なサメ型モンスターが横からヒュドーラに襲いかかり、二本の回転鋸剣で三つに切り裂かれて消滅してゆきました。




