第13話 群馬ダーク
移動を再開すると、今度は吊り橋の上に出ました。
雨が降っていたのか、橋の下の渓流は増水し、濁流になっています。
そのまま吊り橋を渡っていくと。
ゴゲェー……。
水音に混じって、不思議な音が聞こえて来ました。
ゴーゲェェー……。
視線を巡らすと、吊り橋の真下あたりの岩に、小さな生き物がしがみついています。
体長二十センチほどの小型モンスター。メッセージウィンドウの表示によると「山岳マンドラゴラ」だそうです。
引き抜くと呪いの絶叫を放つ薬用人参のような見た目の植物モンスター、だったでしょうか。
ゴゲーというのはマンドラゴラの声だったようですが、精神ダメージなどは発生していないところを見ると、攻撃的な咆哮ではなく、ただの悲鳴のようです。
メェ(なにかトラブルでも?)
先行していたホームズが戻って来ました。
「下から声がして。マンドラゴラのようなんですが」
メェ(マンドラゴラ?)
ホームズが吊り橋の下をのぞき込みます。
メェ(山岳マンドラゴラか。上流から流されてきたのだろう。野良ではなく誰かの従魔のようだ。トラブルの種になるから攻撃はしない方がいい)
品種にもよりますが、マンドラゴラは意外に人に懐き、従魔化も可能だそうです。
最近よく見ている群馬ダークの農場動画にも農作業をするマンドラゴラの姿が映っていました。
「助けてあげられますか?」
メェ(難しいな。我々は体質的に水に弱い。下手に川に近づいて水を吸ったら二次遭難を起こしかねない)
木綿の塊のような体をしているので水はまずいのでしょう。
普段飲んでいる紅茶はなんなのか、という気もしないではありませんが。
「ロープで降りてみます」
増水はしていますが、大きな川ではありません。水面近くに降下するくらいなら、大きな危険は無いでしょう。
メェ(山岳マンドラゴラの絶叫には呪いの効果はないが、凄まじい音量でショックを与えてくる。鼓膜の保護をしておいたほうがいい)
「わかりました」
アイテムボックスに入れていた射撃用の耳栓を装備。ラペリング用のロープを使い、吊り橋から岩の上まで降下。しがみついているマンドラゴラをつかまえて再上昇します。
このあたりは奨学兵時代に訓練を受けていますし、道具を買ったついでにラペリングスキルも取ってあります。マンドラゴラが絶叫してしまわないかどうかが最大の不安材料でしたが、害意があるとは見なされなかったようです。吊り橋に戻るまで大人しくしてくれていました。
吊り橋の上に降ろされたマンドラゴラは、敵意のない声でゴゲーと鳴き、二本の腕のように枝分かれをした根をぱたぱた動かしました。
謝意を示すジェスチャーのようです。
胴体にあたる部分には埴輪のような目があって、不思議な愛嬌があります。
下の方は脚のように枝分かれをしていて、普通に歩くこともできるようです。
そしてマンドラゴラはどこからか小さな真珠のような石を出し、差し出してきました。
輝石『高尾山のマンドラゴラの寸志』
レアリティ:アンコモン
高尾山に棲まうマンドラゴラのささやかな贈り物。
・このアイテムを持つ者は高尾山のマンドラゴラから先制攻撃を受けにくくなる。
・この効果は高尾山のマンドラゴラへの敵対行動をすると喪われる。
「ありがとうございます」
ゴゲゴゲ。
何を言っているのかはわかりませんが、友好的な雰囲気で鳴くマンドラゴラのところにホームズが降りてゆき、声をかけました。
メメー。
ゴーゲー。
メメメー。
私の耳では全くわかりませんが、意思疎通をしているようです。
メー(上流のわさび田から流されてきたそうだ)
「わさび田にマンドラゴラ?」
絵面を想像できずにいると、
メエェ(こちらワトソン。冒険者がひとり、マンドラゴラの群を伴って渓流沿いを走って来ている。そちらで救助したマンドラゴラの関係者のようだ)
そんな通信が入りました。
「迎えが来たみたいですね」
橋の上に引き上げてしまいましたが、渓流のほうに降ろしておいたほうが良さそうです。
マンドラゴラを袋にいれ、ロープで川辺に下ろします。
ゴゴゲー!
パタパタゴゲーと手を振るマンドラゴラに手を振り返すと、
ゴゲー!
ゴゴゲー!
ゴゲーゴゲー!
上流のほうからマンドラゴラの群と、大きな馬に乗った人影がやってくるのが見えました。
「行きましょうか」
逃げる必要もありませんが「私が助けました」と、わざわざアピールしていくような場面でもないでしょう。
特別な接触はせず、移動を再開しようとしたのですが、気配に気付かれてしまったようです。
馬上の人影が「あ、ちょっと待って!」と声をあげました。
どこかで聞いたような声でした。
一緒にやってきたマンドラゴラたちもこちらを見上げると、
ゴゲー!
ゴゲゴゲー!
ゴゲゲゲー!
そんな声をあげて動き出しました。
あとでホームズが解説してくれたところによると(あそこだー)(にがすなー)(つかまえろー)と言っていたそうです。意外なスピードで川岸の斜面を這い登り、吊り橋の上まで這い上がってきたマンドラゴラたちが行く手を阻んでしまいます。
ゴゲー!
ゴーゲー!
ゴゲゴゲー!
なにを言っているのかはわかりませんが、敵意があるわけではないようです。
ただこちらの足下に集まって、ゴゲー、ゴゲゴゲーと大騒ぎをしています。
メェ(ありがとー、サンキュー、やっほー、だそうだ)
ホームズが通訳をしてくれました。
危険なモンスターでないのはわかりますが、かえってどうしていいかわかりません。対応に困っていると。
「こら、知らん人にいきなり群がったらあかん!」
そんな声と共に、馬が吊り橋の上に降りて来ました。
吊り橋の下の渓流にいた馬がどうやって吊り橋の上に降りてきたのかというと、コンクリートの階段を生成したようです。
高度な建築スキルの持ち主は、建築用のアイテムボックス内に大量の資材を備蓄し、ブロックのように組み立てることで瞬時に大型の構造物を作り出すことができるそうです。
馬に乗っていたのは、銀色の髪、浅黒い肌、端正な顔立ちをしたダークエルフ。
面識はありませんが、誰なのかは知っていました。
例のアークシャークとグレーターグリフォンの乱入動画の主人公、また被害者の群馬ダークのようです。
「近くで農場をやっている生産者の群馬ダークです。この子を助けてもらったと聞きました。ありがとうございます」
馬から降り、感謝の声をあげるマンドラゴラたちを一旦下がらせた群馬ダークはそう名乗り、アイテムボックスから桃の入った段ボールを出しました。
「これ、うちの農場で採れた桃なんですが、よかったら」
群馬ダークの農場で作っている群馬聖という独自品種の桃だそうです。
思わぬ形で高尾山エリアの農業生産者兼動画配信者の群馬ダークに接触した私は、そのまま群馬ダークや肩を並べて生産村に向かいました。
マンドラゴラ救助の謝礼がてら、地元民としてガイドをしてくれるそうです。
「あの黒い子、見たような気がするんやけど」
近くを飛んでいるレストレイドの姿を見上げた群馬ダークが言いました。謝罪と謝礼のフェイズは終わったので配信の時と同じ関西風の口調に戻っています。
乗っていた馬『前橋号』の背中からは降りて歩いています。
代わりにマンドラゴラが何本か鞍の上にあがり、ゴゲゴゲといいながら手綱を操っていました。
「アークシャークとグレーターグリフォンの動画に出ていたバロメッツですか?」
「そう、それ、見とる?」
「はい、あれで群馬ダークさんのことを知りました」
「いちばん恥ずかしいの最初に見られとった……普段はあそこまでポンコツと違うからね?」
群馬ダークは冗談めいた調子で嘆きの声をあげました。
「それで、どうなん? 実際のところ」
「はい、彼です」
誤魔化しても仕方がなさそうです。
「アークシャークに彼が食べられかけてしまって、救出の為に気を引こうとしているうちに、群馬さんの配信に突っ込んでしまったようで」
今は紅のベレーの上に乗っているホームズを示しました。
「そういうことやったんか」
「お騒がせして申し訳ありませんでした」
「ううん」
群馬ダークは首を横に振りました。
「実際の被害はなかったし気にせんといて。スパチャもかなり入ったし、焼けてへんのに焼け太った、みたいな感じ」
そういえば私も投げていました。
「せやけど、なんであんなレベル高そうなのががいきなり出てきたのかは結局謎ってこと?」
メェ(そうだな)
頭の上に乗ったホームズが誤魔化してくれました。真相は知っていますが、背脂研究所の存在は口外しない約束です。
「スタンピード系のイベントでもあるんかな、なんか最近変なモンスターが良く出るみたいやし」
スタンピード系イベント。
この高尾山エリア地上部のような比較的危険度の低いエリアに、危険度の高い地下エリアのモンスターが進行する臨時イベント。
モンスターを迎え撃ったり、モンスターを放出する震源エリアを攻略することで貢献度を稼いで特別報酬を手に入れられる、ある種のお祭りでもあるそうです。
メー?(変なモンスターとは?)
「聞いたところだと、デビルオマールとか、ゴールデンクラブみたいなエビカニ系とか、あとはグリフォンとかハーピーみたいな鳥系とか」
さっき戦ったデビルオマールはやはり、高尾山に出てくるのはおかしいモンスターだったようです。
一応の目的地は生産村ですが、捜索活動に当たっていたマンドラゴラたちを帰すため、群馬ダークが経営するドンレミ農場に一度立ち寄りました。
トウモロコシなどの穀物、野菜類を栽培する大農場で、労働力としてマンドラゴラや、農業機械の役割を果たす中型、小型のゴーレムなどが忙しく動き回っています。
個人経営としては東京大迷宮最大の農場となるそうです。
農場のあちこちにはライブカメラが設置されていて、農場を動き回るマンドラゴラやゴーレム、農場にやってくるモンスターや野生動物の様子を24時間配信しています。
一種の癒やし動画、作業用映像として一定の人気があり、私も見たことがありました。
「そこらじゅうライブカメラだらけなんやけど、映っても平気?」
「はい」
ライブカメラに少し写り込む程度なら特に困ることはないでしょう。




