第12話 デビルオマール
背脂研究所を出たのは十四時頃。
ホームエリアに戻ってもすることはレンタルキッチンで料理をするか、ダンジョンネットで動画を見る程度。積極的にダンジョン探索をする動機もなくなってしまいましたので、散策がてら高尾山頂の向こうにある生産村に足を伸ばすことにしました。
研究所から冒険者センタービルまでゲートで戻れば、生産村まで直接転移することもできますが、運動も兼ねて歩いて行ってみることにします。
チュートリアルクエストで入手した紅のベレー、新しく買い入れたプロテクターとアサルトライフル、ハンドガン、ナイフ、通信機のインカムを装備して進んで行きます。
スコップとショットガン、大口径のボルトアクションライフルなども調達しましたが、重くなるのでアイテムボックスに収容してあります。
空を飛ぶバロメッツたちに周囲を警戒してもらいつつ進んで行くと、、
メメェ(こちらレストレイド。九時方向に妙なモンスターを発見した)
そんな連絡が入りました。
「どんなモンスターでしょう?」
どういうモンスターが妙なモンスターで、どういうモンスターが妙でないのかわかりませんが。
メメェ(デビルオマールだ)
メェ (デビルオマール?)
メエェ(見間違いでは?)
ホームズとワトソンも胡乱そうな声をあげました。
「オマール海老のオマールでしょうか?」
実物を見たことはありませんが、フランス料理の食材だったはずです。
メェ (そのオマールだ。英語で言うとロブスター。ただし体長は三メートル)
メエェ(こんな山の中に出てくるようなモンスターではないはずなんだが)
「食べられるんでしょうか?」
ジュルメェ (高級食材モンスターだな)
ジュルルメェ (ぜひ調理して欲しいが)
ジュルジュルメェ(今の装備ではやや討伐難度が高い)
身体を覆う甲殻が厚くて硬いので、通常の銃弾ではダメージを与えにくいそうです。
有効なのは電気属性とのこと。チュートリアルの時に使った電磁トラップがありますので、腕試しがてら狩りに挑戦してみることにしました。
電磁トラップが効かなかったら即時撤退するしかありませんが。
バロメッツたちの先導で森に入り進んでいくと、前方にデビルオマールの姿を捕捉しました。
モンスター情報:
デビルオマール×1
と表示されます。
エビは海の生き物のはずですが、何故か森の中を、意外に軽やかな足取りで歩いています。
エビというより蜘蛛あたりを連想してしまいました。
「ところで、デビルオマールは飛びますか?」
聞くのを忘れていましたが、アークシャークのような空中遊泳能力があるなら手は出さないほうが無難でしょう。
メェ (さすがに飛行はしない)
メエェ(後方には強烈に跳ねる)
約一五〇メートルまで距離を詰め、スコップを使い地面に電磁トラップユニットを埋設しました。
あとはどうやって誘導するかですが、魚料理の練習のために買ったタラがあったので、キャンプ用のテーブルとナイフを出して捌いてみることにしました。
我ながら大分おかしいことをしている気はしますが。
キュピメェ (レディのスキル構成を考慮すると、それが最適解だ)
キュピンメェ (他のオプションはないだろう)
キュピピンメェ (調理スキルの練習にもなって一石二鳥)
キュピンキュピンと目を光らせたバロメッツたちの勢いに負けた格好です。
体長三メートルの巨大オマール海老の近くで一体何をやっているのかと自問しつつ大きなタラを捌いて切り身にします。
頭や骨、内臓などは食材用アイテムボックスを使うと綺麗に保存、または処分できますが、今回はデビルオマールを誘い出すのが目的ですので、敢えてバケツに入れて置いておきました。
切り身に塩コショウをしてなじませ、その間に衣に薄力粉と溶き卵、食パンを潰したパン粉を用意します。
切り身の水気をとってから薄力粉、溶き卵、パン粉の順に衣をつけ、キャンプ用のカセットコンロで熱したフライパンで揚げてゆきます。
魚料理の専門スキルはありませんが、衣に使ったパン粉が効いているのか。
ジュルメェ (なんと馥郁たる油の旋律)
ジュルルメェ(黄金の麦穂が如く輝く衣)
ジュルジュルメェ(タラと小麦、卵、油のハーモニーとはかくも美しいものなのか)
バロメッツたちの様子がおかしくなってゆきます。
フライを油から引き上げて行くと、触角をひくつかせたデビルオマールが動き出しました。
メェ (喰い付いた!)
メェェ(来るぞ!)
メメェ(フライと調理器具をアイテムボックスに!)
やっぱり蜘蛛の類を連想させる不気味な高速移動。
刃物や油、ガスなどの危険物をアイテムボックスに収容します。
それと同時に電磁トラップが作動。
デビルオマールの巨体を電撃が駆け巡り、
オマァァァァァッルゥゥゥッ!
大分どうかと思う絶叫が響き渡ります。狩猟用のライフルを構え、デビルオマールの甲羅の継ぎ目に撃ち込みましたが。
メー!(はじかれた!)
この口径の銃は通用しないようです。
電磁トラップも効いてはいますが、絶命、気絶とは行かないようです。
仕方がないので手榴弾を投げました。
ドン!
オマァッ!
こちらはそこそこ効果があるようです。体の下の細い足が一本ちぎれ飛び、金属片が硬い甲殻に食い込むのが見て取れました。
電撃が効いているうちにもう一発。
ですが、起爆の前に電撃のショックが薄れたようです。
デビルオマールは尻尾で地面を蹴りつけて二十メートル以上の距離を後退。同時に口のあたりから強烈な放水を浴びせてきました。
暴徒やゾンビ鎮圧用の放水銃の威力を更に上げたような超水圧。
立木を遮蔽にしてやり過ごそうとしましたが、大木があっという間に傾き、なぎ倒されてしまいます。
他の立木の影に移動して、懲りずに三投目を放ります。
今度は目眩ましのための閃光音響弾。
まばゆい光が昼間の森を更に明るく照らして、一際大きな轟音がこだまします。
効き目としては電磁トラップより弱く、拘束時間も短めですが、最後の一投を顔面の前で炸裂させる下準備には十分でした。
ドン!
デビルオマールの頭部で起爆した手榴弾がその眼球や触角を破壊します。
オ! オマッ! オマァァァァーーー!
感覚器官を潰されたデビルオマールはあらぬ方向に跳ね回り、巨大なハサミを振り回して周囲の木々をなぎ倒して行きます。
メェ (狂乱状態だな)
メエェ(これはこれで厄介だ)
メメェ(力尽きるのを待つか)
手榴弾はもう品切れです。
再び猟銃の銃口をあげ、大ジャンプで空中に跳ね上がったデビルオマールの頭部を照準します。
着地の瞬間にトリガーを引き落とし、連射。
ドドン、ドドドン。
二発の手榴弾の炸裂で歪み、ひび割れた甲殻に二発の弾丸を当てて穴を作り、さらに三発の弾丸を叩き込みます。
オ、マ……。
決定的な部分まで弾丸が届いたようです。
生きた大岩のように跳ね回っていたデビルオマールが静止し、
デビルオマールを撃破しました。
アイテム入手:
デビルオマール(解体前)
PP入手:20,000PP
というメッセージが表示されました。
メェ (押し切ったか)
メエェ(さすがというか冷静というか)
メメェ(挙動に一切の迷いがない)
バロメッツたちまた大げさな口調で言いましたが、全部まともに受け止めていると恥ずかしくなってしまいます。
聞き流してフライを出し、レタスと一緒にハンバーガー用のバンズに挟んで配っておきました。
ウマメー! (脂の乗った白身魚に揚げたての衣)
ウママメー!(ざくりとした歯ごたえが脳をふるわす!)
ウママメー!(ソースとの調和も絶妙!)
静かにしてもらうのは事実上不可能のようです。




