3日目夜:大広間*3
『さあ、諸君。ゲームはどうだったかな?』
待ち構えていたところだったので、今回は驚かない。バカは悪魔のアナウンスをよくよく聞いて……それから、ふと、『よく聞いたら、この声の喋り方、木星さんに似てたなあ……』と気づいた。声には少し加工がしてあるが、抑揚のつけ方が木星さんになんとなく似ている。予め録音したものだったのかもしれない。
『諸君。よくぞここまで生き残った!そんな諸君らにプレゼントだ。皆、それぞれの首輪に鍵を使いたまえ。解毒剤だけが注射されて、首輪が外れる。これで君達は自由の身だ』
そうしてアナウンスの直後、大広間の机の上に、どういう仕組みか鍵が9本出てきた。天城がそれを手に取って、首輪についている鍵穴へと差し込んだ。それを見て、陽とたま、ヒバナとビーナスも続く。
「うわっ、刺さった」
「きゃっ!?何よこれ!本当に大丈夫なんでしょうね!?」
……まあ、やっぱり、皆には注射が刺さったらしい。だが、それぞれが反応した直後、首輪は外れ、カラン、と音を立てて床に落ちた。よって『外れなかったら俺が外そう!』と意気込んでいたバカの心づもりは無駄になった!
『解毒と首輪の解除はできたかな?』
悪魔のアナウンスが再開し、皆はまたスピーカーを見上げる。勿論、そこに悪魔が居るわけでもないのだが。それでもやっぱり、なんとなく、音の出所を見てしまうのである。
『さて……。現在の魂の数はそちらのカンテラを見て確認してくれたまえ。君達の願いを叶える数が、アレだ』
続いた悪魔のアナウンス通りにカンテラを見上げてみれば……そこには、今までにバカが見てきた中で一番多くの火が灯っている。
灯る火の数は、4つ。
海斗と土屋。ミナ。そして木星さん。
……バカはなんだかたまらなくなってきた。だって、皆、あそこに閉じ込められていていい人達ではないのだ!
『これから君達には、叶えるべき願いを決めてもらう。……だがすんなり決まるとも思えない。何せ……』
そして、木星さんの魂が、めらり、と燃え上がる。……それは、眩く。全てを焼き尽くさんというほどに。
それにつられるようにして、他の3人の魂も、めら、と少しずつ燃える勢いを増していき……。
だが。
「わーん!海斗ぉ!海斗ぉおおお!」
バカが、びょん、と跳び上がってカンテラに飛びついていた。
……そしてそのまま、カンテラは、めきょっ、と破壊されて、中から海斗の魂が、取り出されたのである!
「おいバカ!何をしている!」
「だってえ!海斗も土屋のおっさんも、ミナも、こんなとこに入れておきたくねえんだよお!」
バカは海斗の魂をむんずと掴んで、自分の肩の上に乗っけた。……海斗の魂は、若いススキの穂のような滑らかな触り心地だった!
「土屋のおっさんも!ミナも!今、出してやるからな!」
「お、おいおいおい……あいつ一体、何やってやがる?」
ヒバナが慄く中、バカは土屋とミナのカンテラもぐにっと破壊して、それぞれの魂を抱きかかえて戻ってきた。……土屋の魂は肉まんみたいなふかふかほわほわした触り心地だったし、ミナの魂はマシュマロみたいなふにふにの触り心地だった!
「お待たせ!」
そうしてバカが戻ってきたところで、3人分の魂は、もそ、と揺れた。躊躇うような、戸惑うような揺れ方で、しかし、バカにしっかり抱えられてしまったミナと土屋の魂は抜け出す気すら起きないようであったし、海斗の魂は……。
「あっ、あっ、海斗ぉ!あんまり跳ねるなよぉ!」
「……元気だな」
海斗の魂は、ぽよんぽよんとバカの頭の上で跳ねていた。天井へ吸い込まれていく気配は無い。バカはこれに、ちょっぴり元気をもらった。なんだか、海斗に励まされているような気がして。
……同時にバカは、『ごめんな』と心の中で謝った。この周での海斗を守ってやれなかった。相棒失格である。だが……敵は必ず、取ってやる。バカはそう、改めて決意した。
『ここにある魂は、まるで納得していないようだからな!』
そうして悪魔のアナウンス、そして笑い声が響く中、結局、木星さんの魂だけが少しおろおろしながら天井付近へ飛んでいき……そこで、するり、と、天井へ吸い込まれていき……。
「よし!たま!皆の魂、預ける!」
「わかった」
バカはたまに魂を3人分預けた。そしてそのまま、たまと陽とヒバナとビーナスの4人はバカが陽で殴り開けてしまったドアへと逃げ込んでいく。
……そして。
「じゃ、天城のじいさん!よろしくな!」
「……ああ。頼んだぞ、樺島」
天城が、『無敵時間』を使って眠りに落ちる。バカはその天城を抱えて、持ち上げて……。
「今度こそ瞬殺してやるからなぁあああああ!」
ガシャアン!と大広間のテーブルを蹴散らしてやってきた蟹ロボに向かって、吠えながら駆けていくのだった!
バカは走った。テーブルの残骸が飛び散る最中を、走っていった。
走って、走って、そして天城をぶん回し、バカ自身も回転しながら、蟹ロボへと迫っていき……。
『さあ!君達には、最後のデスゲームに挑んでもらおう!ここで何人減るかな!?』
「でぇええええりゃああああああああ!」
スピーカーから狂ったような笑い声が響く中……蟹ロボットは、爆散した。
「瞬殺してやったぞぉおおおおお!うおおおおおおおお!」
バカは勝鬨を上げた。他の皆も、『えっ、まさかもう終わったの……?』というように、そっと出てきて、そして、爆散した蟹ロボを見て愕然としていた。
……未だ続くアナウンスの笑い声が、いっそ楽し気に聞こえるような、そんな見事な勝利であった!
そうして、木星さんの魂は蟹ロボだったものからふよふよ、と抜け出て、漂っていって……しょんぼりと、カンテラの中に納まった。
……そして。
『諸君、よくやったな。君達の勝利だ!』
悪魔のアナウンスが始まった。アナウンスはちゃんと、天井のスピーカーから流れてくる。バカは、『てっきり流れないかとおもった……』と思ったのだが、バカの期待を裏切るようにアナウンスは特に何も変わらず続く。
『さて。死者の魂は、あるべき場所へ。カンテラに戻しておこう。好きにしたまえ』
……強いて言うなら、バカが蟹ロボを壊すのが早すぎたので、木星さんの魂は既にカンテラの中へと戻されている。そして、海斗と土屋とミナの魂については、たまが『だめ』としっかり抱きかかえていたせいで、カンテラへ戻されなかったようである!
『さて……それでは改めて問おう。君達の望みは、何だ?誰が、望みを叶える?』
……そしてまた始まったアナウンスを前に、バカ達はいよいよ、木星さんの魂を睨み上げる。
いよいよ、クライマックスだ!
「……さて。まず話すべきなのは……魂と叶える願いについてだね。皆、希望はあるかな」
そうして話し始めた陽は、皆の顔をぐるりと見回す。
すると、ヒバナとビーナスが緊張した面持ちになった。それはそうだろう。彼らには、叶えたい望みがあるのだから。
「あのさ、俺……」
そこで、バカはたまから受け取った魂3人分を、きゅ、と腕の中に抱きしめながら、提案した。
「……土屋のおっさんと、ミナと、海斗の魂、悪魔のおやつにしたくねえんだけど……いいかなあ」
……バカの腕の中でふわふわしている魂は、少し、怯えているようにも感じられた。バカは大好きな3人を怖がらせることなど、許したくないのである。
「お、おい、そうしたら叶えられる願いが……」
バカの発言に、ヒバナは当然のように反論しようとしてきた。だが。
「……いえ、いいわ。好きにして頂戴。私とヒバナは願いを叶える権利を放棄するから」
ヒバナの前に手を出して止めつつ、ビーナスがそう、言ったのである。
「……いいのか?蛇さん会、解体しなくていいのか?」
「へ?な、なんで知って……」
「だからぁ!俺、何度も『やり直し』してるんだってばぁ!」
「……本当にそうなのね。はあ……」
バカは『信じられていなかったとは!』とおろおろしながら、ビーナスがため息を吐くのを見ていた。ビーナスとヒバナは顔を見合わせて小さく頷き合う。
「あの蟹、私とヒバナじゃ絶対に倒せなかったでしょう。私達の命を救ったのはバカ君達だから。あなた達の好きにして。それが筋ってもんでしょうよ」
「うん……」
そうしてビーナスが出した結論に頷いて、しかし、バカは心配になる。
……この先、このヒバナとビーナスはどうするのだろうか。蛇原会に追われながら2人で暮らすのだろうか。頼れる土屋はもう居ないし、許してくれるミナも、もう居ないのに。
「そういうことなら、木星さんの魂は私が使わせてもらうけれど、いい?」
「ええ。私とヒバナはそれで構わないわ」
ヒバナは少しだけ、『構う』というような顔をしていたが、ビーナスの結論に異を唱える気は無いらしい。少し悔しそうに、しかし、それ以上に納得した顔をしていた。
「たまは何を叶えるんだ?」
「……元々の、目的。デスゲームを、二度と行わせないこと」
そしてたまは、覚悟の決まった顔をしていた。
だから……多分、今回はこれで、いいのだろう。バカは、そう思うことにした。
……またやり直した先で、もっと上手くやれるように。けれど、今は、今にできることを全部やった。そういう風に、思うことにした。
そうしてたまが、進み出る。
「悪魔。こいつの……井出亨太の魂を使って、私の願いを叶えて」
たまの静かな声を聞いて、木星さんの魂が、怯えるように揺らめいた。だが、もう木星さんは逃げられない。
「二度と、デスゲームを開催しないで」
たまがそう宣言した途端……。
『その願い、聞き届けよう』
悪魔の声が、聞こえた。
……今までのアナウンスとは異なる、もっと重くて硬い声。それがスピーカーから出たのでもなく、ただ、宙に声だけ湧いて出たかのように響き渡り……そして。
ぐわ、と空気が歪んで、そして、その歪みの中に木星さんの魂がカンテラごと飲み込まれていく。
悲鳴のようなものが聞こえた気がしたが、気のせいだったかもしれない。
……そのまま、ぐしゃり、とカンテラが潰れて、そして、それきりだった。
呆気ないような終わり方だったが、これで良かったのだろう。少なくとも、この周は。
『さて、残る魂はあと3つ。誰が願いを叶える?』
バカは噛みしめるようにこの周を振り返りながら、悪魔のアナウンスを聞いて……そして、腕の中に抱いた3人の魂を、きゅ、ともう一度抱きしめ直して、頷いた。
「俺達、このまま3人を連れて出るよ」
『えっ』
……悪魔はびっくりしていたが、だが、バカはもう決めたのだ。バカだけではない。たまも陽も、ヒバナとビーナスも同意してくれている。だからバカは、3人の魂を連れて、ここを出るのだ!
この3人を助けられなかった上に悪魔のおやつにしてしまうなんて、そんな不義理、バカは絶対にしたくないのだ!
「樺島君。あの門、開けてくれる?」
「おう!任せろ!じゃあたま!皆のこと持っててくれ!あとよろしくな天城!」
……ということで。
バカは、未だ『無敵時間』の効果時間内であった天城をぶん回しながら、正面の門へと突進していくのだった!




