3日目夜:大広間*2
それから少しして、陽とたまが目を覚ました。
「うおー!脈がある!脈がちゃんとあるぅ!」
「ああ……うん、そうだね。まあ多分、僕らの『時が動き出した』っていうことなんだと思うよ」
陽とたまが起きたので、バカは安心した!『無敵時間』中の人は、見ていて怖くなってしまうくらい動かないのだ。バカは『そっかぁ、そういや、天城のじいさんの脈が無かった時とかって、無敵時間使ってるだけだったのかぁ』とふと思い出した。一周目のアレとか。二周目のアレとか……。
バカが納得して『無敵時間って死んだふりに使えるのかあ』と頷いていると、たまは周囲を見回して……混乱していた!
「……なん、で、私、大広間に……?何があったの?どうして、天城さんも、生きてるの……?」
「ああ、それか。まあ、簡単に説明すると……バカが『無敵時間』中の陽をぶん回してドアを破壊した」
天城がそう言って、たまに例のドアを見せてやった。そしてその横ではバカが、『私がやりました!』と満面の笑みを浮かべている!
「……陽を」
「うん!」
「ぶん回し、て……?」
「うん!」
バカが胸を張って答えると、たまは只々、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
それでもたまは賢いから、何が起きたのかを概ね察したらしい。ぽかん、とした表情が、ふる、と震えて……やがて、ぷふ、と吹き出して、そして、そのままけらけら笑い出した!
バカは、たまが笑顔になったので嬉しくなった!よかった!
たまがけらけらくすくすずっと笑っている横で、作戦会議は続く。
「陽とたま。お前達もヒバナとビーナスと一緒に隠れていろ」
「うーん……分かった」
「俺は囮がてら、『無敵時間』を使った状態でここに居た方がいいんじゃないかな」
「効果時間をどの程度にすればいいか分からない以上、それは危険だろうな」
そうしてたまと陽も天城の意見に賛成することになり、そして……。
「……樺島」
「うん!」
天城に呼ばれて、バカは元気に返事をする。すると天城は、なんとも苦い顔で、尋ねてきた。
「……『無敵時間』を使った私をぶん回すことについて、何か不安はあるか」
「無い!」
「……そうか」
天城は、『逆にこっちが不安だ』と言いたげな顔であった。それはそうである。
「あっ、でも、色々持ってると危ないから、ぶん回されてもいいように持ち物、陽に預けといてくれよ!家の鍵とか!スマホとか!」
「……そうか」
バカが提案すると、天城は『やっぱり不安になってきた』というような顔であった。それもそうである。
「あと、そうだ!」
だが、バカは更に続けた。
「なあ、天城のじいさん!約束してくれ!」
がしり、と天城の手を両手で包むようにして握って、天城の目をちゃんと見て、バカは天城の言質を取りに行く!
「皆でここ出たら、ミニストップのソフトクリーム、皆で食べに行くんだって!」
「……は?」
天城は、ぽかん、としていたが、これはバカにとって大事なことである。バカはここを出て、皆でソフトクリーム食べるのだ。その『皆』の中に木星さんを入れるかどうかについては、要検討、ということになるが……。
「だから……その、1人でどっか行っちゃったり、死んじゃったり、そういうの、無しだぞ」
……バカは、もう、天城のことも大事な仲間だと思っているのだ。だから、失いたくないのである。
「……すまないが、その約束はできない」
だが、天城はそう言って俯くと、そっと優しく、バカの手を引き剥がした。
「私は、生き残るに相応しくない人間だ。……多くの人間を殺した私には、ここの脱出など相応しくない」
バカは、『何言ってるんだよぉ、今回はまだ誰も殺してないだろぉ』とでも、言うつもりだった。だって、今回の天城は、誰かを殺したわけじゃないのだから。
だが……。
「……私はこのデスゲームへ戻ってくるために、また別のデスゲームに参加した」
そう、天城が話すのを聞いて、バカは、なんとなく分かってしまった。
天城が『陽』だった頃から、随分と変わってしまった理由も。彼が、今、ここに居る意味も。なんとなく、うっすらと、全部。
「後は、分かるな?悪魔のデスゲームを使って自分の願いを叶えようとするならば……当然、人を殺す必要があるのだから」
「……まあ、想像はできたけどね」
一方、陽はもう、そのあたりについて想像がついていたらしい。陽はバカより賢いから、当然だろう。
「すごいなあ、俺。つぐみの為なら人くらい殺せるのか……」
「……お前もその時になったら分かるだろうな。まあ、分かってほしくはないが」
陽が寂しそうに笑うと、天城も似たような顔をした。
「そして、このゲームの中でも、本来なら私は多くの人間を殺していただろう。元々、井出亨太は殺すつもりでいたが……後は、ヒバナとビーナス。そして海斗も」
「海斗もぉ!?」
「ああ。……私が経験したデスゲームでは、その3人は積極的か消極的かはさておき、人を殺すか、殺そうとしたかはしていたようなのでな」
天城の告白を聞いて、バカは慄く。
まさか、『かつての陽』のデスゲームで、海斗が!海斗が人を殺したり傷つけたりしていただなんて!
だがよくよく考えてみると、海斗は追い詰められたり怖がったりしている時、人を傷つけかねない危うさがある、のかもしれない。それだって、バカは海斗が人を殺すような奴じゃないと、思ってはいるし、海斗に人を殺させるデスゲームこそが悪いのだと思っているが……。
「ああ、それから、樺島。私はお前のことも殺すつもりでいた」
「えええええええええ!?」
だが、流石にそう言われてはびっくりする!バカはびっくりした!
「いや、驚くことではないだろうが……。実際、私はお前を殺そうと、あの水瓶の部屋で毒ガスを調合したのだが……」
「ええええええええええ!?あれ、天城のじいさんのうっかりじゃなかったのぉお!?」
「……いよいよお前が心配になってきた」
天城は心底呆れ、そしてちょっぴり気まずげな顔でバカから目を逸らした。
「……お前は、かつてのデスゲームに居なかった人物だ。イレギュラーすぎる。不安は取り除いておいた方がいいだろうと考えた。その考え自体を悔いてはいない」
「そ、そっかぁ……なら、しょうがないかぁ……」
「いや、あの、樺島君。しょうがない、で済ませなくていい問題だと思うよ、これは……」
バカは『納得!』と頷いていたが、横からそっと、陽にそう言われた。言われてもバカは、首を傾げるばかりであったが……。
「私は、陽とたまと私が……いや、陽とたまさえ生き残れば、それでよかった。他の誰を何人殺してでも、それを実現してやるつもりだったのだ」
……バカは、思い出す。
1周目から、人が大勢死んだ。だがあの時大勢死んだのは……死んだふりをしていた天城が、皆を殺した、ということだったのだろう。
そして、ビーナスとヒバナが死の間際に発動させていた異能が組み合わさって、陽を殺すに至った。陽が死んでしまったから、天城も消えてしまった。アレは、そういうことだったのだ。
2周目の天城も死んだふりをしていたわけだ。ヒバナだけ水瓶の部屋で死なせて、天城自身は『無敵時間』で逃れたのだろう。そして死んだふりをしながら生き延びて、そのまま……。
3周目はさておき、4周目の天城は、木星さんが存在するらしいことが分かってしまい、『死んだふり』ができなくなった。だから皆と一緒にゲームをやっていたわけなのだろう。その中でも陽やたまと組みたがることがあったのは、2人を守ることが天城の目標だったから、で……。
……考えると、バカの心臓が、どくどくと鳴る。
天城は、そういう奴なのだ。陽とたまの為に、容赦なく人を殺せるような……そういう奴なのだ。
天城は目を閉じて、言った。
「私は決して、善人ではない」
「……だから、私は生きるに相応しくない。私はこのゲームを出ることなく……」
「でもそれはやだ!」
そうして再び目を開いた天城はもう心を決めているようであったが、バカは、諦めない。
未だ、緊張はあった。天城がやってきたことがほんのり分かっても、バカはバカなので完全には分かり切っていない。だからこそ、バカは天城を諦められない。天城の罪よりも……天城の心が、よく見えてしまっているから!
「俺、天城のじいさんとも一緒に出るんだ!もう決めた!」
「……お前が決めることではないが」
「ううん!やだ!俺が決めることじゃなくても!俺は!天城のじいさん連れて出るって決めたんだ!」
天城が心を決めたというのなら、バカだって心を決めたのだ。
このまま終わるなんて、あんまりだ。天城自身は満足しているのかもしれないが、それでも。それでもやっぱりバカは……皆で、一緒に居たい。この、辛く厳しい道を1人でずっと歩いてきた人に、『お疲れ様会』を開くぐらいのことは、してやりたいのだ。
「人殺しちゃったのって、つまり、ここから未来のことだろ?ならまだ起きてないことだろ?で、今回のゲームでも天城のじいさん、誰も殺してねえしぃ……な?いいじゃんいいじゃん!」
「……だが、私は確かに人を殺した。その記憶もはっきりと……」
バカの単純明快かつ真っ直ぐな意見に、天城は少しだけ、怯んだ。
……だが、そんな天城の言葉を遮るように、ぷつ、と、スピーカーがONになる音が聞こえる。どうやら、時間のようだ。
「……じゃ、天城のじいさん!話の続きは蟹の後な!あっ!あと、俺が次に『やり直し』する時のための作戦会議も一緒にやるからよろしくな!」
バカはさっさと天城にそう言ってしまって、後はスピーカーから流れ出る悪魔のアナウンスに耳を傾ける。そして同時に、自分の心がハッキリとまた、『皆でここを出る』と結論づけるのを感じていたのだった。




