3日目夜:大広間*1
「み、見事だった……」
「えっこいつ頭無いのに喋るのか!」
バカがいそいそと陽を回収してきたところ、牡牛の悪魔はぷるぷる震える声でそう喋った。頭が無くても、悪魔なので喋れるらしい。だが、どう見てもぷるぷるしている。声だけでなく、全身がぷるぷるしている。牡牛ではなく小鹿か何かのようである。
「俺を10分以内に倒した褒美として、これをやろう……」
そして、ぷるぷるしながらも牡牛の悪魔は、バカに何かを差し出してきた。バカはそれを受け取って……ぱっ、と表情を明るくした。
「あっ!たま人形!かわいい!」
それは、たま人形であった。たまの、ちょっと猫っぽい目や澄ました顔の特徴がちゃんと表現されていて、中々に出来がいい。とてもかわいいお人形であった。
「それは私が預かろう」
「うん!そうしてくれ!」
天城がそっと手を出してきたので、バカはそのまま、たま人形を天城に預ける。陽をぶんまわす以上、たま人形をバカが持っているのは危険である。そしてそれ以上に……やっぱり、恋人の人形なのだから、天城が持っているべきだろうと思ったのだ。
「そっかー、この部屋はたまの人形があるんだな。だから天城のじいさん、あの時この部屋選んでたんだぁ……」
「……何の話かよく分からんが……まあ、お前の『やり直し』の中で私がこの部屋を選ぶことがあったなら、たまの人形を確保するためだったんだろうな」
バカはなんだか嬉しくなって、るんるんと部屋を進んでいく。
だって、天城はたまのことが大事なのだ。それが分かると、なんだか色々と納得がいって、そして、なんだか嬉しくなる。お互いを思い合う人達のことが、バカは大好きなのだ。
「じゃあ、ライオンの部屋選んでたのも、陽の人形のため?」
「……だろうな。私は未来の陽とは限らんが、陽が私の過去であることは間違いない。陽が死ねば、私はその存在ごと消えることになるだろう」
「消える!?じゃあ蟹ロボ倒した後、カンテラ1個減ってたのそれぇ!?なんか天城のじいさんのこと、俺、あの時忘れちゃってたんだけど、あれ、存在ごと消えてたって奴なのかぁ!?」
「何の話か全くわからん……が、まあ、そういうことだろうな」
ついでに、天城と話していると色々と謎が解けそうでバカはとても楽しい!
今までよく分かっていなかった部分も、天城と話していたら全部分かりそうな気がするのだ。
……が、まあ、今はそれどころではない。
「さて。解毒、か。……まさか本当に、間に合うとはな」
「うん!ささ、急いでやっちゃえよ、天城ぃ!」
残り時間は5分ちょっと。ギリギリになってしまったが……これで、天城も助かるのだ!
バカは、満足である!
天城は解毒装置に座って、無事、解毒に成功した。
これで後は、陽とたまが起きたらすぐ解毒剤を使って……蟹ロボとの戦い、ということになる、のだろう。バカは、『今から準備運動しておいた方がいいかな!』と、その場で屈伸を始めた。メコメコと床が凹んだ。
「……ところで、お前はいつ『やり直す』んだ」
「へ?」
そうして元気にバカが床を凹ませていたところ、天城が少し呆れたような、少し不安そうな、そんな顔で聞いてきた。
……そう。そう言われてみれば、バカはいつでもやり直せるのだ。
バカに何かあった時のことを考えると、バカがやり直すなら、早い方がいい。それも分かる。のだが……。
「……うーん、こっちが、一段落したら」
「今すぐにでも『やり直し』してしまっていいと思うがな」
「でも、俺、天城のじいさんのことも、陽もたまも、ヒバナとビーナスだって、大好きなんだ。やり直したら全部無かったことになるのかもしれねえけど、でも、ちゃんと助けてから、戻りたい」
バカは、今、ここにいる天城の力になりたいな、と思うのだ。
海斗は死んでしまって、土屋も死んでしまって、ミナも死んでしまって……木星さんのことは許せなくて、辛くて、苦しいが。それでも。
それでも、今ここに居る天城は、きっと、やり直したところに居る天城とは、ちょっとだけ違うのだ。バカはそれがちょっとだけ寂しい。
「……ふん。そうか」
天城はバカの答えを聞くと、少し呆れたような顔で笑った。なのでバカも、満面の笑みを返しておく。
「なら、今の内に『作戦会議』だな」
すると天城はそう、言い出した。
「えっ?」
「鐘が鳴った後も、陽とたまが起きるまでにはまだ時間がある。だが……あと20分もあれば、多少、決められることもあるだろう」
「……うん!ありがとう!」
バカはいよいよ笑みをぱやぱやと明るくして、喜びの舞を踊り始めた。喜びのあまり、ちょっとふわふわ浮いた。
……天城はぽかんとしていたが、バカがちゃんと床に戻ってくると、『見なかったことにしよう……』というような顔をして、そっと目を背けた!
「……まあ、何だ。何にせよ、次は真っ先に私の部屋に来い」
そしてもうすぐにでも鐘が鳴る、という時、天城はそう、バカに言った。
「えええー!俺、最初に海斗のとこ行きたい!」
が、バカは海斗のことが今回、とてつもなくショックだったのである!海斗がツンケンしていて、バカのことを嫌っている状態は、バカの心に悪いのだ!その上、海斗が死んでしまうとバカはとてつもなく悲しい!もうあんなことにしないためにも、バカは海斗の部屋に真っ先に行きたい!
「……いや、ならそれでいい。冥王星の部屋から壁を破って海王星の部屋へ移動し、そのまままた壁を破って、私が居る天王星の部屋へ来い」
「へ?」
すると、天城は『その方がいいな』と頷くのだ。これにバカは大変にびっくりした。
「いいか?ドアは破るな。壁を破って来い。井出亨太はどうせ、一度廊下に出てからドアをすり抜けて来るのだろうからな」
「へ……?」
天城は何やら理屈を説明してくれているらしいのだが、バカにはそれがよく分からない。ので……。
「……とにかく、お前は海王星の部屋と天王星の部屋へ、壁を突き破って来い。そこで井出亨太を始末しよう」
とりあえず、天城が出してくれた方針を、バカはそのまま受け入れることにした。
井出亨太……木星さんについては、『始末』という言葉に、少し、迷いがあるが……。
リンゴン、リンゴン、と鐘が鳴る。
それと同時、出口のドアが開いたので、バカは早速、大広間へ出ていく。そして安置されていたたまの横に、陽の体をそっと横たえた。
そうしていると、ヒバナとビーナスが部屋から出てきたので、バカは元気に手を振った。
「おーい!ヒバナー!ビーナスー!」
「ああ、そっちは……え、それ、2人とも、どうしたの……?」
が、ビーナスは元気に手を振るどころではない。何せ、大広間には全く動かない陽とたまが寝かされているのだから!
「お、おい……それ、まさか、死んで……?」
「いやいやいや!違うよぉ!生きてるよぉ!」
ヒバナまでもが恐怖に表情を引き攣らせ始めたので、バカは慌てて両手を顔の前で振りつつ否定する。
「えーとな、たまと陽は無事だ。異能でなんか、固まってんだけど……だよな?」
「そうだな。まあ、無事だ。木星の男のせいで、こうした措置を取らざるを得なくなった」
続いて天城も苦い顔でそう言ってくれたので、説明は天城に任されることになる。こうした説明をバカがやろうとすると、碌なことにならないのだ!バカは、説明が、下手!
……ということで、天城はヒバナとビーナス相手に、羊鍋部屋で起きたことを説明してくれた。
ヒバナとビーナスはそれぞれ恐々聞いていたが、天城が『恐らく、土屋と海斗を殺したのも、途中ではぐれた木星だったはずだ』と説明すると、そこで合点がいったらしい。何せ、ヒバナは木星さんを見失った側で、ビーナスは不可解な密室殺人の現場に居た側なのだから。
そして更に。
「……それでも信じられない、ということなら……まあ、そこのドアでも見てくれ」
「ドア……は?お、おい、これ……は?」
そこには確たる証拠がある。
『木星さんのせいで解毒剤が足りなくなったのでドアを破って外に出てから別の部屋を攻略した』という事実は、覆せない形でちゃんと残っている。
そう!バカが破ったドアが、1つの状況証拠になるのだ!
「あの、ねえ、ちょっと!?どうやってこのドア、破ったわけ!?」
「俺が陽ぶん回して破った!」
バカが元気に胸を張る中、ヒバナとビーナスは只々、ぽかん、としていたのだった!
……まあ、つまり、割と平和であった!
それからバカと天城とヒバナとビーナス、という4人で卓に着いて、今後の話をすることになる。
「まず、私から白状しよう。私は実は、このゲームにかつて参加して、そして今回、時を超えて未来から戻ってきた陽なのだが」
「最初から分かんねえよクソジジイ」
……そして割と最初から頓挫している。何せ、事態がややこしすぎるのだ!
「まあ分からなくてもいい。ただ、私が『このゲームのこの先がどういう筋書きであったか』を知っている人間であることは知っておいてくれ」
「……天城さんも、『やり直し』とやらの異能があるってこと?」
「いや。私は……また別の方法でこのゲームへ戻ってきた。そしてこの樺島のことは知らん」
ヒバナとビーナスは首を傾げていたが、天城は気にせず続けることにしたらしい。
「そして、前回の私の記憶では……『3日目夜20分経過時点』で悪魔のアナウンスがある。そこで首輪の鍵が用意されるので、それを全員が使用する。そうすれば解毒剤だけが打たれて、いよいよ本当の意味で、我々はこの首輪から逃れられるというわけだ」
天城の説明が続いていくので、ヒバナとビーナスは追及を諦めたらしい。ただ、天城の言葉を聞き逃すまいと必死になるしかなくなってしまった。
「そしてそれが終わったら……蟹の姿をしたロボットが出てくる」
「意味わかんねえよクソジジイ!」
が、流石に急に出てきた蟹には、ヒバナが追い付けなかったようである!
バカは、『確かにあの蟹、唐突だもんなあ……』と思った!
「クソジジイで結構。だが、とにかくとてつもない強さのロボットが出てくる、ということは分かっておいてくれ」
だが天城はそれでも止まらない!バカは、『陽が天城になる間に、滅茶苦茶色々あったんだろうなあ……それでこんな、図太い爺さんになるんだろうなあ……』と思った!
やがて、天城の話は蟹ロボの性能の話へと移る。
つまり、とてつもなく頑丈で、まともにやり合って勝てる相手ではない、ということ。
魂の数に応じて強化されるということ。
……そして、天城は『前回』、『無敵時間』を自分に使って、1人、生き延びたということも。
そう。天城および陽の異能は、『ただ自分1人だけ生き残る』ことについて、無敵なのである。……だからこそ、絶対に守りたい人が居る彼らに、『無敵時間』の異能が与えられたのかもしれない。
「……ねえ天城さん。あなたが蟹ロボットの話をここでした以上、その蟹ロボットの攻略方法も分かってるのよね?」
やがてビーナスがそう問えば、天城はこくりと頷いた。
「蟹のロボットが出てきたら、ヒバナとビーナス、お前達はできる限りすぐに隠れろ。幸い、樺島が開いたドアがある。あの中へ逃げ込めば、ひとまず蟹の攻撃からは逃れられるだろうな」
天城の言葉を聞いて、それから壊れたドアを見て、ビーナスは『了解』とため息交じりに言った。ヒバナは相変わらず、ぶっ壊れたドアを見て慄いている!
「そして……樺島」
「おう!」
バカは、『よし!俺の出番!』とばかり、喜び勇んで天城に返事をした。すると天城はため息を吐いて……言った。
「……仕方がない。お前は、私を武器にして蟹と戦え」




