3日目昼:羊達の晩餐*4
「……いいんだね?たまにあなたの分の異能を使った以上、あなたが助かる道はもう、無い」
「ああ。構わん。これが私の……いや、『俺』の役目だからな」
天城と陽が見つめ合う。2人の間には、納得と理解、そして諦めの気配が漂っていた。
だが!
「ど、どういうことだ……?俺、バカだから分かんねえよお……説明してくれよぉ……」
バカは!バカはバカなので、何も分かっていない!納得していないし理解していないのである!
「よ、よく分かんねえけど、天城のじいさん、もう助からねえのか!?なんでだ!?」
「……今ので理解できんのか」
「できねえよお!俺、バカなんだってばぁ!」
バカが必死に訴えると、天城は呆れ返っていたが、ふう、と息を吐き出して、教えてくれた。
「私の異能はそこの陽と同じ『無敵時間』だ。この異能は対象の1人の時を止め、あらゆる攻撃から守る。……これを使えば首輪の毒の期限を延ばすことができる。だが、まあ、さっきも言った通り、対象は1人だ」
バカが『そこまではなんとなく分かった!』と頷くと、天城は静かに続けた。
「私はたまに異能を使った。そして陽は陽自身に使う。……私は毒を回避する方法が無い。そういうことだ」
「な……なんで、そんなことしたんだよ……」
バカには意味が分からない。
たまが助かって、陽も助かる方法があって、でも、天城はもう助からない、ということは分かった。
だが、どうして天城がそんなことをしたのかが分からないのだ。
バカがそうしておろおろしていると、天城はそっと、眠るように動かないたまを見て、笑った。
「どうしても彼女を死なせたくないんだ」
……笑う天城の横顔を見て、バカはまた思う。『陽みたいだ』と。
そしてそう思ったのは、決して間違いではなかったのだ。
「私の名前は『宇佐美光』。……かつてこのデスゲームに参加して、生き残ったものの恋人である『駒井つぐみ』を『井出亨太』に殺された。そしてそれを回避するために、このゲームに帰ってきた、正真正銘『2回目』の参加者だ」
天城の言葉ははっきりとして、視線はまっすぐで……やっぱり、陽によく似て……否、『陽そのもの』だったのだ。
「……えっ?な、何……?どういうこと……?わかんない……わかんないよぉ……」
バカは、頭の上に?マークをいっぱい浮かべている。当然、バカはバカなので理解は追いついていない!
そんなバカを見た天城は、やれやれ、とばかりにため息を吐くと……簡単に言ってくれた。
「要は……私は、未来の『陽』だ!」
バカは、少し考えた。考えて、考えて……確かめる。
「……天城のじいさんは、陽、なのか?」
「そうだ」
ものすごく考えた末に出した結論に、天城は『ようやくか……』と呆れながらも頷いてくれた。バカは、『やっと理解できた!』と喜んだ。
「陽は……ええと、そのうち天城のじいさんになるのか?」
「うーん、それはどうだろうね。天城さんは、『たまが死んでしまった世界の俺』だから……この後、たまが生き残った世界で俺が生き残ったら、天城さんとはまた別の生き方をすることになるんだろうし。必ずしも同じ『天城』になるとは限らないと思うよ」
「あああああ!わかったと思ったのにわかんねえ!」
が、続く陽の話はバカには難しすぎた!バカは『わかんねえー!』とじたばたした。勿論、じたばたしたからといって何かを理解できるわけではない。バカの無駄な足掻きである。
「まあ……ええと、とりあえず、天城さんはかつて俺だった人、っていうかんじに考えてくれればいいと思うよ」
「そ、そっかぁ……いや、それもよく分かんねえけど……」
「……なら、私のことは『たまの生存を第一の目標として動いている、ちょっと未来が分かるジジイ』とでも思え」
「そっか!それなら分かる!」
バカはバカなので、心底呆れた様子の天城の言葉に喜んだ。
そう!バカにとって天城は、『たまのことが大好きで、ちょっとスレてて、頭が良くて、なんとなく頼りになるじいさん』!そういうことでいいらしい!これなら単純で分かりやすい!バカにも分かる!バカは分かったので喜んだ!よかった!
「……私は、つぐみを喪ってからの50年、この時代へ戻る手段を探し続けた。そうしてようやくここへ戻って来た。……『天王星』として参加するはずだった者と交代して、首輪に細工をして『天王星』に成り代わって、な」
どういうことだろう、とバカは天城の首輪を見て……気づいた!
「ああああー!これ、よく見たら太陽のマークに矢印生やしただけだぁー!」
なんと!天城の首輪に刻まれたマークは、陽の首輪のマークに矢印を一本生やしたものであった!
「鉄釘一本、マイナスドライバー一本でもあれば、この石に矢印を刻むくらいのことは簡単だったからな」
「うひゃあー……」
バカはしげしげと天城の首輪を見ながら、『これならもっと早く気づけてもよかったかなあ……』とちょっぴり悔しく思った!
「私が経験した『一回目』のこのゲームでは、木星の男が壁を抜けて、全員が大広間に集まる前に天王星の参加者を殺していたらしい。それが分かったのは、全て終わった後だったが……そういう訳で、まあ、首輪のこともあって丁度良かった。私は天王星の参加者として、私を殺しに来るはずの井出を待ち構えた」
そして、続いた天城の話を聞いて……バカは、『ん?』と、気づいた。
そう……バカは気づいたのである!そして、気づいてしまったバカはだらだらと冷や汗を流しつつ、天城を見つめ、そして天城にはじっとりと見つめられた!
「……が、奴は結局、来なかった。まあ……私が経験した『一回目』には居なかったはずの『冥王星』が居たからな」
「お、俺が木星さんと出会っちゃったから、未来が変わっちゃった、ってことか!?」
「まあ、そうだろうな。お前が居なければ木星の男は私の知る通り、壁を抜けて私を殺しに来て、そしてその襲撃を知っていた私によって返り討ちにされていたはずだ」
「つまり今まで俺がやり直してきた中でずっと木星さん死んでたのって、天城のじいさんが殺してたからってことかあ!?」
バカは、知ってしまった真実に慄く!
なんと!今まで木星さんが大広間に到着しなかったのは……それらの全てで、天城が木星さんを殺していたからだったのである!
そして当然、木星さんの部屋に木星さんが居ないわけだ!何せ、木星さんは……天城を殺しに天王星の部屋へ行って、そこで死んでいたのだから!
「ええええええ!?えええええええええ!?俺、今回いいことしたの!?悪いことしたの!?どっちぃ!?」
「……井出亨太にとってはいいことで、私にとっては悪いことだったな。そして……その後死んだ者にとっても、まあ、悪いことだった、と言えるだろう」
「わかんないよぉ!わかんないよぉ!もう俺、頭パンクしそうだよぉ!」
バカは混乱した。バカには刺激が強すぎる。否、情報が多すぎる。バカの小さな脳味噌では、色々と一気に処理するのが大変なのだ!
「土屋と海斗を殺したのもこいつだ。迷路で一度、ヒバナとはぐれたと言っていたが……あの瞬間に壁をすり抜けて隣の部屋へ移動して、そこで土屋と海斗を殺したんだろう。土屋については恐らく、人形を使ったに違いない。となると、人形の位置も予め知った上で行動していたのだろうがな……」
更に、木星さんが海斗と土屋まで殺したという情報が混ざって、もういよいよバカは分からない!色々分からない!
……だが。
「そして『井出亨太』を殺し、そして、私の恋人を救うために、今、こうして力を使うことができた。だから私は、満足だ。もう、死んでも悔いはない」
天城が満足していることだけは、分かった。
……復讐と救済。天城は前回、そう言っていた。バカはその意味を今、ようやくなんとなく理解する。
天城が復讐したかった相手は、木星さん。そして天城が救いたかった相手は、『たま』なのだ。
そして今、天城は……陽は、50年越しに、ようやく願いを叶えたところなのだ。
「さて……『陽』。お前は無敵時間を使え。あまりぎりぎりまで粘ると、解毒剤に間に合わなくなるぞ」
「ま、待ってくれよ天城ぃ!」
満足気な天城を見つつ、しかしバカはどうしても、諦めきれない。
天城が陽で、陽とたまさえよければ天城はそれでいいのだとなんとなく分かりつつも、それでもやっぱり、諦めきれないのだ。
「俺、天城のじいさんに、死んでほしくないよお……」
……だって、バカは天城のことも、大好きなのだ。
陽と天城は、やっぱり違う。バカにとっては別の人で、そして、2人とも、大事な仲間なのである。どっちだって、見捨てたくない!
「……ははは。そう言ってくれるのは、嬉しいがな」
天城はバカの必死の表情を見て少しばかり笑う。笑い方もやっぱり陽に似ていて、バカは益々悲しい気持ちになってくる。
「だが、どうしようもない。解毒剤はこの部屋に無い。隣の部屋にはあるかもしれんが、壁を抜ける手段は無い。そしてこの部屋から出るには夜を待つより他に無く、夜になると同時に私は死ぬことになるだろう」
「そんなあ……」
バカは絶望した。
天城はバカより賢い。なのに、その天城にも、もう助かる道が見えていないのだ。
「くそ、土屋のおっさんが居れば……!」
だん、と壁に拳を叩きつけて、バカは嘆いた。
この場に居ない、木星さんに殺されてしまったらしい土屋のことを思えば、また悲しさと悔しさ、そして木星さんへの怒りがこみあげてくるが……それ以上に、今、ここに土屋が居ないことによって消えてしまった未来を思って、只々、絶望する。
「土屋のおっさんが出す盾があれば、俺、このドア破れたのに……!」
……もし、ここに土屋が居たら。彼が、盾を出してくれたら。
そうしたら、バカは天城を救うことができたのだ。
「……えっ?今、何て?」
「うん、土屋のおっさんの盾、滅茶苦茶頑丈なんだよ。『どんな攻撃にも一度は必ず耐える盾』だって、土屋のおっさん、言ってた……。あと、金庫!最初に俺達が居た部屋の金庫も、投げつけるとドア、凹むから……アレがいっぱいあったら、このドア、破れたかもしれないのに……金庫もねえ!」
土屋も無い!金庫も無い!何にもない!バカは嘆いた!
だが、嘆きのバカの横で、天城と陽は、只々、慄いていた。
「……このドアを、破った、だと?」
「破れていいものなのかな、これ……」
「うん!俺、このドアに勝ったもん!あのな、めっちゃ強いものとか、めっちゃ頑丈なものとかあったら、それぶん回せばいいんだ!そうすればドアに勝てるし、ドアに勝てたら、ここ、皆で出て、別の部屋、入って……そこで、解毒剤使えばぁ……」
バカはそこで力を失ってへたり込む。
……もし、バカが道具無しに1人でドアに勝てるぐらい、タックルの強いバカであったなら。そうしたら、天城を救うことができたのだ。
だが、バカが弱いせいで、バカは天城を救えない!
バカはあまりの悔しさに涙を滲ませて、絶望のあまり、床を叩いて……。
「……樺島君。提案があるんだ」
そこに、そっと、陽が話しかけてきた。
「俺をぶん回してくれないかな」
「あああああああああああ!陽がおかしくなっちゃったあああああああああああ!」
バカは混乱した!




