3日目昼:羊達の晩餐*3
……しばらく、部屋の中には沈黙が満ちていた。
木星さんは、死んだ。死の直前まで苦し気に藻掻いていたが、当然、誰も彼に手を差し伸べることは無かった。
『こんなはずじゃ……』と零して死んだ木星さんを見下ろして、ただ、バカ達4人はじっとしていた。
そんな沈黙を破ったのは、バカだった。
バカは唇を引き結んでじっと黙っていたが、やがて、ぽろぽろ涙を零し始めたのである!
「樺島君……」
おろ、とたまが中途半端に声を掛け、手を伸ばせば、バカはいよいよ我慢できずに、たまをきゅっと抱きしめて、びーびー泣き出した!
「上手くいかねええええええええー!うわああああああん!」
びーっ!と泣いている割に、バカの腕はたまを潰さないように優しく抱き込んでいた。そして、泣いているのはバカの方だというのに、とんとんぽふぽふ、あやすようにたまの背を手で軽く叩く。
「いっぱい死んじゃうし……木星さんは……やな奴だし……たま、怒ってるの、悲しいし、怒らせた木星さん、許せねえし、他も色々、許せねえしぃ……!」
「……別に、もう怒ってないよ。というか、樺島君に怒ったわけじゃ、ないし」
「ぞれでもがなじいー!だまがやな思いじでんのががなじいー!」
「何言ってるか分からないよ樺島君」
たまはバカに抱きしめられつつ呆れた顔をしていたが……ふと、その表情を和らげた。
「……でも、ありがと」
「うん……」
それからたまは、もそもそ、と動いて、ぽす、とバカの胸に埋もれた。
……埋もれたたまは、しばらくじっとしていた。時々、ぐす、と音が聞こえた。なのでバカはただ静かに、たまを抱きしめながら、自分自身も少しずつ心を落ち着けていく。
なんだかんだ、こうして他者の体温と一緒にぬくもっていると、落ち着いていくものなのである。特に、たまにとってはバカはほどよく温い壁みたいなものだろうし、バカにとってはたまは子猫のようなものなので……。
「……ありがと。もう、大丈夫」
やがて、たまはそっと身じろぎして、バカの腕の中からもそもそ抜け出そうとし……それから、バカの胸を軽くぽすぽす叩いて、『確かに壁……』とくすくす笑った。
たまがちょっぴり笑ってくれたので、バカはまたちょっぴり元気が出た!
「……落ち着いたか」
「うん。ごめんね」
「いや、構わんよ」
たまと言葉を交わす天城は、穏やかな顔をしている。そして、陽も。
陽がそっと腕を広げると、たまはとことこと陽の腕の中へ入っていって、そのまま、むぎゅ、としばらく抱き合っていた。
バカは、こうして仲のいい人達が元気づけ合っている様子を見ると、なんとなく幸せな気持ちになる。こうしていよいよ、バカは元気が出てきた!
「……私、このゲームに参加した目的は、木星さんを殺すことだった」
バカが前向きに、ちょっと元気になってきたところで、たまがそう話し始めた。
「私の弟を死なせた奴は、何度も悪魔のデスゲームに参加してる奴だって悪魔が教えてくれた。だからこのゲームに参加して……復讐を、って、思った。それで、それが果たせたっていうわけ」
「そうだったのか……」
たまの話を聞いて、バカは色々と、すとん、と納得した。
たまがバカの『2回目』を警戒していたことについても、このゲームに参加したことについても。全ては、このためだったのだ。
「目的は果たせたし……だから、もう、いいかな、って。そうなるような気がしたんだけど……」
「駄目だぞ!そういうの駄目だぞ!折角やりたいことできたんだからさあ!生き残って、ちゃんと、生き残らなきゃ……!」
だが、たまが目的を達成したからといって、それでヨシとはならないのがバカなのである!
バカは、たまを脱出させたい!ちゃんと脱出させて……それで、たまには、幸せになってもらいたいのだ!こんなところで、『もういいかな』なんて思ってほしくないのだ!
……だが。
「うん。そうだよね」
たまは、けろっ、とした顔でそう言った。
「……こんなクズと同じ場所で死にたくない。ここを脱出して、弟の墓前に、報告しなきゃ。……今は、そう思ってるよ」
「うん……うん……!そうだよお、そうしよ!な!」
バカは、一気に嬉しくなった。たまが、生きる希望を持ってくれていることが、とても嬉しい!
なのでバカは決意する。
彼らをちゃんと、全員脱出させるぞ!ということを!
さて。たまおよびバカの決意も済んだところで、いよいよ、話し合わなければならない。
「首輪の毒で死ぬのは、確か、夜を告げる鐘が鳴った瞬間、だったよね」
「ああ。悪魔はそう言っていたね」
ちら、と時計を見ると、時計は昼の6分の1を残す程度になっていた。……つまり、あと、15分程度。
「私としても、その言葉に間違いはないように思う。残り15分程度はまだ、足掻く猶予があるということだ」
15分しかない。だが、15分ある。バカだけはその15分の枷が無いわけだが……バカも皆と心は同じである。
「よし!頑張って足掻くぞー!」
バカが元気に、そう宣言したのだった!
「とはいっても、現状でできることといったら、異能を使うぐらいしか無いよね」
が、たまの言う通り、現状で打てる手は限られる。
今、ここに居る4人が持っている異能は……バカの『やり直し』と、陽の『無敵時間』、そしてたまの『コピー』……今は木星さんの異能をコピーしたところなので、『壁抜け』になるだろうか。そして、天城はよく分からないがなんかが使える。以上である!
「えええ……どうしよお、俺、もうやり直した方がいい……?」
「……えーと、まあ、それは好きにしたらいいと思うけれど、樺島君がやり直したからといって、今、ここに居る俺達が助かるかどうかは分からないんだよね」
「ああああああ……じゃあもうちょっとやり直さないでおく……」
バカはもう、今すぐにでもやり直してしまいたいくらいの気分だったが、陽の言葉を聞いて、ぐっと堪える。
海斗も言っていたことだし、バカはちゃんと、この目でこの周の行き着く先を見届けなければならないのだ!
「提案」
そんな中、たまがそっと手を挙げた。
「……私、木星さんの異能をコピーしたから、壁を3回、抜けられる。この異能、『生き物』は運ぶことができないみたいだけれど……それで上手くやれば、余った一部屋の解毒装置から解毒剤をこっちに運んでくることが、できるかも」
「……それはつまり、たまが、1人で……しかもあと15分で、部屋を1つ攻略する、っていうこと?」
陽が、その表情を厳しく苦いものへと変えながら、そう、たまに問いかける。するとたまはこともなげに、『そう』と頷いた。
「まあ、そういうことになる、のかな。……上手く壁を抜けられれば、直接隣の解毒室に行けるかもしれないけれど……」
「その逆もまた、あるだろうな。唐突に罠の最中へ飛び込むことになるかもしれん。危険だ」
たまの提案に、陽も天城も否定的だった。
バカもそう思う。『壁抜け』はよく分からないが、壁の先に何があるのか分からずに壁を抜けるなんて、怖くないのだろうか!そもそも、壁を抜けていった先も壁だったらどうしよう!などとバカは考えてしまうのである!
「でも、やるしかない。どのみち死ぬなら、足掻いてから死ぬよ」
だがたまの決意は変わらないらしい。たまはそう言って……それから、ちら、と陽を見た。
「それに……そう、だね。陽。あなたについては、『無敵時間』を使って」
「……え?」
「『無敵時間』は、効果時間中、体の時を止めて、あらゆるダメージを全て無効化するんだったよね?なら、首輪の毒にも耐えられるかもしれない」
「そ、そっか!無敵時間ってほんとに無敵なんだな!?」
「い、いや、分からないよ!?俺、流石に首輪の毒を回避できるかなんて試したことないし……試す猶予も、もう無いし。それに……」
バカは『画期的!』と目を輝かせたが、陽は渋る。……だが、そんな陽の手を、たまが握った。
「……お願い、光。あなたはここで、生き抜いて」
「……つぐみ」
たまと陽が互いへ向ける必死な目は、愛する者へ向ける目だ。
自分がどうなろうとも、相手には生きていてほしいと願っている目。それが分かるから、バカは、胸を締め付けられるような感覚になる。
どうにか、2人を安心させて、皆で助かる方法は無いのか、と、考えてしまう。
だが。
「2人の意見には賛同できん」
そんな陽とたまに、天城がそう、口を挟んだ。
「……そうだよね。私と陽は、それぞれの異能で助かる可能性を得られる。けれど、天城さんはそうじゃない」
たまも、苦い顔で天城の言葉を受け止めた。そして、必死に言葉を紡ぎ始める。
「……でも、お願い。他に方法が無い。私を信じて、待っていてほしい。なんとか、解毒剤を持ってこられるように……」
「いや、違う」
が、天城はゆるゆると首を横に振って、たまを見つめた。
「『無敵時間』を使えば、首輪の毒は防げるだろう。まあ、先延ばし、と言えるが……それでも問題ないはずだ。最後の解毒剤が3日目の夜が始まって20分ほどで配られるからな。『無敵時間』の効果時間を今から30分程度に設定すれば、まあ、解毒を1回スキップして助かることができる」
「……え?」
たまが、ぽかん、としている。バカは、もっとぽかんとしている。
……『3日目の夜が始まって20分ほどで解毒剤が配られる』ということを、天城はどうして知っているのだろうか。
それに、陽の異能のことも。『無敵時間』のことを、どうして天城が知っているのか。
そして。
「……悪いが、こうさせてもらおう」
天城はそう言うと、そっと、たまに触れた。
……途端、たまはぴたり、と動きを止めて、その場に倒れる!
「た、たま!?」
だが、バカがたまを支えるより先に、天城が動いて、たまをそっと抱き留めていた。
不思議なくらい優しいその手つきを見て、それから、天城がたまに愛おしげに向ける視線を見て、バカはいよいよ、混乱してきた。
……なんだか、天城が、陽みたいに見えたのだ。
さっきの陽とたまのように……自分がどうなろうとも相手には生きていてほしい、と願っているような、そんな目で、天城はたまを見つめていた。
「……どうやら、いよいよこれは『本当』みたいだね」
バカと同じ光景を見ていた陽は、苦笑しつつそう言って……そして。
「天城さん。あなたの異能は……いや、あなたの異能『も』、そうなんだね?」
「『無敵時間』。それが、あなたの……いや、『俺』の、異能だ」
陽の言葉と視線を受けた天城は、満足気な笑みを浮かべていた。




