表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/146

3日目昼:羊達の晩餐*3

 ……しばらく、部屋の中には沈黙が満ちていた。

 木星さんは、死んだ。死の直前まで苦し気に藻掻いていたが、当然、誰も彼に手を差し伸べることは無かった。

『こんなはずじゃ……』と零して死んだ木星さんを見下ろして、ただ、バカ達4人はじっとしていた。




 そんな沈黙を破ったのは、バカだった。

 バカは唇を引き結んでじっと黙っていたが、やがて、ぽろぽろ涙を零し始めたのである!

「樺島君……」

 おろ、とたまが中途半端に声を掛け、手を伸ばせば、バカはいよいよ我慢できずに、たまをきゅっと抱きしめて、びーびー泣き出した!


「上手くいかねええええええええー!うわああああああん!」

 びーっ!と泣いている割に、バカの腕はたまを潰さないように優しく抱き込んでいた。そして、泣いているのはバカの方だというのに、とんとんぽふぽふ、あやすようにたまの背を手で軽く叩く。

「いっぱい死んじゃうし……木星さんは……やな奴だし……たま、怒ってるの、悲しいし、怒らせた木星さん、許せねえし、他も色々、許せねえしぃ……!」

「……別に、もう怒ってないよ。というか、樺島君に怒ったわけじゃ、ないし」

「ぞれでもがなじいー!だまがやな思いじでんのががなじいー!」

「何言ってるか分からないよ樺島君」

 たまはバカに抱きしめられつつ呆れた顔をしていたが……ふと、その表情を和らげた。

「……でも、ありがと」

「うん……」

 それからたまは、もそもそ、と動いて、ぽす、とバカの胸に埋もれた。

 ……埋もれたたまは、しばらくじっとしていた。時々、ぐす、と音が聞こえた。なのでバカはただ静かに、たまを抱きしめながら、自分自身も少しずつ心を落ち着けていく。

 なんだかんだ、こうして他者の体温と一緒にぬくもっていると、落ち着いていくものなのである。特に、たまにとってはバカはほどよく温い壁みたいなものだろうし、バカにとってはたまは子猫のようなものなので……。




「……ありがと。もう、大丈夫」

 やがて、たまはそっと身じろぎして、バカの腕の中からもそもそ抜け出そうとし……それから、バカの胸を軽くぽすぽす叩いて、『確かに壁……』とくすくす笑った。

 たまがちょっぴり笑ってくれたので、バカはまたちょっぴり元気が出た!

「……落ち着いたか」

「うん。ごめんね」

「いや、構わんよ」

 たまと言葉を交わす天城は、穏やかな顔をしている。そして、陽も。

 陽がそっと腕を広げると、たまはとことこと陽の腕の中へ入っていって、そのまま、むぎゅ、としばらく抱き合っていた。

 バカは、こうして仲のいい人達が元気づけ合っている様子を見ると、なんとなく幸せな気持ちになる。こうしていよいよ、バカは元気が出てきた!




「……私、このゲームに参加した目的は、木星さんを殺すことだった」

 バカが前向きに、ちょっと元気になってきたところで、たまがそう話し始めた。

「私の弟を死なせた奴は、何度も悪魔のデスゲームに参加してる奴だって悪魔が教えてくれた。だからこのゲームに参加して……復讐を、って、思った。それで、それが果たせたっていうわけ」

「そうだったのか……」

 たまの話を聞いて、バカは色々と、すとん、と納得した。

 たまがバカの『2回目』を警戒していたことについても、このゲームに参加したことについても。全ては、このためだったのだ。

「目的は果たせたし……だから、もう、いいかな、って。そうなるような気がしたんだけど……」

「駄目だぞ!そういうの駄目だぞ!折角やりたいことできたんだからさあ!生き残って、ちゃんと、生き残らなきゃ……!」

 だが、たまが目的を達成したからといって、それでヨシとはならないのがバカなのである!

 バカは、たまを脱出させたい!ちゃんと脱出させて……それで、たまには、幸せになってもらいたいのだ!こんなところで、『もういいかな』なんて思ってほしくないのだ!

 ……だが。

「うん。そうだよね」

 たまは、けろっ、とした顔でそう言った。

「……こんなクズと同じ場所で死にたくない。ここを脱出して、弟の墓前に、報告しなきゃ。……今は、そう思ってるよ」

「うん……うん……!そうだよお、そうしよ!な!」

 バカは、一気に嬉しくなった。たまが、生きる希望を持ってくれていることが、とても嬉しい!

 なのでバカは決意する。

 彼らをちゃんと、全員脱出させるぞ!ということを!




 さて。たまおよびバカの決意も済んだところで、いよいよ、話し合わなければならない。

「首輪の毒で死ぬのは、確か、夜を告げる鐘が鳴った瞬間、だったよね」

「ああ。悪魔はそう言っていたね」

 ちら、と時計を見ると、時計は昼の6分の1を残す程度になっていた。……つまり、あと、15分程度。

「私としても、その言葉に間違いはないように思う。残り15分程度はまだ、足掻く猶予があるということだ」

 15分しかない。だが、15分ある。バカだけはその15分の枷が無いわけだが……バカも皆と心は同じである。

「よし!頑張って足掻くぞー!」

 バカが元気に、そう宣言したのだった!


「とはいっても、現状でできることといったら、異能を使うぐらいしか無いよね」

 が、たまの言う通り、現状で打てる手は限られる。

 今、ここに居る4人が持っている異能は……バカの『やり直し』と、陽の『無敵時間』、そしてたまの『コピー』……今は木星さんの異能をコピーしたところなので、『壁抜け』になるだろうか。そして、天城はよく分からないがなんかが使える。以上である!

「えええ……どうしよお、俺、もうやり直した方がいい……?」

「……えーと、まあ、それは好きにしたらいいと思うけれど、樺島君がやり直したからといって、今、ここに居る俺達が助かるかどうかは分からないんだよね」

「ああああああ……じゃあもうちょっとやり直さないでおく……」

 バカはもう、今すぐにでもやり直してしまいたいくらいの気分だったが、陽の言葉を聞いて、ぐっと堪える。

 海斗も言っていたことだし、バカはちゃんと、この目でこの周の行き着く先を見届けなければならないのだ!


「提案」

 そんな中、たまがそっと手を挙げた。

「……私、木星さんの異能をコピーしたから、壁を3回、抜けられる。この異能、『生き物』は運ぶことができないみたいだけれど……それで上手くやれば、余った一部屋の解毒装置から解毒剤をこっちに運んでくることが、できるかも」




「……それはつまり、たまが、1人で……しかもあと15分で、部屋を1つ攻略する、っていうこと?」

 陽が、その表情を厳しく苦いものへと変えながら、そう、たまに問いかける。するとたまはこともなげに、『そう』と頷いた。

「まあ、そういうことになる、のかな。……上手く壁を抜けられれば、直接隣の解毒室に行けるかもしれないけれど……」

「その逆もまた、あるだろうな。唐突に罠の最中へ飛び込むことになるかもしれん。危険だ」

 たまの提案に、陽も天城も否定的だった。

 バカもそう思う。『壁抜け』はよく分からないが、壁の先に何があるのか分からずに壁を抜けるなんて、怖くないのだろうか!そもそも、壁を抜けていった先も壁だったらどうしよう!などとバカは考えてしまうのである!

「でも、やるしかない。どのみち死ぬなら、足掻いてから死ぬよ」

 だがたまの決意は変わらないらしい。たまはそう言って……それから、ちら、と陽を見た。

「それに……そう、だね。陽。あなたについては、『無敵時間』を使って」

「……え?」

「『無敵時間』は、効果時間中、体の時を止めて、あらゆるダメージを全て無効化するんだったよね?なら、首輪の毒にも耐えられるかもしれない」


「そ、そっか!無敵時間ってほんとに無敵なんだな!?」

「い、いや、分からないよ!?俺、流石に首輪の毒を回避できるかなんて試したことないし……試す猶予も、もう無いし。それに……」

 バカは『画期的!』と目を輝かせたが、陽は渋る。……だが、そんな陽の手を、たまが握った。

「……お願い、光。あなたはここで、生き抜いて」

「……つぐみ」

 たまと陽が互いへ向ける必死な目は、愛する者へ向ける目だ。

 自分がどうなろうとも、相手には生きていてほしいと願っている目。それが分かるから、バカは、胸を締め付けられるような感覚になる。

 どうにか、2人を安心させて、皆で助かる方法は無いのか、と、考えてしまう。




 だが。

「2人の意見には賛同できん」

 そんな陽とたまに、天城がそう、口を挟んだ。

「……そうだよね。私と陽は、それぞれの異能で助かる可能性を得られる。けれど、天城さんはそうじゃない」

 たまも、苦い顔で天城の言葉を受け止めた。そして、必死に言葉を紡ぎ始める。

「……でも、お願い。他に方法が無い。私を信じて、待っていてほしい。なんとか、解毒剤を持ってこられるように……」

「いや、違う」

 が、天城はゆるゆると首を横に振って、たまを見つめた。

「『無敵時間』を使えば、首輪の毒は防げるだろう。まあ、先延ばし、と言えるが……それでも問題ないはずだ。最後の解毒剤が3日目の夜が始まって20分ほどで配られるからな。『無敵時間』の効果時間を今から30分程度に設定すれば、まあ、解毒を1回スキップして助かることができる」


「……え?」

 たまが、ぽかん、としている。バカは、もっとぽかんとしている。

 ……『3日目の夜が始まって20分ほどで解毒剤が配られる』ということを、天城はどうして知っているのだろうか。

 それに、陽の異能のことも。『無敵時間』のことを、どうして天城が知っているのか。


 そして。

「……悪いが、こうさせてもらおう」

 天城はそう言うと、そっと、たまに触れた。

 ……途端、たまはぴたり、と動きを止めて、その場に倒れる!


「た、たま!?」

 だが、バカがたまを支えるより先に、天城が動いて、たまをそっと抱き留めていた。

 不思議なくらい優しいその手つきを見て、それから、天城がたまに愛おしげに向ける視線を見て、バカはいよいよ、混乱してきた。


 ……なんだか、天城が、陽みたいに見えたのだ。

 さっきの陽とたまのように……自分がどうなろうとも相手には生きていてほしい、と願っているような、そんな目で、天城はたまを見つめていた。




「……どうやら、いよいよこれは『本当』みたいだね」

 バカと同じ光景を見ていた陽は、苦笑しつつそう言って……そして。

「天城さん。あなたの異能は……いや、あなたの異能『も』、そうなんだね?」


「『無敵時間』。それが、あなたの……いや、『俺』の、異能だ」


 陽の言葉と視線を受けた天城は、満足気な笑みを浮かべていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
あああ……そういうこと!?未来の陽なのか!?だから2人にそれを打ち明けてたってこと!?挟まれて無事なのも無敵状態でカンテラが消えたのもタイムパラドックスのせいかぁ。同じ能力が2人いるわけないと思って消…
まさかの!!!復讐と救済って!!!そういうこと!!!!!
マジすかー。全然分からんかった…。 でもなるほど、生き残った未来の陽が別のデスゲームクリアして、あの時のゲームをもう一回やらせろ!と願ったのか。 他の願いも叶えられるなら、木星さんの名前も分かるし。 …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ