1日目夜:大広間*2
……と、いうことで。
「じゃあ……次のチームは、私とヒバナとミナ。陽とたま。それで、木星さんと天城さんとバカ君、ってことね」
チーム分けが無事に終了した。
……終了したのだが、バカとしては色々と心配である!
陽とたまはいい。頭脳派カップルに厳しいのは、精々鍋部屋ぐらいだろう。他の部屋は多分、2人の要領の良さと頭の良さで何とかなるはずだ。
だが……もう1つのチームが、問題なのである!
「そう、ね……ミナとヒバナと、一緒、ね……」
ビーナスが、ヒバナとミナとを見ながら、静かに警戒しているのである!それはそうだ!ビーナスはヒバナと仲が悪い演技をしたいのだろうし、そしてミナは、ビーナスにとっては殺人犯なのである!
バカは『どうしよう、どうしよう、せめて俺が向こうに入るべきだったかなあ……』と心配していると。
「……ごめんなさいね、ミナ。私、あなたのこと完全に信用はできないけど……でも、さっきは言い過ぎたわ」
なんと。ビーナスが唐突に、そう言い始めたのだった!
「え、あ、あの、ビーナスさん……」
「別に、あなたが殺したって、限らないものね。陽とたまが言ってたけれど、海斗が土屋さんを殺して、それから自殺した、って可能性だってある訳だし……もしかしたら、土屋さんと海斗とで、相打ちだったのかも、しれないし」
ビーナスはぎこちなく、なんとも気まずげにそう言って笑みの形を作った。
「あなたの異能が治癒だっていうことは、もう分かってるものね。……あんまり警戒するのも、バカらしいわ」
「ビーナスさん……」
ビーナスの言葉と歩み寄りに、ミナもまた、少しばかり心を解きほぐしたらしい。
「……そう、ですよね。私からしてみても、ビーナスさんがもし、どなたかを殺していたとしても……それは、銃声が聞こえた理由にはなりませんから。最低でも、どちらか1人は別の方が、ということになります。そしてそれは、ちょっと考えにくい、ですものね……」
「ああ、そうよねえ……うん、どのみち、私が寝ている間に銃声が響いている訳だから。まあ、海斗か土屋さんか、最低でもどちらかは銃を撃っていないとおかしいわけだし……」
ビーナスはそんなことを言うと、そっと、ミナに手を差し出した。
「そういうわけで、虫がいいかもしれないけれど……とりあえず、仲良くしましょ。次のゲームも、協力した方がきっと上手く行くと思うから」
「はい……私こそ、よろしくお願いします」
ミナも少しぎこちなく、しかしちゃんと笑みを作って、ビーナスの手を握った。
……バカは、『俺が頑張らなくったって、ミナとビーナスは仲良くできるんだよなあ』と、ちょっぴり寂しく、しかし嬉しく思うのだった!
そうして蚊帳の外にされていたヒバナも含めて、ミナとビーナスとヒバナの3人で『どの部屋入る?』というような話をし始めたところで……。
「か、樺島君」
木星さんが、バカをちょこちょこつついてきたので、バカは『うん?』と木星さんの方を向く。
「き、君はどうして、僕と一緒のチーム、だなんて言ったんだ……?」
「え?木星さんが仲悪いふりはもうしなくていいって言ってたから!」
そして木星さんの問いかけに、バカは笑顔でそう答えた!
「俺、木星さんのことまだよく知らねえからさあー、折角だし、仲良くなりたいって思って!」
バカが満面の笑みを浮かべると、木星さんは明らかに困惑してしまった。バカは『なんか変なこと言ってるかなあ……』とちょっぴり心配になってきた!
「そ、そんな理由で……?」
「え?うん!……えっ、チーム分けって、もっと別の理由、無いとダメか!?」
「い、いや、別に、別にいいけど……その、異能の相性、とか、信用できる相手か、とか、そういう……そういうのが、大事なんじゃないか?ど、どうだ?」
「そんなこと言われても……異能とか俺、バカだからよく分かんねえしぃ……信頼なら全員信頼してるしぃ……」
木星さんは何やら一生懸命に説明してくれるのだが、バカはバカなのでよく分からない!が、ひっそりと『陽とかたまとか海斗とかミナとか、俺に分かるように説明してくれるもんなあ、皆、えらいよなあ……』と神妙な顔をしていた!
そうしてバカが『皆に感謝……』としみじみした気持ちになっていると。
「あ、あの……」
木星さんが、おずおずと、それでいてずけずけと、聞いてきた。
「……天城って人と、その、さっきの、あの部屋で何があったんだ?」
「へ?そりゃ、さっき天城のじいさんが話してたかんじのゲームで……」
バカが『さっきの話、聞いてなかったのかなあ』と首を傾げていると、木星さんは少し苛立ったようにバカに詰め寄ってきた。
「まさか、ゲーム以外、な、何も無かったっていうのか?何か話さなかったか?話した内容は?毒物の種類は?どんなかんじだった?あの天城って人は信用できるのか?」
「そ、そんなにいっぱい一気に聞かれても分かんねえよう……」
が、詰め寄られても聞かれても、バカはバカでバカなのだ。いっぱい聞かれたって困ってしまうのだ!
そうして、木星さんがやきもき、バカがまごまごしていると……。
「おい、樺島」
ぬっ、と、天城がバカの背後から現れる。
天城は、じっ、と木星さんを見ていたが、木星さんはなんとなく気まずかったのか、目を逸らしてしまった。天城はそれを見て、ふん、と鼻を鳴らすと……バカの腕を、そっと掴んだ。
「話がある。来い。……ああ、木星さんはそこで少し待っていてくれ。さっきの借りを返さなければならないんでな」
「か、借り?そ、それってどういう……?」
木星さんは不思議そうにしていたし、バカとしても『借り?』と頭の上に?マークをいっぱい浮かべていたのだが、天城に腕を掴まれて連れていかれるまま、バカは大広間の2階の隅っこへと移動していくのだった。
「なーなー、借りってなんだよぉ、天城ぃ」
内緒話の気配を感じ取ったバカは、天城の耳元で小さく、ひそひそ、と聞いてみる。……すると。
「お前はバカか。あの場を切り抜ける方便だ」
天城はため息交じりにそう答えてきた。
だが……バカは、バカなのである。
「方便ってなんだ……?あ、無罪になるとなるやつ……?」
バカには難しい言葉が分からないのだ!『方便』も難しい言葉なので分からない!何故なら、バカはバカだから!
「……それは、『放免』と『方便』を掛けているのか?」
「かけて……?あ、掛け算か?俺、割り算は苦手だけど掛け算はちょっと得意だぞ!九九、全部言える!」
「ああ……単に、本当にバカなだけか……」
バカは首を傾げつつも、『本当にバカなだけか』に対しては、『うん!俺、バカ!』と胸を張った。バカはバカであることに自信があるのだ!
「まあいい。とにかく、私はお前と話がしたかった。木星の男抜きで、な」
天城が呆れ返りつつも話を進めるので、バカは頭の上に?マークを浮かべつつ、首を傾げる。どこからどう見てもバカのバカ面であった。
だが、かわいそうな天城は、そんなバカの中のバカしか頼れる人が居ないのかもしれない。
なんと。
「いいか、樺島。お前は一瞬たりとも、木星の男から目を離すな」
……なんと天城は、そんな頼みを、バカに持ち掛けてきたのだった!
「……へっ?」
バカは、きょとん、とした。天城が言っていることの意味は分かるが、意図が分からない。
バカは『なぜ……?』と頭の上にまた?マークをいっぱいにして天城を見つめた。すると天城は、なんともやりづらそうな顔をしつつも、一応説明してくれた。
「他に誰も死なせたくないなら、言うとおりにしろ」
「えっ」
天城の言葉に、バカはびっくりした。
だが……『誰も死なせたくない』のはバカも同じだ。つまるところ、利害の一致、という奴である。
天城がどういう気持ちでそう言ったのかは分からないが、少なくとも、『誰も死なせたくない』バカとしては、願ったり叶ったりであった!
「いいぞ!わかった!俺、やる!目を離しちゃ駄目なんだな!?ずっと見てなきゃか!?」
「ああ。常に監視して、警戒していればそれでいい。決して木星の男を1人にするな。相手が何を言おうと、だ」
天城の言葉に頷いて、バカは『やるぞ!』とやる気を全身に満ちさせた。
……だが。
「そっかぁ……でも、自信無いなあ……俺、木星さんのこと、ちゃんと気にして行動できるかなあ……」
バカは難しい顔で考え込む。
この頼まれごと、ちょっぴり自信が無い!
バカは、ずっと注意してじっとしているのはちょっぴり苦手だ。勿論、池の中で泳いでいるニジマスをじっと見つめるだとか、事務所の庭をちょろちょろ歩き回る蟻をじっと見つめるだとか、そういうのは得意なのだが……ずっと木星さんを警戒している、というのは、苦手かもしれない。
バカは悩んだ。このまま引き受けても、何か失敗しそう!と。
だが、天城に頼まれたのだ。バカとしては、天城の願いを叶えてやりたい。そして何よりも、『誰も死なせたくない』。
なのでバカは、『どうすればいいかなあ』と考えて……。
「……あ」
そこで、バカは思い出す。海斗が『お前の筋肉で何とかできそうなら、お前がそれを提案しろ。いいな?』と言っていたことを。
「なあ、天城のじいさん。俺、木星さんのことずっと監視しておくんだったら、もっと簡単なやり方知ってるんだけど……」
「……ほう?」
天城は片眉を上げて不思議そうにしていたが、バカが『簡単なやり方』を説明すると、やがて……『ならそれでいい』と言って、にや、と笑ったのだった!
ということで。
「な、なななななんで僕は抱えられてるんだ!?」
「うん!?その方が疲れなくていいかと思って!」
……バカは、木星さんを抱えていた。
小脇に抱えたり、肩の上に担ぎ上げたり、適当に持ち方を変えつつ、木星さんを常に運んでいることにしたのである!
こうすれば木星さんを見失うことは無いだろう!そして木星さんと話す機会も増えるはずだ!
「な、なら、天城さんをやればいいだろう!?ぼ、僕のことは下ろしてくれ!」
「私は既にさっきそのバカに運ばれていた。次はお前の番だ」
「うん?……あ、うん!そっか!そういえば確かに、俺、天城のじいさんのこと運んだ!そうだな!ならやっぱり、木星さんの番だよな!」
天城は恐らく、毒ガスで倒れてからバカに運ばれるまでのことを言い訳として言っているのだが、バカはそれを聞いて『それもそうだ!』と納得してしまったので、木星さんの抱っこ回避の道は消えた!
そこで丁度、リンゴン、リンゴン、と鐘が鳴り、2日目の昼が来る。
「れっつごー!」
「う、うわああああああ!下ろしてぇえええ!」
バカは、悲鳴を上げる木星さんを抱えたまま、元気にてけてけとドアの奥へ走っていくのだった!




