1日目夜:大広間*1
それから少しすると、リンゴン、リンゴン、と鐘が鳴る。1日目の昼が終わったのだ。
「……さて、状況を確認せねばな」
「うん……」
バカは少しばかり緊張しながら外に出る。
……バカは、少し、覚悟していた。というのも、他のチームが全員無事だとは限らないからだ。
今回の状況は、1周目に似ている。1周目では、確か、天城が死んでしまった。それ以外では……海斗がミナを突き飛ばした、と、ビーナスが言っていたぐらいだろうか。
「……皆、無事だよなあ」
呟きつつ、バカは覚悟を決める。
もし、『無事じゃなかった』としても……それでも、今回はまだ、やり直さない。情報を手に入れられるだけ手に入れなければならない。海斗がそう、教えてくれたから。
……だから、誰が、どうなっていても、バカは頑張らねばならないのだ。バカは、頑張る。そう、決めた。
そんな覚悟を決めたバカは、天城と共に大広間の2階に出る。……すると。
「誰か!誰か来て!」
そこへ、ビーナスの悲鳴が聞こえてきたのであった。
バカは泣きそうな気分で、どすどすどす、と走ってビーナスが招く部屋へと向かった。
ビーナスの部屋は、お隣さんだったらしい。そして更にそのお隣のドアが開いていたところを見ると、陽達のチームはそこに入ったのだろうが……。
……ビーナス達が入った部屋は、ヤギと銃の部屋だったらしい。バカは少し緊張しながら、脚を踏み入れ……。
「私はもう1つのチームの部屋を見てくる」
「あ、うん、わかった」
一方の天城はビーナスの呼びかけを無視して、もう1つのチームが入ったと思しきドアの方へと入っていった。バカはそれを見送って、ビーナスに急かされるままに部屋の奥へと進む。
「……えっ」
……そこで見たものは、腹に穴が開いた土屋の姿と……銃で撃ち抜かれたと思しき、海斗の姿だった。
「……海斗」
バカは、茫然とした。
まさか、海斗が真っ先に死んでしまうなんて思っていなかった。いくら覚悟を決めていても、やはり、胸を締め付けられるようである。
……海斗は、頭部に一発、銃弾を受けていた。即死だったのだろうか。
見開かれた目もそのままで、見ていて痛々しい。その表情は、バカとポケモンや小説の話をしていた時の海斗の表情とは似ても似つかない。……バカはどうにも、海斗の死骸を見ていられなくて、目を背けた。このまま海斗を見ていたら、決意が折れて、すぐにでもやり直してしまいそうだった。
「土屋も……」
だが、目を背けた先の土屋もまた、死んでしまっている。……土屋については、海斗よりもっと酷いかもしれない。全身が血塗れだ。その上で、腹に穴が開いている。
バカは、静かに悲しみに暮れた。
それから、大広間に全員が集まった。
……集まったのは、8人。
たまと陽とヒバナと木星さんのチームは、全員無事だった。バカと天城も無事だ。
そして……ビーナスとミナのところで、土屋と海斗が死んだ。今回は、そういう結果になってしまった。
1日目で2人も死んでしまうのは、2周目以来初めてかもしれない。あの時は確か、ヒバナと天城が死んでしまっていたが……。
「まずは……海斗が死んでしまった時の状況を聞きたい。ええと、じゃあ、ビーナス、頼んでもいいかな。それで、訂正したいところがあったら、ミナさんに発言してもらおう。2人とも、いいかな」
暗い面持ちで陽がそう言えば、ビーナスとミナは、それぞれにちら、と見合ってから、それぞれに頷いた。
「そう、ね……まず、あの部屋の仕組みだけど、ロシアンルーレットみたいなものだったわ。着席して、椅子に拘束された状態で、銃の引き金を椅子のどれかに向けて引くの。私達以外の席には山羊の人形が置いてあって……まあ、もし詳しく知りたかったらルールを読んでよ。まだ部屋の中に置いてあるから」
ビーナスは説明を始めるが、やはり、元気が無い。人が2人死んでいるのだから、無理もないだろう。
「そこで、海斗と土屋さんが?」
「いいえ。そのゲーム自体はなんとかなったのよ。1つの椅子に全員で固まっていれば最初の銃弾は飛んでこなかったし、次は土屋さんが異能の盾で防いでくれるし、ね」
「土屋さんが?」
どういうことかな、と、陽がミナを見ると、ミナは縮こまりながらこくりと頷いた。
「あの……彼の異能は、『盾』だったんです。どんな攻撃も1度は必ず防いでくれる、っていう盾を出す異能で……それで、実際に銃弾を弾いてくださいました。けれど、どうも跳弾か何かでお怪我をされたようで……それは、私が異能で治せたのですが」
「ミナさんの異能は治療する異能、っていうことかな」
「はい。その、鐘と鐘の間に1度だけ、どんな傷でも治すことができます。けれど……死者を生き返らせることは、できないみたいです」
ミナがそう言うのを聞いて、他の皆は納得する。まあ、異能も色々あるんだな、という風に。
「じゃあ……ゲームが終わった後に2人死んだ、っていうことかな」
「……そうね。ゲームが終わった後、4人一緒には居なかったのよ。ミナが休みたいって言ったから」
「ええ……その、少し、私、疲れてしまって。それで、解毒装置がある部屋で、少し、休んでいたんです」
ミナは顔色が悪い。人が死んでしまったせいで余計にそうなのだろうが、元々、体調が悪かったのかもしれない。
「私もミナと一緒に居たわ。私も疲れちゃったし、少し休もうかと思って。けれど、ソファに座ってたら、少しうとうとしちゃって……銃声で、目が覚めたわ」
だが、ビーナスの話の雲行きがどんどん怪しくなってくる。バカははらはらしながらビーナスの話の続きを待って……。
「私、起きてすぐ、解毒装置の部屋をちょっと見回したんだけれど……誰も居ないことに気づいたの。休んでいたはずのミナも、ね。……それで、ゲームの部屋へ戻ってみたら、そこにミナが居て。それで、そこではもう、海斗君と土屋さんが……ああなってた、ってわけ」
……ビーナスの視線の先で、ミナが縮こまる。
「ねえ、ミナ。説明してくれる?……あなたが、やったのよね?」
「わ、私は……」
ビーナスの冷たい視線に、ミナは怯えながらも首を横に振った。
「私は、やっていません」
「私、少し休むために解毒装置の部屋に居ました。私が覚えている時には、まだビーナスさんの外に海斗さんと土屋さんもいらっしゃいました。それから少しだけ、眠って……時計で、昼の時間が残り15分くらいになった頃、目が覚めたんです」
それから少ししてミナが落ち着いたところで、今度はミナが話し始めた。
「その時、ビーナスさんが少し離れたところで眠ってらっしゃるのが見えたのですが、お疲れのようでしたから、起こさないようにしました。土屋さんと海斗さんの姿は見えませんでした。お2人ともゲームの部屋かしら、と思って……」
どうやら、ビーナスもミナも、互いに互いを見ていなかった時間があるようだ。要は、2人とも入れ違いに寝ていた、ということのようだが……。
「……部屋へ向かったら、ゲームの部屋を出てすぐのところに、土屋さんが……血を流して、倒れていたんです」
だが、ミナの話を信じると、その時点でもう、人が死んでいる。
ミナが寝ている間にビーナスがやったなら、説明はつくが……。
「異能を試してみましたが、既に一度使ってしまった後だったので、駄目でした。せめて止血を、と思ったのですが、その時にはもう、土屋さんの脈は、無くて……それから少しして、銃声が聞こえました。あっ、と思って顔を上げたら、壁際に居た海斗さんが、倒れるのが見えました」
「……すごい状況だね」
たまも難しい顔で考え込んでいる。バカは考えてみたがもう分からなかったので、『ほげえ』という顔である。
「……そこからはビーナスさんも合流なさったので、後は同じです。私は、誰も……誰も、殺してなんか、いません」
「そうは言っても、私から見てみれば、あなたが犯人、ってことになるのよ?」
「私は……海斗さんについては分かりませんが、土屋さんについては、海斗さんか、或いは私が寝ている間にビーナスさんがやったことではないかと思っています」
ビーナスはミナを、ミナはビーナスを疑っているらしい。まあ、同室で殺人が2件も起きていて、生き残ったのも2人となれば、お互いに疑い合うのも仕方ないのかもしれないが……。
「今の話だけ聞くと、海斗が土屋さんを何らかの方法で殺して、それから自殺した……っていうことは考えられるよね」
「動機がまるで分からないけれどね。殺しておいて自殺する動機、か……」
たまと陽も難しい顔で考え込んでいる。頭脳派2人にも、結論を出すのは難しいらしい。
「何らかの異能が絡んでいることは間違いなさそうだがな」
天城はぼそりとそう言うと、ちらり、と全員を見回した。……とはいえ、バカは首を傾げるばかりである。
何せ、土屋の異能は今回、関係ない。土屋の異能は盾を生み出す異能だ。だから、土屋が死んだのとは関係ない。海斗にも関係ないだろう。
それから、ビーナスとミナも、違う。ビーナスの異能は大理石の彫像を生み出す異能だし、ミナの異能は治癒の異能だ。
そして……海斗についても、そうだ。海斗の異能は『リプレイ』なのだ。誰かを殺すのに使える異能ではない。
……つまり。
「……わかんねえ!」
「だろうな……」
バカにはもう何も分からない!バカは頭を抱えるしかないのだった!
そうしてバカが一頻り頭を抱え終わった後。
「それで、そちらの4人組はどうだった。一応、聞いておこうか」
天城がそう、陽とたま、そしてヒバナと木星さんに声を掛けた。
ミナとビーナスの部屋での殺人にばかり意識が行っていたが、一応、全ての部屋の情報を共有しておくべきだ。バカはそう思い直して、ぺちぺちぺちぺち、と頬を叩いて気合を入れ直し、ついでに姿勢を正した。
「えーと、俺達のチームは、トラップがある迷路を攻略したよ」
「トラップ?それ、どういう奴なの?」
「足元のスイッチをうっかり踏むと矢が飛んでくるタイプのやつ。矢ばっかりだったから、そんなにバリエーションは無かったかな」
たまはビーナスの疑問にそう答えつつ、じと、とヒバナと木星さんの方を見た。
「何回か、そこの2人がスイッチ踏んじゃって危なかったよね。ね。ヒバナ、木星さん」
「……くそ、悪かったな」
「そ、その、あ、足元がよく、見えなくて……」
……どうやら、迷路の中ではヒバナと木星さんが足を引っ張っていたらしい。まあ、たまも陽も頭が良くて要領がいいので、2人なら迷路も易々と突破できるのだろう。2人なら。
「それに、2人、はぐれるし」
「それは木星野郎が勝手にどっか行きやがるからだ!」
「だ、だって物音が聞こえたんだ!不審だと思って、確認に、そうだ、確認に行っただけで……!」
……どうやら。
どうやら……たまと陽、そしてヒバナと木星さんのチームは……あんまり、仲良くなさそうである!
「……まあ、俺達の方はそんなかんじ。迷路だったし、トラップがあったしで、何度かはぐれることがあったかな、っていうくらいだけれど、最終的にはちゃんと全員、ゴールで合流できたからね。問題は無かったかな。怪我も無いよ」
「そうか。それは何よりだな。ふん……」
陽が締め括ると天城は1つ鼻を鳴らして……それから、ちら、と木星さんを見た。
バカは、『そういや天城のじいさんは次、木星さんと同じチームがいいんだっけ』と思い出した。どういうつもりなのかはよく分からないが、まあとりあえず、バカとしては、木星さんと天城とバカ、というチームを構成できるようにがんばりたいところである。なので天城と一緒に木星さんを見つめておいた!
「それで……天城さんには聞きたいことがあるのよねえ」
バカがじっと木星さんを見つめ、木星さんに慄かれる中、ふと、ビーナスが目を細めて天城を見ていた。
「あの時、さっさと1人で行っちゃったのは、なんで?」
ビーナスには今、全員が疑わしく見えているのだろう。言葉も刺々しい。バカはちょっぴりビーナスのことが心配になる。
……が、そこで。
「簡単なことだ。私はここの誰のことも信用していない。それだけのことにこれ以上の理由が必要か?」
天城がそんなことを言うものだから、バカは『天城ぃ!そういうこと言うと皆から距離置かれちゃうんだぞ天城ぃ!』と心の中で嘆いた!
「誰も信用してない?ああ、そう。なら次は天城さん、あなた、1人で部屋に入るといいわ」
ビーナスが呆れたようにそう言えば、天城は1つ頷き……そこで、バカの肩に手を置いた。
「いや、私は次もこの樺島と組もう」
……そして、そんなことを言って、場の皆を驚かせたのであった!
「……え?樺島君と?」
「ああ。……こいつは信用できずとも、利用の余地はありそうだからな」
ビーナスが『嘘でしょ、怪しいの筆頭じゃない』と慄く一方で、天城は淡々としている。そして、バカは。
「そっかー!じゃあ俺、天城のじいさんとまた一緒のチームになる!よろしくな!」
……バカはそれはもう、満面の笑みで天城に挨拶した。バカにとっては『信用できないが利用の余地はある』という言葉は、『ちょっぴり仲良くしたい』ぐらいの意味なのである!
「……おい、樺島。忘れていないだろうな」
が、天城はそうバカだけに聞こえるように囁くと、ちら、と木星さんへ視線をやって、またバカへ視線を戻す。ちょっと睨むような視線を受けて……バカは、ピンときた!
「あっ、あっ、でも俺、木星さんも一緒がいいなー!」
「え、えええ!?ぼ、僕!?」
……そう!多分、天城はバカに木星さんを誘ってほしいのだ!
バカは『なんか天城のじいさん、こういうとこ、ちょっとうちの親方に似てるなあ!』と思いつつ、天城の意を汲んで木星さんに声を掛けるのだった!




