1日目昼:薬毒の水瓶*3
それからバカは、天城を解毒装置に運んだ。天城の解毒が終わって、さて、ようやくバカは泣き止んで、天城をにこにこにこにこ見つめていた。
バカは相変わらず、毒ガスの影響で体調が悪い。床に座り込んだままである。一方の天城も本調子ではないのか、ソファに座ったままである。バカはにこにこしながら天城を見上げて、にこにこと状況を説明することにした。
「ええとな、まず、ガスマスク付けたら毒ガス出てきたんだ!」
が、バカが話し始めてすぐ、天城は頭の痛そうな顔をし始めている。まあ、バカは説明が下手なのだ。仕方が無いのだ。
「なんか、吸ったら変なかんじしたから!これ毒ガスだって分かって!で、それでな?天城のじいさんが動かねえから、もう死んじゃったんじゃないかって思って……それで天城のじいさんこっちに運んだんだけどぉ……」
「待て。どうやって運んだ?椅子の拘束は?ドアもあっただろうが」
「ん?引き千切った!あとタックルで開けた!」
ほら!とバカがドアを指差すと、天城は遠い目をしながら『木星の部屋のドアも本当にお前のタックルだったのか……』と何とも言えない顔をした!
「それで、天城のじいさんの脈取ったら死んでたから……俺、びっくりしたんだからな!なんで死んだふりしてたんだよ!」
「……お前の脈の取り方が下手だったんだろう」
「え!?そっか!?まあそっかあ!ごめん!」
バカは『でも俺、よく職場で脈取るけど大体分かるぞ!?あっ、でも天城のじいさん、血圧低そうだしなあ……先輩や親方みたいに脈わかりやすくなかったのかも……』と、訝しんでから勝手に自己解決した。このバカはこういう奴なのである。
「それにしてもよかったー。あっ、でも、天城のじいさん、大丈夫か?死んだふりしてたんじゃなくて気絶とかだったか?毒ガス吸っちゃってないか?大丈夫か?」
それから、バカは改めて天城の心配をし始めた。だって天城は、さっきまで死んでいるように見えていたのだ!全く動かない天城を見て、バカは大層肝が冷えた!
なのでバカとしては、今、天城が本当に健康なのか、とてつもなく心配なのだが……。
「……暢気だな。私がお前を殺そうとしたとは考えないのか」
「えっ!?」
バカは唐突にそんなことを言われてびっくりした!
「毒ガスが出たんだぞ。なら、私が選んだ薬品の組み合わせが、毒ガスを生み出すものだったということだ。私がお前を殺そうとしたと考えるのが妥当だろう。心配している場合か?」
「ええー……でも、そんなこと言ったって、天城のじいさんも死んじゃうところだったしなあ……」
「私が何らかの異能を使って死を1人だけ回避する手段を持っていた、とは考えないのか?」
ぽかん、としつつもバカはちょっと考えて……考えるまでもなく、分かった。
「うん。考えなかった!っていうか、俺、元々あんまし考えてない!」
そう!『そう考えなかったのか』と言われても困る!バカは『何も考えなかった』のだから!
「お、お前はバカか」
「うん!俺、バカ!やったー、やっと伝わった気がする!」
天城の呆れ返った顔も、バカにはなんとなく嬉しい。やっと、バカはバカであることを理解してもらえた気がする!
「……何が目的だ」
「へ?」
だが、天城はそんなバカを疑うように見ている。
「お前は、何の目的でこのゲームに参加している?」
「ん?さっきも言わなかったか?皆と一緒にここを出るためだ!」
バカは即座に答えた。迷いなく答えた。考えるまでもない。バカはバカだが、目標を見失わないタイプのバカなのだ。
「……何故、そんな考えになる?参加者の中の誰かと、元々の知り合いか?」
「うん?ここに来て初めて知り合ったぞ!俺、元々、よく分かんない内にここに居たんだけどな?でも、やり直すうちに、皆と色々な話とかして、仲良くなって、大好きになって……」
思い出しながら、バカはにこにこしてくる。そうだ。思い出せば、辛くて悲しいことも沢山あったけれど、楽しいこともたくさんあったのだ。
「俺、やり直す度に皆のこと大好きになるんだ!だから、皆でここを出るために、俺は何度もこのゲームに参加してる!何度だって、頑張れるんだ!」
バカが言い切ると、天城はぽかんとしていた。
「ここ出たら皆でソフトクリーム食べような!あと海斗にポケモン貸すんだ!それで、海斗が書いた小説読ませてもらって、あと一緒にメロンパン食べる!へへへ……」
バカはさらににこにこにへにへ、と楽し気にここを出た後のことを話す。そうだ。バカにはここを出た後の楽しみが沢山あるのである!
「……本気でそんなことを言っているのか?」
「うん?うん!勿論!俺は本気だぞ!だから、誰も死なせたくねえし、最後に待ってる蟹ロボにだって今度はぜってー負けねえ!あいつのこと秒殺してやる!秒殺!秒殺ー!」
「蟹だと……?」
バカはドア以上に蟹ロボに対して敵対心を燃やしつつ、そんな宣言をした。天城はまたぽかんとしていた。
と、いうところで。
「……あ」
バカは、ふら、と体を傾けて、そのまま、ずべ、と床に倒れた。
「おい、どうした」
天城は流石に、突然倒れたバカを見て焦ったらしい。警戒しながらもバカへ心配したような声を掛けてくれる。バカはそれをちょっぴり嬉しく感じつつ……それ以上に、気分の悪さを感じていた。
「……なんか、具合悪い……多分、毒ガスちょっと吸っちゃったからだと思う……」
そう!
バカがバカ故に忘れていた体調不良だが、決して消し飛んでくれたわけではない。バカの体は、吸ってしまった毒ガスをまだ処理しきれていないのである!
「天城のじいさんは……?だいじょぶか……?」
「……私は特に何とも無いが」
「そっか、よかったぁ……」
倒れたバカは、健気にも天城の心配をしていた。こうなると、流石の天城も、敵対心を剥き出しにし続けてはいられないらしい。少しばかり、表情が柔らかい。まあ、警戒より困惑が勝っているだけかもしれないが……。
「息を止めていた、とでもいうことかと思ったが……」
「あ、うん、止めてた。んだけど、びっくりしちゃって、吸っちゃった……。うん、俺はちょっと休んでたら平気だから……天城のじいさん、俺のこと嫌だったら、俺、そっち居るから……」
天城が何とも言えない顔をする一方で、バカは、ずりずり、と床を力無く這って進んでいって、部屋の片隅に辿り着くと、そこで、ころ、と体を横たえた。バカの感覚では、5分くらい眠れば回復しそうである。
「じゃあ、おやすみ……」
かく、とバカはそのまま脱力して、床ですうすう眠り始めた。バカは寝付くのも早いのだ!
それから。
バカはぱちりと目を覚ました。おはよう!
「ん!元気になった!」
起き上がったバカは早速、ぴょこぴょこ飛び跳ねたり屈伸したりして調子を確かめる。元気である!
……そこで、バカは床に落ちているブランケットに気づく。
ブランケットは少し埃っぽいものの、ふかふかだ。恐らく、解毒室のガラクタの中にあったものだろうが……。
「……天城のじいさん!これ掛けてくれたのか!?」
つまり!これは間違いなく、天城がバカに掛けてくれたものである!バカは、離れた位置に居た天城に笑顔で手を振った。天城は、ふん、と鼻を鳴らしつつ、またバカへ警戒の目を向けていた。……だが、その目には、殺意はもう、無い。ただ、バカのことを探るようにこちらを見ているだけである。
バカは、『ちょっと天城のじいさんと仲良くなれたかもしれない!』と嬉しく思って、またにこにこするのだった!
それからバカは、てけてけと天城の隣へ移動して、そこへ自分用に持ってきた椅子を設置して、座った。天城には何とも言えない顔をされたが、バカはにこにこ顔である。
「なあ、なあ、天城のじいさん!」
「何だ」
「天城のじいさんはさ、次、誰と組みたい?」
バカはにこにこ、そしてそわそわ、としながら天城にそう聞いてみた。すると天城はじわりと警戒を滲ませた。
「それを聞いてどうするつもりだ?」
「うん?えーと、その……俺と一緒に組みませんか、っていう、そういうお誘い……」
そしてバカは、もじもじしながら天城にそう申し出てみた。
「……は?」
「だって、折角天城のじいさんと仲良くなれそうだし!俺、天城のじいさんとはあんまり話したことねえんだ!木星さんはもっと話したことねえけど……だから、天城のじいさんと話してみたくて……」
駄目かなあ、とバカが天城を見つめると、天城は、ぽかん、としてから考え始める。
……そして。
「ならば、提案がある」
「次のチームは、私とお前と、木星の男だ。それならば同じチームになっても構わない」
天城は、そう申し出てきたのであった。
バカは、『天城のじいさんも木星さんと仲良くなりたいのかなあ……』と思いつつ、こて、と首を傾げるのだった!




