1日目昼:薬毒の水瓶*2
天城が考えながら薬瓶を見つめて、20分程度が経過した。
体育座りしていたバカも、やっぱり薬瓶が気になって、天城の手元を見に行くことにする。
……薬瓶のラベルには、色々と難しいことが書いてある。『薬品Aと一緒に使った場合、毒物Cを発生させる』だとか、『毒物Bを発生させるが毒物Cを無毒化する』だとか、『薬品Bと薬品Cと共に使った場合のみ、毒物Eを中和する』だとか……。
難しすぎて、バカの頭はパンクしそうである!
「天城のじいさん、これ分かるかぁ……?」
「……ふん」
バカがおろおろしながら天城に話しかけてみると、天城からはなんともにべない反応が得られた。バカはまたしょんぼりする。
だが、天城の手と目は確かに動き、次第に薬瓶が取捨選択されていく様子が分かった。バカは『天城のじいさんすげえなあ』と思いながら、天城の手元をじっと見つめていた。
やがて、天城は薬瓶の取捨選択を終えたらしい。いくつかの薬瓶を持って、水瓶の方へと向かっていった。バカはてけてけと天城の後についていき、そして、天城が水瓶の中に薬をぽちゃぽちゃと入れていくのを見守った。
「おおー……これ、どうなってんだ?」
「無毒化される」
「むどくか!よく分かんねえけどすごい!」
バカは『むどくか!』と改めて繰り返しながら、水瓶の中を覗き込んだ。水瓶の中には、ふわふわと色が移り変わる、不思議な液体が入っていた。ちょっと綺麗である。
「着席しろ」
「うん!」
続いて、天城に促されるままにバカは着席した。すると、天城はアームレストにあるボタンを押したらしい。『むー』とブザーが鳴り、バカがそわそわ待つこと90秒。バカと天城はそれぞれの椅子に拘束され、そんな2人の口元を、ガスマスクが覆った。
「ふもももももも?」
バカは天城に話しかけようとしたのだが、ガスマスクで声が籠って上手く話せない。天城はバカを一瞥したが、目を閉じてじっとしているばかりだ。
……目を閉じた天城がまるで動かないものだから、バカはなんだか心配になってくる。だって、天城は頭が良くてかっこいい爺さんではあるが……今まで、この部屋に1人もしくは2人で入った天城は、死んでしまっているのだ。
天城が失敗するとは思えないが、バカはどうにも心配で……そして。
「もっ?」
バカが、おや、と気づくと同時。部屋の中には毒ガスが噴射され始めたらしい。ぷしゅう、という音と共に、じわじわと、肌に触れる空気がなんとなく異質なものへと変わっていく。
それと同時、バカ達のガスマスクの中にも、ガスが噴射され始めた。バカは『おっ!何か来た!』とそわそわしながらそれをちょっぴり吸って……。
「……もももも!」
びっくりした。
バカが吸ったものは……多分、毒ガスである!
バカは混乱した!ガスマスクの中に噴射されるものは、無毒化されたガスだったはずなのだ!だが、今、バカがちょっぴり吸ったのは……多分、毒ガスだ。
間違いない。だってバカはこれを知っている。これは……2周目のあの時。海斗が死んでしまったあの時の毒ガスだ!
バカは息を止め、焦りながら天城を見る。
……天城は動かない。目を閉じたまま、ピクリとも動かず、椅子に座っている。
そんな天城のガスマスクの中にも、今、バカのところに届いているガスが流れこんでいるはずだ。
ということは、天城は、また……また、死んでしまう!
もう手遅れかもしれない、と一瞬思ったバカだったが、もう、そんなものを考えている余裕は無かった。
「うおおおおおおおおおお!」
バカは、バキイ!とガスマスクを引き千切り、自分を椅子に縛り付ける鋼鉄の拘束を破壊した。
続いて、天城にも同じようにする。拘束を引き千切って、ガスマスクを千切って放り投げ、そして。
「もうちょっとだからな!天城のじいさん!」
全く動かない天城を担いで、バカは……出口のドアに向かって、突進していったのであった!
……そうして、出口のドアは、バキイ!と破壊されたのである!
バカは『やっぱり鍵がかかってるタイプのドアは開けるの簡単だ!』と喜んだ。もし、このドアが大広間からゲームの部屋へ繋がるドアや山羊と銃の部屋の出口のドア並みに頑丈だったら駄目だっただろうが、このドアは大丈夫。脆いタイプのドアだった!
バカはそれを大いに喜びつつ、天城をすぐさま解毒室の最奥へと運び込み、そして、バカ自身は破ったドア付近に戻って、ひしゃげたドアを『めきゅっ』と伸ばして、できるだけ元の形に戻して……そして。
「そおい!」
ドアは、バカの手によって『もぎゅっ』と、元の位置に収められた。ちょっと隙間があるのは仕方がない。だが、これで流れ込んでくる毒ガスは多少、防げるだろう。
バカはそうやっておいてから、改めて、天城の元へ戻った。
「あ、天城ぃ……」
恐る恐る、天城の肩を揺さぶってみる。……だが、天城は起きない。
続いて、ぺちぺち、と頬を叩いてみる。……だが、天城は起きない。
更に、恐る恐る、天城の脈を取ってみる。
「……あ、あれ?」
……だが、天城には、脈が無かった。
「あ、天城……嘘だろぉ……」
バカは、唖然として天城を見下ろした。
天城は、さっきと同じ状態だ。目を閉じて、それきり、動かない。
……天城は、いつ死んでしまったのだろう。ガスマスクをつけてすぐ、目を閉じていたが……あれからすぐに、死んでしまっていたのだろうか。
「ごめん……ごめんな、天城……守ってやれなかった……」
バカは涙を流して天城の傍に突っ伏した。
天城がこうして死んでしまうことなんて、分かっていたのだ。今まで何度も、天城はここで死んでいたのだから。だから、バカが天城を守ってやらなきゃいけなかったのに!
動かない天城の傍らで、バカは暫くずっと、そのまま泣いていた。今回は、辛いことばかりだ。海斗には冷たくされるし、ヒバナや天城には殺されそうになるし、そして、天城のことを守ってやれなかった。
『もうやり直しちゃおうかなあ』と思うバカだったが、同時に、前回の海斗が教えてくれたことを思い出す。
「そうだ……すぐやり直しちゃ、いけないんだ。色々、調べてからじゃなきゃ……」
バカは涙を拭って立ち上がった。バカには、やらなければならないことがある。皆を救うために、その一歩一歩を着実に進んでいくために、辛くても、挫けそうになっても、諦めずに進まなければ。
……だが。
「っと、うわ、あれ……?」
バカは、ふら、とふらつく体に戸惑いながら、ぺしょ、とその場に座り込んだ。
眩暈がする。呼吸もちょっと苦しい。喉の奥がひりひりする。それから、頭がぐわぐわと揺れるようだ。
……そう!バカにも流石に、毒ガスはちょっと効くのだ!
バカ1人で脱出していれば、ここまでではなかっただろう。ぴんぴんしていたかもしれない。だが、バカは天城を救出して、天城の為にドアを1人で修復していた。そんな一連の動作によって余計に時間がかかってしまった結果、バカはなんと、毒ガスで軽い中毒症状を起こしていたのである!
「頑張らなきゃいけないのに……ううう……」
バカはまた泣いた。自分が不甲斐なくて泣いた。まさか、ドアだけじゃなくてガスにまで負けるとは思わなかった!……尤も、ガスに意思があったら『なんでこいつ俺のこと少なからず吸っておいて死んでないんだろう……』と自信喪失していたのだろうが。
まあ、実際のところがガスと引き分けだったとしても、バカは負けたと思い込んでいる。そしてガスが何か言ってくるわけもない。バカは失意の底に沈んだまま、しょんぼりと、天城の横に突っ伏してそのまま休む。
ぐす、ぐす、とバカがやる音だけが、室内に響いていた。
……やがて、ガスの噴射が終わり、部屋が換気されていく。解毒室に来てしまったかもしれないガスも、いずれ全て綺麗になるだろう。
「天城ぃ……」
バカが見つめる先、天城の顔は、まるで生きているかのようだった。時を止めたように動かない。表情は少し硬いが、それは生きている天城もそうなのであまり変わりがない。
「……守ってやれなくてごめんなぁ……」
バカはしょんぼりと、天城を見つめる。毒ガス由来の体調の悪さも相まって、なんとも力が無い。
だが。
……ぴく、と。天城が動いた気がした。
「あ、天城……?」
バカがそっと呼びかけると、天城はまた、ぴく、と動く。
嘘だろ、と思いつつ、バカはそっと、天城の手首を握ってみた。
……脈がある。
そして。
「な、んだ……ここは……一体……?」
天城が、目を覚ましたのである。
「天城ぃいいいいい!」
うわあああああ!とバカは泣きながら、天城に縋りついた。天城はバカに縋りつかれてぎょっとしていた!
「よがっだぁ!よがったぁー……!天城、死んじゃっだがどおぼっだ……」
びーびー泣くバカを見て、天城はぽかん、としていた。何やらパクパクと口が動いていたのだが、言葉を発するより先に混乱で一杯になってしまったらしい天城は……。
「……状況を説明しろ」
とりあえず、といった様子で、それだけ言ったのだった!




