1日目昼:薬毒の水瓶*1
閉まったドアの内側で、バカと天城は対峙していた。
天城は唖然としていたし、バカは、咄嗟に動いたことと緊張したこととで、呼吸が荒い。
「……よ、よかったぁ」
だが、間に合った。間に合ったのだ。バカは初めて、天城が居なくなってしまうのを止めることができた。
「な、何故ここへ来た!?」
「えっ、天城のじいさん、1人にしたら死にそうだから……」
一方の天城は、バカが来たことを良く思っていないらしい。まあ、それはそうだろう。天城はきっと、1人になりたかったのだろうから。
……だが、それでもバカは、天城を1人にしたくなかった。1人になった天城はきっと死んでしまう。1周目に近しい今回は特に、そんな気がした。
「ほう、死にそう、か。それはお前が殺すから、ということか?」
「ええええええええ!?違うよぉ!殺さないよ!殺さないって……うう」
天城からの警戒は依然として強い。バカは天城の前でしおしおと萎れてしまう。どうしてこんなに警戒されているのだろうか!
「……まあ、いい。来てしまったというのなら仕方ない。どうせ、お前は居ても居なくても変わらないからな」
やがて、天城はため息を深々と吐いてからそう言った。
「俺、頑張って役に立つよ!」
「そういう問題じゃない。首輪だ」
首輪?とバカが首を傾げていると、天城はまたため息を吐いて、説明してくれる。
「お前には首輪が無い。だからお前は本来、ゲームに参加する必要が無いという訳だ。ついでに、どのチームに入ろうが、チームの人数が5人になろうが関係ない。お前は解毒装置を必要としないからな」
天城の説明に、バカは『あ、そっかぁ!』とにっこりした。
……ということは、あのまま天城が1人で居なくなっちゃったとしても、バカを含めた5人チームとそれ以外の4人チーム、という組み合わせで行けば、解毒装置が足りなくなることも無かった、というわけである。
バカは、『天城のじいさん、間違えて1人で入っちゃったのかと思ったけど、ちゃんと考えて1人になったんだなあ』と感心した。
だが。
「そうだ。お前はゲームに参加する必要が無い。……なのに何故、ゲームに参加しようとしている?」
天城は、ぎろり、とバカを睨みつけてきた。やっぱり警戒は強いらしい!
だがバカは、この問いにはすぐ答えられる。
そう。バカはこの問いには、すぐ答えられるのだ。ずっとずっと、自分の心の中にある強い思い。それを口にするのは、難しいことではないのだ。
「誰にも死んでほしくないからだ!それで、皆でここ出たら、ミニストップのソフトクリーム食べに行くんだって、約束したからだ!」
バカは、そう宣言した。宣言すると同時に、改めて自分の中でその思いを強くする。
思い描くのは幸せな未来。皆でソフトクリームを食べつつ、色々な話をしたい。『やり直し』の中に埋もれていってしまった会話を、もう一度やり直したい。それでまた皆で仲良くなって……笑い合えたら、最高だ。
バカは心の底からそう思って、天城に伝える。のだが……。
「ふん、下らんな」
天城はそう言った。
「どうせ誰かは死ぬ。恐らく、我々がこの部屋から出る頃には、1人か2人、死んでいるだろう。全員で生き残ることなど不可能だ。……皆がそれぞれに、叶えたい願いを持ってここへ来ているのだからな」
天城の言葉は冷たい。冷たくて、凍えてしまいそうだ。だが……そう言う天城が一番、寒そうにしているような、そんな気がした。
「……なあ、天城のじいさんの願いって、なんだ?」
天城を見ていたら、バカは気になってきた。
「前、天城のじいさんは『九歳の復習のため』って言ってたけど」
「ま、待て。なんだと?」
「え?……えーと、『復習と九歳』だったかもしれねえ!」
バカが説明すればするほど、天城は何とも言えない顔になっていく!ああ、何かを間違えているらしいのだが、バカはバカなので何をどう間違えているのか分からない!
「……『復讐と救済』か?」
だが、バカがおろおろしていたところ、考えていた天城がそう、教えてくれた!なんと!天城もバカ語を翻訳できるらしい!
「え!?わかんねえ!わかんねえけど多分それぇ!」
バカは『天城のじいさんも頭いいんだなあ!』と喜んだ。同時に、ビーナスあたりがここに居たら、『大抵の人はバカ君より頭いいわよ』と突っ込んでくれるような気がした。バカは、にへ、と笑った!
「うん、まあ、天城のじいさん、そう言ってたんだけど……それって、どういうことだ?」
「……さあな」
改めて聞いてみたのだが、ふい、と天城は顔を背けてしまった。
やっぱり、鍋食わないと仲良くなれないかあ、とバカはしょんぼりした。
……次は天城も木星さんも連れて鍋部屋に行こうかなあ、と思った!
さて。
そうしてバカが鍋への意欲と食欲を順調に高めていると……。
「まずはこれをなんとかしなければな」
天城はそう言って、部屋の中の装置……大きな水瓶とそこから伸びるホース、ホースに繋がったマスク、という例のセットへ近づいていく。
「これがルールらしいな」
そして、天城は紙を拾って読み始める。バカも横から覗き込んだ!
ルールは、以下のとおりである。
・ドアを開けるには、着席した誰かが椅子のアームレストにあるスイッチを押す必要がある。
・スイッチが押されるとブザーが鳴り、90秒後に着席していた者は椅子に拘束される。
・同時に、部屋の中には5分間、毒ガスが噴射される。
・着席している者は、水瓶に繋がるガスマスクを装備することができる。
・ガスマスクの中に噴射されるものは、水瓶の中に投入した薬品によって決まる。
・水瓶の中には何種類でも薬品を投入してよい。ただし、何も投入しなかった場合、発生するガスは有毒なものとなる。
・スイッチが押されてから5分後、換気が始まる。そして更に5分後、室内換気は終了し、椅子の拘束が解け、薬棚の引き出しが開き、ドアの鍵を取り出せる。
・薬品の効果については、それぞれの薬品のラベルを参照のこと。
……バカは、頭を抱えた!
これ、バカには難しい奴だ!
「意味わかんねえ!」
「……そうか」
「天城のじいさん、分かったのか!?」
「分かるだろう、これを読めば」
天城は心底呆れた様子であったが、バカとしては死活問題である。バカはルールの説明を読んでも中身がよく分からないのである!何故ならバカだから!
「……あのドアを開けるには、椅子に座ってスイッチを押す必要がある。そして、スイッチを押すと室内は毒ガスに満たされるので、回避するためにガスマスクを装着する必要がある。ガスマスク内に充填されるガスは、水瓶に入れた薬品によって決まる……ということは、適切な薬品を選んで無毒化せよ、ということだ」
「薬入れればいいのかぁ!?」
「適当に入れたら死ぬだろうな。ラベルを見ろ」
言われて、バカは薬棚の瓶のラベルを見た。見たが、どう見てもラベルに書いてあるのは『安全第一』よりも長い文章である!
「わかんねえ!」
つまり、バカには理解が難しかった。薬の瓶なのだから、薬の名前を書いておいてほしいものである。尤も、バカにも分かる薬の名前といったら、オロナインだのバファリンだのパブロンだのマキロンだのだが……。
「お前は触るな。どう見てもバカであるらしいからな……」
「うん!俺、バカ!触るのやめとく!」
バカは、薬の瓶らしいものが並んだ棚を前にして、両手を頭の後ろで組んだ。『触らない!』のポーズである。
「じゃあ、天城のじいさん、任せてもいいか!?それともドア破ってきた方がいいか!?あのドア、なんかやれそうな気がする!」
だが暇なので、折角だし、ということでドアに向かって助走をつけようとしたところで、天城にガシリと肩を掴まれた。
「……やめろ。黙ってそこに居ろ。動くな。大人しくしていろ」
「うん!じゃあここに居る!」
天城が何とも言えない顔で冷や汗をかきつつバカをまっすぐじろりと見つめてきたので、バカは朗らかに返事をした!
……ということで、薬棚の薬を眺める天城の後ろで、バカは後頭部で手を組んだポーズのまま、うきうきとスクワットをして待つことにしたのだった。
尚、途中で天城に『大人しくしていられないのか!』と怒られてしまったので、ポーズは途中から体育座りになってしまったが!




