0日目昼:はじめまして!
「ん!」
樺島剛は、目を覚ました。ぱち、と目を開けて、そのまま飛び起きる。
「……おはよう!」
そして飛び起きついでに、そのまま首輪を『バキイ!』と引き千切った。……うっかり勢いよく破壊してしまったが、適当に鎖を引き千切って、まとめてぐりぐり巻いて、今回もまた、世紀末ファッションバカの完成である。
「まずはこれ!」
続いて、クローゼットを『バキイ!』と引き千切り、中の金庫を取り出した。金庫は大事だ。バカが信用を得るための小道具だし、金庫自体はウエポンだ。
「えーと、これから木星さん助けて、人形集めて……あと、ミナとヒバナとビーナスが仲良くできるようにして……陽とたまは生きてられるようにしなきゃだし、土屋のおっさんにはミナ達ので助けてもらって、あと、海斗とはポケモンと小説!あとメロンパン!それで、皆でミニストップのソフトクリーム……ん?」
バカは1つずつやるべきことを思い出して……そこで、ふと、記憶が蘇ってくる。
「天城のじいさん……も、一緒にソフトクリーム、食べる、んだよな……」
バカは天城のことを思い出しながら、ふと、首を傾げた。
……なんだか、ついさっきまで天城のことを忘れていたような、そんな気がしたのだ。
確かに天城は一番話したことが少ない相手だし、何を考えているのかよく分からないのだが……だが、天城が蟹ロボと勇敢に戦う様子は格好良かったし、忘れるわけがないのだ。ないのに……。
「それから……えーと、木星さん!」
不思議に思ったバカであったが、それ以上に忘れてはいけないのが木星さんだ。
……そう!今回は初めての、木星さんが生存する回となるのである!バカはそのために、ここへ戻ってきたのだから!
ということで。
「いくぞー!」
バカはドアにタックルをかまして『バキイ!』とぶち破り、廊下に出た。
……今まで何度も繰り返すことで洗練されたバカの筋肉ムーブが光る。タックルでドアを破るのはもうお手の物だ。
「木星さぁああん!」
バカは廊下を走る。ずどどどどど、と足音を立てつつ走り、そして、木星のマークのドアを見つけてすぐ……バカは、そのドア目掛けてタックルをかました!
「お邪魔します!」
バキイ!と破壊されたドアの向こうへ減速しながら転がり込んで、バカは部屋の中の様子を確認する。
……そして。
「き、君は一体……!?」
すぐそこに突っ立っていたのは、如何にも気弱そうで陰気な印象のある眼鏡の男性だ。彼を見たバカは、ぱああっ、と笑顔になった!
「会いたかったぁあああああ!木星さぁああん!」
「う、うわああああああああ!?」
そしてそのまま、バカは木星さんに抱き着いた!バカにとっては感動のはじめまして!そして木星さんにとっては恐怖のはじめましてである!
さて。
木星さんは木星さん人形と同じような見た目をしていた。眼鏡で、ちょっと気弱で陰気なかんじのある人である。バカは『間違いない!』と納得した。彼こそが木星さん。ずっとバカが探していたその人である!
バカは木星さんを見つめて、にこにこにこにこずっと笑顔であった!何せ、初めて生きている木星さんに出会えたのだ!否、生きているどころか、死体すら今までお目にかかったことが無かったのだが……。
「始めまして!俺、樺島剛!よろしくな、木星さん!」
「も、木星さん……?」
「あ、うん!ほら、首輪に木星のマークついてるから!あと、ドアにも木星のマークあったから!」
木星さんは、もうどうしようもないほどに困惑している。だらだらと冷や汗が流れているし、バカは気にせず笑顔だし、もう木星さんの精神に逃げ場は無い。物理的にも逃げ場は無い。何せ、興奮のあまりバカは反復横跳びをしているので。バカが残像で3体ほどに増えている。
……というところでバカは木星さんを見て、ようやく『あっ!?もしかして怖がらせてる!?』と気づいた。
「あっ、えーと、ごめんな?急でびっくりしたよな?俺みたいなのが急に来て……」
「え、あ、ああ……そ、それは勿論。当然、驚かされたよ。一体、一体これは、何なんだ……?」
木星さんは引き攣った笑みを浮かべて……それからバカをじりじりと警戒しながら、そっと、問いかけてきた。
「それで……な、何故君は、僕のところに……?ほ、他の人は……?」
さて。
バカは説明に困った。
どう説明したらよいものやら、最早よく分からない。分からないので、仕方がない。バカは今までのことをざっくり話して聞かせた。まあつまり、バカは時を駆けるバカなのである、というあたりについて。
バカが一頻り説明すると、木星さんはなんとも訝し気にバカを見ていた。
「し、信じられない……何故、そんな異能が?き、君、さては悪魔か?悪魔なんだろ?」
「ええええー、違うよぉ……」
どうしてそうなるんだよぉ、と思いつつバカは首を傾げ……それから、『あっ!』と思い出して、いそいそ、と自分の金庫を差し出す。
「あの、これ、俺の金庫……。中に異能の説明の紙入ってるはずだからぁ……これ見てくれたら多分、分かるからぁ……」
木星さんが海斗より頭がいいかは分からないが、多分、これを見せれば分かってもらえるはずだ!バカはそう信じて、にこにこ、とまた笑顔になった!
それから、木星さんが金庫を開けて、バカの異能について確認した。
「……な、なんだこれ……」
「何って言われてもなあ」
木星さんは、バカの異能について確認すると、余計に混乱してしまったらしい!バカは『これで困らずに色々分かってくれた海斗ってやっぱすげえんだなあ』とのんびり思いつつ、木星さんをのんびり見つめる。
「でさあ、俺、何回かやり直してるんだけど……」
「ま、待ってくれ。時間を、時間がほしい。少し時間を……」
「え、あ、うん。じゃあ待ってるな!あっ、でも先に海斗のところ行かなきゃ……」
「い、いや、ここに居てくれ!ここに!出て行かないで!」
……そして木星さんに引き留められてしまったので、バカは海斗のところに行けない。かと思えば木星さんは何やらぶつぶつ言いながら考え込んでしまったので、バカは首を傾げつつ、ちょっと困ったまま待っていることにした。
途中で飽きてきて、クローゼットの上部に指を掛けて懸垂を始めたり、ベッドの上で腹筋を始めたり、壁を這い回ったりし始めたが、木星さんはそれでもぶつぶつと何か呟きながらバカそっちのけで考え続けていた。
すごい集中力だ!とバカは感心した!
……そうして、木星さんはようやく考え終わったらしい。
「わ、分かった……君の言うことを信じよう」
「ホントかぁ!?よかった!よかった!」
なんと!木星さんはバカのことを信用してくれるらしい!バカはこれを聞いて大いに喜び、ぴょんぴょんずしずしと跳ねながら、木星さんの手を握ってぶんぶん振った。
「それで、君は……ぼ、僕の味方になってくれる、のかな?」
「うん!俺達、仲間だな!よろしくな、木星さん!……あ、いや、いできょうたさん、だっけ……?」
バカは『確かそういう名前だったはず』と思いながら木星さんに問いかけると、木星さんはちょっと驚いたような顔をした。が、『そ、そうか、未来を知っているならあり得る話なんだ……』とまたぶつぶつ言って、納得してくれたらしい。
「た、確かに僕は井出亨太だけど……いや、木星さん、でいい。本名が知られるのは嫌だし……」
「ええー、皆知ってるぞ、本名……あっ、でも他の皆はまた戻ってるから覚えてないのか!うん、じゃあやっぱり『木星さん』で!よろしくな!」
バカは改めて、木星さんの手を握ってぶんぶん振った!
さて。そうしたらバカが次にすべきことは決まっている!
「じゃあ、早速海斗のところ行こう!……あっ、もう大広間、行っちゃったかな……」
「か、海斗……?」
「うん!俺の友達!いい奴なんだ!あと、頭がいいんだ!」
バカは木星さんの手を引いて、早速海王星の部屋へ向かおうとし始めた。
だが。
「ま、待て。行くべきじゃない」
「えっ」
木星さんはそう言って、バカを引き留めにかかったのである!
「な、なんで……?」
「そ、それは……」
木星さんはバカを引き留めてから引き留めた理由を整理しているのか、何かまたぶつぶつ言って、それからもじもじしながら言った。
「その、警戒すべきだからだ。その、僕にとって君は、あまりにも、その、意味が分からない相手であって……その、今の話を信じるにしても、その、他の相手のことまで信用する、わけには……」
「えぇー、困るよぉ……俺、海斗が居なきゃダメなんだよぉ……。あと、ミナと土屋のおっさんとも話さなきゃならないし……」
だがバカは困る。残念ながら、バカは海斗に助けてもらわなければならない程度にはバカなのだから!
「け、けど!……その、まずは、未来のことを教えてくれ。僕は一体、どうなるんだ?」
……だが、バカは木星さんの気持ちも分からないでもない。
彼は多分、不安なのだ。バカが急にやってきて意味の分からないことを言っているものだから、ますます不安になってしまったのだ。
なので……仕方ない。バカは、木星さんに付き合うことにした。
もう大広間に着いているであろう海斗やミナ、土屋と話せないのは寂しいが、話すタイミングはまた後で作れるだろう。多分……。
ということで、まずは木星さんが聞きたがるので、もうちょっと詳しく『未来』……または過去の話をすることになる。確かに、木星さんの視点では未来の話だろう。だが一方で、バカにとっては何度もやり直してきた『過去』の話である。
木星さんが聞きたがったことを教えてやって、質問に答えて……と、バカは色々、話していく。海斗に今まで何度も説明をしてきたおかげで、多分、ちょっとは説明が上手になった。多分。ちょっとは。
……そうしてゲームの内容や、前回の惨劇などについて話した後。
「俺、やり直してきて今まで一回も木星さんに会えたこと無かったんだよぉ……」
「あ、会えたことが無かった……?」
バカがそう切り出せば、木星さんはおろおろし始めた。
「うん。木星さん、一回も大広間に到着しなかったんだよぉ……部屋を見に行ったこともあったんだけど、誰も居なかったしぃ……」
バカは『本人に聞いたらきっと原因が分かるはず!』と思いつつ相談してみる。だが、木星さんは首を傾げつつぶつぶつ言うばかりである。何をぶつぶつ言っているのかは、バカにはよく分からなかった。……バカにも分かるようにぶつぶつ言ってくれていた海斗は親切だったんだなあ、とバカはちょっぴり海斗が恋しくなった。
「そうか……なら、僕は、こ、殺されたのか……」
「うーん、多分、そうだと思うんだけどさあ……心当たり、あるかぁ?」
「あるわけないだろう!?」
「そっかー」
木星さんが落ち着かなげにぶつぶつ言い始めたのを横目に、バカは『本人でもわかんねーもんだなあ』としみじみ思った。まあ、そんなもんなのかもしれない。未来の自分が誰にどのようにして殺されるかなど、今の木星さんには皆目見当もつかないだろう。
「だ、だが、君の話を聞く限り、僕は誰かに殺されたことになる!なら、警戒しなくちゃ……」
「うん……そうだよなあ」
バカは、『皆の内の誰かが木星さんを殺したとも思えねえんだけどなあ』と首を傾げつつも、だが、また木星さんが死んでしまうのは嫌だ。木星さんの気持ちだって、分からないでもない。いきなり『未来ではあなたは死んでいました』と言われてしまったら混乱もするだろう。
バカは『どう伝えたらよかったかなあ』と考えつつ、木星さんが落ち着かなげにしているのを眺めて……。
「……ん?」
そこで、バカは気づいた。
「あれ、そういえば、時間……」
ふ、と腕時計を見ると……バカは、びっくりした!
「やっべえ!もう夜になっちまう!」
「は、はあ!?夜に!?……うわっ、本当だ!?」
木星さんもびっくりしたところで、バカは急いで木星さんを小脇に抱えた。ひょい、と持ち上げられた木星さんはびっくりのあまり固まってしまったようだったが、バカはそれどころではないので木星さんを抱えて、一気に走り始めた!
どどどどど、とバカが走る後ろから、水が追いかけてくる。バカは『これ何回目だっけ!?』と思いながらも、木星さんを抱えて、走って、走って……そうして
『では、ゲームスタートだ。参加者諸君、うまくやりたまえ』
そんなアナウンスが聞こえたところで、バカ達は大広間に滑り込んだのだった!
皆の視線が突き刺さる。
突然やってきたバカと木星さんを見て、皆、ぽかん、としているのだ。
……だが、ぽかん、の中に1人分、鋭い視線が混じっている。
「……お前、達は……」
それは、天城の視線だった。
天城は、バカ達と木星さんを睨むように見て、じっとりと、冷や汗をかいていた。




