4日目朝:
「なにするんだぁあああああ!」
バカが蟹ロボを殴る。
光の盾や天城の薬で凹んだり溶けたりしていた装甲はこんどこそバカの拳に貫かれ、そうしていよいよ、蟹ロボは沈黙した。
……蟹ロボはもう動かないらしい。だが同時に、陽もまた、動かない。
もう助からない。それくらいは、バカにも分かってしまった。
陽を助ける手段が、もう無いのだ。ミナの『治癒』はバカに使ってしまったし、たまのコピーも土屋の盾に使ってしまった。
もっと早く、バカが蟹ロボを倒せていればよかったのだ。だが、バカが遅かったから。何故か……何故か、たまの盾やビーナスの彫像が、『もう1つ』蟹ロボのために現れてしまったから……だから一歩間に合わなくて、蟹ロボは、陽を……。
……どれか1つでよかった。ミナの異能をバカに使わずにとっておくか、たまの異能を使わずにとっておくか。はたまた、バカがもっと早く蟹ロボを倒していたか。それらどれか1つがあれば、陽は助かったのに。
「今度こそ、上手くいくと思ったのに……」
バカは打ちひしがれて、陽の血溜まりの中に膝をついた。そのまましばらく、たまの隣でバカは只々、茫然としていたのだった。
リンゴン。リンゴン。
鐘が鳴る。どうやら、3日目の夜が明けたようだった。
『諸君、よくやったな。君達の勝利だ!』
そして、悪魔のアナウンスが始まった。皆が緊張感をもってアナウンスの元……天井付近のスピーカーへと視線をやる。尤も、たまは俯いたまま、最早動く気力が無いようであったが。
『さて。死者の魂は、あるべき場所へ。カンテラに戻しておこう。好きにしたまえ』
それから、蟹ロボがぶるり、と動き……その中から、魂の炎がふわり、と出てくる。魂の炎はまるで抗議するかのようにめらめらと燃えていたが、何かに引きずられるようにして、またカンテラの中へと戻されてしまった。
そして……。
「ま、待って!」
たまが手を伸ばすが、その手をすり抜けて、陽の体からふわりと飛び出した炎もまた、カンテラの中へとしまわれてしまった。……炎は、ふわ、ふわ、と困ったようにカンテラの中で揺れている。
『さて……それでは改めて問おう。君達の望みは、何だ?誰が、望みを叶える?願いを叶えるなら簡単だ。門を抜け、その先で魂を悪魔へ捧げればいい。その時、願い事を言うのも忘れずにな!』
アナウンスと同時、ごうん、と音がして、門が開く。そうして、バカ達が初めて見るその景色が、ようやく見えた。
門の先には、小さな噴水のようなものがある。ただし、そこに吹き上がる水は黒く、粘っこい。
更に向こうにはドアが見える。あれが出口だろうか。
『迷うのも分かるが、諸君らに残された時間はあと90分。4日目の夜になったら、この部屋は全て沈む!それまでにこの先のドアから脱出したまえ!それでは、諸君らの願い事と捧げられる魂を楽しみにしていよう!』
悪魔のアナウンスは高笑いへと変わり、そこでぶつりと途切れた。……ここから、バカ達の話し合いの時間、ということなのだろう。
……そうして、室内には重苦しい空気が立ち込めていた。
「願い、なんて……」
たまが打ちひしがれているのを見て、バカはカンテラを見上げる。
……8つのカンテラの内の1つには木星さんの魂。そして別の1つには陽の魂が入っている。
今や、皆が……たまも、海斗も、ミナも、土屋もヒバナもビーナスも、そしてバカも、皆がカンテラを見上げて呆然としていた。
……ふと、バカは何か忘れているような気がした。だが、バカは何を忘れているのやらよく分からないまま、虚無感を抱えてぼんやりと立ち尽くすことしかできない。
「願い……私の願いは……」
そんな中、たまがふらり、と立ち上がる。誰も彼女を止めない。止められるわけがない。
「陽を……光を、生き返らせて……あんなところに閉じ込めさせてはおけないから……」
「あっ、うん!そうだよな!まずはとりあえず、出すか!」
「……ん?」
バカはそんなたまを元気にしたくて、とりあえずぴょこ、と跳び上がって、ガシッ、とカンテラを掴んだ。そして。
バキイ!
……陽の魂が入ったカンテラは、粉砕された!
ふよ、と、陽の魂が揺れる。ちょっと困っているようである。
「おっ!出てくるの難しいか?じゃあ運んでやるから肩乗れよ!な!」
バカは、ふよふよ、とやっていた陽の魂をむんずと掴むと、ひょい、と肩の上に乗せた。……熱いかと思ったら、程よく温いだけだった。あと、ちょっともっちりふわっとした手触りだった!ふわふわパンの白いところみたいだった!
「たまー!陽連れてきたぞー!」
「え、あ、う、うん……?」
そしてバカはたまの肩の上に陽の魂を乗っけた。たまは困惑していたが、陽の魂はするする、とたまの頭の上に移動していって、そこで、ぽよ、と跳ねた。……ちょっと嬉しそうである。
「……あのカンテラ、破壊できるのね」
「うん……あっ、木星さんも出してあげよう!」
「えっ、あっ、あのっ、それ、いいんでしょうか!?」
そしてバカはもう一度同じようにして、木星さんのカンテラも破壊した。木星さんの魂は、むんずと掴まれてまたバカの肩の上に収まった。木星さんの魂は困惑しているのか、バカの肩の上から動かない。動かないあまり落っこちそうになっていたのをバカがまたむんずと掴んで肩の上に乗せ直した。
木星さんの手触りは、陽の魂とはまた違った。綿あめみたいだった!
「……で、えーと、どうする?どうすりゃいいんだ?」
「カンテラを破壊しておいてから『どうする?』も無いだろうに……!」
海斗が何とも言えない顔をしているが、バカは『やっちゃったものはしょうがない』と元気に前向きである。反省は足りていない!
「……その魂を悪魔に食べさせて、陽を生き返らせる」
が、流石にたまがそう言い出すと、バカとしては困ってしまう。
『あっ、そうなっちゃうのか!』と学習しながら、バカはそっと、たまから木星さんの魂を庇った。……だが、ずっとこうしてはいられない。どうしたって、バカには『木星さんを助けたい!』というやるべきことがあって、たまには信念があって、陽が大切なのだ。
だから、やり直すしかない。それで今度こそ……頑張らなければ。
「な、なあ、皆。教えてほしいんだけど……あの蟹ロボ、どうやったら、もっと早く壊せたと思う?」
ということで、バカは早速、次の周に向けて皆に聞く。聞いてからやり直した方がいい。何せバカはバカなのだ。考えるのは苦手なのだ。皆の意見を貰った方が、きっとうまくやれる!
「私がもっと早く盾を出していれば、もしかしたら。……或いは、もっと人数が少なければ、かな。そうすれば、土屋さんが私達を守るために必要な労力がもっと減っていたと思うから」
「そ、そっかぁ……」
……だが、今の皆にこれを聞くのはちょっと残酷だったよな、とも思う。バカは反省した。何せ、たまは暗い面持ちで、『どうしようね』と陽の魂をつついている。『やり直し』を知らないたまには、只々、傷を抉るような質問でしかなかっただろう。
「あとは、『強化』について知らなかった。それも原因だな」
バカがしょんぼりしながら木星さんの魂をもそもそ揉んでいたところ、海斗がたまの後に続いた。
「『強化』があると最初にアナウンスが言っていただろう?あの強化についてだが……恐らく、『人形』が鍵だ」
「に、人形?」
「ああ。あの蟹ロボットは、まだ見つかっていない人形の数に対応して強化されるんじゃないか?」
海斗の言葉に、皆が首を傾げたが……。
「……こういう時の為の、僕の異能だな」
海斗はそう言うと、ぼうっ、と海色の光を纏った。
「リプレイだ。対象はこの大広間。蟹が出てくる20秒前から。……皆、天井もそうだが、部屋の周辺のドアに注目していてくれ」
海斗がそう宣言すると……海色の光が天井付近に集まっていく。これに、海斗の異能を知らない皆は驚いた。土屋とミナは驚かないが、それでも目を瞠っていた。
……そして。
「ほらな?今の、見えたか?」
天井へ、木星さんの魂が吸い込まれていった時。ほぼ同時に、ドアが光っていたのである!
「……人形が見つかっていない部屋のドア付近、光ってたね」
「ああ、そうだ。そういうことだ」
海斗のリプレイが無ければ気づかなかったであろうことに……先ほどの蟹ロボは、登場する時にどうも、『人形』が関係して強化されていたらしい。
そう。バカも、すっかり忘れかけていたとはいえ、不思議ではあったのだ。
何故、人形があるのか。……その答えがここにあるのなら、確かに、分からないでもない。
「成程な……。人形が多く見つかっていた方が、死者も増えるだろう。そして、死者が増えていたら、蟹ロボは然程強くなくてもいい……。そういう悪魔の考えか」
土屋が『なんということだ』と唸る。悪魔はやっぱり悪魔的、ということなのだろう。
「これで分かっただろう?ああ、後は死者の魂が蟹ロボットを強化することも確定だな。鋏の攻撃か、矢の攻撃……あのどちらかは、木星さんの魂によって生まれたものだと推測できる。まあ、大方、矢の方だろうな。人形があった部屋と関連があると考えれば、それが妥当だ」
「そ、そっかぁ……うーん、じゃあ、誰も死ななければ、なんとかなるのかぁ……?」
「分からないがな。まあ、少なくとも、矢が無ければそれだけでも大分違うだろう」
バカは、『そっかぁー!』と笑顔で頷いた。
そうだ。バカがやるべきことは変わらない。バカは皆を……木星さんを含む皆を、死なせなければいい。そういうことなのだ!
「それから、人形は可能な限り回収する必要がある。強化がどの程度のものなのか分からないが、まあ、もっと人形が見つかっていれば、もっと蟹に苦戦しないだろう」
「うん!分かった!がんばって人形集める!」
人形のことも分かったところで、バカはまた意気込む。次はやれる。否、やるのだ。次は必ず、蟹ロボに勝ってみせる。
誰かが死ななくたって、蟹ロボが止まるというところを見せてやるのだ。蟹ロボのために誰かが死ぬようなこと、あってはならない。バカは強く、そう思う。
「まあ……無いとは思うけれど、土屋さんの盾と同じくらいの強さの武器があればよかったんじゃないかしら。それこそ、金庫とか」
「ああ、あの金庫をテメェが片っ端から投げ続けてたら、それだけでなんとかなったかもな」
「そっか!金庫!金庫大事だよな!」
人形をしまっておく場所としても、金庫は大事だ。バカは『次は金庫いっぱい回収してこよ!』と決めた。
……さて。
皆に教えてもらったバカは、改めて指折り数えて目標を確かめる。
まず、次は始まったと同時にすぐ木星さんの部屋へ駈け込むこと。
それから、木星さんを含めた全員を死なせないこと。
そして、皆の人形を集めることだ!バカ、覚えた!
「人形の保管のためにも、金庫はあった方がいいだろうなあ。まあ、後は、金庫があれば樺島君の武器になる訳だし……」
「そうねえ。バカ君が投げたら、金庫、とんでもない武器になっちゃうものねえ……」
土屋とビーナスに褒められて、バカはにこにこと照れた。ビーナスに『褒めてはいないわよ!』とデコピンされてしまったが、それでも尚、バカの希望は潰えない。
……陽が死んでしまったのはあまりに悲しいが、それでも、希望が持てる。
『どうしたらいいのか』が分かっている道なら、全力で走り抜けられる。そう!バカは『次は全力で駆け抜けるぞ!』と決意しているのであった!
「たま!」
決意したバカは、たまに向き直る。
それから、陽と、木星さんにも。
「俺……俺!絶対にお前達のこと!助けるから!」
バカは、カンテラを見上げる。
……『8つの』カンテラの内の2つが破壊されている。それを見てバカはまた一つ頷くと……ぽや、と光る。
「絶対に!皆でここから出ようなー!」
バカはそう叫んで、そして時間が来ると同時、また『やり直す』。
次こそ、真のハッピーエンドに辿り着くために!
<バカカウンター>
第四章に出た『バカ』という単語の数:大体980件




