3日目夜:大広間*3
砕け散った蟹ロボの鋏の間から、ずるり、と天城の体が落ちてくる。
バカは慌てて天城へと跳び、天城の体をキャッチして、ついでに倒れていた土屋を回収して他の皆のところへ戻る。
土屋は盾を砕かれた時に体力を使い果たしたのかぐったりして意識を失っているようだったし、天城は体を硬直させたままバカになされるがままになっている。
「ミナ!治してくれ!」
バカが慌てて2人をミナの前に下ろすと、土屋と天城はそこで意識を取り戻したらしい。のそ、と動き出して、それぞれに呻いたり、ぐったりしたりしている。
「しっかり!さあ、『治癒』を……あ、あああ、でも、どちらの方に……!」
「どっちも!」
「それは無理ですぅ!」
そう!ミナの異能は『治癒』だが、1回しか使えない!体力切れの土屋と、さっきまで蟹に挟まれていた天城、どちらに使うか、となると……。
「土屋さんの方を頼めるか」
迷うミナに、天城がそう言って渋い顔で立ち上がった。
「で、でも、天城さん」
「心配は要らん。異能を出すタイミングを少々見誤ったが、それだけだ。大した怪我じゃあない」
天城はそう言うが、蟹に挟まれた分のダメージは確実にあるはずだ。蟹の鋏を爆散させたとしても、それまで挟まれていた事実に変わりはないのだから。
「いや……私も不要だよ、ミナさん」
そして土屋もまた、そう言って苦笑いしつつミナに進言した。
「私はバテているだけだ。天城さんも必要ないというのであれば、まだ異能はとっておきなさい」
……土屋は土屋で、盾を破壊されたついでに吹き飛ばされている。体を打つぐらいはしているはずなのに、それでも『バテているだけ』と言うのだから、大したものだとバカは思う。
「さて。問題は、アレをどうするかだな……」
そうして皆揃って、改めて蟹ロボを見上げる。
蟹ロボは今、炎の騎士を破壊したところだった。そしてこちらへ向く蟹ロボは、動きこそぎこちなく、装甲も一部、溶けている。
だが、まだまだ動けるらしく、残った片側の鋏でバカ達を狙っているようだ。
「……本来、ここで全滅することを想定してるのかな」
「いや、それは悪魔の意図と合致しないと思う。そうでなかったらわざわざ『デスゲーム』なんて開催しないだろうけれど……あまりにも死者が少ないから、最後の最後で帳尻合わせ……なんて、言わないよな?」
たまと陽の呟きに、皆が緊張感を強める。そうだ。これは『デスゲーム』。誰かが死ぬことを期待して開催されているはずのゲームなのだ。
「くそ、ここまで強いとはな……」
天城はなんとも悔しそうに歯噛みして、それから、ちら、とバカの方を見てくる。
「おい、樺島。アレと戦って、お前は勝てるか?」
「……わかんねえ」
バカはそれに応えつつ、考える。あの蟹ロボは、とてつもなく硬いのだ。そして鋏の一撃が、とんでもなく重い。
あれに真正面から挑んだとして……バカは、勝てるのだろうか。勝つとしたら一体、どうやって。
「装甲は一部、溶けてるみたいだけど」
考えるバカに、たまが助言してくれた。その言葉にはっとしたバカは、改めて蟹ロボを見上げる。
……天城の攻撃によって一部だけとはいえ溶けた装甲。銃弾や炎の剣を何度も食らって多少不調になったらしいボディ。そして、天城によって砕かれた、片側の鋏。
未だ、鋏が1つと矢の射出機構は生きている訳だが、それでも、最初に蟹ロボと戦い始めた時よりはずっといい状況だ。
バカは少しでも事態が好転していることを、信じたい。そしてここから更に好転していくことを!
「うん」
バカは立ち上がり……蟹ロボに向けて、構えた。
それは、いつものバカタックルの構えだ。
「俺、あのカニに勝つ!」
そして宣言するや否や、バカは蟹ロボに向かって一気に加速していくのだった!
……それから数度、バカは蟹ロボに対してバカタックルをかました。
その度に蟹ロボは動き、よろめき、時にはひっくり返り……だが、壊れてくれない。
「うわあああん!天城のじいさんにできたのに!俺、粉砕できないぃいいいい!うわあああん!」
バカは泣きながらタックルを続けている。やっぱりドアと同じぐらい硬い!むしろ、蟹ロボの方が動いて衝撃を逃がしてしまうので、破壊しにくさはドアにも勝るように思われた!
バカがべそべそしながらまたタックルの構えを取ると……そんなバカの肩に、ミナの手が置かれた。
「樺島さん、もう休んでください……見ていられません……」
そしてミナの手から、水色の光がふわふわと溢れて、バカの体に染みわたっていく。……『治癒』がバカに施されているのだ。
「えっ、あっ、駄目だぞミナ!ミナの異能は一回しか使えないんだろ!?」
バカは当然、慌てた。慌てながら、どんどん自分が元気になっていくのを実感して、『ミナ、やっぱすげえ!』とびっくりしていたが……。
「いいえ。駄目です。樺島さんの怪我を治すのが先決です」
……そこでバカはようやく、自分の体がどうなっているのかに気づいた。
バカの体は、ボロボロだった。度重なるタックルによって、あちこちが擦り傷と切り傷、そして打撲でいっぱいになっていた。汗だと思って拭ったものは、血だった。
「えええええええええ!?いつの間にぃいいいいいいい!?」
「自分の怪我に気付かず戦っちゃうあたり、バカ君って本当にバカなのね……」
ビーナスがため息を吐きつつ、バカが額を切って流していた血をハンカチで拭いてくれた。バカは『ハンカチ汚れちゃう!』と焦ったが、ビーナスはデコピンしてバカを黙らせた。……よく考えると、デコピンでバカを黙らせられたのだからビーナスのデコピンはものすごく強いんじゃないだろうか。バカは訝しんだ。
「樺島のタックルでも破壊できないとなると、いよいよあの蟹ロボットは破壊することを前提に造られていないんじゃないか?僕はそう思うが」
「逃げ回ンのが得策、ってか?ったく……」
海斗とヒバナが苦い顔をしているのを見て、バカは不安になる。壊せないものって、どうすればいいのだろうか。バカには分からない!
「うーむ……となると、こちらの防御が手薄になることを覚悟で私の盾を樺島君に渡すか、籠城する方針に切り替えるか……」
「だが、樺島が土屋さんの盾を手にしたところで、蟹ロボットを倒すまでには時間がかかる。そして、籠城するにしても、あの鋏で来られたらまた土屋さんの盾は壊れかねない」
……現状、八方塞がりなのだ。
防御を捨てるか、攻撃を捨てるか。そのどちらかになるだろうし、どちらも危険だ。あの蟹ロボがあとどれくらい動き続けるのかにもよるが……。
「盾を作る人がもう1人いればいい。そういうことだよね?」
そこで、たまが動いた。
たまは土屋の肩に触れると……その手に、光の盾を生み出していたのであった!
「私の異能は、『コピー』。誰かの異能をコピーして、行使することができる」
「おお……!たまさんも盾を生み出せるなら、樺島君に盾を渡せば……!」
土屋が歓声を上げ、皆がたまに期待の目を向けて……。
だが。
「……でも、コピーした異能は、相手じゃなくて私に準拠して性能が決まる……」
たまが出した盾は、ちっちゃかった!
「……盾というよりは、お盆だなあ」
「で、でも上等なお盆です!上等なお盆ですよ!」
土屋が何とも気の抜けた顔をして、ミナがよく分からないフォローを入れ、たまは少々、拗ねたような顔をしていた。
「そうか、この盾、身長か体重で大きさが決まるのか……」
「或いは体力かもしれないね……。たま、体力がある方じゃないから……」
海斗と陽は冷静にたまの盾について意見を述べているのだが、それが余計にたまを拗ねさせている!
だがバカは、特に気にせずたまから盾を受け取った!
「よし!じゃあたま!これ、借りるぞ!」
「……いいの?」
「うん!ぶん殴るにはこれくらいの大きさがあれば十分だ!ありがとな、たま!」
そう!何かを防ぐのではなく、ただ殴るのに使うだけなら……お盆サイズの盾でも、問題無いのである!
そうしてバカは再び、蟹ロボへと迫る。
「よーし……今度はもう、負けねえからな!」
バカはしっかりと宣言すると、たまがくれた光のお盆を構えて蟹ロボへと突進した。
皆の期待を背負って、何よりも速く。そして、強く!
蟹ロボはバカ目掛けて矢を射かけてきたが、それらの全てを左手の一振りと風圧とで薙ぎ払い、バカは止まらず突き進む。
バカは突進しながら光のお盆を装着した腕を振りかぶり、蟹ロボに衝突するその瞬間に、腕を振り下ろした。
……そして。
メギャン!と凄まじい音がして、蟹ロボは大きく、その装甲を凹ませていたのだった!
「よーし!いける!」
バカは元気に蟹ロボへ二撃目を繰り出す。
ゴシャッ!とまた凄まじい音がして、蟹ロボはまたも大きく凹んでいく。だが、蟹ロボもやられっぱなしではない。バカに向かって、残っていた鋏を繰り出した。
「おっ!負けねえぞ!」
だが、今のバカには光のお盆がある。バカは光のお盆で蟹ロボの一撃を受け止め……。
しかし。
「あれっ!?」
……盾が、耐えきれなかったらしい。ぱりん、と音を立てて盾が壊れて、バカは弾き飛ばされてしまった!
バカは吹き飛ばされ、壁へ叩きつけられた。受け身には成功したので、すぐさま体勢を立て直す。そうして蟹ロボ目掛けて、また突進しようとして……。
だが、蟹ロボはもう、そこに居なかった。
「えっ、ど、どこ行くんだ!俺はこっちだぞ!」
蟹ロボはバカに構わず、突き進む。土屋が盾を構えて皆を背後に守るが、その盾も、蟹ロボの鋏の一撃で砕けてしまった。
「おい!お前の相手は俺だぁあああああ!」
バカは吠えて、すぐさま蟹ロボへと向かう。
一秒、二秒、三秒。
たったそれだけで、蟹ロボへ接近しきって、自分が凹ませた装甲に向かって、容赦なく、考えもなく、ただ純粋な力と意思を伴った拳を叩きこむ。
……しかし。
バカの拳が、凹んだ装甲を突き破ったその瞬間。蟹ロボもまた、動いていた。
蟹ロボはバカにとどめを刺されそうなことにも構わず、再び盾を生み出して立ちはだかろうとする土屋を無理矢理乗り越えて、ビーナスの彫像も、ヒバナが投げた炎の槍も払い飛ばして、そのまま……たまへと、迫る。
たまは咄嗟に光の盾を構えた。だが、小さな盾では彼女の身を守ることはできない。第一、盾では、蟹の鋏に挟まれた時の役には立たない!
「たま!」
そこへ、陽が飛び出した。たまへ手を伸ばし、今まさに鋏に挟まれるところのたまの手を、掴み、たまを守るように抱きしめて……。
……そうして、夥しい量の血飛沫が飛び散り、それから数秒後、蟹ロボの鋏が砕け散った。
「……なん、で……」
バカの拳にやられた蟹ロボが音を立てて崩れていく中、無傷のたまは茫然として陽を見下ろす。
「なんで!私に使ったの!」
たまの悲鳴が響く中、半身を切断された陽が、どこか満足気な顔で崩れ落ちた。




