3日目夜:大広間*2
振り下ろされた鋏が、大広間の床を大きく凹ませた。
凄まじい音と衝撃がバカ達を襲う中、悪魔のアナウンスが続く。
『さあ、最後のゲームだ!ルールを説明しよう!今、目の前に居る機械……それが、諸君らが戦う相手だ!』
悪魔のアナウンスが始まると、蟹ロボットは一旦、大広間の中央へ戻って身構えて見せた。先程の鋏の一撃はパフォーマンスだったとでもいうのだろうか。
『見ての通り、人を殺すことに長けた機械だ。そして、死者の魂は君達を恨んでいると見える。その分、しっかり強化されているから安心したまえ。ついでに魂以外にももう1つ、強化の条件があるが……それは秘密にしておこう』
「勿体付けてんじゃねえぞ!碌でもねえゲームばっか用意しやがってよぉ!」
ヒバナのヤジが飛ぶ。……だが、ゲームが碌でもないのではなく、ゲームを破壊しちゃうバカが碌でもないので悪魔はちょっぴり可哀想だ!
『……まあ、分かると思うが、装甲は非常に硬い。破壊できるとは思わないことだ』
「バカ言ってんじゃないわ!こっちにはバカ君が居るのよ!」
更に、今度はビーナスがヤジを飛ばした。バカは胸を張った。『そうだ!こっちにはドアに勝った俺がいるんだぞ!』という誇らしい気分で!
だが、当然のようにヒバナとビーナスのヤジに、アナウンスは反応しない。ただ楽し気に、アナウンスは続いていく。
『この殺人マシンを止めるのは簡単だ。まず1つ目に、夜が明ければその時、これは動作を止める。まあ、あと60分ぐらいかな?』
バカはちらりと腕時計を見るが……確かに、今、時計の針は夜の3分の1くらいを指している。バカは咄嗟に割り算も掛け算もできないが、『たぶんあと60分ぐらい!』と覚えた。
『ふふふ……そして、もう1つ、条件がある』
バカが一生懸命に『ん?90の3分の1って……120?うん?』と考えていると、悪魔のアナウンスは更に続き……。
『誰か1人が死ねば、生き残っている人数×60秒の後、これは完全に停止する!更にそこから1人死ぬごとに、稼働時間は60秒ずつ減っていくぞ!』
そう、告げたのだった。
『さあ、選ぶといい!君達はこれから60分間も身を守り続けられるかな?無論、そんなことはせず、誰か1人を殺せば、それだけで生き残れる可能性は格段に上がるぞ?』
皆、アナウンスを聞いて、それからバカの方を見る。
……バカには、悪魔が説明したルールがよく分からない。
だが1つ分かったのは……バカ達は1つ、重大な選択を迫られている、ということだ。
多分、本来ならここで1人以上死ぬことになる。そういう、選択を。
『……さあ、見せてくれ!諸君らの選択を!そして存分に楽しませてくれ!……諸君らの死の舞踏を!』
そうしてアナウンスは狂ったような高笑いを放送し続け、そして、唐突にブツリ、と切れたのだった。
アナウンスが途切れるとほぼ同時、蟹ロボットはまた動き、今度は、突きを繰り出すかのように鋏を動かしてくる!
「うおわああっ!?」
バカは近くに居た海斗とミナとたまをまとめて抱えて横に跳び、なんとか鋏の突きを躱した。
だが、次の攻撃がやってくる。バカはその場に海斗とミナとたまを置いて、即座に蟹ロボの方へと走って……蟹ロボが次の突きを繰り出そうとしていた先で、間一髪、その鋏を受け止めた。
「うわっ!?」
だが、バカでさえも、その鋏を受け止めるので精いっぱいだった。そう、このバカでさえ!
「くっそ、一撃が重たいなあ!」
バカは、ぐっ、と体に力を入れて、なんとか気合を入れ直す。そしてそのまま、気合と勢いと筋肉の力で、なんとか鋏を押し返し、ついでに蟹ロボの鋏を抱き込んで……そのまま、圧し潰しにかかる!
要は、鉄の塊だ。ならば、いける。バカは特殊な訓練を積んだバカなので、このくらいは朝飯前なのである!
……と、思ったのだが。
「あ、あれ……?硬いっ……!?」
バカの腕の中、蟹の鋏はびくともしなかった。
「うわっ!?」
更に、バカ目掛けて、無数の矢が放たれた。
バカはそれに気を取られて、鋏を離してしまう。同時に、なんとか矢を避けたり、キャッチしたりして無傷でその場を離脱する。
「み、皆、無事かー!?」
海斗達の傍へ戻ったバカは、向こうの方に固まっている土屋達に声を掛ける。すると、『無事よー!』とビーナスの声が聞こえた。……そして、土屋が盾を2枚展開して皆を矢から守ってくれたらしい様子が見えた。
バカは少しほっとしたが……だが、また次の攻撃が来る。
バカが動くより先に、その動きを封じるが如く、また、矢が降り注いだのである!
バカはひとまず、矢から海斗とミナとたまを守った。がんばった!
……が、うっかり一本キャッチし損ねた矢が、海斗のすぐそばの壁に突き刺さる!それを見て海斗は腰を抜かしてしまった!
「し、知ってるか樺島。蟹という字はな、む、虫の、解と、か、書くんだ」
「分かんねえよぉ!虫の海斗ぉ!?どういう字ぃ!?あとどういう意味ぃ!?」
「それどころじゃないですよぉ、樺島さぁん!海斗さぁん!」
すっかり怯えて混乱する海斗によってバカの頭の中に『虫』という謎の文字が生まれてしまったところで、ミナが2人を現実に引き戻した。
「ど、どうしましょう、これ……!樺島さんですら、壊せないなんて……!」
「……どうしようね」
ミナとたまは2人とも賢い人なのだが、流石にこの蟹ロボを前にして、慄いていた。
何せ……バカが。バカが、咄嗟に太刀打ちできなかったのだから。
「く、くそ……!樺島にすらどうしようもないものを相手に戦え、だって!?冗談じゃない!」
海斗も、バカに信頼を置いてくれているからこそ、さっきの光景はショックだったらしい。半ば絶望して、混乱したままそう叫ぶ。
だが。
「……ドアと一緒だ」
……この中で唯一、バカだけが、絶望していない。
「あのカニ、ドアと一緒の感触がした」
バカは真っ直ぐに蟹ロボを見つめて、そう言った。
「ど、ドア、というと……ま、まさか?」
海斗が『まさか』と慄いたそこへ、バカは満面の笑みを浮かべ、ガッツポーズをしてみせた。
「俺が勝ったドアだ!」
そう!相手は強い!強いが……バカは既に、その相手に勝ったことがあるのである!
ということで、バカは走り抜けた。蟹ロボの目の前を、どひゅん、と駆け抜けた。流石のバカのスピードに、蟹ロボも追い付けなかったらしい。バカを狙ったらしい鋏の一撃は空振りした。
そしてバカは。
「土屋のおっさぁん!盾貸してぇえええ!」
バカは、己のメインウエポン……土屋の盾をねだるべく、土屋へと接近していったのである!
だが!
「くそ、こっちは守るので精いっぱいなんだが……!」
なんと!土屋の盾は、現在進行形で使用中であった!
それはそう!他の皆はバカと違って、飛んでくる矢をひょいひょいキャッチできないし、蟹ロボの鋏を避けられないのだ!
「そ、そこをなんとかぁ!」
「うう……あと一枚、なら、なんとか……!」
「いややっぱいいや!ごめん!土屋のおっさんが死んじゃう!ごめん!やっぱいいから!やっぱいいからぁ!」
……土屋は無理してもう一枚盾を出そうとしてくれていたのだが、ただでさえ体力が尽きかけているところなのだ。土屋から盾を貰う訳にはいかない!
「くそぉ、金庫落ちてねえかなあ!落ちてねえやぁ!」
バカは必死にきょろきょろ探すが、残念ながら武器になりそうなものは見当たらない。
「盾も……落ちてねえ!」
せめて土屋達を守る盾が欲しかったのだが、盾になりそうなものも無かった!もうダメだ!
……と、バカがあわあわやっていたところ。
「ふん、慌てるな」
天城が、立ち上がっていた。
その手には……何か、内部でこぽこぽと泡を立てている液体の入った、瓶。
「これを……くらえ!」
天城はその瓶を投げた。投げた瓶は蟹ロボにぶつかり、割れ砕け、その中身をぶちまける。
……その瞬間。
「なっ……と、溶けてるぅー!」
蟹ロボが、じゅうじゅう音を立てて、溶け始めたのだった!
バカが唖然とする中、蟹ロボはその装甲を溶かし、ガタ、ガタ、と不自然な動き方をしている。どうやら、機構が一部駄目になったようだ。
「……2日目の部屋のやつ、持ち出してやがったのか」
「ふん。武器になりそうなものがあると分かっていて持ち出さない理由は無い」
ヒバナが『食えねえ爺さんだ』と笑う横で、天城もまた、にやりと笑っていた。
そして。
「ついでに、樺島。これを処分しなかったことに感謝しよう!」
天城はいつの間にか、その手に拳銃を持っていた!そう!山羊さん部屋の銃である!
天城は銃を構えると、即座に蟹ロボに向かって撃ち始めた。弾を撃ち尽くすと、すぐさま銃を捨てて次の銃を取り出し、また撃つ。その鮮やかなことといったら!
「す、すげえーっ!」
バカは目を輝かせた。まるでアクション映画か何かのような天城の姿を見て、バカは大興奮である。
「今の内に向こうのグループと合流しましょ!」
「あ、ああ!急ごう!」
天城が蟹ロボに銃を撃っている隙を見て、他の皆は動いていく。ビーナスとヒバナと陽が、海斗とミナとたまのところへ合流した。
土屋は天城を庇うべく盾を構えたままでいるし、バカは天城に見惚れて目を輝かせているが、ひとまず、これである程度は避難ができた、だろうか。
「私達だってね!やるんだから!」
「よし、出番かぁ!」
そして、ビーナスとヒバナが異能を使う。
ビーナスが大理石の彫像を出し、ヒバナが炎の装備を生み出していって……そこには、炎の甲冑を身に纏った騎士像が生まれていたのである!
バカは、『あっ!これ見たことある!』と気づく。そう!バカが1周目で見た炎の騎士は、ビーナスとヒバナの合作だったようなのだ!
「さあ、命令よ!あの蟹ロボを攻撃しなさい!」
そして炎の騎士は、ビーナスの命令によって蟹ロボへと迫っていく!
炎の剣が蟹ロボの関節部分に斬り込んでいき、蟹ロボの動きはまた一段と不自然になっていく。蟹ロボが発射する矢がいくらか炎の騎士にダメージを与えているようではあったが、それでも、攻撃が着実に通っているのだ!
「じゃあ俺もー!」
そしてバカは、助走をつけてタックルをかましにいく。
ドアに似た感触だからといって、蟹ロボを攻撃するのに土屋の盾が無ければならないということは無い!バカはいつだって、己の肉体を武器として戦うことができるのである!
バカの全力疾走によって空間が歪むが如く気流が乱れ、バカを狙った矢がふわりと浮いて逸れていく。バカは避けることなく矢を避けきり、そして……。
「でぇりゃああああああ!」
蟹ロボへ、渾身のバカタックルを決めたのであった!
蟹ロボは、ずごっ、と動いた。それはそうである。巨大な建造物の一部として固定されたドアとは違って、蟹ロボは自分で動くロボ。つまり、『動かせる』ロボでもあるのだ!
ということで、蟹ロボはバカタックルに押し出されて、転がった。が、それでも尚、多少凹んだ程度である。然程、ダメージが入っているようには見えない。
天城の銃と、炎の騎士の攻撃と、そしてバカタックル。それらが合わさっても尚、蟹ロボは動いており……。
そして。
ぐわっ、と、蟹ロボが動いた。
今までの動作よりずっと速い挙動で、一気に進む。
タックルし終えたばかりのバカの横をすり抜け、土屋の盾を破壊し……。
「天城ぃいいいい!」
蟹ロボのその鋏に、天城が、がちん、と挟み込まれてしまったのだった。
……が。
「天城……ん?」
みし。みし。
「あれ……?」
……蟹ロボの鋏は、天城を挟み切ることなく、ミシミシと厭な音を立て始め……。
ぱぁん!
そんな音がして、天城を挟み込んだ蟹ロボの鋏が砕け散ったのだった!
バカは、何が起こったのか分からないながらも、『天城ぃーっ!』と歓声を上げたのだった!




