3日目夜:大広間*1
そうして3日目の夜が始まった。
……とはいえ、特に何も無い。もしかしたら、悪魔としてはここが『最後の殺し合いの時間』という想定だったのかもしれないが、今、ここには誰かを傷つけようとする人は誰も居ない。
大広間の片隅ではヒバナとビーナスが土屋相手に蛇原会の情報を渡しているようだったし、羊の部屋ではミナとたまが羊をもふもふして遊んでいる。陽と天城は話が合うのか、大広間の椅子に座って、何か楽しそうに話していた。……そう!あの天城も、楽しそうに話すことがあるのだ!
「天城のじいさん、楽しそうだなあ」
「そうだな。……最初は偏屈なご老人かと思ったが、案外、そうでもないのかもしれない」
陽と話している天城は、穏やかな顔をしていた。ついでに、少しばかり笑うこともあった!バカはびっくりのあまり、『ほわあー』と口を半開きにして2人を見つめている!
「いできょうた、という人はどんな人なんだろうな」
そんな『ほわー』のバカに、海斗がそう、話しかけてくる。
海斗の視線の先には、1つだけ火の灯ったカンテラがある。……木星さんの魂があれなのだろう。多分。
「初日が始まるより先に死んでしまう、というと……まあ、人為的なもの、なのだろうが。だとすると、一体だれが……」
「ええー……誰かが犯人だなんて考えるのやめようよぉ……」
海斗が木星さんの魂を見上げながらそんなことを言うので、バカは海斗をつんつんつっつきながらそっと止めに入った。だが。
「このバカ。お前のために考えてやってるんだぞ」
「えっそうなのか!?」
「ああそうだ」
心底呆れた様子の海斗を見て、バカはまたびっくりする!なんと、バカの為に犯人探しが必要だとは!
バカがびっくりしていると、海斗はまた呆れてため息を吐いた。バカは『ごめん、海斗!ありがとう!』とよく分からないながらも礼を言っておいた。
「……お前がやり直して、真っ先に木星さんの部屋へ駈け込んだとしても、そこでいきなり、木星さんを襲う何者かと戦闘になる可能性があるんだぞ?相手が誰かを考えておくのは至極大切なことだと思うが?」
「そ、そっかあ……やっぱ海斗は頭いいなあ」
バカは納得しながら頷いた。海斗は『気づいていなかったのか……』とまた呆れた!
バカと海斗は、ちょっと場所を移すことにした。他の皆が居るところで、犯人探しをするのはちょっと躊躇われたので。
ということで、バカと海斗はぶち抜き大部屋で話すことにした。適当な椅子を運び込んだら、居心地のいい開放感あふれる談話スペースの完成である。
「そうだな……まず、僕とお前が犯人ではない前提で話を進めるぞ?」
「うん!」
そうして海斗の推理が始まる。バカは一生懸命に聞く!
「……まず、ミナさんは犯人ではないだろうな」
最初に、海斗はそう言った。バカは『そっかあ?』と首を傾げていたが……。
「何せ、彼女の異能は『治癒』だ。人を殺すのに使える異能じゃない。そして、異能以外で戦ったとは思えない。何せ彼女、そんなに力が強い方には見えないからな。人形を見る限り、『いできょうた』さんは成人男性のようだ。まあ、女性の細腕で『絞殺』は厳しいだろう」
そう。ミナは、既に異能が何か分かっている。その上で、ミナが犯人だったら色々と大変だ。……その場合、ミナは隠れムキムキということになってしまう!
「逆に、ヒバナと陽と土屋さんなら異能を使わずとも成人男性の『絞殺』が可能だろうし、ビーナスは大理石の彫像に絞めさせればいい。たまさんは……誰かの異能をコピーしなければならない訳で、少し難しいかな。少なくとも、0日目の時点で積極的に殺しに行くのには向いていない」
バカは話を聞きながら、『海斗は……異能じゃ人を殺せないし、素手だと……負けそうだよな!つまり海斗も犯人じゃない!ヨシ!』と納得していた。海斗が聞いたら怒りそうである!
「天城さんは異能が分からないからな。何とも言えないが……まあ、そういう訳でとりあえず、ミナさんは犯人じゃないな。それはまず間違いないだろう」
「うん!」
まあ、何はともあれ、ミナは犯人じゃない。ヨシ!
「次に、たまと陽とビーナスと天城さん。あと、土屋さんとヒバナ。……彼らが犯人だとすると、彼らには『鍵を開けて閉める』類の異能が必要になる」
「へ?」
どういうことだ、とバカが頭の上に?マークをいっぱい浮かべていると、海斗はまた呆れたようにため息を吐いた。
「……木星の部屋の中に、彼の姿は無かった。死体も、血痕などの争いの痕も無かった。だが、鍵がかかっていた。……となると、彼を殺すためには最低限、『部屋の鍵を開けて閉める』だとか、そういう異能が必要になる」
「ん?そんなもんなくても、ドアならタックルで開くぞ?」
「お前はそうだろうがな!……いや、それだっておかしい。タックルで開いたなら、そういう痕跡が残っていないといけない。ところが、木星の部屋のドアには、鍵がかかっていたんだろう?」
バカは海斗の説明を聞けば聞くほど、よく分からなくなってくる!バカの頭はいっぱいだ!
「だが……まあ、例えば、だが……『木星さんが』その異能を持っていた可能性がある」
「ええ……?」
「彼自身が部屋を出た後で誰かに殺された可能性はあるから……いや、だが、それでもこのバカに死体が見つかっていないことを考えると……」
バカはいっぱいいっぱいなのだが、海斗もいっぱいいっぱいなのかもしれない。一生懸命考えている海斗を見て、バカはちょっとだけ安心した!
「となると……お前が部屋を見ていないのは誰だ?」
「え?えーと、えーと……見たのが、俺の部屋とぉ……海斗の部屋、あと、ミナと土屋の部屋……。あっ、ビーナスの部屋は見たことある!あとヒバナの部屋も!」
バカは一生懸命思い出しながら、海斗にそう伝えた。すると海斗は『ああ、そんなところか』と納得したように頷き……。
「……となると、まあ、犯人は、陽、たまさん、天城さんの誰かだろうと思われる」
そう、言ったのだった!
バカは少々ショックを受けつつ、それでも海斗の話を聞いた。聞かなければならない。皆を救うために。そして、木星さんを救うために!
「まあ、僕としては、たまさんではないように思う。彼女の異能が本当に『コピー』なのだとしたら、ということになるが……誰がどの異能か分かっていない状況で誰かの異能をコピーして、そのまま木星さんを殺しに行く、というのは難しそうだ」
「うん!大体、たまは大広間に来るの、滅茶苦茶早いんだ!だからたまじゃないと思う!」
たまについては、バカはバカなりの根拠を持って『犯人じゃない』と言える。何せたまは、早い。ささっと謎を解いてすぐに出てくるらしい彼女には、誰かの異能をコピーしたり、誰かを殺したりする暇なんて無いだろう。
「あっ、それで言うと、陽もそうだぞ!陽も、たまの次に来るんだ!だから多分、陽も木星さんを絞める時間は無かったはずだ!」
そして陽も大広間に来るのが早かった。たまよりは遅かったが、そんなもの、たまが早すぎるのだ。……そして、ドアも首輪も破壊して出てくるバカが一番早いのだ!
「……となると、天城さん、か?」
そうして海斗の推理は、『犯人は天城……?』というところまで来たのだが。
さて。
「どうする。彼から話を聞いてみるか?」
海斗がそう提案するのを聞いて、バカは迷う。
「ええー……聞いても天城のじいさん、答えてくれない気がするけれど……」
「……そうだな。彼の場合、異能も望みも判然としていない。となると、下手につつくのはリスクか。いや、しかし……聞くとしたら、今しか無いようにも思うが……」
バカは海斗と一緒に迷いに迷って……それから。
『さあ、諸君。ゲームはどうだったかな?』
……そんなアナウンスが聞こえてきたところで、はっとして、急いで大広間に戻ることにした。
どうやら3日目の夜は、90分丸ごと自由時間ではなく、開始20分程度でアナウンスが始まるらしい!
バカと海斗が慌てて戻ると、ミナとたまも戻ってきた。2人は羊と戯れていたらしく、髪や服にもこもこと綿っこがついていた。ちょっとかわいい!
『諸君。よくぞここまで生き残った!そんな諸君らにプレゼントだ。皆、それぞれの首輪に鍵を使いたまえ。解毒剤だけが注射されて、首輪が外れる。これで君達は自由の身だ』
アナウンスの直後、大広間の机の上に、どういう仕組みか鍵が9本出てきた。皆はそれを手に取って、首輪についている鍵穴へと差し込んだ。
「いてっ」
「うわっ刺さった」
「きゃ!」
……その途端、皆には注射が刺さったらしい。だが、それぞれが反応した直後、首輪は外れ、カラン、と音を立てて床に落ちたのだった!
「おおー……この首輪って、こういう風に外れることあるんだなあ……」
「逆に、引き千切られて外れる首輪の方が珍しいはずだが……?」
バカは『ほええ』と感心していたが、海斗は何とも言えない顔でバカの首からぶら下がっている首輪の残骸を見つめていた!
『解毒と首輪の解除はできたかな?』
悪魔のアナウンスが再開し、皆はまたスピーカーを見上げる。勿論、そこに悪魔が居るわけでもないのだが、なんとなく、音の出所を見ちゃうのだ。
『さて……。現在の魂の数はそちらのカンテラを見て確認してくれたまえ。君達の願いを叶える数が、アレだ』
続いた悪魔のアナウンス通り、カンテラの中には炎が1つ、燃えている。……木星さんの魂だ。
『これから君達には、叶えるべき願いを決めてもらう。……だがすんなり決まるとも思えない。何せ……』
木星さんの魂が、めらり、と燃え上がる。……それは、眩く。全てを焼き尽くさんというほどに。
そして。
『ここにある魂は、まるで納得していないようだからな!』
悪魔のアナウンス、そして笑い声が響く中、木星さんの魂がカンテラの中から飛び出した。炎は燃え盛りながら、天井付近へ飛んでいき……そこで、するり、と、天井へ吸い込まれていき……。
ガシャン、ガシャンガシャン、と金属音が響く。
それは鎧がぶつかり合う音のようでもあり、機械が動く音のようでもあり……。
否、両方だ。
「あ、あれは……!?」
ビーナスが驚きの声を上げる中、『それ』は天井を突き破って降ってきた。
ガシャアン!と大広間のテーブルを蹴散らしてやってきたそれは……。
「……カニぃ!?」
それは、蟹のような姿をした、巨大なロボットのような、鎧のような、そんな代物だった。
『さあ!君達には、最後のデスゲームに挑んでもらおう!ここで何人減るかな!?』
悪魔のアナウンスが楽し気に、狂ったように響く中……蟹ロボットは、ガシャン、とその鋏を振りかざし、襲い掛かって来たのだった!




