3日目昼:流矢の迷宮(だった場所)*3
バカは悩んだ。
本当に、悩んだ。
バカは海斗が好きだ。ヒバナとビーナスも好きだ。ミナと土屋も好きだし、たまと陽も好きだし……天城のことはまだよく分からないが、一緒に鍋を食した仲なので、まあ、好きだ!
だから、今、こうして9人全員が生きて、その上で傷つけあったり、殺し合ったりせずに仲良くいられることを、本当に嬉しく思う。
……壊したくない、とも。
でも。
バカは知っている。『最高の今日よりも、もっと良い明日が来る』と。
バカは、キューティーラブリーエンジェル建設に入社して、それを学んだ。親方や先輩達に教えてもらったのだ。
そして……そんな、より良い明日を掴み取るために、諦めずに進め、と。
そうしてバカは決意した。
「俺……俺!木星さんを助けたい!」
バカがそう宣言すると、海斗は『だろうな』とため息を吐いた。だが、海斗はバカがこう結論を出すことを知っていたのだろう。海斗は賢いから。バカじゃないから。
「そうか。なら僕はこれ以上何も言えないな。まあ精々上手くやってくれ」
「うん。がんばる」
……やっぱり海斗はいい奴だ。バカに色々と言って、やり直させないことだってできたはずなのだ。でも、海斗はそうしない。
「木星さんを助けようと思うなら、僕より先に木星さんを助けるしかないだろうな。現状、木星さんが生存している時間は非常に短いと考えられる。少なくとも、最後の方にドアを開けたんじゃ、間に合わない。部屋はもぬけの殻だったんだろう?」
「うん……うん……」
しかも海斗は、バカにアドバイスをくれる。海斗にとって、何の得にもならないアドバイスを。
「だが……まずは、このまま4日目を迎えた時にどうなるのか、見ておいた方がいいだろうな」
「うん……うん?」
バカは海斗の言葉に首を傾げつつ、『そういうもんか?』と思う。
「この先で何があるか、分からないだろう?お前が死にさえしなければ、何度でもやり直せるんだ。なら、もう少し先を見てからにしろ。特に、『4日目の夜に毒が作動して全員死ぬ』なんてことになったら大変だぞ」
「そ、そっかあ……」
バカは、ほわあ、と感嘆の息を漏らす。やっぱり海斗は頭がいい!
「ただ……」
だが、海斗はそこで、ふ、と表情を陰らせた。
「……やり直すなら、僕がお前と話せる時間も、あとほんの少しだな」
「……海斗ぉ」
海斗がそんなことを言うものだから、バカは思わず、泣きそうになってしまう!
そうだ!バカは何度でもやり直せるが……やり直す度に、そこに居るのはバカを知らない皆なのだ!
「いや、お前にとってはそうじゃないんだろうから……その、やり直して、また僕を見つければいいさ。だが、まあ、木星さんを真っ先に見つけに行く都合上、僕の信用を得るのは難しいかもしれないな。うーん……いや、お前なら上手くやるか」
泣きそうになるバカを見て、海斗はちょっと笑って、それから、言った。
「また、僕にポケモンとか小説とかメロンパンとかの話、してくれ。そうしたらやり直した先の僕も……まあ概ね、お前がどういう奴か分かるだろうから」
それからバカは、時間を潰すためにうろうろすることにした。……というのも、やり直すと決めたら、今の皆とお別れするのがとても悲しかったからだ。
もう少しだけ、皆と一緒に居たくて、バカはぶち抜き大部屋をくるくる回る。
「……何やってんのよバカ君」
そうしていると、ビーナスがバカを不審げに眺めつつそう声を掛けてきた。
「あっ!ビーナス!ミナ達との話、終わったのか?」
「まあね。たまが陽に呼ばれちゃったし、まあ……私もあいつと話したいこと、あるし」
ビーナスはそう言って、ほら、とヒバナを指差す。
「えーと……『翔也』だっけ?」
「……覚えてたの?」
「うん!あと、ビーナスは『瞳さん』!」
バカは『覚えてるぞ!』と胸を張るが、ビーナスは少々気まずげな顔をしている。
バカが『もしかして名前呼んだらまずかったか!?』とおろおろし始めたころ。
「その……バカ君。さっきは、ありがとうね」
ビーナスは、そう、小さな声で言ったのだった。
「うん?何が?」
「ほら。その、私と翔也を止めてくれたでしょ」
バカは首を傾げていたのだが、ビーナスはそう言って、『覚えてないってことは無いわよね……?』と心配そうな顔になってしまった。流石のバカも覚えている!流石に!バカでも!
「あなたが止めてくれたから、まあ、ミナさんに謝れたし……父を告発する決心も、できたし。土屋さんとも知り合えたし……だから、ありがとうね」
「俺のおかげじゃないと思うけどなあ……」
バカはまた首を傾げる。ミナに謝れたのは、ミナが受け入れて、ビーナスが謝ったからだ。ビーナスの親父さんを告発するのは、ビーナスと土屋が頑張るからで、土屋と知り合えたのは土屋がたまたまここに居たからで……つまり、悪魔のおかげなのかもしれない!
と、まあ、とにかくバカは特に何もしていない気がするのだが……だが、もし、これがバカの力によるもの、なのだとしたら……それはそれで、バカは少し、悩む。
「……俺がしたのって、いいことだったのかなあ」
ミナは、諦めた。
ビーナスとヒバナは、自分の父や仲間達を売り渡すことに決めた。
それは……本当に、良いことだったのだろうか。
「いいことよ」
だが、ビーナスはそう断言した。あっさりと。さも当然、とばかりに。
「当然じゃない。ヤクザをのさばらせておいた方がいい、だなんてこと、ある?無いわよ?」
「そっかぁ……」
バカはなんとなく心配だったのだが、ビーナスの顔を見ていたら、そんな心配も消えていく。
だってビーナスは、笑顔だった。今まで見たどんなビーナスよりも晴れ晴れと、笑っていたのである。
「……そっか」
「ええ。そうよ。だからありがとうね」
「うん……えへへ」
そうしてバカは、ビーナスのお礼を受け止めることにした。ついでにちょっと照れてしまったが!
それからバカがまたてくてくと歩いていくと、ミナと土屋が話しているところに出くわした。
「おお、樺島君。ちょっとこっちへ」
「うん!なんだ?」
土屋に手招きされたバカは、ほいほい、と2人の隣へ歩いていく。
すると、土屋とミナはにこにことバカを迎え入れ……そして。
「樺島君。さっきはありがとう。改めて礼を言わせてほしい」
「私からも。樺島さん、本当にありがとうございました。おかげで、私、諦める決心がついたんです」
土屋とミナが急にそんなことを言うものだから、バカはまた戸惑ってしまった!
「ええええ、俺、何もしてない……土屋のおっさんとか、ミナとか、俺よりもっと頑張ったから……ええと、でも、その……」
バカはしどろもどろにもにょもにょと言って……でも、『いや、こうじゃないんだよなあ』とも思う。さっきのビーナスとのやり取りを思い出して……。
「……うん!こちらこそ、ありがとな!へへへ……」
結局、そう言ってまたにこにこテレテレするバカが生まれた。土屋とミナは、そんなバカを見てにこにこしていた!
「それで……ええと、樺島さんは、『やり直す』おつもり、なんですよね?」
だが、ミナがそう切り出したものだから、バカはちょっぴり緊張する!
……だって、ミナにとっては、やり直さない方がいいはずなのだ。だから止められるかもしれない。でもバカはもう、やり直すと決めていて……。
「あ、あの、ミナ。俺……」
「いいえ、いいんです。そうしてください。どうか、やり直して」
……だが、ミナはそう言って、微笑んだ。
バカが戸惑っていると、ミナはバカの手を、きゅ、と握る。
「私は樺島さんに救って頂けました。だから……木星さんのことも、どうか」
ミナの言葉を聞いて、バカは『ああ、ミナってすごいなあ』と思う。
漠然と、すごい。只々、すごい。自分の願いを諦めて、他の人を救うために、また諦めて……バカはミナの強さを目の当たりにして、胸がいっぱいになる。
「でも、ミナが……ミナが、次も、同じようになるかは、分からないって、海斗が……」
「そう、ですね。私も、あんまり自信はありません。でも……このまま木星さんを見捨ててしまうのは、やっぱり何か、違うと思うから」
ミナは、やさしい。
バカはそれを再確認して、握られた手を、きゅ、と握り返す。あくまでも、ミナの小さな柔らかい手を潰してしまうようなことがないように。やさしく、柔らかく。
「樺島君に全てを託してしまうようで、本当に申し訳ないが……君なら、全てを解決することだってできるはずだ。どうか、木星さんのことも助けてやってくれ」
そして、土屋もそこに手を重ねてきた。
「恐らく、1回では上手くいかないだろう。君がここに来るまでに何回かやり直しているように、木星さんを救うために何回もやり直す必要があるのかもしれない。或いは、木星さんとミナさん、海斗君……皆を救うためには、更にやり直す必要があるかもしれない。だが、君なら……君なら、やってくれるだろう?」
土屋は、今までのバカのやり直しをある程度聞いた上で、今回もまたやり直すことに賛同してくれるらしい。
それも……『バカを信じているから』。
信じられている。それが、バカの胸に熱い炎を灯した。
「……うん。俺、やるよ」
バカは土屋の手も握り返して、笑う。
「諦めない。『挫けそうになっても諦めず進め』って、うちの社歌の歌詞にもあるんだ!」
そうだ。バカは諦めない。諦めずに、何度だってやり直して……必ずや、皆の笑顔を守り抜いてみせるのだ!
「ははは。そうか。なら……くれぐれも、よろしく頼むよ、樺島君」
「うん!俺、頑張る!頑張るから!」
バカは土屋に宣言して、それから……満面の笑みで、言った。
「だからここから出たら、皆でミニストップ行こうな!それで、皆でソフトクリーム食べような!あっ、ミナはピノだっけ!?」
「ふふふ……樺島さんのおすすめなら、私もソフトクリーム食べてみようかなあ」
「うん!美味しいんだ!ミニストップの期間限定の奴、毎回美味しいんだ!絶対気に入るから!な!土屋のおっさんも!」
「そういうことなら私もご一緒させてもらおうかな。うーむ、ソフトクリームなんて、いつぶりかなあ……」
……バカの約束が、また増えた。
バカはそれを大変に嬉しく思いながら、丁度話していたヒバナとビーナスのところへ走っていき、『お前らも!ここから出たら!ソフトクリーム一緒に食べよぉー!』と約束を取り付た。
ついでに陽とたまと天城のところにも『ミニストップの!ソフトクリームぅうう!』と約束もとい脅迫を取り付けたのだった!
……そうして。
リンゴン、リンゴン、と鐘が鳴る。3日目の昼が、終わったのだ。
これから3日目の夜が始まって……そして、4日目が、来る。
ここの皆と過ごせるのも、もうあと少しだ。
……やり直す決意はしても、やっぱり寂しいことは寂しいバカなのだった。




