3日目昼:流矢の迷宮(だった場所)*2
「……これは、どう考えるべきだろうな」
さて。
全員で顔を突き合わせて、木星さん人形を囲んで、話し合うことになる。
「『絞殺』、か……。『溺死』……いや、せめて『窒息死』とでも書いてあれば、まだ、分かるが……」
「でも、『絞殺』だものねえ……」
全員が人形の顔面の文字に注目していた。そう。『絞殺』だ。
以前のヒバナ人形の例から、バカにはこれが死因であろうということが分かっている。だが……。
「つまり、誰かが木星さんを『殺した』っていうこと。そうでしょう?」
たまがそう言ってしまうと、どうにも、場に重い空気が満ちるのだった。
「……『誰が』は聞かない方がいいかな」
陽がそう、苦い顔で零す。すると隣で土屋も『そうだなあ……』と頷いていた。
「え、あ、あの、悪魔に殺されてしまった、っていうことは、ないんでしょうか……。それもひっくるめて、『絞殺』なんじゃあ……」
ミナはおろおろしながらそう言って居るが……陽がちらりと言った通り、『誰か』が木星さんを殺したのだろうか。
「だとしたら、この首輪に何か仕掛けがあることにならないか?」
バカが考えていると、海斗がそう、横から口を挟んできた。
「例えば、特定の条件を満たすと首輪が絞まる、とかな。まあ、デスゲームものではよくある内容だが……今回はそれを考えるのも馬鹿らしいか」
「えっ、そうなのか?」
「ああ。だって首輪には既に、注射機能が付いているだろう?2種類も、装着者を殺す仕組みを搭載しておく必要があるか?」
成程。確かに言われてみると、首輪にそんなにたくさん機能がついていたら大変な気がする。注射だって、2種類もあって大変なのに!更に、絞まる機能なんて付けたら余計に大変だ!
……だが。
「その方がかっこいい!」
バカは、目を輝かせてそう主張した!
多機能だとかっこいいのだ!秘密の隠し機能がある道具は、とてもかっこいいのだ!バカは、先輩が出張先のエレベーターに乗った時、『エレベーターはな、メーカーによっては一度押した階数ボタンを連打すると取り消しコマンドになるぞ!』と教えてくれたことを今でも覚えている。隠しコマンドもかっこいいのだ!
「……かっこいいかはさておき、まあ、とにかく、悪魔が我々を『絞殺』する理由は無いだろうと思っただけさ。首を絞めるより効率のいい殺し方はいくらでもあるだろう?」
海斗はバカの『かっこいい!』に少々困ったような顔をしていたが、まあ、そっと流して結論を出したのだった。一方のバカは未だ、『多機能でかっこいい首輪……!』と目を輝かせていたが。
「そもそも、首輪ってどういう構造になってるのかな」
「ん?見るか?はい!」
さて。たまが疑問を呈したところで、バカの本領発揮である。バカは自分の首に巻いていた鎖から首輪を外すと、たまにそっと手渡した。
それからまた首に鎖を巻き直す。別に、もう巻かなくてもいいのかもしれないのだが、なんとなく巻いてあると落ち着くのだ。あと、お土産の矢をまとめているのはこの鎖なので、失くしちゃうわけにはいかないのである!
「ふーん……そっか」
バカが鎖をぐりぐりやっている間に、たまは首輪の構造を見て、ふんふん、と頷いていた。横から覗き込んだ陽が『ああ、こういう風になってるのか』というようなことを言った。
「……うん。絞まるようにはできてないね。悪魔の変な力でも使わない限りは、この首輪で首を絞めることはできないと思う」
そうしてたまと陽の検分の結果、首輪には絞める機能が搭載されていないことが分かった。バカ、がっかり!
「いや、だがよ、別に首輪関係なく悪魔が首絞めするこた、できるんじゃねえのか?」
「まあ、それはそうなんだけれど。首輪は防具じゃないし。でも海斗の言う通り、悪魔が私達を殺そうとするなら、『絞殺』にはならないんじゃないかな、と思う」
「ということは、やっぱり、私達が……ううん、なんでもありません……」
……そうして再び、場には重い空気が満ちた。
この中の誰かが、木星さんを殺してしまったかもしれない。そう考えると、バカはどうしていいのか分からなくなる。
なのでバカは、考えて、考えて、考えて……頭からふかふかと湯気が立ち上りそうになるくらい考えて……。
「えーと、正直に名乗り出る!ってのは、駄目かぁ?」
そう、提案したのだった!
「駄目だろバカかお前」
「うん!俺、バカ!……そっかぁ、駄目かあ……」
そしてバカ渾身の提案は、あっさり棄却されてしまった。バカ、がっかり!
「大体、どうしてそれで犯人が名乗り出るって思ったのよ!」
「えー、殺しちゃったとしても、理由があったと思うんだよな……。だって皆、いい奴だし……」
ビーナスにも怒られているが、バカはしょぼしょぼしながらそう伝えた。
そうだ。ビーナスはいい奴だけれど、前回、ミナを殺してしまっている。そしてミナもいい奴だが、ビーナスを。
いい奴だって、人を殺しちゃうことはあるのだ。どうしようもない理由があったり、どうしようもない状況になったり……。
だが。
「……何を根拠にそんなことを言っている?」
天城が、訝し気な顔をして、バカを睨んでいた。
「どうして、ここに居る者が『いい奴』だと?」
天城はバカを疑っているのかもしれない。そういえば、最初の最初、一周目の最初にバカを疑ってきたのも天城だったなあ、とバカは思い出す。このじいさんは手強いのだ。
「え?話してたら分かるじゃん、そういうの……あっ!?天城のじいさんは分かんないタイプか!?」
だが、バカはのんびりそう答えた。
そう。バカはただのバカで、裏表もなく全面360度隙無く全てバカなのだが、天城はそれに気づいていないようだ。バカがバカであることに気づけない天城は、いい奴がいい奴であることにも気づけないのではないだろうか!バカは内心で『天城のじいさんもバカなのかなあ!』と思った。
バカが『天城のじいさんまでバカだったらどうしよう!バカが俺含めて2人になっちゃう!』とおろおろしていたところ……。
「……そうだな。私には分からん」
天城はため息を吐いて、なんとも言えない顔をした。その顔がちょっと寂しそうにも見えて、バカは天城のことが気になる。
「だが……何にせよ、もう木星の男は死んだ。『いできょうた』さんだったかな?その事実は覆らん」
「それはそうだけどさ。ねえ、天城さん。あなた、不安じゃないの?この中に殺人鬼が居るかもしれない、って」
「ヤクザとヤクザの娘が居る時点でそんなものを考える余力は無いな」
「……それもそっか」
ビーナスが天城に少しばかり反論していたが、ヤクザの娘であることを言われたらもうどうしようもない。ビーナスは『お手上げ』というように両手を挙げて、肩を竦めた。
「まあ、何にせよ……これで3日目も終わるからね。もう終わりだ、っていうことに違いは無いけれど……うーん」
陽はまだ少し引っかかることがあるのか、天城の方を、ちら、と見ていた。だが、天城は陽の方を見ないので、2人の目は合わない。
「……ひとまず、解毒を終えたら夜を待とう。それでゲームが終了するはずだ。考えるのはその後でもいいんじゃないかな。どうしようもないことについて考えるなら、特に……」
……結局、陽がそう言って、その場は解散となったのだった。
解散して、解毒を終えていない人が迷路だった部屋の解毒装置で解毒作業を行って、それから。
「なあなあ、海斗ぉ……」
親鳥の後をくっついて歩くカルガモのひなのように海斗の後ろをてくてく付いて歩いていたバカは、海斗にそっと話しかける。海斗は解毒を終えて、何とも言えない表情で迷路だった大部屋の片隅に座り込んでいるのだが……。
「俺、やり直した方がいいかなあ」
バカがそう声を掛けると、海斗はバカを見上げて、それから、ふ、とため息を吐いた。
「……まあ、最終的にはお前の判断でいいと思うが」
海斗は『むしろ、僕が決められることじゃないが』と少々愚痴るようにそう言うと、それからバカではなく……ミナの方を見る。
「だが……僕としては、ミナさんの決意を、無駄にしたくはないな」
ミナは今、ぶち抜き大部屋の真ん中あたり、バカが積み上げた瓦礫を上手に椅子にして、そこでビーナスとたまと何やら話している。楽しそうだ。
「今回と同じようにやったとして、また、ミナさんの気持ちが固まるかは分からない。本当に些細な、小さなことの積み重ねで人の心は動くだろうから」
「そっかぁ……」
バカもミナを眺めつつ、『あの笑顔は壊したくねえなあ……』と思う。
……今回は、ミナがこういう風に決意した。そして上手くいった、と思う。
勿論、バカにとっての『上手くいった』がミナにとってもそうだとは限らない。だってミナは、諦めたのだ。諦めることが、周りの人達はともかく、本人にとっても良いことかは、分からない。
だからバカも、やり直しには少し、躊躇いの気持ちがある。『次』をやったとして、今回より上手くいかなかったらどうしよう、と。また誰かが傷つくことになるのでは、と。
だが……。
「でもやっぱり、木星さん……」
……どうしてもバカは、木星さんのことが気になる。
「……まあ、木星さん……『いできょうた』さんは、そもそも交渉の場に上がってすらいないからな。彼抜きで物事を決めるのは、不公平と言えばそうかもしれない」
バカが悩んでいると、海斗もまた悩むようにそう言った。
「だが、本来ならこのデスゲームは、そういうものだったはずだ。誰かが死んで、誰かが願いを叶える。そういうものだったはずで……木星さんも、それを分かった上でここに参加していたはずだ。それくらいは、こっちだって主張してもいいだろう」
「そっかぁ……」
海斗はそう言って、如何にも『割り切った』というような顔をしている。しているが……その表情の裏に、どうにも割り切れないものを感じ取って、バカは首を傾げる。
「……海斗は、木星さんのこと、気にならないのか?」
「……気にならない、と言ったら嘘になる。だが、それ以上に、リスクは取りたくない。僕は木星さんのことなんて知らないし、知らない人の命の為に自分の危険を増やすほど善良じゃない」
「そっかぁ」
バカは『成程なあ』と納得する。同時に、『海斗らしいよなあ』とも思った。この、『善良じゃない』と言いつつなんともやりきれない顔をしているあたりが。
「じゃあ……うーん……どうしよう」
バカは悩む。
バカだって、海斗を危険な目に遭わせたくない。だが、木星さんのことは気になる。彼が『絞殺』されてしまったというのなら、その事情も、気になるのだが……。
「……僕は最初に言ったが、最終的にはお前が判断するんだ」
頭から湯気が出そうになっているバカを見て、海斗は苦笑交じりにそう言った。
「僕の意見を全部跳ね返してでも、お前はお前のやりたいようにやればいい。能力を持っているのはお前なんだから」
「……うん」
海斗は優しい。だが、バカは不安になる。
自分で決めていいと言われても、バカはバカなのだ。バカだからきっと、間違える。海斗が考えた方が、賢くていい答えが出るに決まっている。
だが……それでもやっぱり、バカが。バカこそが、やり直しの異能を持って、ここに居るのだ。
バカが、決めなくてはならないのだ。




