2日目夜:猛獣の檻
……そうして。
「うおおおおお!すっげええええええ!」
バカは、大歓喜であった。
がっしょんがっしょんと凄まじい勢いで、ドアを破壊していた。
今や、人がなんとか通れる程度に開いた穴からはゲームの部屋……引き当てたのはライオンが居る迷路の部屋であったようだが、それがしっかり見えている。
バカが手に持っているのは、土屋が異能で出した盾だ。『どんな攻撃にも必ず一度は耐え得る盾』であるらしいそれは、バカの手に持たれた途端『どんな障害物も必ず一撃分は破壊する鈍器』になった。
金庫は一発で爆散したが、盾は流石に頑丈で、バカが何度かぶん回すことができた。とはいえ、ドアに何度か攻撃すると、盾は光になって消えていってしまうのだが……。
だが、それを繰り返すことによってバカはドアに勝利を収めている。
そう!ずっと『いつか絶対勝ってやる!』と思っていたドア相手に、バカはようやく勝利することができているのだ!感慨もひとしおというものである!
……だが。
「土屋のおっさん!もう一枚!もう一枚出してくれ!」
「ま、待ってくれ、樺島君……!流石に、そろそろ、体力が……!」
きらきらきらきら輝くバカの笑顔に対して、盾の供給元である土屋は、すっかりげっそりしていた。
「……あっ!?そ、そっか!?この盾、土屋のおっさんの体力で作ってるんだっけ!?」
「ああ、そうだな……。一枚生み出すのに、階段で3階分上ったぐらいの体力を消耗するが……はは、今ので15階分上ったことになるか……?」
そう!土屋の盾は優秀な鈍器だが……やっぱり無限ではないのだった!
ということで、バカは土屋に『ごめんなあー!』と謝って、ドアとの戦いをここまでとした。ドアには勝った。とりあえずこれでヨシ、である。
「そうか、ドア一枚を破るのに、土屋さんがぐったりする程度の体力が必要、ということだね」
「まあ、逆に言えば、私がぐったりするだけでドアが1枚破れるわけだからな……何かに使えるかも、しれないが……」
「……昼になればこのドアは開くのではないのかね?」
「意味は無いな。全く……おい、樺島!お前、土屋さんの体力を何だと思っているんだ!」
「ごめぇん!」
……まあ、他の面々、特に男性陣からの評価はあまり良くないが。とはいえ、陽は『何かに使えるかも』と真剣に吟味してくれているようだし、たまは面白そうに『悪魔が泣きそう』と笑っているし、ミナは『わあ』とびっくりしているし……そしてビーナスは。
「バカ君。いい?あなた、あんまり暴れて色々壊すと、出しちゃいけないものまで出てきちゃうかもしれないんだから、適度に自重しなさいね?」
「うん、ごめぇん……」
ビーナスは、バカ相手にお説教していた!
「壁の向こうに化け物が居ないとも限らないし、ほら、双子の乙女の部屋に居た毒蛇みたいなのが壁の割れ目から出てこないとも限らないのよ?あんまり色々壊すべきじゃないでしょ?」
「うん……」
バカは、しょぼ、としつつ、ビーナスの言葉を尤もだと受け止めた。
……だが。
「でも……ま、よかったわね。あのドア、破りたかったんでしょ?なんでか分からないけど……」
ビーナスはそう言って、苦笑いしながら褒めてもくれたので。
「うん!やっと俺、あのドアに勝てた!ありがとう!」
バカは満面の笑みで、元気に頷いたのだった!
さて。
「……それで、開けてしまったあの部屋をどうするつもりだ?」
「あ、じゃあ俺、あそこ入る!」
バカはドアに勝った。だが、勝った意味はあったのだろうか。否、特に無い。
バカは元気に『折角開けたし!』と挙手したが、天城には盛大に深々とため息を吐かれてしまった。
「バカ君が破れば、1人が1日に2つ以上の部屋を攻略できる、ってわけよね。実用性、無いけど……」
「ついでに、夜の内からゲームの部屋が見えるな。まあ、実用性は無いが……」
ビーナスと海斗もそう言って、何とも言えない顔でバカとドアだったものを見比べた。そう!バカの行動には意味も無ければ実用性もないのである!
だが、たまが、ひょこ、と横からやってきて、しげしげとドアだった部分の向こう側……ゲームの部屋の中を覗く。
「……でも、部屋に入る前に部屋の中を覗くことができるのは大きいんじゃないかな。この部屋はどうも、ライオンが居る迷路の部屋、っていうことみたいだし。ゲームの内容が分かった上で挑むのとそうじゃないのとで、違うと思う」
「そうだね。俺達はチーム分けをしているけれど……ゲームの内容に即したチーム編成ができるのは利点だと思う」
どうやら、たまと陽はバカの奇行にも意味と実用性を見出してくれたらしい!バカは『何かよく分かんねえけど役に立てたっぽい!』とにこにこした。
「だが、このゲーム部屋の中の解毒剤がどうなっているのかは気になるな……」
が、一方でバカの行動にはデメリットとリスクが潜んでいるのである。否、潜んでいない。割と丸出しである。
「この部屋は、本来開く予定ではなかった時点で開いてしまったわけだ。何も無ければいいが……」
土屋が心配そうにしているので、バカは……ならば、と頷いた。
「なら、今行って見てこようぜ!」
……それから少しだけ、揉めた。
天城は『イレギュラーなことが起きて、何が在るか分からないのだからリスクを増やす行動は慎むべき』と主張したし、土屋は『だが、この部屋の解毒剤を4つ丸ごと無駄にするのもどうかと思う』と提起し……。
だが結局のところ、『開けちゃったものはしょうがない』ということで、バカが突入することになったのであった!
「じゃあ、行ってくる。何かあったらくれぐれも頼むぞ」
「よろしくな、皆!」
「うん、まあ、多分大丈夫だと思うんだけれど……主に、樺島君が居るという点において……。ははは……」
突入のメンバーは、土屋と陽、そしてたまとヒバナである。
土屋は『盾があって困ることは無いだろう』と参加してくれた。陽は『俺の異能は防御向きだから、まあ、何かあっても何とかなる可能性が高い』と参加。たまは『気になる』という理由でメンバー入りしてくれた。
そしてヒバナは、『しかたねえから』という理由で参加!つまりヒバナはバカのことを助けるためだけに参加してくれたのだ!バカはそれがとっても嬉しい!
ということで、バカは空いた穴から元気に突入していった。
「なぁーんっ!わにゃんにゃーっ!はばびんびばばーっ!」
そして高らかに歌いながらライオンに向かっていった。
「今の何だよ」
「ライオンキングの曲の冒頭じゃないかな」
ヒバナと陽がやり取りしている間にバカはライオンに肉薄し……そして。
「ぎゃおおおおおおおおおおおおおお!」
威嚇した。
ライオンを、威嚇した!
「よーしよしよしよし、いい子だな!」
そうしてバカは、ライオンを手懐けた。というよりは、怯えさせて、屈服させた。今やライオンは腹を見せて床に転がり、バカがそれを『よーしゃよしゃよしゃ』と撫で回しているところである!
「やっぱり死ななくていい奴は死なない方がいいもんなあ」
バカは、前回、ライオンを倒しちゃったことを、ちょっぴり反省しているのである。もしかしたら仲良くなれたかもしれないライオンを殴り倒してしまったことで、なんとなくそれが後悔として残っていたのである。
分かり合えなかったとしても、争わずに済むなら争わない方がいい。バカはそう思っているし、今、それをライオン相手に実現させた。
そう!威嚇だけで勝負を終わらせ、無用な争いを避け、互いの消耗を防ぐ!
正に自然界の合理的なやり取りを、今、ここにバカが体現したのである!
「すごいね樺島君。ライオン相手に『格上』っていうところを見せつけたね」
「マジで意味わかんねえ」
ヒバナは頭を抱えていたし、土屋と陽は呆れつつ笑っていた。たまはなんとなく満足気であった。そして誰よりも何よりも、バカ自身が満足気であった!
大人しくなったライオンが、自ら鉄格子の隅っこで丸くなったのを見届けてから、バカ達は解毒装置の部屋へと突入する。
……しかし!
「あっ……うーん、駄目だったか」
なんと!解毒装置は起動していなかったのである!
「悪魔のルールは絶対、というわけだね」
「うん。アナウンスで悪魔は、『ドアを開けたその昼の間だけしか使えない』って言ってたもんね」
「成程な……。ドアを開けるのではなく、破ってしまっているから、この解毒装置は起動しなかった、というように思えるか」
早速、陽とたまによる推理が始まった。こういう時、頭脳派カップルは非常に頼りになる。こういう時、バカは頼りにならない。
「……じゃあ、ドアさえ開けば、起動するかな」
そうして頭脳派のたまは、そう推理した。
「さっき、樺島君は『めろんぱん』だけでドアを開けちゃったけれど、あれもルール通り、『銃声』でドアが開いたんだよね。だから今回も、必要なのは『ドアを壊さないこと』じゃなくて、『ドアを開けること』じゃないかな」
ということで、一度大広間へ引き返した。ドアを開けるのではなく穴を空けて侵入してくると、普通に大広間に引き返せるのでとても便利である!
「これがドアだったものだね」
「ええと……一応、開く、かな」
「まあ、何の意味もないがなあ……一応は、開くみたいだぞ」
そうして、最早残骸と化したドアを、土屋が動かす。すっかりひしゃげたドアは『めきょ』と音を立てながら、形だけ、開いた。最早何の意味も無いが……しかし。
「あ、本当にそうみたいだね。ちょっと光って見える」
たまが、てくてく、と歩いて部屋の中へ戻っていき……『起動したよー』と教えてくれる。
……そう!どうやらやっぱり、『ドアを開ける』ことでこの解毒装置は起動するようなのだ!




