2日目夜:大広間*3
バカは焦った。
だらだらと冷や汗を流し始める勢いで焦った。だが、そんなバカには構わず、よかれと思って土屋は話を向けてくれてしまうのだ!
「ええと、樺島君。本当に?」
「え、ええと……うん。先輩も親方も、俺より強いから、どんな奴が来ても、守ってやれると思うし……」
バカは陽にそう説明しながらも冷や汗だらだらである。が、皆は『樺島より強い奴がウヨウヨ居る会社……?』とぽかんとするのに忙しくてバカの様子に気付いてくれない!
「……おい、樺島。どうした?大丈夫か?」
「だ、だいじょぶ……」
唯一、海斗だけ気づいてちょっとバカを小突きつつ声を掛けてくれたが、これは海斗にも助けられないことである!だって社名は変えられない!
「そうか。……おめえの会社どこだよ」
「ええと……ええと……」
そして、遂にヒバナにそう聞かれて、バカは躊躇った。
「……いや、マジでおめえの会社どこだ」
「え、えええ……名前言わなきゃダメか?入社してからじゃダメか?」
「駄目に決まってんだろシバくぞタコ」
バカは遂にタコ呼ばわりされてしまった!だが、『まあ、タコ美味いもんな……』と納得した。
「ええと……バカ君、もしかしてあなた、また別の組の……?」
が、何か変な勘違いをされているらしいことが分かって、バカ、大慌てである!
「いや!違うって!そういうんじゃないんだ!けど多分、名前聞いたらヒバナが嫌がるからぁ!」
「は?どういうこった、テメェ……」
ヒバナがいよいよ首を傾げ始めたところで、バカは……バカは、『最早これまで!』と観念して叫んだ。
「キューティーラブリーエンジェル建設フローラルムキムキ支部!」
「絶対に嫌だわ……」
「ああああああ!やっぱり!でもなんでえーっ!?」
なんと!今回はビーナスにまで拒否されてしまった!女の子受けする可愛い名前の会社なのに!とバカはショックを受けた!
「ちょ、ちょっと待って。ええと樺島君?今のは一体……!?」
「キューティーラブリーエンジェル建設フローラルムキムキ支部!」
「それ、社名!?社名なのか!?」
「うん!」
更に、陽も何故かショックを受けてしまっているらしい!後ろではたまがくすくす笑っている!まあ、笑顔が増えるのは良いことだ!ヨシ!
「……いや、まあ、社名はその、アレだが。樺島君みたいなのが沢山居る職場なら、安心できることも増えるんじゃないか……?」
「……樺島みてえなのがウヨウヨ居る会社に俺が入って何すんだよ」
「事務!足りてねえから!あと営業!」
「あ、そんな会社でも事務とか営業とかは必要なのね……?全部『筋肉筋肉!』だけでやってるんじゃないんだ……」
それはそうである。『筋肉筋肉!』だけで事務が終わるならそうしたいが、そうならないことはバカもよく分かっている。なのでバカは、事務のおばちゃん達に頭が上がらない。親方も頭が上がらない。そういうものである。事務のおばちゃん達は強い。ある意味最強である!
「まあ……そういうことなら、ヒバナ。ビーナス。君達は樺島君のところでお世話になったらどうだ?互いが死んでしまうよりはマシじゃないか?」
土屋がそう言うと、ヒバナとビーナスは顔を見合わせた。
ものすごーく、嫌そうな顔をしているが……『他に道は無いかもしれない』と追い詰められているようでもあった。
バカとしては、ヒバナとビーナスが入社してくれたら嬉しいので、にこにこしている!ようこそ、キューティーラブリーエンジェル建設へ!
それからヒバナとビーナスは、少し話し合いをしていた。だが、その内結論が出たらしい。
「……俺としては、お嬢を死なせるわけにはいかねえ。お嬢が俺に死んでほしくねえって思ってたとしても、俺が死ぬ方がマシだ。それがダメだっつうんなら、あの1つある魂を寄こせ、って話になる」
「喧嘩は駄目だぞ!」
「……まあ、そうよね。私としても、ミナやたまと戦ってまで叶えたい気持ちは、もう無いわ。少なくとも、ミナと戦う気は無い」
ビーナスはため息を吐いて、それから、ちら、とヒバナを見上げた。
ヒバナは気まずげにビーナスを見ていたが、ビーナスが少し笑いかけると、ヒバナもぎこちなく、少し笑った。
「ということで……樺島君」
「うん」
いよいよ結論だ、と、バカが緊張していると……。
「……私達の出所後になると思うけど……就職の手伝い、よろしくね」
ビーナスは遂に、そう言ってくれたのだった!
「やったあああああああああああ!」
「うるせえ」
「やったあああああああああ!事務か!営業が!増えるうううううううう!」
「いや本当にうるさいわねこれ」
ヒバナとビーナスが耳を塞いでいるのだが、興奮状態のバカは気づいていない!
只々、嬉しい!ヒバナとビーナスが人殺しや自死をやめてくれたことも嬉しいが……2人がバカの職場に来てくれるのも、嬉しい!
キューティーラブリーエンジェル建設は、事務員不足なのである!営業さんも不足している!今までの営業は、バカ達が筋肉にものを言わせて案件を勝ち取ってくるような始末であった!もうちょっと理知的な営業さんが居た方がいい、というのは常々皆で言っていたことなのだ!そして事務員はなんぼあってもいい!
……ということで、バカは大いに喜んだ。また1つ、大きな物事が解決したような気がする!バカは喜び、飛び跳ね、床を『めこっ』と凹ませた!
やっぱり頑張ってみるものだなあ!とバカは嬉しくなった!
……さて。
「じゃあ、たまとミナさん、どちらの願いを叶えるか、だけれど……」
そうして最後に、陽がそう切り出せば……。
「……あの」
ミナが、小さく手を挙げた。そして。
「私、やっぱり辞退します」
そう言って、どこか吹っ切れたような笑みを浮かべていたのである。
「……ビーナスさんとヒバナさんのお話を聞いていたら、私の願い、もう、よくなってきちゃって」
「いいの?ミナ。だってあなたは……」
「はい。いいんです」
……にこ、と笑うミナを見て、バカは何も言わなかった。
ミナは、ヒバナとビーナスが所属している会の人に、大事な人を殺されてしまったのだ。……だが。
「私、咄嗟に動いて、ヒバナさんを治していました」
ミナは小さな声でそう言った。
「それが、私の答えなんです。誰にも傷ついてほしくない、っていう、これが、私の……」
「……そっか」
「……ミナは強くてかっこいい奴だなあ」
「ふふ、そんなことないですよ」
「ううん!ミナは強くてかっこいい!あと賢い!俺よりも!」
「バカ君より賢くない人、この世にほとんど居ないわよ」
バカは、ヒバナとビーナスのことも嬉しいが……ミナのことも、嬉しい。
ミナが今、笑っているのがとても嬉しい。『諦める』ことを選択したミナのことを心の底から尊敬するし、そんな彼女が今後幸せであるように、とバカは思う。
……ミナだけじゃなくて、全員が!皆が、どうか幸せであるように!バカは改めてそう思って、にこにこするのだった!
「さて。そろそろ次のチーム編成を考えるべきではないかね?」
バカがにこにこと踊っていると、天城がそう、皆に声を掛け始めた。
「折角だ。ヒバナとビーナスは同じチームにしてやった方がいいだろうな」
「そっか!そうだな!えーと、じゃあ、たまと陽も一緒がいいからぁ……うーんと」
バカが悩んでいると、天城が深々とため息を吐いた。
「私がビーナスと交代すればいいだろう。そうすればどちらの希望も叶う」
「そっか!天城のじいさん、頭いいな!」
天城はあっちこっち移動しているので大変そうだが、何はともあれ、これでチーム分けも大丈夫そうだ。バカは『皆頭いいもんなあ。すげえなあ』とにこにこした!
「さて。では余った時間だが……」
「あっ!」
続けて天城が何か言おうとしていたのだが、バカはそれに気づかず声を上げた。天城の言葉を遮るほどに、大事なことなのである!
「そういや、俺、試したいことあったんだった!やっべ!忘れるところだった!」
「……ん?」
天城は不審げな顔をしていたが、たまと陽、そしてミナとビーナスは『ああ……あれか』というように苦笑していた。
そして。
「金庫!金庫使ったらドア破れるかもしれねえ!」
バカは元気に、金庫を持ち上げるのであった!
とりあえず、金庫の中に入れておいたミナ人形はそっとミナに返した。ミナは『私、樺島さんの挑戦を応援します!金庫はどうぞ!』と喜んで金庫を明け渡してくれた。バカも嬉しい!
「……破ってどうするつもりだ」
「勝つ!ドアに勝つ!」
「天城さん。樺島君はどうやら、タックルであのドアを破れなかったことを悔しく思っているみたいなんだ。挑戦させてあげようよ」
「い、意味が分からんな……」
天城は混乱している様子だったが、バカはもう、やる気である。
バカは勝つ。今度こそ、タックルで負けたこのドアに勝つのだ。ぎゃふんと言わせてやるのだ。バカはなんとしても、このドアを筋肉力を以てして撃ち破らねばならないのである!
「えーと、それを投げるのかな?」
「うん!だから、えーと、皆!離れててくれ!」
バカがウキウキとそう宣言すると、皆それぞれ、離れていった。海斗は『こんな大広間に居られるか!僕は別の部屋まで避難するぞ!あのバカは規格外すぎる!』と羊部屋の方へ向かっていった。ミナも『そ、その方が安全かも……』と羊部屋へ入っていき、やがて、全員が羊部屋に退避した。ヨシ。
「いっくぞー!」
そうしてバカは、観客の居ない中でもすこぶる元気に金庫を構える。
10㎏ぐらいは優にあるであろう金庫を片手に、バカは大きく振りかぶって……投げた!
真っ直ぐ飛んでいく金庫!バカが齧っても削れるぐらいだった金庫は、時速170㎞ぐらいの速度でドアに衝突し……そして!
メシャ!と、ドアが、大きく凹んだのだった!
そして同時に、金庫は、メギャ!と爆散した!
……そう!金庫を投げたのに!
ドアは凹んだだけだったのであった!
「みんなぁー……」
そうしてバカは、しょぼ、しょぼ……と羊部屋へ向かった。皆は羊と戯れていた。平和である。
「あ、駄目だったんだね……?」
「うん……えっ、どうしてわかったんだ……?」
「いや、樺島君の顔を見ていたら分かるよ」
バカは『そっかー、陽はすげえなあ』と感心して……それからまた、しょぼん、と元に戻った。
「凹んだんだけどぉ……破れなかったぁ……」
「そ、そうか。それは残念だったなあ……」
「か、樺島さん!元気出してくださいね!」
土屋とミナもやってきて、バカを励ましてくれる。だが、バカは、しょぼ……と肩を落とすばかりだ!
「も、もう一発投げたらなんとかなるんじゃないか?な?樺島、元気を出せ」
「もう金庫、ねえもん……」
海斗も励ましてくれるのだが、バカは知っている。金庫はもう、無い。水の中に潜って地下室から採ってくることもできはするが、そうしてまでドアと戦うべきではない、ということくらいはバカにも分かっているのだ……。
だが。
「あ、えーと、樺島君。これを使うか?一応、『どんな攻撃にも必ず一度は耐え得る盾』らしいぞ?」
なんと!
バカを気遣った土屋が……彼の異能で、盾を出してくれたのだった!




